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45 霧咲亜衣乃
時刻は23時00分。
霧咲は榛名からの連絡を待ちながら、リビングでじっとテレビを見ていた。
たいして面白くもないバラエティ番組をやっているが、こういう時でもないと真剣に見ることはない。
別に真剣に見ているわけではないのだが、電話を待ってる以外に暇だから仕方がない。
すると、自分のものではない小さな足音が廊下からぺたぺたと聞こえた。
「……亜衣乃?」
名を呼ぶと同時にリビングのドアが開かれる。
そこにはクマのぬいぐるみを抱いた幼い少女が、眠そうな目を擦りながら立っていた。
「パパ、トイレ……」
霧咲はふぅ、と息をついて立ち上がり、「トイレはこっちじゃないよ。もういい加減覚えただろ?」と少女をくるりと反転させ、廊下の方へ促した。
少女はちらりと霧咲を見上げて言う。
「眠れないの。おしっこしたら一緒に寝て?」
「……いいけど。――おまえが俺のことをパパと呼ぶのをやめたらね」
霧咲はやや厳しげな口調で少女に言った。
少女は演技だったのか、すぐに眠たそうな顔をやめて何か言いたげな瞳で霧咲を斜め下からきゅっと睨んだ。
霧咲は少女をトイレに連れて行ったあと――強制的にドアの前で待たされた――今まで寝かせていた自分のベッドへ連れて行き、横になるよう促した。
「……ねえ、パパ」
「いつものように誠人おじさんと呼びなさい。俺はおまえのママと結婚した覚えはない」
先程よりも厳しい顔と口調で言われて少女は観念したのか、可愛げのない態度でふんっと鼻を鳴らし、やっといつもの呼び方で霧咲を呼んだ。
「まこおじさん」
「なんだい?」
霧咲は、ようやく優しい顔で少女を見つめた。
間違ったことは指摘するが、必要以上に厳しくする必要はない。
少女は娘ではないが、霧咲の可愛い姪に違いはないのだから。
霧咲はベッドの傍らにゆっくりと膝をついて座り、先程から何か言いたげな黒目がちな瞳をじっと見つめ返した。
こうやってまじまじと少女の顔を見ると、親子ではないのに自分によく似ているから不思議だ。
母親の蓉子よりも、伯父である自分の方に似ているなんて。……だから蓉子が亜衣乃を連れて透析室に来た時、医学生によく勘違いをされる。
『わー、めちゃくちゃ可愛いですね! 霧咲先生の娘さんですか?』
『いや、姪っ子だよ』
『へ~! 将来はすんごい美人でしょうねぇ!』
姪を可愛いと言われて、嬉しくない伯父はいない。
けれど、それを素直に喜べるほどコトは単純ではないのだ。
「ねぇ、なんでまこおじさんをパパって呼んだらダメなの?」
亜衣乃は怒られてもなお食い下がった。
同じ話をするのは一体これで何度目だろうか。
「なぜって、俺はおまえのパパじゃないからだよ。本当のパパは別にいるって、前に写真も見せただろう?」
「……あんな人、知らないもん。会ったこともないんだから。ほんとうのパパのしてくれることは全部まこおじさんがしてくれるんだから、もうまこおじさんが亜衣乃のパパでいいじゃない」
「亜衣乃、父親というのはおまえの母親の配偶者のことだ。俺は蓉子の兄だから、たとえ代わりをしていたって父親にはならないし、なれないんだよ。いい加減に理解しなさい。おまえはそんなに頭の悪い子じゃないだろう?」
「……」
現在小学4年生である亜衣乃は、学校の成績はすこぶる良いはずだった。
霧咲の言葉は理解はしているものの、受け入れたくはないのだろう。
霧咲もそれは分かっているのだが、だからと言って亜衣乃の要求を飲むわけにはいかなかった。
たとえそれが、可愛い姪の頼みでも。
