ハロウィン・ナイト

すずなりたま

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9 事情

 高崎仁たかさきじんの朝は早い。
 その日の現場にもよるが、大体毎朝6時には起きて、30分以内に出勤する。

 仁はいわゆる土木作業員だ。初対面の人に――特に相手が好みだったとき――職業を聞かれたときは、カッコ付けて『建築関係』なんて言ってしまうけれど。
 訊いた相手も仁の焼けた肌や屈強な身体付きを見て、大体そんなものだろうと分かっているんじゃないか、と勝手に思っている。

 仕事は体力的にキツイことも多いが、働きながら重機の資格などが取れるし、なによりやりがいがあるので嫌いではない。高校を卒業してからずっとこの仕事をしているので、もう慣れたものだ。

 わりと華やかな顔立ちをしているので、夜に街を歩いているとホストにならないか等、いわゆる夜の仕事に勧誘されることも多々ある。
 しかし酒は好きだが仕事としては呑みたくないし、昼夜逆転のような不規則な生活もしたくないので毎回きちんと断っている。

 それに、そのテの仕事は環境的に危険が付きまとうことも多い。借金で困っているわけでもないのに、自分からそんな世界に足を突っ込むつもりはない。
 誤解されることが多いが、仁はわりかしまっとうな人間なのだ。

 今日の現場に到着し、作業準備をしているとポケットに入れてあるスマホが震えた。

(あ、優介さんからメッセージだ)

 一昨日、初めて安藤からメッセージを貰ったときもこのタイミングだったが、そのときはなんとも事務的な内容で堅苦しさを感じた。
 しかし本人もそう思ったのか、数秒後に『ファイト!』という可愛らしいスタンプが追って来たときは我慢できずに噴き出してしまった。

『おはよう、仁。今日も一日頑張ろう』

 今朝来たメッセージにもまだ堅苦しさが残っているが、安藤らしいといえばらしい。穏やかで控えめで可愛い、年上の恋人だ。

「おい仁、スマホなんか見てねーでさっさと仕事しろよ~」
「すいませーん」
「スマホ見てニヤニヤしてるなんて、もしやコレか?」
「コレっす」

 年の離れた先輩は『これだから顔がいい奴はうらやましいな~オイ!』と言いながら離れていった。
 自分がゲイであることはわざわざ職場でカミングアウトしていないので、相手は女性だと思われているだろうが、特に不都合はない。

 週末は安藤と二人でランチをして映画を観る約束をしている。提案したのは安藤で、仁は喜んでそれに賛成した。
 過去の恋人達は仁と昼間に会うこと自体を嫌がっていたので、とても新鮮な気持ちだ。

 ――かと言って、別にそのことを恨んでいたりはしない。しょうがないことだ、と思う。

 仁は、ノンケの男しか好きになれない。

 だから一時的に付き合っても、相手は『女性と結婚するから』と当たり前のように仁のもとから去っていく。
 しょうがないことだ、と思う。男同士の付き合いにゴールなんかない。

 だからせめて、自分と付き合っている間のことは後から思い出して黒歴史なんかじゃなく、楽しい思い出になればいいなと願っている。それは今の恋人である安藤に対しても、例外じゃない。

 でも安藤はとても優しいから、いざその時になって仁を突き放すことができるのか少し心配になる。
 それと、自分のほうが安藤のことを好きになり過ぎないか――それも心配だ。単純に、凄く好みのタイプなので。

 ハロウィンの夜から3ヶ月だけ待って、その間に安藤が会いに来てくれなかったら完全に諦めるつもりでいた。
 だけど、たった1ヶ月で会いに来てくれた。若干流され気味ではあったものの、付き合うことも承諾してくれた。

 安藤に1人でバーに行くなと釘を刺したのは、ママ達に自分が安藤のために毎晩バーに通っていたことをバラされたくないからだ。あの人達はとてもお節介なので、安藤に何やかんやと吹き込むだろう。

 仁はずっと健気にアンタを待っていただとか、仁の家族のことだとか……

(……そういえば、家族のことは一度も聞かれなかったな)

 安藤はきっと、泊まった日の朝自分の部屋に飾ってある家族写真を目にしたと思うのに。不自然に思わなかったのだろうか?

(まあいいか。知ったところで、優介さんの負担が増えるだけだし……)

 短く軽く楽しいお付き合いに、相手の重い事情なんか要らないのだ。

『優介さんもオシゴト頑張ってね!』

 先輩に見つからないように手早く返事を返し、仁はスマホをポケットに閉まった。
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