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S県K市(1980.7)ー桜井三太(炸雷サンダー)前編
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「キャアッ!」
女生徒の悲鳴が木造校舎の廊下に反響する。同時にスカートはめくり上がり、白い布が眩しく目に映った。
同時に鳴ったチャイムが学校全体に こだまし、始業時間を告げている。
「転校生を紹介する」
ホームルームが始まるなり、担任のサイキョーが女生徒を伴って1年2組に入室した。むろん、あだ名である。本名は平野郁夫と言う。40代か50代ぐらいのオジサンである。担当は数学で、いつも背広ーーこの時代は、まだスーツと呼ぶのは稀だったーーをキチンと着こなしている。
傍らの女生徒は、メガネをかけてオサゲにーーツインテールと呼ばれるのは、まだ先であるーーしている以外、特に特徴はなさそうだった。
「隣のG県から来ました、三田三重子です。よろしくお願いします」
彼女はペコリ、と頭を下げた。常識、学力も際立った面は無さそうだ。常識も。ただし、白い夏服ではなく、黒い冬服だった。もちろん、セーラー服である。スカーフは赤。第一印象は「典型的な文学少女」だった。
それは1980年7月の事だった。時代は、まだ昭和55年と呼ぶのが一般的だった。むろん、スマホはおろか携帯電話すら存在しない頃である。
「三田さんは山野さんの隣に座って。山野さん、彼女は教科書が違うから見せてあげて」
山野は頷き、三田に向かって手を挙げ位置を明確にした。廊下側の一番後ろの席だ。
「それでは授業を始める。35ページを開いて」
三田が着席するのを待って、サイキョーが授業を開始した。窓の外でセミが鳴いている。夏休みは もうすぐだった。
そしてまだ、学校にクーラー等はなく、一般家庭にも普及してはいなかった。僕は暑さで流れる汗を拭いながら、授業の終わりをーーいや一学期の終わりを待ちかねていた。窓際の最後尾で。36人のクラスメイトはシンと静まって授業を受けている。サイキョーが怒ると怖いから。
「ねぇ、三田さんって、どうして冬服なの?」
休み時間、山野が尋ねた。もちろん、深い意味はないはずだ。
「引っ越しでバタバタして、どのダンボールに入れたか分からなかったから」
愛想の無い答えだった。僕は、それまでに彼女に近づいていた。
「BD7に入らないかい?」
自己紹介もせず、僕は いきなり切り出した。
「何よ、桜井くん。ナンパ?」
山野が呆れたように見上げる。2人は座ったままだからだ。
「見えたんだよ。彼女のカバンから、カメラが覗いてるのを」
僕は机の脇に掛かっている彼女のカバンを指した。
「間違いなく、その黒いカバーの中身はポラロイドだろ? メンバーに欲しかったんだよ、撮影係が」
この当時、カメラは かなりの高級品である。おいそれと中学生に手が出せる代物ではなかった。
「BD7とか言って、自分だけじゃない」
「今年は それで良いんだよ。来年 下級生から部下を募るから」
山野の冷やかしに僕は答えた。
「人望無いもんね、桜井くん。未だにウルトラマンとか見てるし」
「いいだろ。今年は新作が始まったんだし。元の特撮で」
前年の『ザ・ウルトラマン』はアニメだった。5年ぶりの新作だったのだが。
「時代遅れよ。今はガンダムよね。来年 映画化するんだから」
山野はガンダムマニアだった。シャアが好きらしい。
「BD7て何?」
「ボーイズ・ディティクティブ・セブンの略さ。少年探偵団の事だよ。昭和50年に放送しただろ? 怪人二十面相が郷秀樹なんだよな」
「郷秀樹は『帰ってきたウルトラマン』の主人公でしょ。俳優は団次郎さんよ」
山野が誤りを指摘する。ツッコミ、と言う言葉は漫才用語以外では中々使用されていない頃だ。
「面白そうね」
三田が微笑した。そこはかとなく寂しさを感じさせる笑い方だ。この時、僕は彼女が年長に思えて仕方がなかった。
