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〃
「子供がね……」
「え?」
霧咲は、再び榛名から目を逸らして話しだした。
榛名は霧咲の言葉を聞き漏らすまいと、じっと耳を傾ける。
「いつだったか、昔デート中に公園で……俺と中原の目の前で遊んでいる子供が数人いたんだ。それを見て俺は『可愛いな』って言ったんだよ」
『誠人は、子どもが欲しいの?』
『ん……そうだな。できるわけないけど、もし俺と貴方の子供が生まれたらきっと可愛いだろうね』
『そう……うん、そうだね』
「俺はその話はそれで終わったと思ってたんだ。ただのもしも話で……でも、そのあと中原はとんでもない行動に出た。全て俺のあの発言のせいだったんだ。けど当時は研修医で病院の当直バイトに明け暮れていた俺は、彼の異変に気付いてあげられなかったんだ」
「……」
霧咲は、更に悲痛な表情をして続けた。
「俺の知らないあいだに、高校生の頃から兄の親友として顔見知りだった蓉子を騙して……孕ませて、結婚して……それは全部俺のためだと中原は言った。俺と一緒に居たいからだと」
「霧咲さん……」
「俺があのとき、子供が可愛いなんて言わなければ良かったんだ。欲しいかなんて聞かれても、君さえいればいいと言ってあげたら良かった。そうすれば誰も傷付かなかったのに……全部、全部俺のせいなんだ」
「霧咲さん!」
榛名は思わず立ち上がり、正面から霧咲を抱き締めた。
「貴方は何も悪くない。だってそんなの、仕方ない……! 相手の考えていることが、求めている言葉が100%分かる人間なんてこの世にはいませんよ。俺も、貴方も」
ぎゅう、と抱き締める腕に力を込めた。
「勘違いするのもすれ違うことも仕方ないですよ! どんなに愛してたって、結局は他人同士なんだから! だからこうして一緒にいるんじゃないですか?」
榛名は霧咲の顔をそっと両手で挟んで、自分の方に向かせた。霧咲は今にも泣きそうだった。
助けてあげたいなんて、本当に烏滸がましい。
霧咲自身が克服しなければ、きっとこの傷はいつまでも治らないのだ。
でも……。
「ねえ霧咲さん、貴方はあの日俺と会ったことを後悔していますか?」
「え?」
「亜衣乃ちゃんが生まれたことを、本当は疎ましく思っているんですか?」
「そんなわけないだろう、俺は君を本当に愛しているし、亜衣乃のことだって、産まれたときは本当に嬉しかったさ……」
染みるけれど、消毒液をつけてあげることはできる。
「じゃあ、もう自分を許してあげてください」
「……っ」
「貴方が後悔しているのは、俺と会ったことも亜衣乃ちゃんが生まれたことも、全部否定しているってことなんですよ?」
見えないように、保護してあげることも。
「貴方は俺の、運命の人なんでしょう?」
――そうすればきっと、忘れた頃に傷は治っている。
「暁哉……」
「今更、違うなんて言わせないですから」
そして榛名は、そのままそっと霧咲に口付けた。
「わっ!?」
突然霧咲の手が伸びてきて、乱暴に抱き寄せられた榛名はバランスを崩し霧咲の身体の中へと倒れ込んだ。
そしてそのまま、きつく抱き締められた。
「暁哉……君が好きだ、愛してる!」
「!? お、俺もですよ?」
霧咲は榛名の返事などまるで聞いてないかのように、興奮した口調で続けた。
「君の言う通りだ……俺は蓉子の言いなりになることで、自ら亜衣乃の存在を否定していたんだな。そんなことにも気付けなかったなんて、俺は伯父失格だ! それと中原と別れたからこそ、誰よりも愛しい存在に出逢えたのに……」
「いいことか悪いことなのか、俺には分かりませんけどね」
それは、若干の照れ隠し発言だった。
「いいに決まってるだろ。ああ……君を好きになってよかった。本当に愛してるよ」
「は、恥ずかしいです……連呼は」
