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【 第六章 】 舞台裏
② アバウトレシピ30分クッキング
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アリアンロッドは厨房にやって来た。
「ん~~、いい匂い……」
鍋に食事が用意してある。一口いただきたいところだが、まず探すべきは、川に飛び込む予定のアンヴァルに渡す食料だ。
「あら?」
その時、ひとりの侍女が、物色のためテーブル周りをウロウロするアリアンロッドに背後から声をかける。
「あんた何してんの?」
「ひやっ」
アリアンロッドは唐突な声にびくっとした。
振り向くとそれは、そばかすと跳ねっ毛が印象的な、自分と同年ほどの侍女であった。
「えっと、小腹がすいたので、ちょっとつまみ食いに……」
「ん? あんた見ない顔だね」
「あ。ひとり病でさがったみたいで、私、今日から急に入って……」
「そう、じゃ基本的なこと教えてあげる! こっちの屋敷側にいたほうがいいよ。離れに行くとすぐご主人様に食われるから」
「げっ」
アリアンロッドの顔が一瞬にして青くなった。
「げ? だからさ、ご主人様のせいでこっちの係りろくにいなくてねぇ。私もう忙しすぎてやってらんない。あ、そうそう。これなんだけど―」
言いながら彼女は隅に置いた穀物袋を抱えて見せてきた。
「小麦?」
「この屋敷ではご主人様とイナ様しかパンを食べてはいけないの。天然酵母やオリーブオイル、なによりバターが高級品だから。私たちメイドは毎日、重湯よ。もう本当につまんない」
「なら、バターを使わないレシピはどう?」
アリアンロッドは、「そういえばどこか遠く東方の国では、小麦粉で作った生地を鉄板の上で焼いて食べると文献で読んだな」と思い出した。
「えええ……バターなしで美味しいものが作れるの?」
彼女は困惑している。コクのためにバターは必須だ。
「うん、たぶんね。粉にした分はどこ?」
「そこに」
アリアンロッドは噴き上がった粉で顔を白くしながら、それを台に引きずり出した。
「何を作るの?」
「料理の名前はちょっと覚えてないのだけど」
「うん? まずどうすんの?」
「えっとねぇ……」
アリアンロッドは記憶の糸をたどる。東方の国ではこれを水で溶いたものを、鉄板の上で薄く伸ばしながら焼き、別に用意した具材をくるくる巻いて包んで食べるとあった。しかしそれを薄く伸ばす道具とは何だろう。おそらくここには置いてない。
「とりあえず焼いてみよう!」
「う、うん?」
ふたりは小麦粉を水で溶いてどろどろになったものを、熱した鉄板にぶちまけた。すると、ジュージューと音を立てた生地が────
「わぁ、黄金色に変わっていく!」
「あら、すぐに固まっちゃう」
鉄板にこぼしただけでは生地が薄くならず、アリアンロッドはこれでは具材をうまく包めないかな、と思ったが、それ以前にこの固まりは美味しいのだろうか、という疑念も沸く。
「ねぇねぇ、裏返して! 焦げちゃう!」
「あ、うん!」
行き当たりばったりのクッキングとなる。表面を焦がしてしまったが、侍女はこれをちぎって口に入れてみた。
「うーん、味はそれほどないけど、食感は悪くないんじゃない?」
「本当だわ! 嚙み心地がいい。でも味がどうにかならないかな」
「何か混ぜてみようか」
「何がある?」
その場からふたりできょろきょろと見回した。
「まず塩だね。塩を混ぜとけばとりあえず何でもうまいし!」
「どちらかというと、ケーキみたいな甘味に振りたいわ」
アリアンロッドは甘党だ。アンヴァルに子ども舌だと揶揄されたこともある。
「蜂蜜はある?」
「蜂蜜も貴重品なんだよ。やっぱりここは塩で」
その時、アリアンロッドの目に入ってきたものが。カゴに入った大きな卵の山だった。
「卵はどうかな? これ何の卵?」
「分からない。何か大きな鳥のたまご」
「うーん、怪しい! まぁ、入れちゃおう!」
そして出来上がった生地はどうだろうか──。
「なにこれ、いい食感!!」
「味はたいして変わってないけど、食感が良くなってるわ!」
初心者はたまに幸運を発揮するという、古来からの現象が起きた。
「でもやっぱり味を良くしたいから、具材を用意しないとね。ここには何があるの?」
「ちょっと待って」
アリアンロッドの好奇心を受け、侍女は調理場を隅々まで確認して回る。
「肉はあまりないけど野菜なら。あと川や池でとれるものなら美味しいのがあるよ! カニ、イカ、エビ、カエル、タニシ! 何が好み?」
アリアンロッドは頭の中でそれらの生物を羅列した。野菜も周りで行進を始める。
「こうなったら……全部試そう!」
「そうこなくっちゃ! もう今、一緒に焼いちゃっていいかな?」
「いいわ。全部、生地の上にぶちまけちゃって!」
ふたりの気分が盛り上がってきた、そんな中。ギイィ───と重い音が床を伝う。この厨房の扉が開いた。
「あ、イナ様!」
「っ……」
アリアンロッドはひやりとして顔をそちらから背けた。イナンナはどうやら過去のアリアンロッドに食べさせる何かを探しに来たようだ。
(ああ、あの時ね……。1年前の私は今、隣のテーブルで大人しく待ってる……。)
