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暗躍する正義のヒーロー?
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湊君の語りは授業毎の休み時間を三つ経て、昼休みまで差し掛かる。
彼の家内で漏れ聞いた話はこういったことだ。
関東全域、とりわけここら一帯で近年、子どもの誘拐事件と行方不明事件が激減している。
減っているならいいじゃないか、というが、それがあり得ない減り具合であった。特定の地域だけ例年の事件発生数が数百件から数十件に変化したなら、それは奇怪な出来事だ。
事件が起きていないのだから警察はデータを公開する理由もない。しかしこの現象の理由を突き止める必要はある。
「オレは今からでも探偵になって、小学生のうちにこの謎を追うつもりだ」
息まく湊君にお三方は、アニメの見すぎだ、という顔になる。
「警察署内の情報は入ってくるからさ。解明の糸口はあるんだって」
「糸口?」
里梨様の目に好奇心のカケラを見つけ、湊君は声の調子を上げる。
「誘拐が未遂で終わっている、って分かってきたらしい。何件か被害者である子どもの証言が聞けたんだ」
さすがに彼は警察関係者一族の一員だ。続けてこう説明する。いなくなったと騒ぎになった子どもはその翌日には保護されるのだが、何が起こったか話せる子の口からは、揃いも揃ってこのような証言だと。
“おじさんと遊んでいた。その人物とは別のおじさんと帰ってきた”
被害者はあくまで幼い子ども。状況説明はおぼつかないものである。
「つまり、誘拐犯にさらわれかけたところを他の人に助けられた? でもその人物は素性を明かさずに消えたのか」
「それきっと、正義の味方だわ!」
紬嬢はアメコミに出てくるマントを羽織った超人を思い浮かべた。
「人間じゃないよな。どこで事件が起こるかを予知して、その場に飛んでいくなんて」
亮太君は水晶玉を抱える魔女と研究所を逃げ出した人造人間が結託する絵を思い描いた。
「不親切なヒーローね。名乗り出て何があったか大人の口から説明して、犯罪の予防に一役買えばいいのに」
謎めく人物を独自のヒーロー像に仕立て胸をときめかせる彼らに、横やりを入れながら里梨様は席を立ち上がるのだった。
「じゃ、ランチしてくるわ」
その口ぶりのまま里梨様はコックの用意した弁当箱を抱え、裏庭に向かっていった。
「いってらっしゃい」
里梨様の、ひとり静かに昼食をとる習慣を受け入れている彼らは、快く見送る。
その後ろ姿が教室の扉を抜けていった頃、紬嬢がポツリとこぼした。
「さとりんも誘拐されたことがあるんだよね…。六年も前だけど」
「えっ」
湊君の顔が青ざめた。
「事件が急に減ったのも確か六年前だよ」
「じゃあさとりんがそんな目に遭ったのは、まだその“謎のヒーロー”が現れてなかったから?」
「綾鷹も無事だったんだろ。保護されたうちのひとりじゃないか?」
この言に、幼稚舎からの縁ゆえ訳知りの紬嬢は、首を横に振る。
「そのとき保護したのは、今はさとりんと一緒にいるあの人だった」
「あの人?」
男子ふたり、訝し気に彼女の顔をのぞいた。
「執事の雪路さんよ!」
ふたりは“どいつだっけ?”と一瞬目を丸くする。
「あー、運転手のひょろっとした男な」
面白くなさそうな顔をして湊君は耳の穴に小指を突っ込んだ。
「雪路さん、ウチのメイドたちにも人気あるのよ。背が高くて髪がサラッサラだし、私にもすっごく優しくしてくれた!」
「綾鷹の付き人なら、友人の君に優しいのは当たり前じゃ……」
「それだけじゃなくて。爽やかなレモンバームの香りするし、笑うと優しい犬みたいな顔だもん。私、ああいう顔大好き!」
続けて紬嬢は里梨様情報を、その積み重ねた友人歴を誇るように話した。
姿を消した幼い令嬢を保護した当時大学生の男は、その功労を機に、家で使われるようになったと。
「たまたま綾鷹を保護したことがきっかけで院長令嬢の付き人になるなんて、ツイてるな」
これにも紬嬢は反論する。
「そうでもないよ。だって雪路さん、当時T大法学部のエリート学生だったもん!」
当時は紬嬢も同じく幼児だったわけだが、その後周囲の噂話を吸収してすくすく育ってきた模様。
「はぁ!?」
「T大?」
「雪路さん、すでに決まっていた大手企業への内定を蹴って、さとりんに忠誠を誓ったのよ。ゆくゆくは綾鷹家の家令としてゼッタイ的な地位に立つのね……かっこいい!」
「里梨……、そいつのこと好きなのかな」
湊君は鼻息荒い紬嬢の説明を話半分で聞いていた。
そんな頃、
「あの、これ綾鷹さんに……」
背後から声がかかる。
「下級生の男の子が綾鷹さんにって。逃げちゃったけど」
クラスメイトが白い封筒を差し出した。
「うん、渡しとくわね」
受け取ったそばから紬嬢がバリッと開けてみると、
「おい、勝手に開けていいのか?」
そこには──
“あやたか里りさま、おひる休み、うら庭にきてください”
「名前が里以外ひらがなだ」
「綾鷹、またかぁ」
このように里梨様は他クラス・他学年の男子に呼び出されることもしばしば。
