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特別編 君だけが、正気に戻してくれる
2話 貴方を、渡さない
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「アルフォンス様、大丈夫です。……私が、来ました」
その声に、アルフォンスは顔を上げた。
目の焦点は定まらず、汗が滴り、唇はかすかに開いて荒い呼吸を繰り返していた。
ナトリアは彼の手をそっと取って、自分の胸の上に添える。
彼の熱が伝わる。
けれど、どこか不自然に高い熱――明らかに、異常だ。
「……っ……ナトリア……」
アルフォンスの目が、彼女を捉えた。
けれど、理性と本能がせめぎ合っているのが分かる。
今の彼は、いつも通りのアルフォンスではない。
そして彼の隣にいた女――カミラ・ヴァルエットは、まだ部屋にいた。
「おや、殿下はもうお忘れになったのかしら? さきほどは、確かにわたくしを抱きとめ――」
「……黙れ」
アルフォンスの声は、掠れていたが、凍りつくような厳しさを含んでいた。
ナトリアはその言葉に安心した。
まだ、彼の中に彼がいる。
だからこそ――
「アルフォンス様、私を、見てください」
そっと、頬に触れる。
「あなたが今、誰を求めているのか――ちゃんと、わかってます。私を、思い出してください」
その手は熱かった。
それでも、彼は、彼女の頬にそっと額を預けた。
「……苦しい……ナトリア……助けてくれ……っ」
「はい。わたしが、いますから……」
震える体を、しっかりと両腕で受け止める。
甘い香り、火照った肌――アルフォンスの中で欲望がうねりを上げる。
それでも、ナトリアは逃げなかった。
彼が自分を突き放さない限り、そばにいると決めていた。
「……もういい加減、退いてくださらない?」
ナトリアの声が、部屋の空気を切り裂いた。
カミラは少し目を見開いたが、すぐに笑った。
「まあ、怖い顔。……お可愛らしい令嬢、怒りの炎は貴族には似合いませんわ」
「これは怒りじゃない。“拒絶”です。あなたを、拒みます」
ナトリアは、立ち上がって彼女を真っ直ぐに見据えた。
「アルフォンス様は、今あなたの手に落ちかけていたかもしれません。
でも、それは彼の心ではない。あなたが汚したのは、身体だけ。
心までは、奪えない。……わたしが、それを証明します」
「ほう……自信がおありなのね」
「ええ。だって、彼は今も、私の名前を呼びました」
カミラの唇から、さっと笑みが消える。
その瞬間、扉の外から数人の足音が聞こえた。
城の侍従たちだ。ナトリアが呼び寄せたのではない――
アルフォンスが最後の理性で、部屋を離れる前にこっそり仕込んでいた信号によるものだった。
「……さあ、行ってください。カミラ・ヴァルエット様。これ以上、見苦しくならないうちに」
カミラは無言でナトリアを見つめ――笑った。
艶やかに、そしてどこか悔しげに。
「……面白いわ、あなた。いつか、後悔なさらぬように」
そして扉が開き、彼女は静かに出ていった。
*
部屋に残されたのは、ナトリアとアルフォンス。
彼は床に膝をつき、肩で息をしていた。
彼女はそっと膝を折り、その頬を撫でた。
「もう、大丈夫。終わりましたよ」
「……君が、来なければ……きっと僕は……」
「……来てよかった」
ナトリアはそっと笑った。
「あなたを、守れてよかった」
「君が、来てくれた時……どんなに、救われたか……」
彼の手が、ナトリアの肩に回された。
「君にだけは、こんな姿……見せたくなかった……」
「……そんなこと言わないでください」
ナトリアは、自分の額を彼の額にそっと重ねた。
「私は、あなたの全部を見て、知りたい。
弱い時も、苦しい時も、嬉しい時も、全部――
あなたが私を選んでくれるなら、私は全てを、受け止めます」
アルフォンスの瞳に、涙が滲んだ。
「……ナトリア……僕は……君が、好きだ。
ただの王太子としてではない――君にとっての男として、君を、愛している」
「……はい」
その言葉に、ナトリアは優しく笑って、彼の背中をそっと撫でた。
「私も、愛しています。……あなたを」
*
その夜、ナトリアは彼の隣で眠った。
