八百万妖貸し屋 彌勒堂カルテット

樹結理(きゆり)

文字の大きさ
34 / 37
第一部 邂逅

34

 銀子の言葉をよく聞き取れなかった蒼司は銀子に聞き直すが、銀子は再び誠司に目をやり楽しそうに笑った。

「まあ今はまだ良いさ」

 銀子は目を細め、懐かしそうな目で蒼司と誠司を見た。

 銀子は昔を思い出す。初めて出逢った蒼司はまだ五歳ほどであったにも関わらず、黒く闇に沈んだような瞳をしていた。すでに周りから疎まれていることに気付いていた敏い蒼司は、誰にも心を開かないような子供だった。それが酷く哀しく映る。あぁ、こいつはなにかが欠けて生まれてしまったのだな、と。
『お前は半分生きていないね』そんな言葉が口を付いた。それは半分死んでいるも同然。それは蒼司にとって大事なものが半分欠けていることに気付いたから。
 それからは蒼司から目が離せなくなった。今まで銀子は人間に興味を持ったことなどない。ただひとりを除いて――――
 千年以上生きるあやかしとして、人間など飽きるほど見て来た。だからこそ興味がわかない。助けることも襲うこともしようとは思わなかった。関わりなど必要ない。人間同士で争っている姿も、罵り合っている姿も多く見て来た。人間ほど面倒な生き物はいないだろう。そう思って生きて来た。しかし、蒼司は傍で見守りたい、そう思ってしまった。その理由に銀子はもう自分で気付いていた。クスッと笑った銀子は幼い蒼司の尻を自身の尻尾でピシッと叩いたのだった。

 ――――お銀よ、いつか必ずまた会おう

 あいつが勝手に名付けた名を再び聞くことになろうとは、と銀子はクスクスと喉を鳴らした。今度こそ約束は守ってもらうよ――そう銀子は微笑んだ。


「で、どうする? まあ僕はなんの力もないから、みんなに頼るだけだし説得力ないけどね」

 蒼司は苦笑しながら言った。現に誠司を勧誘したところで、蒼司には祓う力の使い方などを教えてやることも出来ない。彌勒家にいた頃の訓練内容自体は覚えていたにしろ、力をどう発動させるのかなど一切分からないのだ。誠司が祓いの力を完璧に使いこなすには、やはり誰か師匠のような存在が必要になってくるだろう。そう思うと力を上手く使いこなせないのならば彌勒堂にいる理由もないのではないか、と蒼司は思案する。

「あんたは話し掛けていたじゃないか」
「?」

 誠司は顔を逸らしながら、ぼそりと言った。

「普通あやかしなんかに心を寄せないだろ。俺は特に今までこの視える力のせいでろくでもない人生だった。でもあんたは違うだろ。視えているからといってあやかしたちを嫌うどころか受け入れて、話を聞いて、仲良くなってやがる。そんなこと俺には出来ない。それはあんたの凄いところなんじゃねぇの? 知らねぇけど」

 ぼそぼそと若干照れながらも言葉にする誠司に、蒼司は少し驚き目を見開いたが、すぐさまふわりと微笑んだ。

「フフッ、ありがとう。そんなことを言ってくれた人は初めてだよ」
「フン」

 嬉しそうに蒼司は誠司の顔を覗き込むが、ぐりんと誠司は大きく顔を逸らす。その横顔は照れているのが分かるほど、耳が赤く染まっていた。

 同情されることはあった。蒼司のことを理解しようとしてくれるひともいた。しかし、そんなことを蒼司は望んでいなかった。自分自身のことを理解していたし、それ以上のことも求めていなかった。だからいつも戸惑っていた。誠司は同情でも理解をしようとしているのでもない。ただ蒼司のしたことを『褒めた』だけだ。なんの力もない蒼司にとって、『あやかしと対話をする』ということは特別なことではない。特別なことをしている訳ではないのに、誠司はその行為を『褒めた』。それは蒼司にしてみると初めてのことだと気付いた。
 今まで蒼司は何事も出来ることが当たり前。出来ないなんてことは許されない。だからこそ『出来ない』蒼司は不要だった。それは自他ともに認めていたことだった。そんな不要な蒼司が初めて『褒められた』のだ。そのことがこんなに嬉しいことだとは、と蒼司は今までにない感情が自身の内に湧き立つのを感じる。今まで自分という人間が認めてもらえなかったことが、無意識にも心の棘となっていたようだ、と改めて気付かされたのだった。

