ガマンできない小鶴は今日も甘くとろける蜜を吸う

松ノ木るな

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可愛いは罪

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「おーじーさん!」
 コンコンコン。
 サイドウィンドウを里梨様は遠慮がちに叩いた。

「んんっ?」
 見知らぬ子どもが口をパクパクしている。運転席で緊張を一時解いていた銀縁眼鏡の男は、ハッとしてスイッチを押しガラスの縁を下げる。すると、
「あの子、おじさんとは行かないって」
 なにやらちびっこに事務的な報告を受け、揶揄からかわれているのかと目を剥いた。

「きっ、君は?」
「あの子の友だち。ねぇおじさん、助手席のせて」
 これがよく見ると、驚くほど目力のある女子児童だ。思いがけず“レアモノ”が目の前に現れ、男は瞠目したまま固まった。
「はっ。……いいよ。前を回っておいで」

 いったい何が起きたかさっぱりであるが、白昼の夢でもないようで、実際にフロントガラスの右から左へ、突然現れたスレンダー少女が小股で駆けている。黒髪の艶がまさしく天使の輪をかたどり、男はこの憧憬に唾を一飲みするのだった。

 ──コイツハナカナカ、ヨサソウダ……

 躊躇なく助手席に乗り込んできた子の屈託のなさに男は意表を突かれるが、ひとまず連れていた女子児童について確認した。
 それに対し里梨様は口八丁手八丁、おしゃまな態度で“おじさんの心”を魅了していく。
 男は次第に、彼女の状況説明を受け入れ、当初の計画の頓挫を理解した。
「おじさん、親切で言ってあげたのに。残念ね」
「ううん、いいんだ」
 代わりに、色白の小さな顔に乗る大きな瞳、高い鼻根、マスクの下はさぞ美少女……そんな極上のカモがやってきたのだ。男は面食いを自覚している。

 ──ヨォシ、ニガサナイゾ……

 思考は巡る。この少女をどう取り込んでいくか、作戦の指令が脳幹を伝っていく。その空想も心地よいもののようだ。

「君はK町の子じゃないのかい? 親御さんは?」
「次郎と来たの。うちの親は忙しいから」
「次郎?」
「私のお世話係り。でも今は違うところにいる」
 小学生相手に会話が弾み、気を良くした男は運転も大胆なハンドルさばきになる。
「そうかぁ。じゃあ電話して、迎えに来てもらわないとね」
 そうスマホを耳元でユラユラ振って見せて言い含む。
「私、スマホ持ってないんだ。お母様が中学いくまでスマホはだめだって」
 今時珍しい、と思いつつも、これはまったく好都合。
「電車で帰ろうと思ってるんだけど、駅はどこかなぁ?」
「おじさんがお家まで送ってあげるよ」
「ホント!? じゃあ寄り道したいな!」
「!」
 降って湧いた僥倖に、男の背筋がぐいっと伸びた。そのうえ、
「私、山の上から星が見たい!」
 煌めく瞳でおねだりされたものだから、男の高ぶりは急上昇して天まで届く。
「し、仕方ないなぁ……」
 

 こうしていびつなドライブが始まった。
 こんなにうまくいくものなのかと、男も頭の片隅でここまでを顧みる。が、微塵も警戒心のない少女の甲高い声音に、そのあどけなさに、気もユルユル緩んでいく。
 日本人形が動いてはしゃいでいるようだろう?
 
 このまばゆくあふれる可愛げに一度取り込まれたら、引き返すための灯りなど一筋も灯らない。

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