触れ合ったのは指先と、言葉と、心だけ。
けれどそれは、どんな熱よりも深く――二人の愛を、結び直す夜だった。
その声に、アルフォンスは顔を上げた。
目の焦点は定まらず、汗が滴り、唇はかすかに開いて荒い呼吸を繰り返していた。
ナトリアは彼の手をそっと取って、自分の胸の上に添える。
彼の熱が伝わる。
けれど、どこか不自然に高い熱――明らかに、異常だ。
「……っ……ナトリア……」
アルフォンスの目が、彼女を捉えた。
けれど、理性と本能がせめぎ合っているのが分かる。
今の彼は、いつも通りのアルフォンスではない。
そして彼の隣にいた女――カミラ・ヴァルエットは、まだ部屋にいた。
「おや、殿下はもうお忘れになったのかしら? さきほどは、確かにわたくしを抱きとめ――」
「……黙れ」
アルフォンスの声は、掠れていたが、凍りつくような厳しさを含んでいた。
ナトリアはその言葉に安心した。
まだ、彼の中に彼がいる。
だからこそ――
「アルフォンス様、私を、見てください」
そっと、頬に触れる。
「あなたが今、誰を求めているのか――ちゃんと、わかってます。私を、思い出してください」
その手は熱かった。
それでも、彼は、彼女の頬にそっと額を預けた。
「……苦しい……ナトリア……助けてくれ……っ」
「はい。わたしが、いますから……」
震える体を、しっかりと両腕で受け止める。
甘い香り、火照った肌――アルフォンスの中で欲望がうねりを上げる。
それでも、ナトリアは逃げなかった。
彼が自分を突き放さない限り、そばにいると決めていた。
「……もういい加減、退いてくださらない?」
ナトリアの声が、部屋の空気を切り裂いた。
カミラは少し目を見開いたが、すぐに笑った。
「まあ、怖い顔。……お可愛らしい令嬢、怒りの炎は貴族には似合いませんわ」
「これは怒りじゃない。“拒絶”です。あなたを、拒みます」
ナトリアは、立ち上がって彼女を真っ直ぐに見据えた。
「アルフォンス様は、今あなたの手に落ちかけていたかもしれません。
でも、それは彼の心ではない。あなたが汚したのは、身体だけ。
心までは、奪えない。……わたしが、それを証明します」
「ほう……自信がおありなのね」
「ええ。だって、彼は今も、私の名前を呼びました」
カミラの唇から、さっと笑みが消える。
その瞬間、扉の外から数人の足音が聞こえた。
城の侍従たちだ。ナトリアが呼び寄せたのではない――
アルフォンスが最後の理性で、部屋を離れる前にこっそり仕込んでいた信号によるものだった。
「……さあ、行ってください。カミラ・ヴァルエット様。これ以上、見苦しくならないうちに」
カミラは無言でナトリアを見つめ――笑った。
艶やかに、そしてどこか悔しげに。
「……面白いわ、あなた。いつか、後悔なさらぬように」
そして扉が開き、彼女は静かに出ていった。
*
部屋に残されたのは、ナトリアとアルフォンス。
彼は床に膝をつき、肩で息をしていた。
彼女はそっと膝を折り、その頬を撫でた。
「もう、大丈夫。終わりましたよ」
「……君が、来なければ……きっと僕は……」
「……来てよかった」
ナトリアはそっと笑った。
「あなたを、守れてよかった」
「君が、来てくれた時……どんなに、救われたか……」
彼の手が、ナトリアの肩に回された。
「君にだけは、こんな姿……見せたくなかった……」
「……そんなこと言わないでください」
ナトリアは、自分の額を彼の額にそっと重ねた。
「私は、あなたの全部を見て、知りたい。
弱い時も、苦しい時も、嬉しい時も、全部――
あなたが私を選んでくれるなら、私は全てを、受け止めます」
アルフォンスの瞳に、涙が滲んだ。
「……ナトリア……僕は……君が、好きだ。
ただの王太子としてではない――君にとっての男として、君を、愛している」
「……はい」
その言葉に、ナトリアは優しく笑って、彼の背中をそっと撫でた。
「私も、愛しています。……あなたを」
*
その夜、ナトリアは彼の隣で眠った。
触れ合ったのは指先と、言葉と、心だけ。
けれどそれは、どんな熱よりも深く――二人の愛を、結び直す夜だった。
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