149 / 322
74 嬉しいこと、不安なこと
透析室には年末年始は関係ない。
たまに『お正月の間は透析はお休みですか?』と聞いてくる患者もいるが、そのたびに榛名達透析室のスタッフは笑顔で答える。
『休みじゃありませんよ。休みなのは日曜日だけです』と。
そのたびにガッカリした患者の顔を見るのは、もう風物詩のようなものだ。
「はあ~、全然お正月らしいことしてないですぅ」
1月3日火曜日、16時30分。
患者は全員帰り、片付けも明日の準備も粗方終わった。
あとは定時になるのを待つだけで、榛名と有坂はパソコンの前で談笑していた。
「有坂さん、彼氏と元旦に初詣行ったんじゃなかったの?」
「その予定だったんですけど。彼、急に代打で夜勤が入っちゃってぇ……なんかもう何もする気が起きなくて、結局一日中寝てましたよぉ。主任はどっか行きましたぁ?」
「そうなんだ、それは残念だったね。まあ、俺も同じかな。今の時期に外出したら人が多くて嫌だしね……テレビ見て寝てたよ」
榛名は先月いきなり休暇を取ったので、大晦日から今日までずっと日勤だった。
元日は日曜日だったので仕事は休みだったのだが、その日霧咲は用事があったため会えなかった。
つまり27日以降会ってないことになるのだが、それでも榛名は平気だった。
何故かというと。
*
「……ン……」
12月27日の朝。
昨日は世間から少し遅れたクリスマスを二人で祝って、夜から早朝にかけて散々愛し合って、榛名が目覚めたのは8時過ぎだった。
隣に寝ているはずの霧咲はおらず、リビングからテレビの音がした。
まだ半開きの目を擦って起きようとした途端、左手の薬指に違和感を感じたため、榛名は自分の左手を見た。
するとそこには、プラチナのシンプルなリングが嵌められていたのだ。
「き……っきりさ、いや、誠人さん!?」
榛名は一気に覚醒して、思わず大声で霧咲を呼んだ。
すると霧咲が、笑いを隠せないといった顔で寝室へとやってきた。
「おはよう。なんだい? 朝から大声出して……懲りないな君は」
「あの、これっ! これは一体!?」
「あ、気付いた? クリスマスプレゼントだよ」
どう見ても気付いているだろうに、霧咲はわざとらしく言った。
榛名のリアクションが面白くて仕方ないらしく、その後くつくつと笑った。
「プレゼントって! だってプレゼントは昨日、」
「結婚の約束をした恋人との最初のクリスマスプレゼントが、ローターとバイブとコックリングだけだとでも? 俺はとんだ変態と思われているようだな」
(とんだ変態だと思ってたよ!!)
しかしそれは口には出さず、榛名はもう一度指に嵌まっているリングを見つめた。
よく見たら細かいダイヤも付いている。
これはいわゆる婚約指輪……いや、結婚指輪だろうか? どちらでもいい。
とにかく驚いた反面、嬉しくて仕方がなかった。特に装飾品が好きなわけではないのに。
「それで、気に入って貰えたのかな?」
「ハイ……! とっても嬉しいです、有難うございます誠人さん!」
「……うん」
普段あまり見ることのない、とびきりの笑顔でそう言った榛名を見て、霧咲も嬉しそうに微笑む。
そしてベッドに座ったままの榛名の方へ歩いてくると、頬に手を添えてチュッと軽いキスを落とした。
「ン、」
「それで、どうなの。返事は」
「え? 何の返事ですか?」
榛名はキョトンとしてそう言う。
礼なら今しがた言ったはずなのに、霧咲は一体何のことを言っているのだろうか?と。
「いや……指輪と言えばプロポーズの意だろう、その、いつも最中に無理矢理イエスと言わせてるようだったからね」
「いまさらぁ!?」
榛名は素っ頓狂な声を上げて、呆れてそう言った。
さっき自分が結婚の約束をしたと言ってた癖に、何故そう何度も確認したがるのだろう。
「……俺だってね、気にしてることくらいあるんだよ?」
「信じられない……今日の天気は雨ですか、もしかして雪ですか?」
「君ね……」
榛名の態度は、言うなれば昨夜のお返しのようなものだ。
少し照れたような霧咲の表情を見てプッと吹き出し、耐えきれずに笑った。
「あはは! もう……あんなことしといて何今さら不安がってるんだか。じゃあ俺から言ってあげますよ。霧咲誠人さん、貴方のことを世界一愛してます、どうか俺と結婚してください」
榛名はすらすらと、自分からプロポーズした。
「素面のときにそうもハキハキ言われると、ますます俺の情けなさが際立つものだね」
「情けないっていうか、可愛いです」
榛名はニコニコと幸せそうに笑いながら言う。
「10歳も年上の男捕まえて可愛いとか」
「だって、可愛いですもん」
照れた顔も、拗ねた顔も。
年上なのに、霧咲は時々大きなこどものようだ。
でもそれが自分の前でだけなのかと思うと、愛しくてたまらない。
「誠人さん、返事は?」
「……もちろん、よろしくお願いします、だよ」
「ふふっ」
よく見ると、霧咲の左の薬指には同じリングが嵌まっている。
榛名の指のサイズをいつ測ったのか、いつ指輪を買いに行ったのか、どんな顔をして買ったのか分からない。
けど、そんな些細なことはどうでもいい。
どうせ教えてくれないだろうし、気にするだけ無駄だと榛名も分かっている。
「じゃあ今度は、君の可愛い顔も見せてもらおうかな」
ぎし、と音を立てて霧咲もベッドに乗って榛名を押し倒してきた。
「え。またするんですか?」
そう言いながらも、榛名の腕は自然と霧咲の背中へと回っている。
「するよ? 明日からまたしばらく会えないしね」
「なんていうか、元気ですね……」
「君のせいだから」
「ン……」
霧咲のキスを受け入れながら、榛名は再び目を閉じた。
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
魔性の男
久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