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〃
(俺が欲しいものなんて、そんなの世界にたった一つしかない……)
「俺も、」
『ん?』
「俺も霧咲さんが欲しいです」
霧咲が息を飲んだのがわかった。言葉の意図が伝わったのだろうか。
自分だけのものになってほしいという、榛名の意図が。
霧咲はゆっくりとした口調で返事を返した。
『そうなの? というか俺は既に君のものだろう。せっかくの機会なんだから他に何かない? 例えば……』
「だから、全部です」
『――ん?』
「貴方の未来まで全部……全部、俺にください。他はなにもいらないから」
霧咲の言葉を遮って、榛名は言った。
(一緒に堕ちてよ。俺と一緒に行けるところまで行って。やっぱり一人じゃこわい。恐くて恐くてたまらないんだ……)
この沼の水の中は暗くて冷たくて、一人だと耐えきれずにすぐ死んでしまいそうだから。
(俺と一緒に沈んで、溺れてよ。お願いだから……)
祈るような気持ちで霧咲の返事を待つ。困らせているのかもしれない……そう思ったのに。
『分かった、用意しておくよ。じゃあ26日、君の部屋に行くからね』
霧咲は、残酷にも聞こえる優しい声でそう言った。
「……はい」
(26日に、俺は……)
『おやすみ、暁哉。愛してるよ』
「俺も……愛してます」
蚊の鳴くような声で返事をして、榛名は通話を切った。
しばらく『霧咲誠人』と通知の出ているスマホの画面をじっと見つめる。
”用意しておく”
(俺はきっとその日に捨てられるんだ……)
その言葉の意味はそれ以外に無い。
自分に用意できる未来なんてある訳が無いのだから。
「……うぅっ……!」
そう確信して、榛名は再び泣き崩れた。
もうクリスマスイヴがくるまで、夜はまともに眠れる気がしなかった。
*
結局一睡もできないまま、榛名は朝を迎えた。
足を抱えてソファーに座り、いつの間にか始まっていた朝の情報番組をぼんやりと見つめている。
昨日仕事から帰ってきて今まで何も食べていないので、少し空腹だった。
こんな時でも空腹になる自分に、少し嫌気がさす。
それと、少しは眠ったほうがいいのだろう。眠っている間は霧咲のことを考えなくて済む。
しかし、眠ってしまったら時間が早く過ぎてしまう。
その分だけ、霧咲と別れる時間が早くなる。
(――ここから、動けない……)
恋をしたら、人間はこんなにも弱くなってしまうのか。
霧咲と一緒に居る時は、全く逆のことを思っていたのに。
これからどんな絶望が襲ってきたって、全然恐くなんかない。
苦労することも多いと思うけど、二人なら乗り越えられる。
(でも一人じゃ、無理なんだ)
自分をこんな世界に引き込んでおいて、自分はちゃっかり女性と結婚していただなんてずるい……と、霧咲に対してだんだんと怒りのようなものが湧いてくる。
いっそこのまま嫌いになってしまえたらいいのに、と。
しかし。
『暁哉、愛してるよ』
あの言葉を思い出すたび、その怒りは榛名の胸からすうっと消えていく。
まるで最初から無かったみたいに。
『君が俺の、運命の相手なんだよ』
何度も何度も、脳内でリピートされる霧咲の言葉。
(どういうつもりで言っていたんだろう……)
毎週末……会えないこともあったけれど、榛名と会う余裕があるくらいだから、もしかすると霧咲は既に別居中なのかもしれない。
朝井という看護師が言ってたように、離婚寸前なのかもしれない。
だから敢えて自分には何も教えず、コトが済んだら全部教えてくれる気なのかもしれない。
(でもあの看護師の言い分だと、そうでもなさそうだよな……)
離婚寸前なら、わざわざ娘を連れて夫の職場になんか来ないだろう。
大事な話があるなら、仕事が終わってからすればいい。
ぐるぐると色んなことを考えて、榛名は足を抱えたままの恰好でソファにぼすんと横になった。
