アーク・キングダム~【悲報】勇者パーティから追放され、最難関ダンジョン『魔王城』で迷子になる【嘘のような話】

古河夜空

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第一章 赤いゼラニウム

12.ペンダント

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 ロッジを出た僕は、そのまま近くを散策することにした。

 ロッジの外は森だ。それもただの森ではなく、ダンジョンの中の森だ。
 少し前まで、強力な魔物が跋扈ばっこする森は葉擦れの音一つとってみても不気味に聞こえていた。しかし、何日も彷徨ったからか、不気味さを感じることは無くなってきた。有り体に言うと慣れてしまったのだろう。

「すぐ近くにセーフエリアがあるっていうのも大きいんだろうけどね」

 肩越しに後ろを見やる。淡い光のヴェールの向こう側は、マリアさんの結界魔術の効果範囲だ。いざとなればそこに逃げ込めば良いのだから、非常に安心感がある。
 心にに余裕が生まれると、自然と視野が広がっていく。
 そうすると、ただただ鬱蒼としている印象だった森も、実は実り豊かな森であることが分かってくるのだから不思議だ。

「薬草とかキノコは沢山取れそうだな」

 ロッジ周辺の森にも、多くの薬草やキノコが自生しているようだった。

「カッコワライタケとクサハエールタケはここにもあるのか……」

 マリアさんがよく食用キノコと間違えて採ってくるキノコも健在だった。


 マリアさんの結界からあまり離れすぎないように気を付けながら採取をすること数十分。二日分くらいの量を採取したところで、僕は探索を切り上げることにした。

「ちょっと歩き回ってみたけど、見覚えのある場所は無かったか……」

 山菜は大量にゲットできたけれど、終ぞ見知った場所を見つけることはできなかった。
 探索に出た主目的は見知った場所を見つけることで、山菜や薬草の採取は二の次だったから、やや残念な結果と言える。

 マリアさんの転移魔術習得は喜ぶべきことだけれど、何度も転移を重ねた結果、僕まで迷子になってしまったのは誤算だった。
 何とか、今いる位置を見覚えのある位置と紐づけてマッピングを進めていきたいのだけれど、どこを見ても初めて見る景色ばかり。

「あの山の形は変わらないから、山から見た位置関係は変わらないんだろうけど……、広すぎるんだよな、この森」

 山の南西側に広大な森林地帯が広がっていることと、今その森林地帯の中にいるであろうことは間違いない。そして、あの山の南側──森林地帯から見ると東側に湿地帯が広がっていることも間違いない。けれど、分かるのはそれだけだ。
 今いる場所が森林地帯のどの辺りで、ダンジョンの出入り口がどの方角にあるのかは不明なまま。

「マッピングメモをクラウス達に取られたのも地味に響いてるし……」


 そう、口にした時だった。
 山とは反対側──マリアさんの結界とは反対の方角に、何者かの気配を感じた。

 僕は咄嗟に剣を抜き、荷物は足元へ置いて、いつでも後方へ駆け出せるようにしながら注意深く気配の方へ目を向けた。



 ──がさり。
 茂みを掻き分けて現れたのは、いつかの侵入者だった。
 僕とさして変わらない身長に、引き締まった細身の体。手には片手剣を持っていて、襲撃の時と変わらない装備に見えた。
 ただ一つ、違うところは、彼が眼鏡をかけているという点だ。


「何か用かな?」
「■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■……」

 相変わらず、彼の言葉は理解できない。雰囲気から、彼が僕に話しかけているのだろうとは思うけれど、彼のコエは不協和音のように響いて、音としても認識しづらい。

======================================
 名前:■■■■
 種族:雪犬人族シュネーコボルト
 状態:正常
 スキル:■■■■
======================================

