100 / 322
48 二宮の説得
それでもなかなかためらって話そうとしない榛名に痺れを切らしたのか、二宮は自分から話を切り出すことにした。
「主任のご両親は、今どうされてますか?」
「え? 実家で元気に暮らしてる……はずですけど」
母親はしょっちゅう電話をかけてくるが、父親とは実家に帰る時以外はほとんど話さない。
しかし特に大病を患うこともなく、元気にしていると思う。
父は結婚と孫コールで母に攻められている息子を見て同情の目は向けてくれるものの、母が怖いのか表立った味方は一切してくれない。
きっと孫の顔が見たいのは母親と同様なのだろう。
すると二宮が、暗い表情――彼はいつもほとんど同じ表情なのだが、榛名は少し違いが分かってきた――で続けた。
「そうですか。うちは母子家庭でした。兄弟は弟が一人です」
「そうなんですか。俺は姉が一人います」
二宮の母親は、女手一つで兄弟を育てて大変だっただろう。
けれど、二宮のようなしっかりした長男がいれば安心だろうな、とも思う。
「……父親は不倫して、相手の女と出て行ったんです」
「えっ?」
「相手は父の会社の部下で、父より一回りも年下の女でした。父は母と俺と弟を捨てて、出て行ったあとにその女と一緒になりました」
「……」
榛名は膝の上に置いている手を、思わずぎゅっと握りしめた。
「父は典型的な仕事人間で、あまり家庭を顧みない人だったので俺は両親が離婚したことにそこまでショックを受けませんでした。けど、母と弟は泣いていました。母親は悔しくて、弟は淋しくて。……きっと弟は、俺より父に可愛がられていたからでしょうね」
「……」
淡々と話す二宮の言葉は、大声で激昂されるよりも榛名の胸の内側を的確に突いてくる。
「不倫っていうのは、人の家庭を壊す行為ですよ。もちろん悪いのは主任だけじゃなくて、霧咲先生も相当悪いですけど……」
分かっている。
昨日散々考えて考えて……その中でも一番榛名を悩ませたのは、奥さんよりも霧咲の娘の存在だった。
でも、自分で想像するのと経験者――捨てられた子供の側だった二宮が言うのでは、言葉の重みが全く違った。
もしも霧咲が榛名を選べば、確実に霧咲の妻と娘は不幸になるのだ。
特に娘のことを考えると胸が痛んだ。
繊細な榛名が、いつまで耐えられるのかわからない種類の痛みだ。
「そこらへんを、もう少しよく考えた方がいいです。不倫ってのが分かったばかりで混乱してると思いますけど、冷静になってください。うちの親父は相手の女を選びましたけど、霧咲先生は分かりませんから。そうなったら、泣くのは主任なんですよ?」
「……っ」
二宮は本気で榛名を心配してくれている。
榛名はまた色々な感情が綯い交ぜになって、目に涙を滲ませた。
「……心配してくださって、有難うございます二宮さん。でも、大丈夫です」
「大丈夫って、主任!」
(だって大丈夫、なんだ……)
「お父さんが男に取られて、泣く子はいないですから……」
「えっ?」
「俺……もう振られること決定してるんです。だから、それまでは知らないふりして好きでいようと思ってて……」
カウントダウンは、あと三日。
明日霧咲が関西に出張に行って、多分帰ってくるであろう次の日の夜。
その日は世間のクリスマスとは一日だけずれた、榛名たちだけのクリスマスの日。
きっとその日、榛名は別れを告げられる。
可愛い娘と天秤に掛けられて、自分が選ばれるなんてこれっぽっちも思っていない。
――価値が違うのだから。
「それくらい、いいですよね? 俺の方から物分り良く別れたくないんです。どうしようもないくらい、あの人のことが好き……だから……」
もう二宮の前では散々カッコ悪いところを見せていたので、榛名の感覚は少し麻痺していた。
膝を抱えたまま、こぼれる涙を隠そうともしない。
「そうなんですか……俺、えらそうに説教してすみません」
「いえ、当然です。でも俺を止めてくれてありがとうございます。厳しい言葉も嬉しいです」
ひとりぼっちで、深い沼の底へ沈んでいくのだと思ってた。
けれど、溺れる寸前で二宮が自分の手を引いてくれた。
そのまま素直に浮上するわけじゃないにしても、その行為は素直に嬉しかった。
こうやって話しているだけでも、霧咲に捨てられる恐怖が薄らいでいく気がするから。
気のせいでも、なんだか呼吸が少し楽になった気がした。
「主任のご両親は、今どうされてますか?」