 蒼司はふわりと微笑み、やはり優しい子だな、と嬉しさが込み上げるのと同時に、誠司に感じるなにやら懐かしさとで、どうにも気持ちがふわふわと心地好くなるのだった。

「さーて、じゃあ誠司はこれから彌勒堂の一員てことだな! もう帰ろうぜ、眠い」

 ガシッと誠司の首に腕を絡ませた堀井は引き摺るように誠司を引っ張った。蒼司たちは笑いながらふたりに続く。

「なんでいきなり名前呼びなんだよ」
「おー、俺のことは「堀井さん」で良いぞ! お前たちより大人だからな!」
「おっさんてことだろ……」

 ぼそっと呟いた誠司の首を思い切り締め上げた堀井だった。


 蒼司たちはマンションへと戻り、珠子は不安だったらしく、蒼司たちの姿を見ると駆け寄ってきた。珠子からの話では田中は倒れていた男を部屋へと連れていき、その後目を覚ました男を見届けたあと帰って行ったそうだ。

 堀井も大きな欠伸をしながら手を振り事務所へと帰って行った。すっかりと夜が明け始め、闇だった空は薄紫のような色を放ち出し、朝陽が昇り始める。暗闇だった世界は朝靄とともに淡く地平線が輝き出す。夜空ではいまだに星が見えていたが、次第に姿を隠し出す。朝焼けの美しい景色が広がり始めた。
 マンションを退去したあとは、ビジネスホテルやらネットカフェやらと転々としていた誠司の荷物は大き目のリュックに詰められた必要最低限のものだけだった。家具なども揃える前にマンションを退去していたのだ。
 誠司はリュックに入った荷物を持ち、おずおずと蒼司のあとに続いて歩いた。まだバスの始発時間ではない。ひんやりとした空気が漂うなか、のんびりと彌勒堂まで歩いて帰る。朝靄の漂うなか、音もなく静かな道は夜中に起こった騒動などまるでなかったかのよう。きなこと珠子は楽しそうに先導し、蒼司と誠司の後ろから見守るように銀子がゆったりと歩いていた。

「みんな、ただいまー」

 歩いているうちにすっかりと陽も昇り、次第に気温も上がっていく。蝉の声が響くようになり、夏の暑さが戻ってくる。
 彌勒堂のなかはひんやりと冷たい空気がいまだ流れている。土間ではトキが出迎えた。

『おかえりなさい。今回はなにやらあったようですな』

 トキの勘が当たったことを思い出した蒼司は苦笑しつつ、誠司に振り向いた。誠司は蒼司に続き彌勒堂のなかへと足を踏み入れるが、そわそわと落ち着きなく、周りに視線を泳がせる。

「こちらはトキさん。振り子時計の付喪神だよ」
「振り子時計……」
「そ、あそこにある振り子時計」

 蒼司が指差した先には土間の隅に置かれた様々な骨董品らしきもの。確かにそのなかに振り子時計も立てかけられていた。薄暗い土間の隅ではなにやらこそこそとこちらを伺い見るような視線を感じるが、しかし姿は視えない。じっと見詰めているつもりが、眼光が鋭いため睨むように見詰める誠司の様子に、蒼司は思わず噴き出しそうになりながらもグッと我慢をする。散々睨んだ挙句、結局のところ存在を確認出来なかった誠司は気のせいか、と再び蒼司のほうへと視線を戻した。

「銀子さんはもう分かっていると思うけど、九尾の狐だね。きなこさんは猫又。そして珠子さんは座敷童だよ。他にもいるんだけどね、みんな驚いちゃったのか、出て来てくれないねぇ」
「まだいるのか……一体どれだけのあやかしがいるんだ……」

 緊張していた面持ちから、若干引き攣った顔となった誠司は今まで『あやかしと共に暮らす』という発想がなかったため、どうにも身体が強張る。そのことに気付いたのか蒼司はにこりとしながら話し出す。
感想 40

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。