 鑑定結果も前と変わらない。


 だけど、どうしてだろうか。
 不思議と彼から敵意は感じなかった。

 実際、襲い掛かってくる気配も無く、ただまっすぐ僕を見ている。
 ブラウンの双眸に宿る感情は──困惑、だろうか。とても、僕たちに敵対している者の目では無いように思えた。

 彼は、暫く僕を見た後、剣を鞘に納めた。
 本当に争う気は無いのだろうか。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■?」
「本当に、何て言っているんだろう」

 彼の言葉が全く理解できない。

「■■■■■■■■? ■■■■! ■■■■■■■■■■■■■■、■■……」
「分かる言葉で話してくれると嬉しいんだけどね」

 硝子をひっかいた音にも似た彼のコエは、何故かとても僕の心をざわつかせる。理由は分からないけれど、僕は彼のコエを聞かなければならないような気がする。
 原因のわからない焦燥感を覚え、僕は身構えた。

「■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■……。■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 彼はため息を吐きながら頭を振って、懐から細い金属のチェーンを取り出した。
 その瞬間に『鑑定』する。

======================================
 名前:ペンダント
 種別:装飾品
 品質:上級
 アレキサンドライトの指輪をチェーンに通したペンダント。
 チェーンはシルバー。リングはコールドをベースとした合金。
======================================

 何の変哲もない装飾品のようだ。古代魔導具アーティファクトの類では無いらしい。

 彼は、そのペンダントを僕に差し出した。

「■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■」
「僕にくれるのかい?」
「■■■■■■」
「本当に、何て言っているのやら……」

 内面をかき乱すような、音かどうかも判然としないコエに、顔を顰める。

 本来であれば、侵入者の持ち物なんて受け取るべきではないのだろう。何があるか分かったものではない。
 けれど、何故だろうか。僕は自然と、ペンダントに手を伸ばしていた。


 彼に近づき、恐る恐る手を伸ばすと、彼は僕の手にペンダントを乗せた。
 僕に渡そうとしていたのは間違いなさそうだ。


 再び距離を取った後、僕はペンダントをまじまじと見つめた。
 近くで見ると、チェーンとリングはやや古いものであることが分かった。しかし、しっかり手入れはされていて、リングトップのアレキサンドライトは美しく輝いていた。陽光を受け青緑に輝く石。
 何だろう。言い知れない懐かしさを覚えた。

「■■■■■■■■■■■■■……」

 彼は、何かを呟いてため息を吐いた。──ように見えた。



「ノアさーん? いますか~?」

 マリアさんの声だ。
 僕を探しに来たのだろう。

「■■■■……■。■■■■■■■■■」

 彼は剣を抜き、一気に後方へと飛び退いた。そして、出てきた茂みの奥へとその身を隠す。

「■■■■■■■■。■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■!」


 何かを言い残し、完全にその気配を消した──。


「ノアさーん。あ、いました」

 振り返ると、そこには笑顔のマリアさんが居た。
 咄嗟に、彼から受け取ったペンダントをポケットに入れて隠し、僕は彼女に笑みを向けた。

「? ……誰か此処に居ましたか?」
「いえ、そんなことはありませんけど」

 後ろ暗いことをしていたわけではない。けれど、今の出来事を彼女に正直に告げるのは憚られた。

「そうですか? 変な魔力残滓があるような、無いような……?」
「それより、どうしたのですか? 何か問題でもありましたか?」
「いえいえ、そうではなく、夕食の準備が出来たので呼びに来ました。近くにいらっしゃると思ったので」
「そうだったんですね、ありがとうございます」

 僕はそう言うと、足元の荷物を持ち上げて歩き始める。

「わぁ、それ、全部採取したんですか?」
「はい。この周辺にも結構食用の山菜や、薬草が自生しているみたいです。動物もいましたし、食料調達は問題なさそうですよ」
「それは朗報ですね!」

 ぱん、と両手を合わせて微笑むマリアさん。その笑顔に僕も笑顔で答えて、僕たちはロッジへと向かった。
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