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81 榛名、中原に憤る
「君の心配しているような修羅場は無かったよ。蓉子を騙して結婚して、その上子どもまで孕ませた中原に俺は怒りを覚えて普通に別れを告げた。そしたら彼は、俺に冷めたと言って姿を消したんだ。離婚届と、妥当な額の慰謝料を残してね」
「……それだけ?」
榛名は眉間に皺を寄せて、怪訝な顔で霧咲を見つめている。
霧咲の両肩に置かれた手にも、グッと力が入っていた。
「それだけだよ」
「もっと詳しく教えてください! とてもそれだけだとは思えない。俺、そんなの納得いきません!」
榛名は霧咲の両肩を強く掴み、多少揺さぶりながらそう言った。
「困った子だなぁ……」
霧咲は苦笑すると、再び困った表情で榛名の目を見つめた。
聞いたところで不安は増すだけだろうに、それでも真実を知りたいのか。
誤魔化すのは無理そうだな、と思った霧咲はため息をついて口を開いた。
「……お前には失望した、と言われた」
「失望した?」
「誰のためにここまでやったと思ってるんだ、お前の方から僕に別れを告げるなんて何様のつもりだ、それだけは絶対に許さない、お前には失望した、もうお前ら兄妹に用はない、子どももいらない、二度と僕の前に姿を見せるな……そう吐き捨てるように一方的に言われて、彼とはそれっきりだ」
「なに、それ……」
榛名は自分の思っていたこととは違う霧咲の言葉に、それ以外の言葉が出てこなかった。
「彼にとってはずっと格下だった俺に振られるなんて、プライドが許さなかったんだろう。俺は今まで彼にとってどういう存在だったんだろうなってしばらく悩みはしたけど……今となっては彼の方から立ち去ってくれてラッキーだったと思ってるよ。蓉子はそうはいかなかっただろうけどね」
「……」
「どうしたの、君がそんな顔をする必要はないだろう?」
霧咲の中ではとうに納得している結末なのだろう。
だからこうやって、普通に笑いながら話せるのだ。
でも、榛名には納得がいかない。
中原が霧咲に粘着せずに自分から離れてくれたのは嬉しいことなのに、どうしても納得がいかなかった。
「誠人さんは、中原さんの自己顕示欲を満たすだけの道具じゃない……!」
「暁哉?」
「俺は悔しいです! 誠人さんがそんな風に言われて……中原さんのこと許せない! ボコボコに殴りたい! 蓉子さんと、亜衣乃ちゃんの分も!!」
どうしようもなく悔しくて、涙が出てくる。
霧咲は指でその涙をぬぐいながら、「だから言いたくなかったんだ、きっと君は俺のために泣くだろうと思って」と言った。
「そんなの当たり前です!」
「ありがとう。俺の……いや、俺たちのために泣いてくれて。でも、もう全部終わったことだから、君が怒りを感じたり涙を流す必要は無いんだよ」
「……」
そうは言われても、榛名が知ったのは今なのだから、涙は溢れ続ける。
榛名は霧咲の首に抱きついて、子供のように泣いた。
霧咲はよしよしと榛名の頭や背中を撫でて、その涙が途切れるのをじっと待った。
そしてようやく、榛名は顔を上げた。
霧咲の襟元は、榛名の涙ですっかり色が変わってしまっていた。
「大丈夫かい?」
「はい。あの……中原さんのことを聞きたがったのは俺だけど、やっぱり昔の恋人の話っていうのは楽しくないですね」
目を赤く腫らしてそう言う榛名に、霧咲はなんとも言えない愛しさがこみ上げてくる。
同時に申し訳ない気持ちにもなって、謝った。
「俺は、いくらなんでも君に背負わせすぎてるな。本当にごめんよ。でも君のことは絶対に一生手放せない、愛してるんだ。この気持ちは比べるのもバカらしいくらい、中原に対するものとは違うんだよ」
「誠人さん……」
その言葉だけで、嬉しいと思う。
実際に比べられたら、元恋人とのスペックの差は歴然だろうけど。
霧咲は榛名をぎゅうう、と更に強く抱きしめた。
「暁哉、どうか俺のことを呆れて嫌わないで欲しい、俺から逃げないで欲しい。俺はどこまでも君を追いかけるし、もし君が手の届かないところへ行ってしまったら、きっと俺は悲しみに暮れて死んでしまう」
「はあ……大袈裟ですね」
そんなことになったら、また亜衣乃が一人になってしまうじゃないか。
