運命のひと~生真面目な看護師は意地悪イケメン医師に溺愛される~

すずなりたま

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93 誕生会


 霧咲は急いでエプロンを脱ぎ、榛名を玄関まで迎えに行った。
 榛名は黒の細身のコートを着ていて、霧咲の顔を見ると穏やかな顔でニコッと笑った。
 そういえば、会うのは三日ぶりだ。

「こんばんは誠人さん。少しお久しぶりです」
「やぁ……平日の仕事帰りにいきなり呼び出して済まなかったね、迎えにも行けなくて」
「いいですよそんなの。……あれ? なんか香ばしい香りがしますね、胡麻油でも使いました?」
「あ、うん……」
「?」

 なんだか少し様子のおかしい霧咲の態度に首をかしげながらも、榛名は霧咲の後ろについてリビングへと向かった。
 ドアを開けると、いつものように亜衣乃が榛名の腰辺りに飛びついてきた。

「アキちゃーん!! お誕生日おめでとう!!」
「亜衣乃ちゃん! って、誕生日……? 今日って18日でしたっけ?」

 亜衣乃をよいしょと抱き上げながら、榛名は霧咲に尋ねた。

「君、今日俺に呼び出されたのは一体なんでだと思ってたの?」
「あ、誕生日だからか! すいません、全然気付きませんでした……」
「別に謝ることじゃないけどね、少し仕事熱心すぎやしないか? 自分の誕生日を忘れるなんて」

 自分の誕生日に気付かなかったことを苦笑しながら、榛名は霧咲に今日の出来事を話した。

「朝から色々と大変でして……いきなり患者さんの転院が決まってサマリー書いたりとか、また一人シャントつまっちゃって、でも霧咲先生が来る来週まで待てないってことで、今回は外科の藤野先生にPTAをお願いしちゃいました」
「そうか、奥本先生はさぞかし嫌だったろうね」
「仕方ないですよ、外来の患者さんですし」

 霧咲との話が終わると、次は抱き上げていた亜衣乃が話し出した。

「アキちゃんあのね、亜衣乃、アキちゃんのために誕生日ケーキを作ったの! 見て!!」
「え、ケーキ?」

 まさかそんなものを作っていたとは。それで亜衣乃が珍しくエプロン姿なのも頷けた。
 しかし部屋の中に充満した胡麻油の匂いは、榛名にはどうしてもケーキには結びつかなかった。
   亜衣乃を床に下ろすとグイッと手を引かれ、ダイニングテーブルの側に行った。そこで榛名が目にした光景とは。

「こ……これは……っ!?」
「いちごのケーキだよー! ケーキ……」

   汚した道具もロクに片付けられていない地獄絵図的なダイニングテーブルの真ん中に、生クリームらしき白い液体が先程よりもドロドロに溶けて、まだらになったホットケーキが二枚重なっていた。
 その上にはイチゴが一定間隔で飾られており、それで『イチゴのショートケーキを作りたかったのかな?』という意図だけは伝わった。

「これ、亜衣乃ちゃんと誠人さんが作ったの?」
「うん……でも、生クリーム溶けちゃってる。ほんとは冷やして固めるつもりだったのに、なんか汚い……」

 自分で作ったのにも関わらず、亜衣乃の顔はげんなりとしている。
   先程まではなんとか成功した! という面持ちだったのに、なんだか魔法が解けてしまったような感じだ。

「俺がもっと作り方を調べておけばよかったんだが……焼けば終わりだろうと思ってて」  

 榛名の後ろから、申し訳なさそうな声で霧咲が言った。

「これ、俺が食べてもいいんですか?」

 霧咲のほうを振り向いて、そう言った榛名の顔は笑顔だった。

「え!?」
「だって、ふたりが俺のために作ってくれたんですよね? 今丁度お腹すいてますし、頂きます」
「あ! いやちょっと待て。一応寿司がもうすぐ届くから……それはデザートにでも!」

   霧咲はこの失敗ケーキを榛名に食べさせたくなかった。
 一枚目は表面が焦げているし、生クリームもドロドロでとても美味しそうには見えない。
 どこからどう見てもまずそうにしか見えず、自分だったら絶対に食べたくないような代物だ。

「ううん、今から食べます。食べたいんです」
「あ、暁哉……」
 
 榛名の目は穏やかで、無理をしていたり嘘をついているような感じには見えない。
 霧咲はため息を付いて、「じゃあ、みんなで食べようか……」と提案し、ちらりと亜衣乃を見た。
 亜衣乃は、今まで見たことがないくらいに嫌そうな顔をしていた。
   そして、恐怖の試食会が始まった。

「まっずっ……まこおじさん、2枚目の中完全に焼けてないじゃん! あとなんかやけに香ばしいし」
「おかしいな、二枚目はうまく焼けたと思ったんだが。俺的には溶けた生クリームの方がキツイぞ……」
「ふふっ、なんだか不思議な味がしますね」

 作った張本人でありながらブツブツと文句を垂れながら食べる二人に対し、榛名は笑顔で文句ひとつ言わず、その上美味しそうに食べていた。
   霧咲と亜衣乃が、榛名だけ別のものを食べてるんじゃないだろうか、と疑いの目を向けるほどに。

「暁哉、無理して食べなくていいんだぞ。ちゃんと焼けてないし、腹を壊したら明日の仕事に支障が出るだろう」
「アキちゃん、本当に気を使わないで! 亜衣乃だってこのケーキが失敗作だってことは分かるよぉ……」

   霧咲に続き、亜衣乃までが榛名の腹の心配をし始めた。ちなみに二人はケーキの部分は一口食べただけで、後はイチゴのみを食べていた。残りを食べる気は毛頭ない。

「全然無理なんてしてないよ? 本当に美味しいんだ、二人が初めて俺のために作ってくれたケーキなんだから。まあ胡麻油で多少変わった風味はするけどね、甘いチヂミっぽくて美味しいよ」
「アキちゃん……」
「暁哉……」

   二人が何を言おうとも、榛名はケーキを全部食べるつもりらしい。
 その姿に霧咲はいつもの榛名には無い男らしさを感じた。
   霧咲と亜衣乃はそれ以上は何も言わず、榛名が食べ終わるのをじっと待っていたのだった。

「ごちそうさまでした! 本当にありがとう、二人とも」
「……まこおじさん、胃薬とか下痢止めの準備はしてるの?」
「胃薬はあるが、下したらこういう場合は止めたらダメだ。全部出してしまわないとな。むしろそのあとの水分補給が重要だな」
「……」  

 あまりにも腹の心配をされるので、榛名は何か劇物を食べさせられたような気になった。(※生焼けのホットケーキは危険です)
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