「じゃあどうしてママは、まこおじさんが本当のパパなんだっていつも亜衣乃に言うの?」
「……」
「まこおじさんのことをパパって言い続ければ、いつか本当のパパになってくれるって言ったよ」
悲しげに言う亜衣乃の頭を、霧咲は黙って優しく撫でる。
心の中では、実の妹に対する嫌悪感を抱きながら。
(全く……子どもになんてことを吹き込むんだ……)
亜衣乃が大事そうに抱き締めているクマのぬいぐるみは、五年前に霧咲が買ってあげたものだ。
学校へ行く時以外は片時も離さないでいる。特にいじめられてはいないようだが、いまだにぬいぐるみの他に友達がいないようで霧咲はそれが一番心配だった。
「まこおじさん、どうしても亜衣乃のパパになってくれないの……?」
「俺は、おまえの伯父だから無理だよ」
亜衣乃の言いたいことは、本当は分かっている。
小難しい理屈や血の繋がりなどはどうでもよくて、ただ『父親』という存在を求めているのだ。
すると亜衣乃は、いいことを思いついたという無邪気な顔で言った。
「じゃあ亜衣乃、まこおじさんのお嫁さんになる!」
「はあ? それはもっと無理な相談だな……だいいち亜衣乃が結婚できる頃には、俺はもうだいぶ立派なおじさんだよ?」
「今だって立派なおじさんじゃない」
「おまえね……」
今年10歳になる姪、霧咲亜衣乃が5歳の頃から父親代わりをしてきたのは霧咲だ。
亜衣乃の両親である妹夫婦が離婚し、一応母親側に引き取られたものの、母親である蓉子はことあるごとに亜衣乃の面倒を霧咲に押し付けてきた。
もちろん仕事をしていたり、榛名と会う時はきっちりと断るが、父兄参観だけは必ず霧咲が行っている。
それと、運動会や合唱コンクールなどのときも。
押し付けられた、などと言ったら姪が可哀想なのだが、霧咲自身この姪をどう扱ってよいのかが分からないのだ。
彼女が生まれたときから、今でも。
霧咲は榛名からの連絡を待ちながら、リビングでじっとテレビを見ていた。
たいして面白くもないバラエティ番組をやっているが、こういう時でもないと真剣に見ることはない。
別に真剣に見ているわけではないのだが、電話を待ってる以外に暇だから仕方がない。
すると、自分のものではない小さな足音が廊下からぺたぺたと聞こえた。
「……亜衣乃?」
名を呼ぶと同時にリビングのドアが開かれる。
そこにはクマのぬいぐるみを抱いた幼い少女が、眠そうな目を擦りながら立っていた。
「パパ、トイレ……」
霧咲はふぅ、と息をついて立ち上がり、「トイレはこっちじゃないよ。もういい加減覚えただろ?」と少女をくるりと反転させ、廊下の方へ促した。
少女はちらりと霧咲を見上げて言う。
「眠れないの。おしっこしたら一緒に寝て?」
「……いいけど。――おまえが俺のことをパパと呼ぶのをやめたらね」
霧咲はやや厳しげな口調で少女に言った。
少女は演技だったのか、すぐに眠たそうな顔をやめて何か言いたげな瞳で霧咲を斜め下からきゅっと睨んだ。
霧咲は少女をトイレに連れて行ったあと――強制的にドアの前で待たされた――今まで寝かせていた自分のベッドへ連れて行き、横になるよう促した。
「……ねえ、パパ」
「いつものように誠人おじさんと呼びなさい。俺はおまえのママと結婚した覚えはない」
先程よりも厳しい顔と口調で言われて少女は観念したのか、可愛げのない態度でふんっと鼻を鳴らし、やっといつもの呼び方で霧咲を呼んだ。
「まこおじさん」
「なんだい?」
霧咲は、ようやく優しい顔で少女を見つめた。
間違ったことは指摘するが、必要以上に厳しくする必要はない。
少女は娘ではないが、霧咲の可愛い姪に違いはないのだから。
霧咲はベッドの傍らにゆっくりと膝をついて座り、先程から何か言いたげな黒目がちな瞳をじっと見つめ返した。
