ガマンできない小鶴は今日も甘くとろける蜜を吸う

松ノ木るな

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私と彼の軌跡

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 その車内では子どもの好む流行曲が、控えめなボリュームで流れている。
「次郎はね、私の乳母、きくの家族だったの」
「乳母?」
 変なこという子だな、と男は思ったのかもしれないが、このテの輩に子どもの話など右から左。

「次郎も私の家に入って、ずっと私の面倒をみてくれてたのよ」
 そうだったな。前身の俺が齢六つの頃、俺の母は末の赤ん坊を亡くし打ちひしがれていた。これは俺がどんなに健康に育ち、どんなに家のためよく働いても埋めることのできない、彼女の人生で最も大きな喪失だった。それが城に召され、姫の乳母としての役目を与えられて……小鶴様のおかげで新たな人生が拓けた。その事実に一抹の寂しさを覚えつつも、当時の俺は小鶴様にめいっぱい感謝したのだ。

「わたし、九つの時ね、化け物にさらわれて……。みんな大騒ぎして、目を真っ赤にして探して、そのうち次郎が見つけてくれたんだけど……」
「……?」
 “さらわれ”という単語を耳にし、男の挙動に焦りがにじんだ。
「私、傷だらけになってたんだ!」
「なぁんだ」
「私のことゾンビだと思った?」
「ああ、思ったよ!」
 男は何やら誤魔化したくてケラケラ笑った。

「だから次郎は責任を感じてる……」
「へえ。で、今その人はどこにいるんだい?」
 男はとにかく保護者の所在を確認したい。しかし里梨様は男の問いをあっさり無視した挙句、与太話を続ける。
「それで次、同じことが起こった時はちゃんと見つけてくれたの」
「う、うん?」
「三歳のときよ……“ずっとあなたを探していました”って」

 男は苛立ってきた。自分の思い通りに返答が返ってこないばかりか、妙な語り口の、支離滅裂な作り話を聞かされる。これだから子どもの面倒は嫌なんだ、と短気を隠さない。運転中だが締め上げてでも自分の求める返事を吐かせ、安心してこの子をいたぶりたい。子どもの面倒なんか御免だが、子どもは大好物なのだ。

「再会できて次郎すごく喜んでた。その後お父様が彼をスカウトしたんだあ」
 そう。今世で再び会えた俺は感激のあまり、“この生涯こそ、あなたを守る”などと誓いを立てた。思えば大それたことを口にしていた。
 そしてその直後。
 その再会の場で、俺は気付いた。
 彼女は誘拐され暗がりに監禁されていたのだが、容疑者は見当たらず、その周囲に散らばっていたのは──……

「ねえ、聞いてるー?」
 話を聞くのに飽き飽きした男は、「うんうん」とあいずちを打つことに終始した。
「その人は今どこ? まだ仕事中かな?」
 やっと会話のアドはこっちに、と男の頭は一瞬冴えた。
「うん。今ごろK町にいる」
 スマホはない、保護者もいない。勝機はうなぎのぼりだ。
 男の泥濘んだ血液が轟音を立て巡った。

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