「じゃあ、入団してくれる? 今ならサブリーダーの…」
「キャーッ!」
僕の勧誘を遮るのは、文字通りの絹を裂くような悲鳴だった。
「また出たか?!」
僕は廊下に飛び出た。3組の前の廊下で、女生徒が一人しゃがみこんで泣いている。
「どうしたの?」
遅れて出てきた三田さんが不審そうな顔で見つめる。この頃には女生徒はクライスメイトに開放され、歩き始めていた。保健室か、トイレに行くのだろう。
「スカートめくりよ」
「スカートめくり?」
後ろから説明する山野に、振り返った三田がオウム返しに問いかけた。
「普通のスカートめくりじゃない。姿なきスカートめくりさ」
僕は語り出した。
「今年の春先から、1日に何人もの女生徒が被害に遭ってるんだ。もちろん1年だけじゃない。2年生も3年生も」
「誰も犯人を見てないの?」
三田の質問に、僕は頷く。
「周りには誰も居ないか、それとも女子だけだったって」
「風じゃないの?」
「違うわ。窓が開いていない時も多いもの」
山野が補足する。
「だから心霊現象じゃないかと思ってる。ポルターガイスト、ドイツ語で「騒がしい幽霊」って意味なんだけど」
僕は自分の意見を述べた。
「その事件解決の為にも、BD7を結成したいし、証拠の為にカメラが欲しいんだ。それもポラロイドなら言う事なし」
「でも、BD7ならオカルトは対象外じゃない?」
三田さんが指摘した。やはり文学少女か。
「でもね、事件の時に生臭いニオイがしたのよ。獣のようなニオイ」
事件の1つの目撃者である山野が言う。
「だから、透明人間かもしれない」
僕は腕を組んだ。名探偵が考える時のポーズだからだ。
その間に、三田は一度 教室に戻り、カバンから黒いケースを取り出していた。中から出てきたのは、やはりポラロイドカメラだった。彼女は現場ーー廊下を取り、僕と山野を撮った。
「なるほどね」
彼女は ひとりごちた。
「桜井くんも撮ってみる?」
何気なく彼女が言った。
「いや、僕は…」
「そうよね。桜井三太じゃなく、炸雷サンダーだもんね」
山野が いつも通りの揶揄いを口にした瞬間、2時限目のチャイムが鳴った。
女生徒の悲鳴が木造校舎の廊下に反響する。同時にスカートはめくり上がり、白い布が眩しく目に映った。
同時に鳴ったチャイムが学校全体に こだまし、始業時間を告げている。
「転校生を紹介する」
ホームルームが始まるなり、担任のサイキョーが女生徒を伴って1年2組に入室した。むろん、あだ名である。本名は平野郁夫と言う。40代か50代ぐらいのオジサンである。担当は数学で、いつも背広ーーこの時代は、まだスーツと呼ぶのは稀だったーーをキチンと着こなしている。
傍らの女生徒は、メガネをかけてオサゲにーーツインテールと呼ばれるのは、まだ先であるーーしている以外、特に特徴はなさそうだった。
「隣のG県から来ました、三田三重子です。よろしくお願いします」
彼女はペコリ、と頭を下げた。常識、学力も際立った面は無さそうだ。常識も。ただし、白い夏服ではなく、黒い冬服だった。もちろん、セーラー服である。スカーフは赤。第一印象は「典型的な文学少女」だった。
それは1980年7月の事だった。時代は、まだ昭和55年と呼ぶのが一般的だった。むろん、スマホはおろか携帯電話すら存在しない頃である。
「三田さんは山野さんの隣に座って。山野さん、彼女は教科書が違うから見せてあげて」
山野は頷き、三田に向かって手を挙げ位置を明確にした。廊下側の一番後ろの席だ。
「それでは授業を始める。35ページを開いて」
三田が着席するのを待って、サイキョーが授業を開始した。窓の外でセミが鳴いている。夏休みは もうすぐだった。
そしてまだ、学校にクーラー等はなく、一般家庭にも普及してはいなかった。僕は暑さで流れる汗を拭いながら、授業の終わりをーーいや一学期の終わりを待ちかねていた。窓際の最後尾で。36人のクラスメイトはシンと静まって授業を受けている。サイキョーが怒ると怖いから。
「ねぇ、三田さんって、どうして冬服なの?」
