アーク・キングダム~【悲報】勇者パーティから追放され、最難関ダンジョン『魔王城』で迷子になる【嘘のような話】

古河夜空

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第一章 赤いゼラニウム

10.好物は巨大蛙素材?

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 「コツが掴めちゃったかもしれない」

 翌日。
 魔力もしっかり回復したマリアさんが、本日五回目のダンジョン内転移を試した時にそんなことを口にした。
 僕達が今居るのは湿地帯だ。今回は泥濘に嵌って身動きが取れなくなるなんてことは無かったけれど、早速巨大なカエル型魔物である、ヒュージフロッグの群れを撃退した所だった。

「何のコツが掴めたんですか?」
「『転移』の行き先調整です」
「そうなんですか?! 結界が破壊された後、どのように修復されるかが不明だから行き先はランダムになるって言ってませんでした?」
「そうなんですけどね。結界の張り方によって、壊れ方にある程度の法則があるようなんですよ。だから、どういう結界を張るかによって、エリア指定くらいはできるようになる──かも?」

 もし、マリアさんの言うことが本当なら、それは凄いことだ。

「と言うか、最終的に周りを巻き込んで世界を壊すんだから、結界である必要も無いわよね。要は世界に干渉する部分があれば良いわけだし……」

 あの人懐っこい性格のマリアさんが、僕達の事を無視するように独り言を始めた。
 端から見ているとちょっと危ない人みたいだって? 確かにそう言う印象がしないわけじゃないけど、何となく、僕には分かるんだ。――多分、何か掴みかけてるんじゃないかな。魔術って、ふとしたタイミングで急に天啓を得たように習得出来たり、切欠きっかけを掴めたりするんだよね。理論とイメージの領域だから、発想次第で急に自分の世界が広がったりするんだ。
 だから、ああやって何か掴めそうな時は、成長のチャンスだったりするんだよね。

 そんなわけで、僕は少しだけマリアさんに話しかけるのを止めることにした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 暫くマリアさんに自由に考えて貰うことにしたとは言え、ここはダンジョンの中だ。
 しかも、ヒュージフロッグが群れで襲ってくるような湿地帯。危険であることには変わり無い。
 ヒュージフロッグは魔王城に出るだけあって、決して弱い魔物ではない。単体でも、オーク達と良い勝負をする。それが群れで来るのだから、生半可なパーティでは太刀打ち出来ないだろう。

「ま、さっき群れを撃退したばっかりだし、何とかなるか」

 時間を稼ぐくらいなら、僕一人でも何とかなる。それに、勇者パーティにいた頃は一人で寝ずの番をしたこともあるしね。――というか、良くやらされてたし。
 折角だから、ヒュージフロッグの魔石でも取りながら時間を潰していよう。

「解体されるのですか?」

 エイルさんだ。相変わらず染み一つ無い白衣に身を包んだ彼女は、泥を跳ねさせて白衣を汚さないよう、慎重な足取りでこちらへと向かってきた。
 僕は、解体用のナイフを抜いて、ヒュージフロッグの魔石を取り出すべく、死骸に突き立てた。

「はい。マリアさんがあの調子なので、暇潰しに取っておこうかと」
「……なるほど」

 マリアさんの様子を見たエイルさんが、小さく頷いた。

「でしたら、一匹分で十分なので、毒腺も切り出して頂けますか?」
「毒腺を?」
「はい。ごく少量であれば、痛み止めの効果があるんです。毒として使う訳では無いので、一匹分で十分な量になります」

 なるほど。毒薬変じて薬となるとはよく言ったもの。テールス王国では麻痺毒としてくらいしか使われない毒腺だけど、エイルさんに掛かれば薬として使えるらしい。

「分かりました。じゃぁ、先に毒腺を取っちゃいましょう。入れ物は……」
「ヒュージフロッグの皮に包んで頂ければ大丈夫です。麻痺毒に耐性のある皮なので」
「了解しました」

 騎士団式の敬礼で返すと、エイルさんが笑った。あまり感情を表に出さないエイルさんにしては珍しい反応だ。
 いや、患者さんを安心させるための笑顔とかは見せてくれるんだけど、こうして何気ない会話で笑ったり拗ねたりって反応はあんまり無いんだよね、彼女。もう少し打ち解けてくれると嬉しいなって思っていたところだったから、僕も嬉しくなって笑い返した。

