B級彼女とS級彼氏

まる。

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第0章 彼の苦悩

第17話〜大きな誤算〜

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 囲い込んでいると非難されようが、自分でも気付かぬうちに父親と同じような事をしているのだと自覚しようが、芳野に擦り寄る邪魔者は全て片付けないと気が済まなかった。
 慎吾と梨乃を引き合わせる事により芳野から遠ざける事に成功した後、次のターゲットを桑山にシフトしたが、効き目があったどころか逆にダメージを与えられてしまう。従順な女であればあんな仕事は辞めろと言えば素直に従うだろうが、あの芳野にそんな事を言おうものなら、従うどころかきっと俺から遠ざかってしまうだろう。そんな最悪な結末を一体誰が望むと言うのか。
 苦肉の策として芳野に知られぬよう密かに動いていたのだが、どうにも桑山だけは計算通りには上手く事が運ばず逆に窮地に立たされる結果となってしまった。

 ――一体どうしたものか。
 初めてと言っていいほどの敗北感に苛まれ、俺は少し自分を見失っていた。

「――。……? なに?」
「聖夜さん。お父様が貴方に代われと」

 また、父親に嫌味の一つでも言われたのか、電話を取り次いだ梨乃の表情が少し暗い。

「ああ、わかった。――悪いな」
「……いえ」

 はっきりと、父親の非礼を詫びれば梨乃はかえって恐縮してしまう。だからあえて、電話を取り次いでくれた事に対する言葉に、謝罪の気持ちを込めた。


 ◇◆◇

 タラップを降り、空を見上げる。雲ひとつ無い見事なまでの快晴っぷりに反吐へどが出そうになった。
 婚約を解消する事を伝えに相手の家へ乗り込むにしては、この陽気は高ぶっていた感情をいとも簡単に萎えさせる。この際、嵐にでもなってくれれば今のモチベーションを維持したまま乗り込んでいけるのに、と、自分の力ではどうにもならない事に腹を立てた。
 父親からの電話を切った後、俺はすぐにアメリカへと発った。と言うのも、芳野を俺の恋人だと紹介したと言うのに、そんなもの我関せずと言った口振りで、カレンとの結婚式の日取りが決まったと飄々と言ってきたのだ。もう、何を言っても通じない父親に愛想が尽き、ならば、と、直接相手の家にこの婚約を解消すると言いにきたのだった。
 はい、そうですか。とはいかないと自分でも判ってはいるが、他に考え付く術はもう何も無かった。


 ◇◆◇

 カレンの父親は勿論激怒し、『お前の会社を潰す』とかなんとかほざいていたが、俺の気持ちが変わる事はなかった。追い返されても納得してもらうまでは何日も通い続け、ようやく婚約解消の承諾を得ることが出来た。
 晴れて自由の身になったと思っていたが、芳野との新生活をスタートするべく同居を提案したところへ突如としてカレンが現れ、又もや振り出しに戻ったのかと大きな溜息を吐いた。
 明らかに芳野に対し、敵意を見せているカレン。余計な事に関係の無い芳野を巻き込むわけにはいかないと、あいつには悪いとは思ったがそのまま帰らせる事にした。

「何で突然ここに来た」

 我物顔でソファーに座ったカレンに問う。斜め上を見上げるように俺の表情を確かめ、フンッと鼻で笑って目を逸らした。

「べっつに」

 横に置いたバックの中を探ると、おもむろに煙草を取り出しそれに火を点けた。カレンの答えに納得のいかない俺は、その場を動かずじっとカレンが話し始めるのを待った。
 白い煙を吐いた後、横目でチラッと俺を見ると今度はプッと噴出した。

「あはは! あんたマジなんだ?」
「……」

 一体全体何がおかしいと言うのか。カレンは腹を抱えて笑い転げていた。ひとしきり笑った後、目に溜まった涙を指で拭いながらカレンがようやく口を開いた。

「てっきり私と同じ類の人間だと思ってたから、婚約解消だなんてまた何か企んでるんだわって思って確かめるつもりで来たけど。……ああ、そう。あの子がねー」

 そしてまた、思い出したかのようにケタケタと笑い出した。

「何も企んでなどいやしない。これ以上会社の、――父親の為に自分を犠牲にするのが嫌になっただけだ」

 カレンとは相反して冷静な口調でそう言うと、先ほどまで笑っていたカレンの顔からスッと笑みが消えた。

「へー、そう。偉くなったもんね」

 人を小馬鹿にした物言いで、俺を睨みつける。言葉には出さずともカレンの表情からは『私とあんたは共犯者だったのに。この裏切り者!』と言いたげに、その眼は俺を罵っていた。

「言っておくが、今更ジャックに乗り換えようって思っても無駄だぞ。あいつはもう結婚するんだからな」
「――っ、知ってるわよ」

 睨みつけていた顔が一変し、虚を突かれた様な表情に変わった。
 俺は対面の一人がけの椅子に座り、カレンの様子を窺った。この女が俺に未練があるとは到底思えない。何故、芳野に対してあんな牽制まがいの台詞を言ったのかを直球で問い質してみれば「ちょっと意地悪をしたかっただけよ」と、またもやフンッと鼻で笑われた。



「ジャックに会いに行くのはいいが、頼むから面倒だけは起こしてくれるなよ。やっと親父も納得したんだからな」
「そんな事いちいち言わなくてもわかってるわよ」
「どーだか」

 ハイヒールに足を通したカレンは姿勢を正し、振り返って俺の手から自分の荷物を捥ぎ取った。そのままの勢いで玄関の扉に手を掛けたが、急にピタリと動きを止める。

「……一応聞いておきたいんだけど」
「?」
「なんであの子がいいの?」
「……は?」
「うちの親を怒らせてまで、あんなパッとしない子と恋人ごっこだなんて。一体あんたに何の得が?」
「得とか損とか関係ない。俺はあいつと一緒に居たい。ただ、それだけだ」
「……あっそ」
「お前だって何よりも優先したいと思える程の奴が現れれば、その時はきっと今のこの俺の選択が間違っていなかったってわかると思うぞ」
「ふん、……余計なお世話だっての」

 カレンはそう言うと、振り返りもせずに手をヒラヒラとさせながら出て行った。


 ◇◆◇

「くっそ、マジかよ……」

 しばらくして、俺の恐れていた事がとうとう起こってしまった。
 自分の身辺整理に思っていた以上に時間が掛かってしまい、その間桑山を野放しにしていたせいで芳野の気持ちが俺から離れてしまっていた。
 芳野の家へとバイクを走らせながら、昨夜の事を思い返す。

『俺の目を見てもう一度言ってみろ。そしたら、……言えたら、お前の言うとおりにしてやる』

 俺の家に引越す為の準備をしていたのかと思えば、俺と別れて桑山について途上国へ行くのだと言い出した。俺から目を逸らしながらそんなつまらない事を言った芳野の様子を見る限りでは、きっと本心で言っているわけでは無いのだろうと思っていた。カレンとの一件で、少し様子がおかしいと薄々感づいていたから、そんな事を言われてもこれはきっと可愛い嫉妬なのだと高を括っていた。

「……っ!」

 なのにその後、俺の目を見てきっぱり『別れたい』のだと言い放った。逆上してしまった俺は『勝手にしろ!』と言い放ち、ろくに話し合うこともせず芳野の家を飛び出してしまった。

 昨日の今日だ。そんなに早く芳野が居なくなる事はないだろう。そう思い、あいつが家を出てしまう前に話をつけようと朝早くバイクを走らせていた。





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