12 / 12
第一章 赤いゼラニウム
12.ペンダント
しおりを挟むロッジを出た僕は、そのまま近くを散策することにした。
ロッジの外は森だ。それもただの森ではなく、ダンジョンの中の森だ。
少し前まで、強力な魔物が跋扈する森は葉擦れの音一つとってみても不気味に聞こえていた。しかし、何日も彷徨ったからか、不気味さを感じることは無くなってきた。有り体に言うと慣れてしまったのだろう。
「すぐ近くにセーフエリアがあるっていうのも大きいんだろうけどね」
肩越しに後ろを見やる。淡い光のヴェールの向こう側は、マリアさんの結界魔術の効果範囲だ。いざとなればそこに逃げ込めば良いのだから、非常に安心感がある。
心にに余裕が生まれると、自然と視野が広がっていく。
そうすると、ただただ鬱蒼としている印象だった森も、実は実り豊かな森であることが分かってくるのだから不思議だ。
「薬草とかキノコは沢山取れそうだな」
ロッジ周辺の森にも、多くの薬草やキノコが自生しているようだった。
「カッコワライタケとクサハエールタケはここにもあるのか……」
マリアさんがよく食用キノコと間違えて採ってくるキノコも健在だった。
マリアさんの結界からあまり離れすぎないように気を付けながら採取をすること数十分。二日分くらいの量を採取したところで、僕は探索を切り上げることにした。
「ちょっと歩き回ってみたけど、見覚えのある場所は無かったか……」
山菜は大量にゲットできたけれど、終ぞ見知った場所を見つけることはできなかった。
探索に出た主目的は見知った場所を見つけることで、山菜や薬草の採取は二の次だったから、やや残念な結果と言える。
マリアさんの転移魔術習得は喜ぶべきことだけれど、何度も転移を重ねた結果、僕まで迷子になってしまったのは誤算だった。
何とか、今いる位置を見覚えのある位置と紐づけてマッピングを進めていきたいのだけれど、どこを見ても初めて見る景色ばかり。
「あの山の形は変わらないから、山から見た位置関係は変わらないんだろうけど……、広すぎるんだよな、この森」
山の南西側に広大な森林地帯が広がっていることと、今その森林地帯の中にいるであろうことは間違いない。そして、あの山の南側──森林地帯から見ると東側に湿地帯が広がっていることも間違いない。けれど、分かるのはそれだけだ。
今いる場所が森林地帯のどの辺りで、ダンジョンの出入り口がどの方角にあるのかは不明なまま。
「マッピングメモをクラウス達に取られたのも地味に響いてるし……」
そう、口にした時だった。
山とは反対側──マリアさんの結界とは反対の方角に、何者かの気配を感じた。
僕は咄嗟に剣を抜き、荷物は足元へ置いて、いつでも後方へ駆け出せるようにしながら注意深く気配の方へ目を向けた。
──がさり。
茂みを掻き分けて現れたのは、いつかの侵入者だった。
僕とさして変わらない身長に、引き締まった細身の体。手には片手剣を持っていて、襲撃の時と変わらない装備に見えた。
ただ一つ、違うところは、彼が眼鏡をかけているという点だ。
「何か用かな?」
「■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■……」
相変わらず、彼の言葉は理解できない。雰囲気から、彼が僕に話しかけているのだろうとは思うけれど、彼のコエは不協和音のように響いて、音としても認識しづらい。
======================================
名前:■■■■
種族:雪犬人族
状態:正常
スキル:■■■■
======================================
鑑定結果も前と変わらない。
だけど、どうしてだろうか。
不思議と彼から敵意は感じなかった。
実際、襲い掛かってくる気配も無く、ただまっすぐ僕を見ている。
ブラウンの双眸に宿る感情は──困惑、だろうか。とても、僕たちに敵対している者の目では無いように思えた。
彼は、暫く僕を見た後、剣を鞘に納めた。
本当に争う気は無いのだろうか。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■?」
「本当に、何て言っているんだろう」
彼の言葉が全く理解できない。
「■■■■■■■■? ■■■■! ■■■■■■■■■■■■■■、■■……」
「分かる言葉で話してくれると嬉しいんだけどね」
硝子をひっかいた音にも似た彼のコエは、何故かとても僕の心をざわつかせる。理由は分からないけれど、僕は彼のコエを聞かなければならないような気がする。
原因のわからない焦燥感を覚え、僕は身構えた。
「■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■……。■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
彼はため息を吐きながら頭を振って、懐から細い金属のチェーンを取り出した。
その瞬間に『鑑定』する。
======================================
名前:ペンダント
種別:装飾品
品質:上級
アレキサンドライトの指輪をチェーンに通したペンダント。
チェーンはシルバー。リングはコールドをベースとした合金。
======================================
何の変哲もない装飾品のようだ。古代魔導具の類では無いらしい。
彼は、そのペンダントを僕に差し出した。
「■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■」
「僕にくれるのかい?」
「■■■■■■」
「本当に、何て言っているのやら……」
内面をかき乱すような、音かどうかも判然としないコエに、顔を顰める。
本来であれば、侵入者の持ち物なんて受け取るべきではないのだろう。何があるか分かったものではない。
けれど、何故だろうか。僕は自然と、ペンダントに手を伸ばしていた。
彼に近づき、恐る恐る手を伸ばすと、彼は僕の手にペンダントを乗せた。
僕に渡そうとしていたのは間違いなさそうだ。
再び距離を取った後、僕はペンダントをまじまじと見つめた。
近くで見ると、チェーンとリングはやや古いものであることが分かった。しかし、しっかり手入れはされていて、リングトップのアレキサンドライトは美しく輝いていた。陽光を受け青緑に輝く石。
何だろう。言い知れない懐かしさを覚えた。
「■■■■■■■■■■■■■……」
彼は、何かを呟いてため息を吐いた。──ように見えた。
「ノアさーん? いますか~?」
マリアさんの声だ。
僕を探しに来たのだろう。
「■■■■……■。■■■■■■■■■」
彼は剣を抜き、一気に後方へと飛び退いた。そして、出てきた茂みの奥へとその身を隠す。
「■■■■■■■■。■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■!」
何かを言い残し、完全にその気配を消した──。
「ノアさーん。あ、いました」
振り返ると、そこには笑顔のマリアさんが居た。
咄嗟に、彼から受け取ったペンダントをポケットに入れて隠し、僕は彼女に笑みを向けた。
「? ……誰か此処に居ましたか?」
「いえ、そんなことはありませんけど」
後ろ暗いことをしていたわけではない。けれど、今の出来事を彼女に正直に告げるのは憚られた。
「そうですか? 変な魔力残滓があるような、無いような……?」
「それより、どうしたのですか? 何か問題でもありましたか?」
「いえいえ、そうではなく、夕食の準備が出来たので呼びに来ました。近くにいらっしゃると思ったので」
「そうだったんですね、ありがとうございます」
僕はそう言うと、足元の荷物を持ち上げて歩き始める。
「わぁ、それ、全部採取したんですか?」
「はい。この周辺にも結構食用の山菜や、薬草が自生しているみたいです。動物もいましたし、食料調達は問題なさそうですよ」
「それは朗報ですね!」
ぱん、と両手を合わせて微笑むマリアさん。その笑顔に僕も笑顔で答えて、僕たちはロッジへと向かった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる