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特別編 君だけが、正気に戻してくれる
1話 熱に堕ちる王太子
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冬の宵、王城レアシュタインでは年に一度の宮廷舞踏会が催されていた。
大広間に流れる音楽と笑い声、輝くシャンデリアの下を、幾百もの貴族たちが華やかに行き交う。
王太子アルフォンスは、いつものように整った礼服に身を包み、周囲から一際注目を集めていた。
――ただし今夜は、少しだけ様子が違っていた。
ナトリアは、女王の使いで一時的に場を外しており、彼の隣にはいなかった。
そしてその隙を縫うように、ひとりの令嬢が近づいてきたのだった。
「殿下、ご挨拶が遅れましたわ。カミラ・ヴァルエットと申します」
優雅に頭を下げた令嬢は、漆黒の髪と濃い紅の唇を持つ美女だった。
名門ヴァルエット伯爵家の令嬢であり、社交界でも“夜の花”と噂される艶やかな存在。
「ご機嫌麗しゅう、カミラ嬢。お招きに応じてくださり感謝します」
「恐れ入ります。あの……お疲れではございませんか? お飲み物をお持ちいたしますわ」
そして彼女は、自らの手でグラスを差し出した。
「……ありがとう」
その瞬間、アルフォンスの胸の奥に、かすかな違和感が湧いた。
だが、それは微かすぎた。
グラスに注がれていたのは、上質な赤ワイン。香りもよく、口当たりも申し分ない。
彼はひとくち、それを口に含んだ――。
*
異変が起きたのは、それから数分後のことだった。
舞踏会の熱気の中でも、汗ばむような感覚。
息苦しいほどの鼓動。皮膚の内側から沸き立つような熱。
(……これは、何だ)
アルフォンスは眉を寄せ、目の前の景色が少し揺らいで見えることに気づいた。
喉が渇く。頭が熱い。指先がじわじわと痺れる。
――理性の奥を、何かが焦がしてくるようだった。
人々の言葉が遠ざかっていく。
ナトリアの姿が、どこにも見えない。
(まずい……これは、薬か……)
彼は静かに、しかし迅速にその場を離れた。
礼儀も名分も無視して、ただ一人、宮廷の奥へ――
誰も来ない、西の棟にある空き客間へと。
鍵をかけ、扉を閉じると同時に、彼は額から汗を拭った。
「……くそ……っ」
手足が熱い。腰が、疼く。
理性では抗おうとしているのに、身体は明らかに異常な欲求を感じていた。
抱きたい。触れたい。
けれど、誰でもいいわけじゃない。
――ナトリアでなければ、意味がない。
しかしそのナトリアはいない。
そして、扉の外から――再び、ヒールの音が近づいてきた。
*
「殿下、いらっしゃいますか?」
甘やかな声。
カミラ・ヴァルエットだった。
彼女はすでに、なぜアルフォンスがこの部屋に逃げ込んだかを知っていた。
そして鍵のかかった扉を、外から静かに開けた。
(なぜ鍵が――)
彼の混乱をよそに、カミラは滑るように中へ入り、扉を閉めて鍵をかけ直した。
「お加減、悪いようでしたので……お側にと、参りました」
彼女は歩み寄る。
スカートの裾を片手で持ち上げ、もう片方の指先を胸元へ――
ドレスのボタンを、そっとひとつ外した。
「あなた様に差し上げた薬……感じていただけましたか?」
「お前……っ!」
アルフォンスの瞳に怒りが燃える。
けれど身体は、言うことを聞かない。
足に力が入らない。呼吸が乱れる。
彼女が近づくたびに、熱が上がる。
「安心してください。わたくしが、癒して差し上げます」
妖艶に微笑み、カミラは手を伸ばす。
その手が、アルフォンスの襟元に触れようとした――その瞬間。
「アルフォンス様……?」
部屋の外から、ナトリアの声が聞こえた。
*
「……っ!」
アルフォンスの頭の奥で、理性がかすかに戻る。
扉が開いた。
そこには、心配そうな顔のナトリア。
けれど彼女が目にしたのは――
自分に組み伏せられかけるアルフォンスと、ドレスの胸元を大きく開いた女。
ナトリアの足が止まり、目が見開かれる。
「……なに、を……しているの」
氷のように冷たい声。
その声に、カミラは微笑んだ。
「ごきげんよう。ナトリア・レイフィールド嬢。あなたの“未来のご主人様”は、今、わたくしを求めておいでですわ」
ナトリアの中で、感情が爆ぜた。
だが、彼女は怒鳴らなかった。
怒りを燃やしながら、静かに、ゆっくりとアルフォンスのもとへ歩み寄った。
「アルフォンス様、大丈夫です。……私が、来ました」
彼の目が、焦点を取り戻すようにナトリアを見つめる。