こうやってまじまじと少女の顔を見ると、親子ではないのに自分によく似ているから不思議だ。
母親の蓉子よりも、伯父である自分の方に似ているなんて。……だから蓉子が亜衣乃を連れて透析室に来た時、医学生によく勘違いをされる。
『わー、めちゃくちゃ可愛いですね! 霧咲先生の娘さんですか?』
『いや、姪っ子だよ』
『へ~! 将来はすんごい美人でしょうねぇ!』
姪を可愛いと言われて、嬉しくない伯父はいない。
けれど、それを素直に喜べるほどコトは単純ではないのだ。
「ねぇ、なんでまこおじさんをパパって呼んだらダメなの?」
亜衣乃は怒られてもなお食い下がった。
同じ話をするのは一体これで何度目だろうか。
「なぜって、俺はおまえのパパじゃないからだよ。本当のパパは別にいるって、前に写真も見せただろう?」
「……あんな人、知らないもん。会ったこともないんだから。ほんとうのパパのしてくれることは全部まこおじさんがしてくれるんだから、もうまこおじさんが亜衣乃のパパでいいじゃない」
「亜衣乃、父親というのはおまえの母親の配偶者のことだ。俺は蓉子の兄だから、たとえ代わりをしていたって父親にはならないし、なれないんだよ。いい加減に理解しなさい。おまえはそんなに頭の悪い子じゃないだろう?」
「……」
現在小学4年生である亜衣乃は、学校の成績はすこぶる良いはずだった。
霧咲の言葉は理解はしているものの、受け入れたくはないのだろう。
霧咲もそれは分かっているのだが、だからと言って亜衣乃の要求を飲むわけにはいかなかった。
たとえそれが、可愛い姪の頼みでも。
「じゃあどうしてママは、まこおじさんが本当のパパなんだっていつも亜衣乃に言うの?」
「……」
「まこおじさんのことをパパって言い続ければ、いつか本当のパパになってくれるって言ったよ」
悲しげに言う亜衣乃の頭を、霧咲は黙って優しく撫でる。
心の中では、実の妹に対する嫌悪感を抱きながら。
(全く……子どもになんてことを吹き込むんだ……)
亜衣乃が大事そうに抱き締めているクマのぬいぐるみは、五年前に霧咲が買ってあげたものだ。
学校へ行く時以外は片時も離さないでいる。特にいじめられてはいないようだが、いまだにぬいぐるみの他に友達がいないようで霧咲はそれが一番心配だった。
「まこおじさん、どうしても亜衣乃のパパになってくれないの……?」
「俺は、おまえの伯父だから無理だよ」
亜衣乃の言いたいことは、本当は分かっている。
小難しい理屈や血の繋がりなどはどうでもよくて、ただ『父親』という存在を求めているのだ。
すると亜衣乃は、いいことを思いついたという無邪気な顔で言った。
「じゃあ亜衣乃、まこおじさんのお嫁さんになる!」
「はあ? それはもっと無理な相談だな……だいいち亜衣乃が結婚できる頃には、俺はもうだいぶ立派なおじさんだよ?」
「今だって立派なおじさんじゃない」
「おまえね……」
今年10歳になる姪、霧咲亜衣乃が5歳の頃から父親代わりをしてきたのは霧咲だ。
亜衣乃の両親である妹夫婦が離婚し、一応母親側に引き取られたものの、母親である蓉子はことあるごとに亜衣乃の面倒を霧咲に押し付けてきた。
もちろん仕事をしていたり、榛名と会う時はきっちりと断るが、父兄参観だけは必ず霧咲が行っている。
それと、運動会や合唱コンクールなどのときも。
押し付けられた、などと言ったら姪が可哀想なのだが、霧咲自身この姪をどう扱ってよいのかが分からないのだ。
彼女が生まれたときから、今でも。
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