追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 第四章 】 私が再会させてあげる!

⑥ 出し惜しみしてたけど

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 客の気まぐれな要求を無下にできる立場にないローズは、多少彼に気を許したものの、面白くなさそうな顔で話し始めた。
 彼女の初恋の相手は、まだ小さかった歌劇団を支援してくれていた貴族の長子だった。
 身分差を感じさせず仲良くしてくれた少し年上の彼に、幼い彼女は淡い恋心を抱いたが、そのうち彼は同じ貴族の娘を妻にする。

「その頃、私も個人的にお客を取るようになりました。良家の女性と比べても、仕方ないことだとは分かっておりましたけど……」

 しばらくして、公演の客席の最前列にその夫妻がいた。彼の妻が大事にされている様子を、舞台の上から見た。

「その夜も私は、どこの誰とも知れぬ人に奉仕しておりました。こんな思い出話ですわ」
「そうか」
「どうしてあなたが泣きそうなの」
 彼女は虚しくなった。

「それでも幸せなひと時はありましたのよ。初恋の君はいつも、とても優しくしてくれたから」
「そうか」
 歌姫はそこで、つまらない話をただ穏やかに聞く彼のために、鼻歌を歌いだした。彼女の言う、幸せなひと時を思わせる曲調だ。

「君の歌は、どうしてそんなに素晴らしいのかな」
 王は目を閉じて、そのメロディを堪能する。

「さぁ。神からの贈り物だと思います。小さい頃から歌うのが大好きでしたから。母の奏でる楽器に合わせて、いつも……」
「母君も良い歌姫だったのかい?」
「あまり覚えていません。幼い頃に亡くしました。まとまった記憶のある頃からひとりでこの団にいて……親から授けられた名すら覚えていませんわ」

 彼はうなずきながら彼女の頭を撫でた。
「こんな不幸な話、つまらないですわよね」
 それにはゆっくり首を横に振る先代王だった。

「私も家族を失ったんだ」
「まぁ。お亡くなりになったの?」
「そうだろうな……。でももしかしたら、まだどこかで生きているんじゃないかと、希望を捨てられないでいる」
「そう……。またお逢いできたらいいですわね……」
 そして彼女は眠たくなって、彼にもたれかかりすうっと寝てしまった。



 
◇◆◇

 
 夜が明けた。アリアンロッドは朝鳥のけたたましい声音が響く中、歌劇団の拠点を通りで人に教わっていた。
 するとその辺からふらふらと出てきたのは、まだ夢心地にいる先代王であった。
「王様!」
 大きく手を振りながら駆け寄る。

「今、迎えに行こうとしたところです。昨晩はずいぶんと素敵な時間を過ごされたようですね?」
 アリアンロッドは放っておかれたことで少し拗ねている。

「ははは、ほんとうに夢のような一晩だったよ」
「それは良かったです。その思い出を胸に、今日から仕事に精を出してくださいね!」
「仕事?」
 彼女は安定した日々の食材入手の方法として、町人の家の作業を手伝う、というので取引成功していた。時空の旅にも慣れてきたようだ。
「あなたには、足に負担がいかないような仕事をもらってきましたよ!」


 アリアンロッドは彼を引っ張り、林の入り口に連れてきた。
「王様はそこに腰かけて。私が切り落とした枝を更に割って細かくしたり、細工したりしてくださいね」
「私が果たして役に立てるかは分からないが、努力してみよう」

 彼がそう言い終わる前に、アリアンロッドは斧を振りかぶり、低木に打ち込んでいた。




「ああ、金貨があったらなぁ……」
 手作業をしながら先代王がつぶやいた。

「どうしたの王様。あなたは元国王なのだから、国ではなんでも手に入ったのではないですか?」
「あなたはその地位にいて、なんでも手に入っているかい?」
 
 アリアンロッドは空を眺めてこれまでを思い起こす。
「確かに贅沢な暮らしをさせてもらってると思います。明日も明後日も食べるものに困らない、着るものにも住むところにも困らない、そんな最高に贅沢な暮らしをしてる。でも、いちばん欲しいものはきっと手に入らないわね」

 先代王はうんうんと頷く。
「そうだろう? 必要な時に必要なものは案外この手の内にない。私もこんなに金貨が欲しいと思ったのは初めてだよ」

「金貨って、もしかしてまたあの歌姫を買いたいとおっしゃるんじゃ……」
 アリアンロッドもさすがに呆れている。
「う、うむ。まぁそういうことだな。彼女を自由にしてあげたいのだよ。あんなに美しい歌を奏でるのに、鳥のように羽ばたけないなんて」
「それは一晩買ってどうにかなることですか?」 
「いや、そうではなくて、彼女のこれから稼ぐ分の金貨を団に差し出して……」

 ずいぶんなのめり込みようだと、アリアンロッドは鼻から息を抜く。
「自国で王が寵姫を囲うことは、ごくありふれたことでしょうけど……」

 ここは夢まぼろしの世界だから無理、と彼女も匙を投げかけた。
 しかし「それは無理だから諦めよう」とは言いたくない。こんな老いらくの恋を、何もしないで風化させてしまうわけには。

「金貨、稼ぎましょう!」
「え?」
「でも私、自分でお金を稼いだ経験がないの。どうしたら稼げるのかしら?」

 そこで先代王は、願望を語り過ぎた、と今更になって気が付いた。
「あ、いや、どうにもできないことを口にしてしまったな。国では王家の人間でも、今はただの旅人だ。どうか忘れておくれ」
「旅人でも稼げないことはない! そうだ、ここは歌劇団がある街よ。芸が売り物になる街ってことだわ!」
 走り出したアリアンロッドは、もう止められない。

「私も歌に関してはけっこう自信があるのだけど。ちょっと聞いてもらえます?」
 いったん仕事の手を止めて、聖歌を奏でる姿勢をとった。聖女の歌声は、このように安易に披露して良いものではないのだが──。

(まぁ、ひと時の戯れも許してほしいわ。ここは夢まぼろしの空間なのだもの)

「ラァ──……ラアアアア──ア────♪」

 聖女の唇から紡がれる伸びやかな音色は、まさに神の恵み。慈愛の園に聴衆を安らかにいざなう。
 先代王の目には、虹色に染まる湖が見えてきた。陽の光が輪を連ね湖岸の草木を照らす。霧が晴れ女神とそれを取り囲むニンフが現れて、みなで口ずさむは喜びの歌。ここはまさに、生きとし生けるものすべて、分け隔てなく招かれるエデン。

 先代王は言葉をなくし、ただただ、魅入っていた。

 しかしその楽園に足を踏み入れた者として、いつしかただの観客ではいられずに、女神の歌声に合わせて口笛を吹き始めていた。
 するとアリアンロッドもその音色に応え、声量を上げたのだった。

 この歌物語の結末と共に、彼女はたったひとりの観客から拍手喝采を浴びる。

「いやはや、素晴らしい歌声を聴かせてもらった」
「ありがとうございます。でも歌は出し惜しみするように言われているので、内緒にしておいてください」
 アリアンロッドも舞台の上でおすましする娘のように礼をして応えた。

「王様の口笛も素敵だったわ。そんな即興で、歌の雰囲気に合わせて吹けるものなのね?」
「ああ、私も笛にはなかなか心得があってね」
「へぇ! 縦笛でも横笛でもいいから聴いてみたいわ!」

 そうだなぁ……と、先代王が昔はよく笛を持ち歩いていたことを思い出した時、目に入ったのはそこここに散らばる木材だった。

「これで笛が作れそうだ!」
「おぉぉ?」

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