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〃
風呂から上がってきた霧咲は、傷パッドをきれいに剥がしていた。
そこにはひっかき傷のような痕が三本ほどくっきりとついており、まだ少し血が滲んでいた。
「い、痛そう……」
二人一緒にソファーに座って、榛名は霧咲の傷を横からまじまじと観察した。
「長い爪でざっくりやられたからね。ったく、アイツは本当に……」
「消毒しますよ? 少ししみますからね」
榛名は霧咲が持って帰ってきたディスポーザブルの消毒綿球をちょんちょん、と霧咲の頬に当てた。
「うっ……少ししみるね」
「我慢我慢。軟膏付けときますね」
「うん」
榛名は霧咲が出してきた傷用軟膏を直接パッドに塗りつけて、丁寧になめらかな頬に貼付した。
「終わりましたよ。傷跡、少し残りそうですね……」
「ありがとう看護師さん。まあ男だからそれは別に構わないさ。仕事中はマスクすればいいんだしね」
霧咲は自分でも頬を触って、パッドの周りを押さえてくっつけていた。
そんな仕草を見ながら、榛名はきゅっと両手を握りしめて言った。
「……昨日、帰らなきゃよかった」
「え?」
「俺が貴方の代わりに傷つけられたら良かったのに」
「何を言ってるの?」
「だって俺は……貴方の心の傷は、引き受けてあげられないから」
榛名は、霧咲が心にとても大きな傷を負っていることを知っている。
そしてそれは、決してすぐには消えない傷だということも。
「馬鹿だね。君が蓉子に傷付けられたら、俺が我慢できずにやり返してしまうよ」
そう言いながら、霧咲は榛名を強く抱きしめた。
榛名も霧咲の背中に手を回して、頭を擦り付ける。
「それはもっとダメですよ。女性に暴力を奮うなんて」
「じゃあ男は黙って傷付けられてもいいの? そんな理不尽は無いよ」
「でも、その理不尽を貴方も受け入れているじゃないですか」
「まあ、妹だしね」
「……」
なんだか言いたかったことが有耶無耶にされてしまったが、ここで二人がどんな話をしようと時間はもう戻らないし、霧咲の顔の傷が簡単に消えることはないのだ。
いくら榛名が霧咲の代わりに傷つきたかったと言っても、霧咲がそれを許さない。
「さあ、君の作ってくれたディナーを食べよう? 話はそれからでもゆっくり出来るだろう」
「……じゃあ、あっためなおすんでちょっと待っててくださいね」
「うん」
榛名の料理はいつものように――多分、いつもより好評だった。
毎回大げさなくらい褒めてくれるので、その違いはあまり明確ではないが。
「とっても美味しいよ暁哉! 君は本当にいい奥さんになれるね、あ、もう奥さんだったっけ? 俺の」
霧咲はワインを片手にかなりご機嫌だった。
ワインは以前に榛名が買っていて、クリスマスに霧咲と呑もうと思っていたものだ。
「いやちょっと味付け濃いですよ……すいません。血圧上がりそう」
俺の奥さん、のくだりはさらりと流した。
「そんなことないよ、君を見てると自然と血圧は上がるけどね。ポテトサラダも美味しい」
「あんまりジャガイモ潰れてないですけどね……なんか少しシャリシャリするし」
褒められて嬉しいのだが、やはり恥ずかしくて(出来もイマイチだし)素直に受け止められない。本気で料理教室にでも通おうかな? と思った。
これからは子どものご飯も作ることになるのだし……それにしても。
(奥さん、か)
自分は男なのに、そう呼ばれるのは妙に嬉しい。
いよいよ末期だな、と思った。
「ちなみに、霧咲さんは料理をするんですか?」
「しないよ」
「全く?」
「全く。普段は外食だし、亜衣乃が来たときは出前だから」
「……」
だからここまで褒められるのか。
榛名は料理教室に通おうと強く思った。
そこにはひっかき傷のような痕が三本ほどくっきりとついており、まだ少し血が滲んでいた。
「い、痛そう……」
二人一緒にソファーに座って、榛名は霧咲の傷を横からまじまじと観察した。
「長い爪でざっくりやられたからね。ったく、アイツは本当に……」
「消毒しますよ? 少ししみますからね」
榛名は霧咲が持って帰ってきたディスポーザブルの消毒綿球をちょんちょん、と霧咲の頬に当てた。
「うっ……少ししみるね」
「我慢我慢。軟膏付けときますね」
「うん」
榛名は霧咲が出してきた傷用軟膏を直接パッドに塗りつけて、丁寧になめらかな頬に貼付した。
「終わりましたよ。傷跡、少し残りそうですね……」
「ありがとう看護師さん。まあ男だからそれは別に構わないさ。仕事中はマスクすればいいんだしね」
霧咲は自分でも頬を触って、パッドの周りを押さえてくっつけていた。
そんな仕草を見ながら、榛名はきゅっと両手を握りしめて言った。
「……昨日、帰らなきゃよかった」
「え?」
「俺が貴方の代わりに傷つけられたら良かったのに」
「何を言ってるの?」
「だって俺は……貴方の心の傷は、引き受けてあげられないから」
榛名は、霧咲が心にとても大きな傷を負っていることを知っている。
そしてそれは、決してすぐには消えない傷だということも。
「馬鹿だね。君が蓉子に傷付けられたら、俺が我慢できずにやり返してしまうよ」
そう言いながら、霧咲は榛名を強く抱きしめた。
榛名も霧咲の背中に手を回して、頭を擦り付ける。
「それはもっとダメですよ。女性に暴力を奮うなんて」
「じゃあ男は黙って傷付けられてもいいの? そんな理不尽は無いよ」
「でも、その理不尽を貴方も受け入れているじゃないですか」
「まあ、妹だしね」
「……」
なんだか言いたかったことが有耶無耶にされてしまったが、ここで二人がどんな話をしようと時間はもう戻らないし、霧咲の顔の傷が簡単に消えることはないのだ。
いくら榛名が霧咲の代わりに傷つきたかったと言っても、霧咲がそれを許さない。
「さあ、君の作ってくれたディナーを食べよう? 話はそれからでもゆっくり出来るだろう」
「……じゃあ、あっためなおすんでちょっと待っててくださいね」
「うん」
榛名の料理はいつものように――多分、いつもより好評だった。
毎回大げさなくらい褒めてくれるので、その違いはあまり明確ではないが。
「とっても美味しいよ暁哉! 君は本当にいい奥さんになれるね、あ、もう奥さんだったっけ? 俺の」
霧咲はワインを片手にかなりご機嫌だった。
ワインは以前に榛名が買っていて、クリスマスに霧咲と呑もうと思っていたものだ。
「いやちょっと味付け濃いですよ……すいません。血圧上がりそう」
俺の奥さん、のくだりはさらりと流した。
「そんなことないよ、君を見てると自然と血圧は上がるけどね。ポテトサラダも美味しい」
「あんまりジャガイモ潰れてないですけどね……なんか少しシャリシャリするし」
褒められて嬉しいのだが、やはり恥ずかしくて(出来もイマイチだし)素直に受け止められない。本気で料理教室にでも通おうかな? と思った。
これからは子どものご飯も作ることになるのだし……それにしても。
(奥さん、か)
自分は男なのに、そう呼ばれるのは妙に嬉しい。
いよいよ末期だな、と思った。
「ちなみに、霧咲さんは料理をするんですか?」
「しないよ」
「全く?」
「全く。普段は外食だし、亜衣乃が来たときは出前だから」
「……」
だからここまで褒められるのか。
榛名は料理教室に通おうと強く思った。
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