アーク・キングダム~【悲報】勇者パーティから追放され、最難関ダンジョン『魔王城』で迷子になる【嘘のような話】

古河夜空

文字の大きさ
5 / 12
第一章 赤いゼラニウム

05.迷子です

しおりを挟む
本日5話目です。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

「良かったですよぅ、目が覚めたみたいで」

 そう言って、僕に笑みを向けてくれるのは修道服に身を包んだ少女だ。
 イルテア聖教の修道服ではないが、デザインは非常に良く似ている。

 この大陸で一番信者の多い宗教であるイルテア聖教の修道服は、青と白を基調としたデザインだ。主神イルテアが天空神であることから、空を表す青と白がベースとなっていると言われている。しかし、彼女が着ている服は、黒を基調としたものだった。ベースになっているくるぶし丈のゆったりしたローブ状のトゥニカと、頭に被るウィンプルは白地の布で作られているが、トゥニカの上に着るスカプラリオと呼ばれる肩掛けや、ウィンプルの上に被るベールは、黒――ミッドナイトブルーのような色を基調としたデザインとなっている。
 その他に、ブーツや、肘まである手袋なども黒系統でまとめられているため、修道女としては異色に思えた。

「どうかされましたか? 私に見惚れちゃいましたか?」

 何も言わなかった僕に、そんな言葉を投げかけてくる彼女。
 確かに、顔立ちは恐ろしく整っていて、長い睫毛の下にある真っ赤な瞳が愛らしい。桜色の唇に笑みを浮かべて、明るく笑いかける表情も魅力的だ。そして、その出で立ちから、顔以外の肌の露出は無いに等しいのだが、服の上からでも分かるくらい女性を意識させる体つきをしている。笑顔の明るさと女性らしい容貌が溶け合わさり、可愛らしくも色気のある雰囲気を纏っていた。

「あ、えぇと……」
「何ですか?」

 僕が何も言えないでいると、彼女はくすくすと笑いながら僕のベッドの脇に立って身体を屈めた。ふわりと鼻腔を擽る甘い香り。――意識が吸い寄せられるような、そんな香りだった。そして、吐息がかかりそうなくらい近くまで顔を寄せ、じっと僕の目を見つめてくる。

「ふふっ、可愛らしい」

 そう言って僕の鼻先を指で軽く触れると、屈めていた身体を起こして一歩後ろへ下がる。

「初めまして、私はマリアです。ノアさんですよね? さっき廊下に居た時に聞こえてきました」
「あ、はい。ノアと言います」
「聞き間違えていなくて良かったです。色々聞きたいことがありますよね? 何でもお答えしますよ」

 マリアさんはそう言うと、近くの椅子に腰を下ろした。
 その様子を見ていたエイルさんは、また窓際のテーブルまで戻り、ごりごりと乳鉢で薬作りを再開したようだ。

「では、お言葉に甘えて色々質問させて頂きます。――僕達を助けてくれたのは、マリアさんですか?」
「はい、そうですよ。ですが、ノアさんは血塗れでボコボコだし、えぇと、そちらの可愛らしい方は魔力欠乏症で危なそうだったので、聖女様――あちらで薬を作られているエイルさんに治療してもらっているところです」
「え?」

 エイルさんって、聖女様だったの?
 エイルさんは、今の言葉に特に反応すること無く、薬作りを続けている。聞こえていないなんてことは無いだろうから、事実なのかな。


「あ、エイルさんからその辺のお話はまだ聞いていませんでしたか?」
「そうですね。お名前と、今の僕達の怪我の具合を聞いただけでしたから」
「あららー、そうだったんですね。彼女はシルウァ王国で聖女と謳われている人ですよ。回復魔術も見事ですし、何より医療知識が豊富でどんな病気や怪我もたちどころに治してしまわれるんです」

「……それは言い過ぎです」

 エイルさんの言葉が返ってきた。背中越しなので表情を窺い知ることは出来なかったけれど、薬草を潰す音のリズムが少し乱れたので、何か思うところがあったのかも知れない。

「そうだったんですね。でも、僕達は救われました。ありがとうございます」
「……いえ」

 エイルさんの言葉は少なかった。もしかして、御礼を言うのがしつこすぎて嫌だったのかな?

