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7 不安
走り書きのようなメモの存在に気付いたのは、仁の部屋を出る直前だった。
玄関の内側にマグネットで貼りつけられていたので、きっと仁も家を出る直前に何もメッセージを残していないことに気付き、慌ててこの場で書いたのだろうと安藤は思った。
優介さんへ
鍵は郵便ポストに入れておいてください。
今夜は8時に待ち合わせで。
俺のLINE→*****
安藤はその場でトークアプリを開き、仁のIDを入力してすぐに返事を返した。
安藤です。
昨日は泊めてくれてありがとう。
今から帰るので、鍵は郵便受けに入れておきます。
今夜8時に待ち合わせ、了解です。
お仕事頑張ってください。
「……送信っと」
しかしこれだけではなんだか堅苦しい気がしたので、その後に応援するようなスタンプも送っておいた。
各部屋の郵便ポストは一階の階段横にあった。安藤が205号室のポストに鍵を入れようとした、そのとき。
「……高崎? あ、仁の名字か……」
安藤は、今まで仁のフルネームも知らなかったことに気が付いた。
そして家族のことよりも、まずは仁自身のことを知っていかなくちゃな、と思った。
*
安藤は8時ちょうどにバーを訪れたが、既に仁は中にいた。
「あ、優介さん! ここだよー」
カウンターから少し離れたところにある、二人掛けのテーブルから仁に呼ばれて、安藤は足早にそこへ向かった。
「俺、遅かった?」
「ううん、俺も来たばかりだから」
待ち合わせ時のお決まりな会話を交わしていると、カウンターから声が飛んできた。
「安藤さん、いらっしゃあい! 二日連続で来てくれるなんて嬉しいわ。まあ昨日は全然飲んでないけど。今日は昨日の分まで飲んでってちょうだいね」
「こんばんは、昨日はすぐ帰っちゃってすみませんでした。そうさせてもらいます」
すぐに帰ったのは俺のせいじゃないんだけど、と安藤が心中で言い訳をしていると、仁が代弁してくれた。
「ママ、優介さんに圧を掛けないでよ。だいだい昨日帰ったのは俺のせいじゃん」
「そうよ、あんたのせいよ。だから今日は飲みなさいよね!」
「はーい」
ママと呼ばれているオネエのバーテンはもう一度安藤の方を見ると、バチン! と意味有りげな力強いウインクをしてきた。
「……?」
安藤にはそのウインクの意味が分からなかったが、それから一時間ほど飲んで、仁がトイレに席を立った時。
「……ねえ安藤さん。仁って本当にいい子なのよぉ」
突然カウンターから声を掛けられて、既に酒が入っている安藤はパチパチと目を瞬かせながら反応した。
「は、はい?」
「だからぁ、仁のことよ。大事にしてあげてよね」
「……そのつもり、ですけど」
ママは安藤の反応に一瞬意外そうな顔をしたが、続けた。
「でもアンタ、元ノンケじゃないの」
「はあ」
「ノンケはさぁ、男とのセックスはどんなもんかっていう興味と欲求を満たしたらすぐにアタシ達のこと捨てるから」
「………」
「結局女に戻っちゃうのよね。まあそれは仕方ないのかもしれないけど」
安藤は綺麗事を言うつもりはない。
ただ、誠実でありたいだけだ。
「……あの、俺は相手が仁だから付き合いたいって思ったんです。ハロウィンパーティーに来たのは、男への興味でしたけど……でも、興味本位で付き合い始めたわけじゃない、です」
「ふう~ん。その割には会いに来るのが遅かったんじゃないの?」
「それはっ……!」
「ママ、仁が出てきた」
安藤の言葉を遮ったのは、もう一人の物静かなほうのバーテンだった。彼はお酒を作る時以外、ずっとグラスを磨き続けている。
「何? ママ、俺の見てないところで優介さんのことイジメてた?」
トイレから戻ってきた仁は、少しおどけた口調でママに釘を刺した。
「人聞きが悪いわね、別に苛めちゃいないわよ」
「本当? 優介さんに余計なこと言わないでよ~」
「はいはい」
仁は冗談っぽく言っていたが、その声と目つきには凄みのようなものが感じられた。
(余計なことってなんだろう)
それは、安藤に聞かれたら拙いことなのだろうか。
「優介さんも、ここで誰かにイジメられたらすぐ俺に教えてね? 俺って結構モテるからさ」
「アンタそれ自分で言う?」