しかし横になったらすぐに寝てしまいそうだったので、身体を起こした。
今寝たら、きっと次に目が覚めるのは昼過ぎだろう。
まずは職場に今日は欠勤する旨を伝えなければいけない。
しかしまだ早出の看護師とMEが来る時間にもなっていなかった。
榛名は台所へ向かうと、とりあえずコーヒーをいれてトーストを焼いた。
空腹ではあるものの、全く寝ていないので胃が気持ち悪い。
しかしそれらを無理矢理流し込む。
そして再びソファーに座って、早出が来る時間までニュース番組を見つめていた。
*
「もしもし、若葉さん? 榛名だけど……」
ベッドに横になって、早出勤務の若葉に今日は休むことと、今日の休みは有休を使って欲しい、ということを伝えた。
榛名が急に休んでも人数的には大丈夫なはずだ。
ただ今日は霧咲の回診があるので、榛名がいないと少し大変かもしれないが……。
それでも……職場に迷惑をかけても、榛名は霧咲に会いたくなかった。
どっちみち、こんなヒドイ顔で仕事に行ってもみんなに心配されるだけだ。
『わかりました。あの主任、霧咲先生には……』
「もう連絡してるよ。でも一応、代わりに謝っておいてほしい」
『わかりました』
個人的に連絡を取り合ってるなんて、若葉にヘンに思われただろうか。
でももうどうでもいい。
どう思われようと、自分は今週末には霧咲に捨てられるのだから。
榛名と霧咲の関係に妙な期待をしている若葉や有坂には少し申し訳ない(?)が……。
『主任、ゆっくり休んでくださいね。あ、外来に診察来られますか?』
「ううん、大人しく寝とく」
『了解です、お大事に』
「ありがとう」
通話を切って、榛名はスマホを適当に床に置き、枕に俯せになった。
ズル休みなんて、何年振りだろう。
看護師になってちょうど三か月の頃以来ではないだろうか。
ズルじゃなくても、休むのは体調不良になった時。
それなら、今もいちおう立派な体調不良には間違いない。
身体ではなく、心の不良だが。
「俺も、」
『ん?』
「俺も霧咲さんが欲しいです」
霧咲が息を飲んだのがわかった。言葉の意図が伝わったのだろうか。
自分だけのものになってほしいという、榛名の意図が。
霧咲はゆっくりとした口調で返事を返した。
『そうなの? というか俺は既に君のものだろう。せっかくの機会なんだから他に何かない? 例えば……』
「だから、全部です」
『――ん?』
「貴方の未来まで全部……全部、俺にください。他はなにもいらないから」
霧咲の言葉を遮って、榛名は言った。
(一緒に堕ちてよ。俺と一緒に行けるところまで行って。やっぱり一人じゃこわい。恐くて恐くてたまらないんだ……)
この沼の水の中は暗くて冷たくて、一人だと耐えきれずにすぐ死んでしまいそうだから。
(俺と一緒に沈んで、溺れてよ。お願いだから……)
祈るような気持ちで霧咲の返事を待つ。困らせているのかもしれない……そう思ったのに。
『分かった、用意しておくよ。じゃあ26日、君の部屋に行くからね』
霧咲は、残酷にも聞こえる優しい声でそう言った。
「……はい」
(26日に、俺は……)
『おやすみ、暁哉。愛してるよ』
「俺も……愛してます」
蚊の鳴くような声で返事をして、榛名は通話を切った。
しばらく『霧咲誠人』と通知の出ているスマホの画面をじっと見つめる。
”用意しておく”
(俺はきっとその日に捨てられるんだ……)
その言葉の意味はそれ以外に無い。
自分に用意できる未来なんてある訳が無いのだから。
「……うぅっ……!」
そう確信して、榛名は再び泣き崩れた。
もうクリスマスイヴがくるまで、夜はまともに眠れる気がしなかった。
*
結局一睡もできないまま、榛名は朝を迎えた。
足を抱えてソファーに座り、いつの間にか始まっていた朝の情報番組をぼんやりと見つめている。
昨日仕事から帰ってきて今まで何も食べていないので、少し空腹だった。
