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第一話「森の奥、花と骨の廬」
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夜明け前、イシュタルの森には霧が立ち込めていた。深い緑に包まれたその場所に、銀の髪を持つ青年が一騎、馬を進めていた。
シリウス・イシュタル、十九歳。
まだ少年の面影を残すその横顔には、強い意志とどこか憂いを帯びた表情があった。
彼は国王の弟であり、今宵、誰にも告げぬまま、王都を離れた。兄王レナードと、その妃リアナが三年のあいだ子に恵まれず、宮廷に重く漂う空気の中で、彼はひとつの伝承にすがったのだ。
――“命を授ける香”を、森の奥の魔女が作るという。
やがて馬が立ち止まったのは、古びた石の小径の果て、巨木に寄り添うように建つ、小さな廬の前だった。草花に囲まれたその廬は、どこか神聖な雰囲気を纏っている。
「……本当に、こんな場所に」
シリウスが声を落とした瞬間、廬の扉がきい、と軋んだ。
そこに現れたのは、年若い娘だった。
まだ少女とも言えるその面差し。黒曜石のように深く澄んだ瞳。亜麻色の髪を長く垂らし、粗末な麻の衣を纏っていたが、どこか異国めいた神秘さがあった。
「……あなたが、王弟殿下……?」
「……そうだ。お前が、魔女なのか?」
娘は小さくうなずいた。
「私は、カナン・ラグヤード。かつて〈祝香の術〉を司った一族の、末裔です」
シリウスは、肩の荷が少し下りたように息をついた。だが次の瞬間、カナンは戸惑いを隠せぬ表情で、視線を逸らす。
「……ですが、私には……まだ“その香”を作ったことがありません」
「どういうことだ?」
「……材料が、特別なのです。滅多に手に入るものではなく、だから、この廬にも……誰も求めに来なかった」
娘は言い淀み、指先を胸元で組んだまま、沈黙する。
それから、ぽつりと呟くように続けた。
「……香の力は、命を目覚めさせるもの。生きとし生けるものの“気”を焚き起こす。……そのためには、純粋で、強い“若き命のしるし”が……必要なのです」
シリウスは眉を寄せた。
「命のしるし?」
カナンはうつむいたまま、小さく震えるように言葉を紡いだ。
「……若い、男性の……体液を、基とするのです」
その場に沈黙が落ちた。
霧が外の窓を濡らす音だけが、世界の音だった。
カナンの頬がかすかに紅く染まっていく。だがその目には、使命感と、どうしようもない葛藤が交じっていた。
「……わたしでは、手に入れられません。ましてや……知らぬ男性に、そんな……」
少女の声は震えていた。
シリウスは、静かに彼女を見つめた。
「つまり……俺に、それを……?」
カナンは、何も言わなかった。ただ、俯いたまま、ぎゅっと麻衣の裾を握りしめた。
風が、廬の小さな窓を揺らした。
そして、ゆっくりと時が、二人の間に流れていく。
シリウス・イシュタル、十九歳。
まだ少年の面影を残すその横顔には、強い意志とどこか憂いを帯びた表情があった。
彼は国王の弟であり、今宵、誰にも告げぬまま、王都を離れた。兄王レナードと、その妃リアナが三年のあいだ子に恵まれず、宮廷に重く漂う空気の中で、彼はひとつの伝承にすがったのだ。
――“命を授ける香”を、森の奥の魔女が作るという。
やがて馬が立ち止まったのは、古びた石の小径の果て、巨木に寄り添うように建つ、小さな廬の前だった。草花に囲まれたその廬は、どこか神聖な雰囲気を纏っている。
「……本当に、こんな場所に」
シリウスが声を落とした瞬間、廬の扉がきい、と軋んだ。
そこに現れたのは、年若い娘だった。
まだ少女とも言えるその面差し。黒曜石のように深く澄んだ瞳。亜麻色の髪を長く垂らし、粗末な麻の衣を纏っていたが、どこか異国めいた神秘さがあった。
「……あなたが、王弟殿下……?」
「……そうだ。お前が、魔女なのか?」
娘は小さくうなずいた。
「私は、カナン・ラグヤード。かつて〈祝香の術〉を司った一族の、末裔です」
シリウスは、肩の荷が少し下りたように息をついた。だが次の瞬間、カナンは戸惑いを隠せぬ表情で、視線を逸らす。
「……ですが、私には……まだ“その香”を作ったことがありません」
「どういうことだ?」
「……材料が、特別なのです。滅多に手に入るものではなく、だから、この廬にも……誰も求めに来なかった」
娘は言い淀み、指先を胸元で組んだまま、沈黙する。
それから、ぽつりと呟くように続けた。
「……香の力は、命を目覚めさせるもの。生きとし生けるものの“気”を焚き起こす。……そのためには、純粋で、強い“若き命のしるし”が……必要なのです」
シリウスは眉を寄せた。
「命のしるし?」
カナンはうつむいたまま、小さく震えるように言葉を紡いだ。
「……若い、男性の……体液を、基とするのです」
その場に沈黙が落ちた。
霧が外の窓を濡らす音だけが、世界の音だった。
カナンの頬がかすかに紅く染まっていく。だがその目には、使命感と、どうしようもない葛藤が交じっていた。
「……わたしでは、手に入れられません。ましてや……知らぬ男性に、そんな……」
少女の声は震えていた。
シリウスは、静かに彼女を見つめた。
「つまり……俺に、それを……?」
カナンは、何も言わなかった。ただ、俯いたまま、ぎゅっと麻衣の裾を握りしめた。
風が、廬の小さな窓を揺らした。
そして、ゆっくりと時が、二人の間に流れていく。
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