ナトリアは、その手をそっと取り、自分の胸に引き寄せた。
「あなたは……わたしが、守ります」
大広間に流れる音楽と笑い声、輝くシャンデリアの下を、幾百もの貴族たちが華やかに行き交う。
王太子アルフォンスは、いつものように整った礼服に身を包み、周囲から一際注目を集めていた。
――ただし今夜は、少しだけ様子が違っていた。
ナトリアは、女王の使いで一時的に場を外しており、彼の隣にはいなかった。
そしてその隙を縫うように、ひとりの令嬢が近づいてきたのだった。
「殿下、ご挨拶が遅れましたわ。カミラ・ヴァルエットと申します」
優雅に頭を下げた令嬢は、漆黒の髪と濃い紅の唇を持つ美女だった。
名門ヴァルエット伯爵家の令嬢であり、社交界でも“夜の花”と噂される艶やかな存在。
「ご機嫌麗しゅう、カミラ嬢。お招きに応じてくださり感謝します」
「恐れ入ります。あの……お疲れではございませんか? お飲み物をお持ちいたしますわ」
そして彼女は、自らの手でグラスを差し出した。
「……ありがとう」
その瞬間、アルフォンスの胸の奥に、かすかな違和感が湧いた。
だが、それは微かすぎた。
グラスに注がれていたのは、上質な赤ワイン。香りもよく、口当たりも申し分ない。
彼はひとくち、それを口に含んだ――。
*
異変が起きたのは、それから数分後のことだった。
舞踏会の熱気の中でも、汗ばむような感覚。
息苦しいほどの鼓動。皮膚の内側から沸き立つような熱。
(……これは、何だ)
アルフォンスは眉を寄せ、目の前の景色が少し揺らいで見えることに気づいた。
喉が渇く。頭が熱い。指先がじわじわと痺れる。
――理性の奥を、何かが焦がしてくるようだった。
人々の言葉が遠ざかっていく。
ナトリアの姿が、どこにも見えない。
(まずい……これは、薬か……)
彼は静かに、しかし迅速にその場を離れた。
礼儀も名分も無視して、ただ一人、宮廷の奥へ――
誰も来ない、西の棟にある空き客間へと。
鍵をかけ、扉を閉じると同時に、彼は額から汗を拭った。
「……くそ……っ」
手足が熱い。腰が、疼く。
理性では抗おうとしているのに、身体は明らかに異常な欲求を感じていた。
抱きたい。触れたい。
けれど、誰でもいいわけじゃない。
――ナトリアでなければ、意味がない。
しかしそのナトリアはいない。
そして、扉の外から――再び、ヒールの音が近づいてきた。
*
「殿下、いらっしゃいますか?」
甘やかな声。
カミラ・ヴァルエットだった。
彼女はすでに、なぜアルフォンスがこの部屋に逃げ込んだかを知っていた。
そして鍵のかかった扉を、外から静かに開けた。
(なぜ鍵が――)
彼の混乱をよそに、カミラは滑るように中へ入り、扉を閉めて鍵をかけ直した。
「お加減、悪いようでしたので……お側にと、参りました」
彼女は歩み寄る。
スカートの裾を片手で持ち上げ、もう片方の指先を胸元へ――
ドレスのボタンを、そっとひとつ外した。
「あなた様に差し上げた薬……感じていただけましたか?」
「お前……っ!」
アルフォンスの瞳に怒りが燃える。
けれど身体は、言うことを聞かない。
足に力が入らない。呼吸が乱れる。
彼女が近づくたびに、熱が上がる。
「安心してください。わたくしが、癒して差し上げます」
妖艶に微笑み、カミラは手を伸ばす。
その手が、アルフォンスの襟元に触れようとした――その瞬間。
「アルフォンス様……?」
部屋の外から、ナトリアの声が聞こえた。
*
「……っ!」
アルフォンスの頭の奥で、理性がかすかに戻る。
扉が開いた。
そこには、心配そうな顔のナトリア。
けれど彼女が目にしたのは――
自分に組み伏せられかけるアルフォンスと、ドレスの胸元を大きく開いた女。
ナトリアの足が止まり、目が見開かれる。
「……なに、を……しているの」
氷のように冷たい声。
その声に、カミラは微笑んだ。
「ごきげんよう。ナトリア・レイフィールド嬢。あなたの“未来のご主人様”は、今、わたくしを求めておいでですわ」
ナトリアの中で、感情が爆ぜた。
だが、彼女は怒鳴らなかった。
怒りを燃やしながら、静かに、ゆっくりとアルフォンスのもとへ歩み寄った。
「アルフォンス様、大丈夫です。……私が、来ました」
彼の目が、焦点を取り戻すようにナトリアを見つめる。
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「あなたは……わたしが、守ります」
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