「さとりんを避ける子たちよりは好感持てるけどね。じゃ、裏庭に行こう!」
「そうだな」
「行くか」
お三方も里梨様の後を追う──。
彼の家内で漏れ聞いた話はこういったことだ。
関東全域、とりわけここら一帯で近年、子どもの誘拐事件と行方不明事件が激減している。
減っているならいいじゃないか、というが、それがあり得ない減り具合であった。特定の地域だけ例年の事件発生数が数百件から数十件に変化したなら、それは奇怪な出来事だ。
事件が起きていないのだから警察はデータを公開する理由もない。しかしこの現象の理由を突き止める必要はある。
「オレは今からでも探偵になって、小学生のうちにこの謎を追うつもりだ」
息まく湊君にお三方は、アニメの見すぎだ、という顔になる。
「警察署内の情報は入ってくるからさ。解明の糸口はあるんだって」
「糸口?」
里梨様の目に好奇心のカケラを見つけ、湊君は声の調子を上げる。
「誘拐が未遂で終わっている、って分かってきたらしい。何件か被害者である子どもの証言が聞けたんだ」
さすがに彼は警察関係者一族の一員だ。続けてこう説明する。いなくなったと騒ぎになった子どもはその翌日には保護されるのだが、何が起こったか話せる子の口からは、揃いも揃ってこのような証言だと。
“おじさんと遊んでいた。その人物とは別のおじさんと帰ってきた”
被害者はあくまで幼い子ども。状況説明はおぼつかないものである。
「つまり、誘拐犯にさらわれかけたところを他の人に助けられた? でもその人物は素性を明かさずに消えたのか」
「それきっと、正義の味方だわ!」
紬嬢はアメコミに出てくるマントを羽織った超人を思い浮かべた。
「人間じゃないよな。どこで事件が起こるかを予知して、その場に飛んでいくなんて」
亮太君は水晶玉を抱える魔女と研究所を逃げ出した人造人間が結託する絵を思い描いた。
「不親切なヒーローね。名乗り出て何があったか大人の口から説明して、犯罪の予防に一役買えばいいのに」
謎めく人物を独自のヒーロー像に仕立て胸をときめかせる彼らに、横やりを入れながら里梨様は席を立ち上がるのだった。
「じゃ、ランチしてくるわ」
その口ぶりのまま里梨様はコックの用意した弁当箱を抱え、裏庭に向かっていった。
「いってらっしゃい」
里梨様の、ひとり静かに昼食をとる習慣を受け入れている彼らは、快く見送る。
その後ろ姿が教室の扉を抜けていった頃、紬嬢がポツリとこぼした。
「さとりんも誘拐されたことがあるんだよね…。六年も前だけど」
「えっ」
湊君の顔が青ざめた。
「事件が急に減ったのも確か六年前だよ」
「じゃあさとりんがそんな目に遭ったのは、まだその“謎のヒーロー”が現れてなかったから?」
「綾鷹も無事だったんだろ。保護されたうちのひとりじゃないか?」
この言に、幼稚舎からの縁ゆえ訳知りの紬嬢は、首を横に振る。
「そのとき保護したのは、今はさとりんと一緒にいるあの人だった」
「あの人?」
男子ふたり、訝し気に彼女の顔をのぞいた。
「執事の雪路さんよ!」
ふたりは“どいつだっけ?”と一瞬目を丸くする。
「あー、運転手のひょろっとした男な」
面白くなさそうな顔をして湊君は耳の穴に小指を突っ込んだ。
「雪路さん、ウチのメイドたちにも人気あるのよ。背が高くて髪がサラッサラだし、私にもすっごく優しくしてくれた!」
「綾鷹の付き人なら、友人の君に優しいのは当たり前じゃ……」
「それだけじゃなくて。爽やかなレモンバームの香りするし、笑うと優しい犬みたいな顔だもん。私、ああいう顔大好き!」
続けて紬嬢は里梨様情報を、その積み重ねた友人歴を誇るように話した。
姿を消した幼い令嬢を保護した当時大学生の男は、その功労を機に、家で使われるようになったと。
「たまたま綾鷹を保護したことがきっかけで院長令嬢の付き人になるなんて、ツイてるな」
これにも紬嬢は反論する。
「そうでもないよ。だって雪路さん、当時T大法学部のエリート学生だったもん!」
当時は紬嬢も同じく幼児だったわけだが、その後周囲の噂話を吸収してすくすく育ってきた模様。
「はぁ!?」
「T大?」
「雪路さん、すでに決まっていた大手企業への内定を蹴って、さとりんに忠誠を誓ったのよ。ゆくゆくは綾鷹家の家令としてゼッタイ的な地位に立つのね……かっこいい!」
「里梨……、そいつのこと好きなのかな」
湊君は鼻息荒い紬嬢の説明を話半分で聞いていた。
そんな頃、
「あの、これ綾鷹さんに……」
背後から声がかかる。
「下級生の男の子が綾鷹さんにって。逃げちゃったけど」
クラスメイトが白い封筒を差し出した。
「うん、渡しとくわね」
受け取ったそばから紬嬢がバリッと開けてみると、
「おい、勝手に開けていいのか?」
そこには──
“あやたか里りさま、おひる休み、うら庭にきてください”
「名前が里以外ひらがなだ」
「綾鷹、またかぁ」
このように里梨様は他クラス・他学年の男子に呼び出されることもしばしば。
「さとりんを避ける子たちよりは好感持てるけどね。じゃ、裏庭に行こう!」
「そうだな」
「行くか」
お三方も里梨様の後を追う──。
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