12 / 20
私と彼の軌跡
しおりを挟む
その車内では子どもの好む流行曲が、控えめなボリュームで流れている。
「次郎はね、私の乳母、きくの家族だったの」
「乳母?」
変なこという子だな、と男は思ったのかもしれないが、このテの輩に子どもの話など右から左。
「次郎も私の家に入って、ずっと私の面倒をみてくれてたのよ」
そうだったな。前身の俺が齢六つの頃、俺の母は末の赤ん坊を亡くし打ちひしがれていた。これは俺がどんなに健康に育ち、どんなに家のためよく働いても埋めることのできない、彼女の人生で最も大きな喪失だった。それが城に召され、姫の乳母としての役目を与えられて……小鶴様のおかげで新たな人生が拓けた。その事実に一抹の寂しさを覚えつつも、当時の俺は小鶴様にめいっぱい感謝したのだ。
「わたし、九つの時ね、化け物にさらわれて……。みんな大騒ぎして、目を真っ赤にして探して、そのうち次郎が見つけてくれたんだけど……」
「……?」
“さらわれ”という単語を耳にし、男の挙動に焦りがにじんだ。
「私、傷だらけになってたんだ!」
「なぁんだ」
「私のことゾンビだと思った?」
「ああ、思ったよ!」
男は何やら誤魔化したくてケラケラ笑った。
「だから次郎は責任を感じてる……」
「へえ。で、今その人はどこにいるんだい?」
男はとにかく保護者の所在を確認したい。しかし里梨様は男の問いをあっさり無視した挙句、与太話を続ける。
「それで次、同じことが起こった時はちゃんと見つけてくれたの」
「う、うん?」
「三歳のときよ……“ずっとあなたを探していました”って」
男は苛立ってきた。自分の思い通りに返答が返ってこないばかりか、妙な語り口の、支離滅裂な作り話を聞かされる。これだから子どもの面倒は嫌なんだ、と短気を隠さない。運転中だが締め上げてでも自分の求める返事を吐かせ、安心してこの子をいたぶりたい。子どもの面倒なんか御免だが、子どもは大好物なのだ。
「再会できて次郎すごく喜んでた。その後お父様が彼をスカウトしたんだあ」
そう。今世で再び会えた俺は感激のあまり、“この生涯こそ、あなたを守る”などと誓いを立てた。思えば大それたことを口にしていた。
そしてその直後。
その再会の場で、俺は気付いた。
彼女は誘拐され暗がりに監禁されていたのだが、容疑者は見当たらず、その周囲に散らばっていたのは──……
「ねえ、聞いてるー?」
話を聞くのに飽き飽きした男は、「うんうん」とあいずちを打つことに終始した。
「その人は今どこ? まだ仕事中かな?」
やっと会話のアドはこっちに、と男の頭は一瞬冴えた。
「うん。今ごろK町にいる」
スマホはない、保護者もいない。勝機はうなぎのぼりだ。
男の泥濘んだ血液が轟音を立て巡った。
「次郎はね、私の乳母、きくの家族だったの」
「乳母?」
変なこという子だな、と男は思ったのかもしれないが、このテの輩に子どもの話など右から左。
「次郎も私の家に入って、ずっと私の面倒をみてくれてたのよ」
そうだったな。前身の俺が齢六つの頃、俺の母は末の赤ん坊を亡くし打ちひしがれていた。これは俺がどんなに健康に育ち、どんなに家のためよく働いても埋めることのできない、彼女の人生で最も大きな喪失だった。それが城に召され、姫の乳母としての役目を与えられて……小鶴様のおかげで新たな人生が拓けた。その事実に一抹の寂しさを覚えつつも、当時の俺は小鶴様にめいっぱい感謝したのだ。
「わたし、九つの時ね、化け物にさらわれて……。みんな大騒ぎして、目を真っ赤にして探して、そのうち次郎が見つけてくれたんだけど……」
「……?」
“さらわれ”という単語を耳にし、男の挙動に焦りがにじんだ。
「私、傷だらけになってたんだ!」
「なぁんだ」
「私のことゾンビだと思った?」
「ああ、思ったよ!」
男は何やら誤魔化したくてケラケラ笑った。
「だから次郎は責任を感じてる……」
「へえ。で、今その人はどこにいるんだい?」
男はとにかく保護者の所在を確認したい。しかし里梨様は男の問いをあっさり無視した挙句、与太話を続ける。
「それで次、同じことが起こった時はちゃんと見つけてくれたの」
「う、うん?」
「三歳のときよ……“ずっとあなたを探していました”って」
男は苛立ってきた。自分の思い通りに返答が返ってこないばかりか、妙な語り口の、支離滅裂な作り話を聞かされる。これだから子どもの面倒は嫌なんだ、と短気を隠さない。運転中だが締め上げてでも自分の求める返事を吐かせ、安心してこの子をいたぶりたい。子どもの面倒なんか御免だが、子どもは大好物なのだ。
「再会できて次郎すごく喜んでた。その後お父様が彼をスカウトしたんだあ」
そう。今世で再び会えた俺は感激のあまり、“この生涯こそ、あなたを守る”などと誓いを立てた。思えば大それたことを口にしていた。
そしてその直後。
その再会の場で、俺は気付いた。
彼女は誘拐され暗がりに監禁されていたのだが、容疑者は見当たらず、その周囲に散らばっていたのは──……
「ねえ、聞いてるー?」
話を聞くのに飽き飽きした男は、「うんうん」とあいずちを打つことに終始した。
「その人は今どこ? まだ仕事中かな?」
やっと会話のアドはこっちに、と男の頭は一瞬冴えた。
「うん。今ごろK町にいる」
スマホはない、保護者もいない。勝機はうなぎのぼりだ。
男の泥濘んだ血液が轟音を立て巡った。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
会社員の青年と清掃員の老婆の超越した愛
MisakiNonagase
恋愛
二十六歳のレンが働くオフィスビルには、清掃員として七十歳のカズコも従事している。カズコは愛嬌のある笑顔と真面目な仕事ぶりで誰からも好かれていた。ある日の仕事帰りにレンがよく行く立ち飲み屋に入ると、カズコもいた。清掃員の青い作業服姿しか見たことのなかったレンは、ごく普通の装いだったがカズコの姿が輝いて見えた。それから少しづつ話すようになり、二人は年の差を越えて恋を育んでいくストーリーです。不倫は情事かもしれないが、この二人には情状という言葉がふさわしい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる