運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

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47 とある人物の訪問

「ン……」

   目が覚めたら、もう時刻は16時を回っていた。
 やはり随分と長く眠っていたらしい。
 起きた途端に腹の虫が鳴り、そろそろ本格的に何か食べないと倒れるな、と思った。
 しかし冷蔵庫には食べられそうなものは殆ど置いていない。買い物に行かなければ。
 榛名はまだぼんやりとする頭を抱えて身支度を整えた。
   近所のスーパーで夕飯の買い物を済ませてマンションに戻ってきたら、玄関の前に昨日見たばかりの派手な車が停まってあった。
 目が覚めるようなブルーのインプレッサ。

(え、二宮さん……?)

   呆然として少し遠くから見ていたら、そんな榛名の姿に気付いたのか運転手が外に出てきた。
 榛名の予想通り、それはMEの二宮だった。
 二宮は榛名の方へつかつかと早歩きで近づいてくると、軽く頭を下げた。

「榛名主任お疲れ様です、買い物に行ってたんですか。体調は大丈夫ですか?」
「お……お疲れ様です。あの、どうして……?」
「昨日なんだか主任の様子がおかしかったら心配になって、そしたら案の定今日も休んでるし。あの、ノロかもしれないって聞いたんですが……本当ですか?」
「えっと……」

   さすがに訪ねてきた相手に嘘はつけない。
 そう思った榛名は、黙って首を振った。

「でも、顔色が昨日よりひどいです。あ、荷物持ちますよ」
「いいです。あの、心配してわざわざ来てくださってありがとうございます……少し上がっていきませんか?」

   わざわざ見舞いに来てくれたのに、そのまま帰すわけにはいかない。
 自分にそんな言い訳をすると、すんなりと誘う言葉は榛名の口から出ていた。

「じゃあなおさら荷物は持ちます。貸してください、落としちゃいますよ」

   そう言って、二宮はなかば無理矢理に榛名の手からスーパーの袋を奪い取った。

「本当に大丈夫なのに……」
「いいえ、大丈夫じゃないから仕事休んだんでしょう?」
「まあ……そうですね」

   少しだけ強引な態度の二宮に苦笑しながらも、とりあえず榛名は甘えることにした。

「二宮さんもう夕食は食べました? って、今仕事帰りですよね……今日は早出だったんですか?」
「ええ。だから主任のことは朝イチで若葉さんから聞きました。彼女、すごく心配してましたよ。もちろん俺もですけど」

 ついでのように言った二宮に、榛名はくすっと笑った。

「すみません、心配かけちゃって。今日の日勤は何かハプニングはありましたか?」
「いや、特に何も……多分平和でした。あ、でも今日有坂さんがリーダーだったので霧咲先生の回診補助かなりアタフタしてましたけど」
「あ、そういえば今日は三週目の採血の結果を見る日でした……」

   透析患者は毎月一週目と三週目の月曜(もしくは火曜)に採血を採ることになっている。(二週目は胸部のレントゲンを撮る)
 そのため、それらがある週の回診は色々指示変更があるので大変なのだ。
 何度も回診に付いている榛名はもう慣れたものだが。
 昨日何も準備していなかったであろう有坂に、少し申し訳ない気持ちになった。
 しかし霧咲は優しいので、怒られたりすることはなかっただろう。

「ちなみに晩御飯はまだ食べてないです」
「ですよね。簡単なものしか作れないですけど、食べていきますか?」
「え、でも俺、何もお見舞いの品とか持ってきてませんけど」
「そんなのいらないですよ。っていうか、俺がお腹すいてるんです。でも一人だけ食べるのもなんだかなって」
「じゃあせっかくなので、榛名主任の手料理を頂いてもいいですか?」
「はい、たいしたものじゃないですが是非」

   そんなわけで榛名は、簡単に焼きそばを二人前作ったのだった。



「美味しかったです、ご馳走様でした」
「ありがとうございます、お粗末さまでした」
「あ、片付けは俺がやりますよ」

 皿を片付けようとした榛名を、二宮が止めた。

「いやいや、お客様にさせるわけにはいきませんし……」
「だって俺は一応、お見舞いに来たんですよ? 持て成されるばっかりじゃちょっと……」
 
 二宮が本当に困っているようだったので、榛名は皿洗いは任せることにした。
 一人じゃないと、霧咲のことを考えなくて済む。
 榛名は二宮が来てくれたことに心底感謝した。

「……で、主任は昨日から何をそんなに悩んでるんですか?」

   食後のコーヒーを淹れて、二宮はソファに、榛名はラグの上に座っている。
 そしたらいきなりそんなことを聞かれた。

「えっ?」
「それくらいは分かります。よかったら相談に乗らせてくれませんか? 俺、誰にも言いませんから」
「……」

   そんなことを言われても、職場の人間である二宮に赤裸々に霧咲とのことを話すわけにはいかない。
 榛名はしばし、二宮を見つめて固まってしまった。
   それでも、茶化す雰囲気など欠片もない二宮の真剣な顔を見ていると、榛名はだんだんと相談したくなってきた。
 本当は、誰かに自分の話を聞いて欲しかったのだ。
   榛名の相手が霧咲だとバレなければいい。簡単なことだ。
 榛名は手に持ったコーヒーを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「実は、今付き合ってる人が既婚者だったんです……それに、子供までいて……」
「えっ!?」

 二宮の一重の切れ長の目が、大きく見開かれた。

「俺は今まで知らずに付き合ってて……」
「それは……かなり落ち込みますね」

 口元を押さえて、二宮も絶句していた。
 しばし榛名の部屋に沈黙が訪れる。
 ちなみに、榛名がK大から帰ってきた直後からこんな状態になっているので、榛名を悩ませている相手が霧咲だというのはとっくに二宮も気付いているのだが、榛名はそのことに全く気付いていない。
 そして、二宮が先に重い口を開いた。

「それで、主任はどうするつもりなんですか」
「……」
「身を引かないつもりですか?」
「だって、好きなんです……」

   まるでこどものような言い分だと思った。
 否、こどもそのものだ。
 相手が結婚しているとわかったのに、それでも付き合い続けたいなんて。
 その理由が『だって好きだから』だなんて。
 けど、理由はそれ以外にないのも事実だ。

「主任……辛いとは思いますけど、俺は諦めた方がいいと思います」
「言われなくても分かってます、でも……」」
「奥さんにバレたらどうするんですか? あっ」
「え……」

 二宮は慌てて手で自分の口を押さえたが、もう遅かった。

 『奥さんにバレたらどうするんですか』

 それは、榛名が男と付き合っているのだとはっきりと分かった上での言葉だった。
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