いや、もしかするとその頃には亜衣乃にも運命の相手が現れているかもしれない。
想像すると淋しいことこの上ないが、亜衣乃を心から幸せにしてくれるのならどんな相手でも構わない。
でなきゃ、可愛いムスメは手放さない。
「本当だよ。君を失ったら俺は死ぬ。次の日にはもう死んでる」
「それはちょっと、弱すぎて心配です」
もし死んだのが勘違いだったらどうするのだ。
それこそロミオとジュリエットのラストシーンのようじゃないか、と榛名は思う。
後追いするにしても、せめて本当に死んだのかを確かめるために、一週間は我慢してほしいところだ。
「そうだ、俺は弱いんだ。だから君は絶対に俺より先に死ぬんじゃないぞ」
開き直ったように言う霧咲に、榛名は思わず苦笑してしまう。
「絶対なんて保障はできないですけど……。ま、順調に行けば先に死ぬのは年齢順で誠人さんの方なんじゃないですか?」
「ああ、俺は君より年上で本当に良かったと今心から思うよ」
「くっだらない」
もう苦笑じゃなくて、普通に笑ってしまう。
霧咲が可愛くて、愛しくて。
さっきまで中原に激しく嫉妬していたのに、嫌な気持ちはどこかへ行ってしまっていた。
今現在、霧咲にこうやって身体ごと愛されているのは自分だけ。
世界にたった一人、榛名だけなのだ。
「ところで、昼寝なら亜衣乃はあまり起きてこないんだよね」
「え?」
いきなり霧咲が、真面目な顔をしてそう言った。
「あの子がいつも夜中に目を覚ますのは、蓉子が夜に帰ってくるからだ。音がして起きるのか、蓉子に会いたくて自分から起きてくるのかは分からないけど……」
「そうだったんですか……」
もう癖になってしまっているのだとしても、榛名はその理由はきっと後者だろうと思う。
嫌われているのが分かっていても、母親の顔が見たかったに違いない。
本当に健気な子だと思った。
「おかげで父兄参観に行ったらよく授業中に寝てるって注意されるんだ。成績はいいんだけどね」
「ふふ、さすが亜衣乃ちゃん。……これからは、夜中もぐっすり眠ってくれるようになるでしょうか」
「分からない。でも、いつかはそうなるんじゃないかな。君がママになるからね」
「だったらいいなぁ……」
霧咲と榛名はもう一度強く抱き合って、深く甘いキスを交わした。
その気にはならないように、互いに自制しながら。
「……それだけ?」
榛名は眉間に皺を寄せて、怪訝な顔で霧咲を見つめている。
霧咲の両肩に置かれた手にも、グッと力が入っていた。
「それだけだよ」
「もっと詳しく教えてください! とてもそれだけだとは思えない。俺、そんなの納得いきません!」
榛名は霧咲の両肩を強く掴み、多少揺さぶりながらそう言った。
「困った子だなぁ……」
霧咲は苦笑すると、再び困った表情で榛名の目を見つめた。
聞いたところで不安は増すだけだろうに、それでも真実を知りたいのか。
誤魔化すのは無理そうだな、と思った霧咲はため息をついて口を開いた。
「……お前には失望した、と言われた」
「失望した?」
「誰のためにここまでやったと思ってるんだ、お前の方から僕に別れを告げるなんて何様のつもりだ、それだけは絶対に許さない、お前には失望した、もうお前ら兄妹に用はない、子どももいらない、二度と僕の前に姿を見せるな……そう吐き捨てるように一方的に言われて、彼とはそれっきりだ」
「なに、それ……」
榛名は自分の思っていたこととは違う霧咲の言葉に、それ以外の言葉が出てこなかった。
「彼にとってはずっと格下だった俺に振られるなんて、プライドが許さなかったんだろう。俺は今まで彼にとってどういう存在だったんだろうなってしばらく悩みはしたけど……今となっては彼の方から立ち去ってくれてラッキーだったと思ってるよ。蓉子はそうはいかなかっただろうけどね」
「……」
「どうしたの、君がそんな顔をする必要はないだろう?」
霧咲の中ではとうに納得している結末なのだろう。
だからこうやって、普通に笑いながら話せるのだ。
でも、榛名には納得がいかない。
中原が霧咲に粘着せずに自分から離れてくれたのは嬉しいことなのに、どうしても納得がいかなかった。
「誠人さんは、中原さんの自己顕示欲を満たすだけの道具じゃない……!」
「暁哉?」
「俺は悔しいです! 誠人さんがそんな風に言われて……中原さんのこと許せない! ボコボコに殴りたい! 蓉子さんと、亜衣乃ちゃんの分も!!」
どうしようもなく悔しくて、涙が出てくる。
霧咲は指でその涙をぬぐいながら、「だから言いたくなかったんだ、きっと君は俺のために泣くだろうと思って」と言った。
「そんなの当たり前です!」
「ありがとう。俺の……いや、俺たちのために泣いてくれて。でも、もう全部終わったことだから、君が怒りを感じたり涙を流す必要は無いんだよ」
「……」
そうは言われても、榛名が知ったのは今なのだから、涙は溢れ続ける。
榛名は霧咲の首に抱きついて、子供のように泣いた。
霧咲はよしよしと榛名の頭や背中を撫でて、その涙が途切れるのをじっと待った。
そしてようやく、榛名は顔を上げた。
霧咲の襟元は、榛名の涙ですっかり色が変わってしまっていた。
「大丈夫かい?」
「はい。あの……中原さんのことを聞きたがったのは俺だけど、やっぱり昔の恋人の話っていうのは楽しくないですね」
目を赤く腫らしてそう言う榛名に、霧咲はなんとも言えない愛しさがこみ上げてくる。
同時に申し訳ない気持ちにもなって、謝った。
「俺は、いくらなんでも君に背負わせすぎてるな。本当にごめんよ。でも君のことは絶対に一生手放せない、愛してるんだ。この気持ちは比べるのもバカらしいくらい、中原に対するものとは違うんだよ」
「誠人さん……」
その言葉だけで、嬉しいと思う。
実際に比べられたら、元恋人とのスペックの差は歴然だろうけど。
霧咲は榛名をぎゅうう、と更に強く抱きしめた。
「暁哉、どうか俺のことを呆れて嫌わないで欲しい、俺から逃げないで欲しい。俺はどこまでも君を追いかけるし、もし君が手の届かないところへ行ってしまったら、きっと俺は悲しみに暮れて死んでしまう」
「はあ……大袈裟ですね」
そんなことになったら、また亜衣乃が一人になってしまうじゃないか。
いや、もしかするとその頃には亜衣乃にも運命の相手が現れているかもしれない。
想像すると淋しいことこの上ないが、亜衣乃を心から幸せにしてくれるのならどんな相手でも構わない。
でなきゃ、可愛いムスメは手放さない。
「本当だよ。君を失ったら俺は死ぬ。次の日にはもう死んでる」
「それはちょっと、弱すぎて心配です」
もし死んだのが勘違いだったらどうするのだ。
それこそロミオとジュリエットのラストシーンのようじゃないか、と榛名は思う。
後追いするにしても、せめて本当に死んだのかを確かめるために、一週間は我慢してほしいところだ。
「そうだ、俺は弱いんだ。だから君は絶対に俺より先に死ぬんじゃないぞ」
開き直ったように言う霧咲に、榛名は思わず苦笑してしまう。
「絶対なんて保障はできないですけど……。ま、順調に行けば先に死ぬのは年齢順で誠人さんの方なんじゃないですか?」
「ああ、俺は君より年上で本当に良かったと今心から思うよ」
「くっだらない」
もう苦笑じゃなくて、普通に笑ってしまう。
霧咲が可愛くて、愛しくて。
さっきまで中原に激しく嫉妬していたのに、嫌な気持ちはどこかへ行ってしまっていた。
今現在、霧咲にこうやって身体ごと愛されているのは自分だけ。
世界にたった一人、榛名だけなのだ。
「ところで、昼寝なら亜衣乃はあまり起きてこないんだよね」
「え?」
いきなり霧咲が、真面目な顔をしてそう言った。
「あの子がいつも夜中に目を覚ますのは、蓉子が夜に帰ってくるからだ。音がして起きるのか、蓉子に会いたくて自分から起きてくるのかは分からないけど……」
「そうだったんですか……」
もう癖になってしまっているのだとしても、榛名はその理由はきっと後者だろうと思う。
嫌われているのが分かっていても、母親の顔が見たかったに違いない。
本当に健気な子だと思った。
「おかげで父兄参観に行ったらよく授業中に寝てるって注意されるんだ。成績はいいんだけどね」
「ふふ、さすが亜衣乃ちゃん。……これからは、夜中もぐっすり眠ってくれるようになるでしょうか」
「分からない。でも、いつかはそうなるんじゃないかな。君がママになるからね」
「だったらいいなぁ……」
霧咲と榛名はもう一度強く抱き合って、深く甘いキスを交わした。
その気にはならないように、互いに自制しながら。
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