「それにしても、ヒュージフロッグの毒が薬としても使えるなんて知りませんでした。エイルさんの薬学知識は凄いですね」
「そんな事はありませんよ。私の知識は、全て姉から教わったものですし」
「そうなんだ。お姉さんがいらっしゃったんですね」

 それは初耳だ。

「はい。医療関連の研究をしています。……ちょっと困った姉ですけど、人を救う事に関する知識だけは信頼が置けます。ヒュージフロッグの毒を痛み止めに転用する方法も、姉が発見しましたから」
「それは凄い。少なくとも、僕の故郷、テールス王国では全く知られていませんから」

 公爵邸にある書物は結構読み漁ってるんだけど、そんな知識は全く知らなかった。
 それに、エイルさんの出身国であるシルウァ王国は、イルテア大陸の国の中で一番高度な医療技術を有している医療先進国だ。そんな国で医療関連の新しい発見を幾つもしているのなら、相当優秀な研究者なんじゃないかと思う。

 だけど、そんなお姉さんの話をする彼女の表情は、どこか硬いような気がした。

「国外向けにはまだ発表されていない研究もありますからね。怪我の治りを早くする為に、ノアさんに毎日服用してもらっている薬湯のレシピも、マオちゃんの魔力回復の為に焚いているお香も姉が開発したものですが、どちらもまだ国外には発表していないものですね」
「そうだったんだ。確かに、凄く早く怪我が治ったなと思ってたけど……、そんな最先端のレシピが使われてたんですね」
「はい。この魔王城の森で素材が採取できたので、丁度良かったです」

 毎日エイルさんが食後に出してくれる怪しげな色をした薬が、そんな凄い物だったなんて知らなかったな。
 失礼なことに、これは本当に飲めるんだろうかと疑ってたくらいだし。……本当、申し訳ありません。

「そっか。僕がこうして回復できた裏には、お姉さんの研究や、魔王城で採取可能な素材の偶然があったんですね」
「……はい。姉のお陰です」

 ――ん?

「いや、それは違いますよ」
「え?」

 きょとんとした表情のエイルさん。彼女の碧眼が僕の方を見つめていた。

「僕が回復したのは、エイルさんのお陰ですよ」
「いえ、でも、姉の研究成果があればこそ……」
「違いますよ。治癒魔術を掛けてくれたのも、薬を処方してくれたのも、毎日薬湯を作ってくれているのも、エイルさんです。
 そりゃ、お姉さんの研究成果が無かったらあの薬湯やお香は作れなかったんでしょうけど、僕やマオちゃんが生きているのは、お姉さんの研究成果を正しく理解しているエイルさんが居たからじゃないですか」

 確かに、知識は力だろう。けれど、知識をを誰かを救うために使ってくれるのは人なんだ。
 そこに感謝を忘れてはいけないと思う。

 それに、何となくだけど、エイルさんがお姉さんの研究成果を知らなかったとしても、彼女なら僕達を助けてくれたような気もするんだよね。
 エイルさんが僕達を心から気遣って、全力で治療してくれていることは知っているんだ。まだ目覚めないマオちゃんの為に苦心していることを知っている。知り合ってまだそんなに経ってはいないけど、そんなエイルさんが、知識が無いくらいで治療を諦めるとは思えない。

「……ありがとう、ございます」

 エイルさんが顔を逸らした。だけど、エルフ特有の長い耳は見えたままで、その先端が少し赤くなっているのははっきり見えてしまった。
 ……僕も少し恥ずかしくなってきたぞ、これ。


 次の言葉が見つからず、僕はヒュージフロッグの解体の手を早めた。
 もう殆ど終わっていたから、最後は近くの水溜まりでヒュージフロッグの皮を洗って血を落として……。毒腺の口を軽く縛ってから皮で包む。

「毒腺! 取れましたよ。これをご所望でしたよね!」
「は、はい! ありがとうございます」

 何だか気恥ずかしくなって声が上擦ってしまった。それは多分、エイルさんも同じだったみたいだけど。
 僕は立ち上がって、ヒュージフロッグの皮で包んだ毒腺を彼女に渡す。ちゃんと、皮が解けないようにしっかりと梱包はしてある。



「……エイルさん、なんだか凄く嬉しそうだね? そんなに巨大ガエルな魔物の素材が大好きだったの? 見た目、結構グロいけど……」
「違います!」

 絶妙なタイミングで戻って来たマリアさんの言葉に、エイルさんが可愛らしい小さめの声で叫んだ。




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