暁の秘薬と森の乙女

もちもち

文字の大きさ
1 / 21

第一話「森の奥、花と骨の廬」

しおりを挟む
 夜明け前、イシュタルの森には霧が立ち込めていた。深い緑に包まれたその場所に、銀の髪を持つ青年が一騎、馬を進めていた。

 シリウス・イシュタル、十九歳。
 まだ少年の面影を残すその横顔には、強い意志とどこか憂いを帯びた表情があった。

 彼は国王の弟であり、今宵、誰にも告げぬまま、王都を離れた。兄王レナードと、その妃リアナが三年のあいだ子に恵まれず、宮廷に重く漂う空気の中で、彼はひとつの伝承にすがったのだ。

 ――“命を授ける香”を、森の奥の魔女が作るという。

 やがて馬が立ち止まったのは、古びた石の小径の果て、巨木に寄り添うように建つ、小さな廬の前だった。草花に囲まれたその廬は、どこか神聖な雰囲気を纏っている。

 「……本当に、こんな場所に」

 シリウスが声を落とした瞬間、廬の扉がきい、と軋んだ。

 そこに現れたのは、年若い娘だった。

 まだ少女とも言えるその面差し。黒曜石のように深く澄んだ瞳。亜麻色の髪を長く垂らし、粗末な麻の衣を纏っていたが、どこか異国めいた神秘さがあった。

 「……あなたが、王弟殿下……?」

 「……そうだ。お前が、魔女なのか?」

 娘は小さくうなずいた。

 「私は、カナン・ラグヤード。かつて〈祝香の術〉を司った一族の、末裔です」

 シリウスは、肩の荷が少し下りたように息をついた。だが次の瞬間、カナンは戸惑いを隠せぬ表情で、視線を逸らす。

 「……ですが、私には……まだ“その香”を作ったことがありません」

 「どういうことだ?」

 「……材料が、特別なのです。滅多に手に入るものではなく、だから、この廬にも……誰も求めに来なかった」

 娘は言い淀み、指先を胸元で組んだまま、沈黙する。

 それから、ぽつりと呟くように続けた。

 「……香の力は、命を目覚めさせるもの。生きとし生けるものの“気”を焚き起こす。……そのためには、純粋で、強い“若き命のしるし”が……必要なのです」

 シリウスは眉を寄せた。

 「命のしるし?」

 カナンはうつむいたまま、小さく震えるように言葉を紡いだ。

 「……若い、男性の……体液を、基とするのです」

 その場に沈黙が落ちた。

 霧が外の窓を濡らす音だけが、世界の音だった。

 カナンの頬がかすかに紅く染まっていく。だがその目には、使命感と、どうしようもない葛藤が交じっていた。

 「……わたしでは、手に入れられません。ましてや……知らぬ男性に、そんな……」

 少女の声は震えていた。

 シリウスは、静かに彼女を見つめた。

 「つまり……俺に、それを……?」

 カナンは、何も言わなかった。ただ、俯いたまま、ぎゅっと麻衣の裾を握りしめた。

 風が、廬の小さな窓を揺らした。

 そして、ゆっくりと時が、二人の間に流れていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...