休み時間、山野が尋ねた。もちろん、深い意味はないはずだ。
「引っ越しでバタバタして、どのダンボールに入れたか分からなかったから」
愛想の無い答えだった。僕は、それまでに彼女に近づいていた。
「BD7に入らないかい?」
自己紹介もせず、僕は いきなり切り出した。
「何よ、桜井くん。ナンパ?」
山野が呆れたように見上げる。2人は座ったままだからだ。
「見えたんだよ。彼女のカバンから、カメラが覗いてるのを」
僕は机の脇に掛かっている彼女のカバンを指した。
「間違いなく、その黒いカバーの中身はポラロイドだろ? メンバーに欲しかったんだよ、撮影係が」
この当時、カメラは かなりの高級品である。おいそれと中学生に手が出せる代物ではなかった。
「BD7とか言って、自分だけじゃない」
「今年は それで良いんだよ。来年 下級生から部下を募るから」
山野の冷やかしに僕は答えた。
「人望無いもんね、桜井くん。未だにウルトラマンとか見てるし」
「いいだろ。今年は新作が始まったんだし。元の特撮で」
前年の『ザ・ウルトラマン』はアニメだった。5年ぶりの新作だったのだが。
「時代遅れよ。今はガンダムよね。来年 映画化するんだから」
山野はガンダムマニアだった。シャアが好きらしい。
「BD7て何?」
「ボーイズ・ディティクティブ・セブンの略さ。少年探偵団の事だよ。昭和50年に放送しただろ? 怪人二十面相が郷秀樹なんだよな」
「郷秀樹は『帰ってきたウルトラマン』の主人公でしょ。俳優は団次郎さんよ」
山野が誤りを指摘する。ツッコミ、と言う言葉は漫才用語以外では中々使用されていない頃だ。
「面白そうね」
三田が微笑した。そこはかとなく寂しさを感じさせる笑い方だ。この時、僕は彼女が年長に思えて仕方がなかった。
「じゃあ、入団してくれる? 今ならサブリーダーの…」
「キャーッ!」
僕の勧誘を遮るのは、文字通りの絹を裂くような悲鳴だった。
「また出たか?!」
僕は廊下に飛び出た。3組の前の廊下で、女生徒が一人しゃがみこんで泣いている。
「どうしたの?」
遅れて出てきた三田さんが不審そうな顔で見つめる。この頃には女生徒はクライスメイトに開放され、歩き始めていた。保健室か、トイレに行くのだろう。
「スカートめくりよ」
「スカートめくり?」
後ろから説明する山野に、振り返った三田がオウム返しに問いかけた。
「普通のスカートめくりじゃない。姿なきスカートめくりさ」
僕は語り出した。
「今年の春先から、1日に何人もの女生徒が被害に遭ってるんだ。もちろん1年だけじゃない。2年生も3年生も」
「誰も犯人を見てないの?」
三田の質問に、僕は頷く。
「周りには誰も居ないか、それとも女子だけだったって」
「風じゃないの?」
「違うわ。窓が開いていない時も多いもの」
山野が補足する。
「だから心霊現象じゃないかと思ってる。ポルターガイスト、ドイツ語で「騒がしい幽霊」って意味なんだけど」
僕は自分の意見を述べた。
「その事件解決の為にも、BD7を結成したいし、証拠の為にカメラが欲しいんだ。それもポラロイドなら言う事なし」
「でも、BD7ならオカルトは対象外じゃない?」
三田さんが指摘した。やはり文学少女か。
「でもね、事件の時に生臭いニオイがしたのよ。獣のようなニオイ」
事件の1つの目撃者である山野が言う。
「だから、透明人間かもしれない」
僕は腕を組んだ。名探偵が考える時のポーズだからだ。
その間に、三田は一度 教室に戻り、カバンから黒いケースを取り出していた。中から出てきたのは、やはりポラロイドカメラだった。彼女は現場ーー廊下を取り、僕と山野を撮った。
「なるほどね」
彼女は ひとりごちた。
「桜井くんも撮ってみる?」
何気なく彼女が言った。
「いや、僕は…」
「そうよね。桜井三太じゃなく、炸雷サンダーだもんね」
山野が いつも通りの揶揄いを口にした瞬間、2時限目のチャイムが鳴った。
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