霧咲は『愛してる』という言葉をよく榛名に言う。それこそ挨拶代わりのように。
しかしこんなに何度も熱烈に言われたら、やはり照れてしまう。
それでも……どんなに聞きなれていても、嬉しいものは嬉しい。綻ぶ顔を止められない。
「暁哉、好きだ。愛してる」
「……俺も、」
多少霧咲の心の負担を軽くしてあげることができたのなら、大成功だ。
榛名は少し子供のような霧咲を微笑ましく思って、自分からも強く抱きついた。
「ベッドに行こう? 思いきり君を抱きたい」
「は、はい」
期待に胸が高まっていく。
しかし、その時。目敏い霧咲が榛名の腰を抱いて寝室に行く途中に、おや? と、あることに気が付いた。
「ラグの一部、少し汚れてるね」
その目線の先を追って、ああ、と榛名は苦笑した。
「そこ、こないだコーヒーこぼしちゃったんです。二宮さんが来てて、男と付き合ってるって指摘されてあまりにビックリしちゃって……」
「は?」
(あっ……)
榛名は今、自分がとても軽率な発言をしたことに気が付いた。
しかし、別にあの時のことを秘密にしようと思っていたわけではない。
二宮はあの日、仕事を休んだ自分を心配して来てくれたのだ。家にあげたのも、霧咲のことを既婚者だと勘違いして自棄になっていたのだし……頭の中で、そんな言い訳がつらつらと募る。
しかし『言い訳』と思っている時点で、もう悪い。
二宮がゲイじゃないとしても、自分の恋愛対象である男を一人暮らしの部屋に上げるなんて。
もし自分が女だとしたら、迂闊以外に言葉が無い。
「えっと、いつ、どうして、どんな状況で二宮さんが部屋に来たのかな? 寝室でじっくり詳しく教えてもらおうか」
(うわー……)
浮気をしたわけじゃないけれど、あの日起きた出来事を客観視して思い出すと、とても霧咲には言えないようなことをされたような……言ったような……言われたような気がする。
とにかく霧咲にそう言われて榛名の頭に浮かんだ言葉は、『最悪』の二文字だった。
「え?」
霧咲は、再び榛名から目を逸らして話しだした。
榛名は霧咲の言葉を聞き漏らすまいと、じっと耳を傾ける。
「いつだったか、昔デート中に公園で……俺と中原の目の前で遊んでいる子供が数人いたんだ。それを見て俺は『可愛いな』って言ったんだよ」
『誠人は、子どもが欲しいの?』
『ん……そうだな。できるわけないけど、もし俺と貴方の子供が生まれたらきっと可愛いだろうね』
『そう……うん、そうだね』
「俺はその話はそれで終わったと思ってたんだ。ただのもしも話で……でも、そのあと中原はとんでもない行動に出た。全て俺のあの発言のせいだったんだ。けど当時は研修医で病院の当直バイトに明け暮れていた俺は、彼の異変に気付いてあげられなかったんだ」
「……」
霧咲は、更に悲痛な表情をして続けた。
「俺の知らないあいだに、高校生の頃から兄の親友として顔見知りだった蓉子を騙して……孕ませて、結婚して……それは全部俺のためだと中原は言った。俺と一緒に居たいからだと」
「霧咲さん……」
「俺があのとき、子供が可愛いなんて言わなければ良かったんだ。欲しいかなんて聞かれても、君さえいればいいと言ってあげたら良かった。そうすれば誰も傷付かなかったのに……全部、全部俺のせいなんだ」
「霧咲さん!」
榛名は思わず立ち上がり、正面から霧咲を抱き締めた。
「貴方は何も悪くない。だってそんなの、仕方ない……! 相手の考えていることが、求めている言葉が100%分かる人間なんてこの世にはいませんよ。俺も、貴方も」
ぎゅう、と抱き締める腕に力を込めた。
「勘違いするのもすれ違うことも仕方ないですよ! どんなに愛してたって、結局は他人同士なんだから! だからこうして一緒にいるんじゃないですか?」
榛名は霧咲の顔をそっと両手で挟んで、自分の方に向かせた。霧咲は今にも泣きそうだった。
助けてあげたいなんて、本当に烏滸がましい。