こんな時でも空腹になる自分に、少し嫌気がさす。
それと、少しは眠ったほうがいいのだろう。眠っている間は霧咲のことを考えなくて済む。
しかし、眠ってしまったら時間が早く過ぎてしまう。
その分だけ、霧咲と別れる時間が早くなる。
(――ここから、動けない……)
恋をしたら、人間はこんなにも弱くなってしまうのか。
霧咲と一緒に居る時は、全く逆のことを思っていたのに。
これからどんな絶望が襲ってきたって、全然恐くなんかない。
苦労することも多いと思うけど、二人なら乗り越えられる。
(でも一人じゃ、無理なんだ)
自分をこんな世界に引き込んでおいて、自分はちゃっかり女性と結婚していただなんてずるい……と、霧咲に対してだんだんと怒りのようなものが湧いてくる。
いっそこのまま嫌いになってしまえたらいいのに、と。
しかし。
『暁哉、愛してるよ』
あの言葉を思い出すたび、その怒りは榛名の胸からすうっと消えていく。
まるで最初から無かったみたいに。
『君が俺の、運命の相手なんだよ』
何度も何度も、脳内でリピートされる霧咲の言葉。
(どういうつもりで言っていたんだろう……)
毎週末……会えないこともあったけれど、榛名と会う余裕があるくらいだから、もしかすると霧咲は既に別居中なのかもしれない。
朝井という看護師が言ってたように、離婚寸前なのかもしれない。
だから敢えて自分には何も教えず、コトが済んだら全部教えてくれる気なのかもしれない。
(でもあの看護師の言い分だと、そうでもなさそうだよな……)
離婚寸前なら、わざわざ娘を連れて夫の職場になんか来ないだろう。
大事な話があるなら、仕事が終わってからすればいい。
ぐるぐると色んなことを考えて、榛名は足を抱えたままの恰好でソファにぼすんと横になった。
しかし横になったらすぐに寝てしまいそうだったので、身体を起こした。
今寝たら、きっと次に目が覚めるのは昼過ぎだろう。
まずは職場に今日は欠勤する旨を伝えなければいけない。
しかしまだ早出の看護師とMEが来る時間にもなっていなかった。
榛名は台所へ向かうと、とりあえずコーヒーをいれてトーストを焼いた。
空腹ではあるものの、全く寝ていないので胃が気持ち悪い。
しかしそれらを無理矢理流し込む。
そして再びソファーに座って、早出が来る時間までニュース番組を見つめていた。
*
「もしもし、若葉さん? 榛名だけど……」
ベッドに横になって、早出勤務の若葉に今日は休むことと、今日の休みは有休を使って欲しい、ということを伝えた。
榛名が急に休んでも人数的には大丈夫なはずだ。
ただ今日は霧咲の回診があるので、榛名がいないと少し大変かもしれないが……。
それでも……職場に迷惑をかけても、榛名は霧咲に会いたくなかった。
どっちみち、こんなヒドイ顔で仕事に行ってもみんなに心配されるだけだ。
『わかりました。あの主任、霧咲先生には……』
「もう連絡してるよ。でも一応、代わりに謝っておいてほしい」
『わかりました』
個人的に連絡を取り合ってるなんて、若葉にヘンに思われただろうか。
でももうどうでもいい。
どう思われようと、自分は今週末には霧咲に捨てられるのだから。
榛名と霧咲の関係に妙な期待をしている若葉や有坂には少し申し訳ない(?)が……。
『主任、ゆっくり休んでくださいね。あ、外来に診察来られますか?』
「ううん、大人しく寝とく」
『了解です、お大事に』
「ありがとう」
通話を切って、榛名はスマホを適当に床に置き、枕に俯せになった。
ズル休みなんて、何年振りだろう。
看護師になってちょうど三か月の頃以来ではないだろうか。
ズルじゃなくても、休むのは体調不良になった時。
それなら、今もいちおう立派な体調不良には間違いない。
身体ではなく、心の不良だが。
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