B級彼女とS級彼氏

まる。

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第0章 彼の苦悩

第1話〜ナイトメア〜

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 生まれた時から俺の人生は決まっていた。
 イベント会場運営の事業を立ち上げた俺の父親は、二十六歳という若さでこの自由の国アメリカで見事成功を掴み取った。まだ事業が波に乗る前から苦楽を共にしたのは、当時では物珍しい目で見られていた日本人である俺の母。外国人、それもアジア人と言うだけで偏見の目で見られ、随分と辛い日々を送って来たそうだ。
 成功を手にした二人が次に課せられたのは跡継ぎを生む事だった。子供の出来難い体質だった母は周りからのプレッシャーに苦しみ、何とかして子を、それも男の子を授からなければと言う今では鼻で笑い飛ばしてしまいそうな馬鹿みたいな使命に駆られ、良いとされるものは全て試したと言う。その甲斐あってか無事“俺”がこの世に生まれ落ちたわけだが、生まれたのは“俺”だけじゃなかった。
 俺が生まれてホッと一息ついた後、又陣痛が始まり再び激痛が母を襲う。様子がおかしいことに気付いた医者が言った言葉に、母だけでなくその場に居合わせた皆が耳を疑った。

『双子だ! もう一人居ますよ!』

 そうして俺の十数分後に産声を上げたのが、我が弟ジャックであり、この瞬間から俺と双子の弟ジャックが常に比較されるというまるで悪夢の様な人生がスタートを切ったのだった。


 ◇◆◇

 幼少の頃から何かと比較されてはジャックの方が秀でていて、兄である俺は子供ながらに肩身の狭い思いをしてきた。ピアノを弾くにも勉強をするにも最初は俺の方が上だったのが、気が付けばジャックに追い越されている。十数分早く生まれたからといって“トレス家の跡取り”と言うレッテルを貼られ、やれ長男だというのになんとも情けない、やれ弟を見習えなどと、耳を塞ぎたくなるような台詞で何度も虐げられた。当のジャックはと言うと俺を出し抜こうとか思っていたわけではなく、何でもそつなくこなしてしまう俺に少しでも追いつこうと影ながら努力を重ね、結果的に追い越してしまっていたというだけの事。だから本人は当然悪びれるどころか逆に『兄さん、兄さん』と常日頃から俺にまとわり付いていた。
 俺はそんな弟を憎むことなど出来ず、弟と比較されどんなに罵倒されてもジャックを怨むような事は決して無かった。

 麗しき兄弟愛。――ま、そんなとこか。
 しかしその兄弟愛が仇となり、俺の人生は徐々に変な方向へと向かい始めた。

 最初に見た悪夢は本当に最悪だった。
 十四歳にもなると一気に背も伸び、すっかり大人の男の体格になりつつあった俺は、いつも見上げていた母や使用人達を気が付けば見下ろす程にまで成長していた。
 ある日の夜。身体が急激に熱を持ち、どうにも寝苦しくなって目を覚ますと下半身に何かしらの異常を感じた。足元で蠢く大きな塊に驚いた俺は暗闇の中必死で目を凝らし、ようやくそこに人がいると言う事に気が付いた。

「なっ!? だ、誰だ! 一体何を!?」

 だんだん目が暗闇に慣れてきて、自分に何が起こっているのかがわかった。頭についたホワイトブリムがこの家の使用人だと言う事を示していて、そしてその使用人が口に咥えこんでいたのは紛れも無く俺の……アレだった。
 俺が目を覚ましたこともお構いなしとばかりにジュルジュルと卑猥な音を立てながら一心不乱に吸い付くその様は、どこか鬼気迫るものを感じさせられる。何とかしてこの羞恥から逃れる為に寝起きで力の入らない身体を上方へずらすと、ちゅぽんっ、とまたいやらしい音を立て、その女はやっと俺のモノから口を離した。

