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82 榛名の親友
蓉子とひと悶着があった一週間後の今日、榛名は1人でとあるカフェに来ていた。
看護学生時代の友人に『久しぶりに会おう』と言われたので、半年ぶりに会うことにしたのだ。
霧咲は今日休みだったが、『俺のことは気にせず行っておいで』と快く送り出してくれた。
榛名と霧咲はまだ一緒に暮らしてはいないが、亜衣乃はあの日から霧咲と一緒に住んでいる。
今日は亜衣乃を小学校に迎えに行ったついでに、2人で映画でも観に行くことにするよ、と霧咲は言っていた。
「あ、榛名ーっ、ここ、ここ!」
「郁……! 久しぶり!」
榛名の姿を見つけるなり、立ち上がって手を振ってきた彼女の名前は黒木郁。
榛名と同じ就職と同時上京組で、今は産婦人科のクリニックで働いている。
榛名が前に別れた彼女を紹介してくれたのも、産婦人科の患者の内情を教えてくれたのも実はこの郁なのだった。
「てっげ久しぶり! 元気にしちょったー!?」
席に着くなり、大声で方言を喋る郁に榛名は少し顔をしかめた。
「ちょっ……東京のど真ん中の店ん中で方言丸出しは恥ずかしっちゃけど俺……」
「とか言って、榛名も喋っちょるやん」
「そっちに合わせてるだけやし」
榛名と郁は、高校1年から専門学校時代までの5年間、ずっと一緒に過ごしてきた。
お互いが異性の中では――そんな枠で括らずとも――一番仲のいい友人だと思っている。
頻繁に連絡を取り合うことは無いのだが、いつ会っても、どれだけ間を開けていても、まるで昨日会っていたかのような気持ちになる、そんな存在だ。
郁は目鼻立ちのはっきりしたなかなかの美人で、以前は肩まで伸びていた髪を後ろできゅっとひとまとめにしていた。
学生時代はずっとベリーショートだったため、会う度に女性らしくなっているな、と榛名は思う。
「あ、あの……お連れ様、ご注文は……」
横を見ると店員が少し引きつった顔で立っていたので、榛名はニコッと笑って「ホットコーヒーください」と綺麗な標準語で言った。
「そいや榛名さー、前に私が紹介したミツヨちゃんとはけっこう前に別れたっちゃろ? 私最近まで全然知らんくてさ、なんかゴメン」
先に来ていたホットコーヒーを飲みながら、郁が申し訳無さそうに言った。
「ミツヨちゃん? ……ああ~うん、付き合い始めて確か1ヶ月弱で振られたとよね、俺が」
しかし榛名には、その名前を言われても顔を思い出すのに少しタイムラグがあった。
最後に郁と会ったのは、その彼女を直接紹介された時だというのに。
彼女に振られた日は、霧咲と出逢えた運命の日。
だからあの日の記憶はすべて、霧咲に関することに塗り替えられてしまっている。
「しかもまた榛名の方が振られたっちゃ……なんで? けっこう性格もいい子やったやろ? 榛名好みののんびりふんわりした感じで、芋臭くて」
「芋臭いってのは悪口やないと?」
榛名は口の悪い友人を少し窘めながら、水を飲んだ。
「だって美人は緊張するから嫌やって、榛名が言っちょったやん。ミツヨちゃん顔は芋臭くても中身はちゃんとした東京人やとに、榛名の方が失礼やわ」
「俺がいつ失礼したとね……相変わらず責任転嫁すんのうまいな、郁」
「それほどでもー」
「褒めちょらんって」
2人はクスクスと笑いあった。
榛名がミツヨに振られたことを全く気にしてなかったので、郁も安心したらしい。
「コーヒーお持ちしました。ご注文は以上でよろしかったでしょうか……」
再び何かを堪えているような声がして横を向くと、先ほどと同じ若い女性店員が顔の筋肉をピクピクさせながら立っていた。
榛名の前に、コトリとホットコーヒーが置かれる。
「……そろそろ標準語で話さん? 榛名」
「俺は最初からそのつもりやったとに……」
引きつっている店員が少し気の毒になったため、榛名と郁は方言を標準語に改めた。
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