仁とママのやり取りに笑ってみせたものの、安藤の心に生まれた不安は消えなかった。
玄関の内側にマグネットで貼りつけられていたので、きっと仁も家を出る直前に何もメッセージを残していないことに気付き、慌ててこの場で書いたのだろうと安藤は思った。
優介さんへ
鍵は郵便ポストに入れておいてください。
今夜は8時に待ち合わせで。
俺のLINE→*****
安藤はその場でトークアプリを開き、仁のIDを入力してすぐに返事を返した。
安藤です。
昨日は泊めてくれてありがとう。
今から帰るので、鍵は郵便受けに入れておきます。
今夜8時に待ち合わせ、了解です。
お仕事頑張ってください。
「……送信っと」
しかしこれだけではなんだか堅苦しい気がしたので、その後に応援するようなスタンプも送っておいた。
各部屋の郵便ポストは一階の階段横にあった。安藤が205号室のポストに鍵を入れようとした、そのとき。
「……高崎? あ、仁の名字か……」
安藤は、今まで仁のフルネームも知らなかったことに気が付いた。
そして家族のことよりも、まずは仁自身のことを知っていかなくちゃな、と思った。
*
安藤は8時ちょうどにバーを訪れたが、既に仁は中にいた。
「あ、優介さん! ここだよー」
カウンターから少し離れたところにある、二人掛けのテーブルから仁に呼ばれて、安藤は足早にそこへ向かった。
「俺、遅かった?」
「ううん、俺も来たばかりだから」
待ち合わせ時のお決まりな会話を交わしていると、カウンターから声が飛んできた。
「安藤さん、いらっしゃあい! 二日連続で来てくれるなんて嬉しいわ。まあ昨日は全然飲んでないけど。今日は昨日の分まで飲んでってちょうだいね」
「こんばんは、昨日はすぐ帰っちゃってすみませんでした。そうさせてもらいます」
すぐに帰ったのは俺のせいじゃないんだけど、と安藤が心中で言い訳をしていると、仁が代弁してくれた。
「ママ、優介さんに圧を掛けないでよ。だいだい昨日帰ったのは俺のせいじゃん」
「そうよ、あんたのせいよ。だから今日は飲みなさいよね!」
「はーい」
ママと呼ばれているオネエのバーテンはもう一度安藤の方を見ると、バチン! と意味有りげな力強いウインクをしてきた。
「……?」
安藤にはそのウインクの意味が分からなかったが、それから一時間ほど飲んで、仁がトイレに席を立った時。
「……ねえ安藤さん。仁って本当にいい子なのよぉ」
突然カウンターから声を掛けられて、既に酒が入っている安藤はパチパチと目を瞬かせながら反応した。
「は、はい?」
「だからぁ、仁のことよ。大事にしてあげてよね」
「……そのつもり、ですけど」
ママは安藤の反応に一瞬意外そうな顔をしたが、続けた。
「でもアンタ、元ノンケじゃないの」
「はあ」
「ノンケはさぁ、男とのセックスはどんなもんかっていう興味と欲求を満たしたらすぐにアタシ達のこと捨てるから」
「………」
「結局女に戻っちゃうのよね。まあそれは仕方ないのかもしれないけど」
安藤は綺麗事を言うつもりはない。
ただ、誠実でありたいだけだ。
「……あの、俺は相手が仁だから付き合いたいって思ったんです。ハロウィンパーティーに来たのは、男への興味でしたけど……でも、興味本位で付き合い始めたわけじゃない、です」
「ふう~ん。その割には会いに来るのが遅かったんじゃないの?」
「それはっ……!」
「ママ、仁が出てきた」
安藤の言葉を遮ったのは、もう一人の物静かなほうのバーテンだった。彼はお酒を作る時以外、ずっとグラスを磨き続けている。
「何? ママ、俺の見てないところで優介さんのことイジメてた?」
トイレから戻ってきた仁は、少しおどけた口調でママに釘を刺した。
「人聞きが悪いわね、別に苛めちゃいないわよ」
「本当? 優介さんに余計なこと言わないでよ~」
「はいはい」
仁は冗談っぽく言っていたが、その声と目つきには凄みのようなものが感じられた。
(余計なことってなんだろう)
それは、安藤に聞かれたら拙いことなのだろうか。
「優介さんも、ここで誰かにイジメられたらすぐ俺に教えてね? 俺って結構モテるからさ」
「アンタそれ自分で言う?」
仁とママのやり取りに笑ってみせたものの、安藤の心に生まれた不安は消えなかった。
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