「何よ、もう……。やっと大きくなってきたとこなのに」

 妖艶な笑みを見せ、手の甲で口の周りについた涎を拭き取っているその使用人は、普段、昼間に見ているのと同じ人物とは到底思えないほどの“女の顔”をしていた。
 主の意思など無視して恥ずかしげもなくおっ立てているアレを隠すように、俺は慌てて枕を引っ掴んで股間に押し付ける。まるで餌を求めて水面から顔を出した鯉の様に無様に口をパクパクしていると女が静かに話しだした。
 奇しくも、その話の内容から今己が置かれている立場というものが一気に浮き彫りになったのだった。

「あたしさぁ。生まれた瞬間から何不自由ない暮らしが約束されてるあんたと違って、生まれた瞬間から死にたくなるような人生が決まってたの。父親は朝から飲んだくれてるし、父親の居ない隙を狙って母親は次々と新しい男を連れてくるしさ。まぁ、とにかく人に自慢出来るような大した人生送ってないわけ」
「そ、それとこれと一体――」
「だから」

 ヘッドボードに背中を張り付けている俺に向かって、四つん這いになりながら女が近づいて来る。息が掛かる程顔が近づきゴクリと息を呑んだ。

「あんたの精子を頂戴」
「なっ!?」
「トレス家の長男であるあんたの子を授かれば、私もこんな生活から抜け出せられる」

 艶かしい紅い舌が俺の口の端をチロリと舐めた。

「やめっ、……んな事したところであの父親が使用人なんかを受け入れるわけがっ……!」

 恐らく「使用人なんか」と言った台詞が気に食わないのだろう。そう言った矢先、女の目つきがキッと鋭くなった。

「やってみなきゃわかんないでしょ? あははっ、あの業突ごうつく張りなあんたの父親が動揺する顔見るのが楽しみ」

 そう言って嘲笑うと一気に枕を剥ぎ取った。

「やめろって言ってんだろ!」
「なんでよ。十四にもなれば色々と知識も入ってきてやりたい盛りじゃない。あんただって本当は気持ち良かったんでしょ? 現にほら、まだビンビンしてるし」
「っ……!」

 してやったとばかりに勝ち誇った笑みを見せた女は、また俺のを咥え込んだ。
 確かに十四歳ともなると性的な事に全く興味が無いなんて言い切る事は難しい。しかし“興味がある”のと“経験する”のとは全然違う。まだまだ先の話だと思っていたというのに突然降って湧いた快楽の波が急激に押し寄せ、俺はこの女にいいように操られている。「止めろ!」と口では言いながらも、女の肩を力なく押すだけ。駄目だ、このままじゃこの女の思う壺だと俺はぼんやりし始めた頭を必死で呼び覚まそうとした。
 女の頭を俺のモノから引き剥がし、そのままドンと後ろへ突き飛ばす。突き飛ばされた勢いでベッドの端に尻餅をついた女は意外そうな表情を浮かべている。息を乱した俺を瞬きもせずじっと見詰め、しばらくして何やら名案でも浮んだのか女の口の端がクッといやらしく上がった。

「――そう。あんたがそんなに嫌だってんならもういいわ」

 あっさりと諦めた事に良からぬ不安が駆け巡る。なんだ? 親父にばれたらただじゃ済まされない様な事をしてるのだと、この家に仕えている人間なら誰でもわかるというのに何故そんなにあっさり引き下がれるんだ? 俺が誰にも口外しないとでも?

 俺の抱いていた疑問は次の台詞で払拭された。

「別にあんたの“代わり”は他にもいるんだし」

 その言葉にゾッとした。
 コイツ、まさか――。
 気が付けば俺は身なりを整え始めた女の腕を掴んでいた。

「……好きにしろ」
「あら? どうしたの? 嫌なんじゃないの?」
「その代わり……アイツには手を出すな」
「はいはい。――弟思いの立派な兄だこと」

 ふんっと鼻で笑いながら女は俺の上に跨ると、髪を振り乱し嬌声を上げながら、何度も、――何度も腰を振っていた。




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