「大丈夫、多分照れているだけだと思います。ちょっとツンツンしている所はありますけど、これは余所行きの顔なので。ああ見えて可愛い物好きなんですよー。お部屋は可愛いぬいぐるみがいっぱい」
「ま……、マリアさん?!」
「えー、別に内緒にするような事ではないですし、良いじゃないですかー」


 この二人、凄く仲が良かったりするのかな。会話は大分砕けている感じだし。


「あ、ごめんなさい。ついつい……。他に聞きたいこともありますよね?」
「そうですね。――此処は一体何処なんでしょう?」


 僕達が無事で居られた理由と、今の状況と。この二つが今の所の最大の関心事だ。
 少し前まで、僕達はアドヴェルザと戦っていたのだ。ブレスで遠くに飛ばされたとは言え、遙か彼方まで飛ばされたなんてことは考えにくい。しかも、戦っていた場所は魔王城ダンジョンの中だったのだから。
 自分から質問しておきながら、あまりにも今の環境が平和に感じてしまうため、どこか緊張しながらマリアさんの言葉を待った。

「此処は、とっても広い最高難易度ダンジョン、魔王城の中ですよ」
「……そ、そうなんだ」

 やっぱり? しかし、それならどうして此処はこんなに平和なのか?

「でもでも、安心して下さい。この家は安全です。ダンジョン内にある森の休憩小屋みたいな場所なのですが、私が聖域結界魔術を展開しておりますので、魔物は近寄って来れません。ついでに認識阻害結界とかも重ね掛けしてあるので、いくら魔王城の魔物と言えど、見つけることも出来ないと思います。
 ノアさんは本当に運が良いですよ。どんな魔物にやられたのかは分かりませんが、吹き飛ばされた先がこの小屋の目の前だったわけですから」

 そう言って、誇らしげに胸を叩くマリアさん。
 確かに、一応の筋は通っているようにも思えた。――けれど、そんな偶然があるんだろうか?

「あ、その顔は信じていませんね?」
「ご、ごめんなさい。確かに僕達は魔王城を攻略中だったので、記憶とも合致はするのですけど、あまりにもこの場所が平和過ぎると言うか……」
「それは、私の聖域結界魔術が最強だからですよ」

 えへん。と、再び胸を叩いて得意気なマリアさん。


「……彼女の言うことは間違っていませんよ」

 エイルさんからそんなフォローが入った。

「そうなんですね」

 何だろう。上手く説明出来ないけれど、何かが引っかかった。
 でも、その正体に気付く前に、マリアさんが何らかの魔術を行使し始めたため、意識がそちらへと持って行かれる。

 マリアさんは椅子に座った侭、右手の人差し指をピンと立てて、その先に小さな球体を作っていた。
 大きさは握り拳くらい。だけど、その表面にはびっしりと魔術式が刻まれていて、眩い光を発している。直感的に、それが相当高度な結界魔術であることが分かった。

「ね、嘘じゃ無いでしょ?」

 詠唱無しにあれだけ複雑な魔術を行使出来る実力。小さな球体に、恐らくは僕の全魔力より強い魔力を篭められるセンス。しかも涼しげな表情でそれをやってのける技術と魔力容量。どれをとっても一流かそれ以上であることは間違い無さそうだ。

「ごめんなさい。嘘を言っていると思ったわけではなくて……。あまりにも今の状況が非現実的に思えて」
「そういう事なら許してあげましょう。ノアさん可愛いお顔してますし」
「え? ……あ、ありがとうございます?」
「いえいえ、どう致しまして」

 ちょっと独特な空気感を持った人なんだな、なんて思いながら、マリアさんを見上げる僕。
 彼女の姿勢はとても綺麗で、何気無く座っているだけでも気品のようなものを感じる。よく見れば、修道服も色々と刺繍が施されたりして量産品とは違いそうだから、彼女自身も特別な立場の人なのかも知れない。

「じゃぁ、マリアさんとエイル様は……」
「エイルで良いですよ。聖女というのは勝手にそう言われているだけですから」
「ふふっ、これも照れですねー。――あ、でも本当に様付けは不要みたいですよ」

 相変わらず、ごりごりと調薬を進めているエイルさんの背中を見ながら、僕は言い直す事にした。

「マリアさんとエイル……さんは、どうして魔王城に?」

 そう。ここはダンジョンの中なのだ。
 マリアさんがいれば魔王城の魔物はどうにかなるのかも知れないけれど、それがそのまま彼女達が此処にいる理由にはならないだろう。僕は軽く首を傾げながら問うた。








「あー、迷子なんですよね。私達」






「え?」
「迷子なんです」





 ――どういうこと?


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

処理中です...