「え? 実家で元気に暮らしてる……はずですけど」
母親はしょっちゅう電話をかけてくるが、父親とは実家に帰る時以外はほとんど話さない。
しかし特に大病を患うこともなく、元気にしていると思う。
父は結婚と孫コールで母に攻められている息子を見て同情の目は向けてくれるものの、母が怖いのか表立った味方は一切してくれない。
きっと孫の顔が見たいのは母親と同様なのだろう。
すると二宮が、暗い表情――彼はいつもほとんど同じ表情なのだが、榛名は少し違いが分かってきた――で続けた。
「そうですか。うちは母子家庭でした。兄弟は弟が一人です」
「そうなんですか。俺は姉が一人います」
二宮の母親は、女手一つで兄弟を育てて大変だっただろう。
けれど、二宮のようなしっかりした長男がいれば安心だろうな、とも思う。
「……父親は不倫して、相手の女と出て行ったんです」
「えっ?」
「相手は父の会社の部下で、父より一回りも年下の女でした。父は母と俺と弟を捨てて、出て行ったあとにその女と一緒になりました」
「……」
榛名は膝の上に置いている手を、思わずぎゅっと握りしめた。
「父は典型的な仕事人間で、あまり家庭を顧みない人だったので俺は両親が離婚したことにそこまでショックを受けませんでした。けど、母と弟は泣いていました。母親は悔しくて、弟は淋しくて。……きっと弟は、俺より父に可愛がられていたからでしょうね」
「……」
淡々と話す二宮の言葉は、大声で激昂されるよりも榛名の胸の内側を的確に突いてくる。
「不倫っていうのは、人の家庭を壊す行為ですよ。もちろん悪いのは主任だけじゃなくて、霧咲先生も相当悪いですけど……」
分かっている。
昨日散々考えて考えて……その中でも一番榛名を悩ませたのは、奥さんよりも霧咲の娘の存在だった。
でも、自分で想像するのと経験者――捨てられた子供の側だった二宮が言うのでは、言葉の重みが全く違った。
もしも霧咲が榛名を選べば、確実に霧咲の妻と娘は不幸になるのだ。
特に娘のことを考えると胸が痛んだ。
繊細な榛名が、いつまで耐えられるのかわからない種類の痛みだ。
「そこらへんを、もう少しよく考えた方がいいです。不倫ってのが分かったばかりで混乱してると思いますけど、冷静になってください。うちの親父は相手の女を選びましたけど、霧咲先生は分かりませんから。そうなったら、泣くのは主任なんですよ?」
「……っ」
二宮は本気で榛名を心配してくれている。
榛名はまた色々な感情が綯い交ぜになって、目に涙を滲ませた。
「……心配してくださって、有難うございます二宮さん。でも、大丈夫です」
「大丈夫って、主任!」
(だって大丈夫、なんだ……)
「お父さんが男に取られて、泣く子はいないですから……」
「えっ?」
「俺……もう振られること決定してるんです。だから、それまでは知らないふりして好きでいようと思ってて……」
カウントダウンは、あと三日。
明日霧咲が関西に出張に行って、多分帰ってくるであろう次の日の夜。
その日は世間のクリスマスとは一日だけずれた、榛名たちだけのクリスマスの日。
きっとその日、榛名は別れを告げられる。
可愛い娘と天秤に掛けられて、自分が選ばれるなんてこれっぽっちも思っていない。
――価値が違うのだから。
「それくらい、いいですよね? 俺の方から物分り良く別れたくないんです。どうしようもないくらい、あの人のことが好き……だから……」
もう二宮の前では散々カッコ悪いところを見せていたので、榛名の感覚は少し麻痺していた。
膝を抱えたまま、こぼれる涙を隠そうともしない。
「そうなんですか……俺、えらそうに説教してすみません」
「いえ、当然です。でも俺を止めてくれてありがとうございます。厳しい言葉も嬉しいです」
ひとりぼっちで、深い沼の底へ沈んでいくのだと思ってた。
けれど、溺れる寸前で二宮が自分の手を引いてくれた。
そのまま素直に浮上するわけじゃないにしても、その行為は素直に嬉しかった。
こうやって話しているだけでも、霧咲に捨てられる恐怖が薄らいでいく気がするから。
気のせいでも、なんだか呼吸が少し楽になった気がした。
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
魔性の男
久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