霧咲自身が克服しなければ、きっとこの傷はいつまでも治らないのだ。
でも……。
「ねえ霧咲さん、貴方はあの日俺と会ったことを後悔していますか?」
「え?」
「亜衣乃ちゃんが生まれたことを、本当は疎ましく思っているんですか?」
「そんなわけないだろう、俺は君を本当に愛しているし、亜衣乃のことだって、産まれたときは本当に嬉しかったさ……」
染みるけれど、消毒液をつけてあげることはできる。
「じゃあ、もう自分を許してあげてください」
「……っ」
「貴方が後悔しているのは、俺と会ったことも亜衣乃ちゃんが生まれたことも、全部否定しているってことなんですよ?」
見えないように、保護してあげることも。
「貴方は俺の、運命の人なんでしょう?」
――そうすればきっと、忘れた頃に傷は治っている。
「暁哉……」
「今更、違うなんて言わせないですから」
そして榛名は、そのままそっと霧咲に口付けた。
「わっ!?」
突然霧咲の手が伸びてきて、乱暴に抱き寄せられた榛名はバランスを崩し霧咲の身体の中へと倒れ込んだ。
そしてそのまま、きつく抱き締められた。
「暁哉……君が好きだ、愛してる!」
「!? お、俺もですよ?」
霧咲は榛名の返事などまるで聞いてないかのように、興奮した口調で続けた。
「君の言う通りだ……俺は蓉子の言いなりになることで、自ら亜衣乃の存在を否定していたんだな。そんなことにも気付けなかったなんて、俺は伯父失格だ! それと中原と別れたからこそ、誰よりも愛しい存在に出逢えたのに……」
「いいことか悪いことなのか、俺には分かりませんけどね」
それは、若干の照れ隠し発言だった。
「いいに決まってるだろ。ああ……君を好きになってよかった。本当に愛してるよ」
「は、恥ずかしいです……連呼は」
霧咲は『愛してる』という言葉をよく榛名に言う。それこそ挨拶代わりのように。
しかしこんなに何度も熱烈に言われたら、やはり照れてしまう。
それでも……どんなに聞きなれていても、嬉しいものは嬉しい。綻ぶ顔を止められない。
「暁哉、好きだ。愛してる」
「……俺も、」
多少霧咲の心の負担を軽くしてあげることができたのなら、大成功だ。
榛名は少し子供のような霧咲を微笑ましく思って、自分からも強く抱きついた。
「ベッドに行こう? 思いきり君を抱きたい」
「は、はい」
期待に胸が高まっていく。
しかし、その時。目敏い霧咲が榛名の腰を抱いて寝室に行く途中に、おや? と、あることに気が付いた。
「ラグの一部、少し汚れてるね」
その目線の先を追って、ああ、と榛名は苦笑した。
「そこ、こないだコーヒーこぼしちゃったんです。二宮さんが来てて、男と付き合ってるって指摘されてあまりにビックリしちゃって……」
「は?」
(あっ……)
榛名は今、自分がとても軽率な発言をしたことに気が付いた。
しかし、別にあの時のことを秘密にしようと思っていたわけではない。
二宮はあの日、仕事を休んだ自分を心配して来てくれたのだ。家にあげたのも、霧咲のことを既婚者だと勘違いして自棄になっていたのだし……頭の中で、そんな言い訳がつらつらと募る。
しかし『言い訳』と思っている時点で、もう悪い。
二宮がゲイじゃないとしても、自分の恋愛対象である男を一人暮らしの部屋に上げるなんて。
もし自分が女だとしたら、迂闊以外に言葉が無い。
「えっと、いつ、どうして、どんな状況で二宮さんが部屋に来たのかな? 寝室でじっくり詳しく教えてもらおうか」
(うわー……)
浮気をしたわけじゃないけれど、あの日起きた出来事を客観視して思い出すと、とても霧咲には言えないようなことをされたような……言ったような……言われたような気がする。
とにかく霧咲にそう言われて榛名の頭に浮かんだ言葉は、『最悪』の二文字だった。
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