イナンナの意識に引っかからないように、背を向けこそこそと隅へ行き、彼女らの会話に聞き耳を立てると、侍女が主に出すために用意したものを上司であるイナンナに渡した。
「ん、どうしたの?」
それから侍女は気配を消したつもりのアリアンロッドに歩み寄り、声をかけるが、まだイナンナは出ていっていない。
「あの、私、奥でこの具材を切り分けるわね」
「うん。あ、……えっと」
彼女はアリアンロッドの名を呼ぼうとして、まだ聞いていないことに気付いた。しかし何も聞いていないふりをしたアリアンロッドは既に、奥へ早歩きで逃げた後だ。
まもなくイナンナは隣室へ戻っていったが、この事態にアリアンロッドの鼓動はまだ収まらずであった。仕方なく、黙々と、食材の切り分けを進める。トントントントントン……包丁さばきもしなやかな彼女の調理はなかなかに捗り────
「はい! 大体細かく切り分けたから、一緒に鉄板で焼いておいて」
「あんたは一緒にやんないの?」
「ちょっと私、仕事があったの思い出して。行かなきゃいけないの。またここに戻ってくるから、出来上がりがどんなだったか教えてね」
「分かった。そうだ、これあげる」
彼女は燻製肉を1本放り投げた。それをパシッと受け取ったアリアンロッドの目に、にっかり笑った彼女の白い大きな歯が映った。
「付き合ってくれたお礼。あたしのとっておきだよ。後でこっそり食べようとくすねておいたんだ。そういえばあんた名前は?」
「肉!! ……あ。名前は、アリー」
肉に目の色を変えたアリアンロッドは少々赤面してしまった。
「アリーね。あたしはクローバー。言ってなかったよ」
「ありがとうクローバー」
肉を懐にしまったら、アンヴァルの待っている処に戻った。
「ん~~、いい匂い……」
鍋に食事が用意してある。一口いただきたいところだが、まず探すべきは、川に飛び込む予定のアンヴァルに渡す食料だ。
「あら?」
その時、ひとりの侍女が、物色のためテーブル周りをウロウロするアリアンロッドに背後から声をかける。
「あんた何してんの?」
「ひやっ」
アリアンロッドは唐突な声にびくっとした。
振り向くとそれは、そばかすと跳ねっ毛が印象的な、自分と同年ほどの侍女であった。
「えっと、小腹がすいたので、ちょっとつまみ食いに……」
「ん? あんた見ない顔だね」
「あ。ひとり病でさがったみたいで、私、今日から急に入って……」
「そう、じゃ基本的なこと教えてあげる! こっちの屋敷側にいたほうがいいよ。離れに行くとすぐご主人様に食われるから」
「げっ」
アリアンロッドの顔が一瞬にして青くなった。
「げ? だからさ、ご主人様のせいでこっちの係りろくにいなくてねぇ。私もう忙しすぎてやってらんない。あ、そうそう。これなんだけど―」
言いながら彼女は隅に置いた穀物袋を抱えて見せてきた。
「小麦?」
「この屋敷ではご主人様とイナ様しかパンを食べてはいけないの。天然酵母やオリーブオイル、なによりバターが高級品だから。私たちメイドは毎日、重湯よ。もう本当につまんない」
「なら、バターを使わないレシピはどう?」
アリアンロッドは、「そういえばどこか遠く東方の国では、小麦粉で作った生地を鉄板の上で焼いて食べると文献で読んだな」と思い出した。
「えええ……バターなしで美味しいものが作れるの?」
彼女は困惑している。コクのためにバターは必須だ。
「うん、たぶんね。粉にした分はどこ?」
「そこに」
アリアンロッドは噴き上がった粉で顔を白くしながら、それを台に引きずり出した。
「何を作るの?」
「料理の名前はちょっと覚えてないのだけど」
「うん? まずどうすんの?」
「えっとねぇ……」
アリアンロッドは記憶の糸をたどる。東方の国ではこれを水で溶いたものを、鉄板の上で薄く伸ばしながら焼き、別に用意した具材をくるくる巻いて包んで食べるとあった。しかしそれを薄く伸ばす道具とは何だろう。おそらくここには置いてない。
「とりあえず焼いてみよう!」
「う、うん?」
ふたりは小麦粉を水で溶いてどろどろになったものを、熱した鉄板にぶちまけた。すると、ジュージューと音を立てた生地が────
「わぁ、黄金色に変わっていく!」
「あら、すぐに固まっちゃう」
鉄板にこぼしただけでは生地が薄くならず、アリアンロッドはこれでは具材をうまく包めないかな、と思ったが、それ以前にこの固まりは美味しいのだろうか、という疑念も沸く。
「ねぇねぇ、裏返して! 焦げちゃう!」
「あ、うん!」
行き当たりばったりのクッキングとなる。表面を焦がしてしまったが、侍女はこれをちぎって口に入れてみた。
「うーん、味はそれほどないけど、食感は悪くないんじゃない?」
「本当だわ! 嚙み心地がいい。でも味がどうにかならないかな」
「何か混ぜてみようか」
「何がある?」
その場からふたりできょろきょろと見回した。
「まず塩だね。塩を混ぜとけばとりあえず何でもうまいし!」
「どちらかというと、ケーキみたいな甘味に振りたいわ」
アリアンロッドは甘党だ。アンヴァルに子ども舌だと揶揄されたこともある。
「蜂蜜はある?」
「蜂蜜も貴重品なんだよ。やっぱりここは塩で」
その時、アリアンロッドの目に入ってきたものが。カゴに入った大きな卵の山だった。
「卵はどうかな? これ何の卵?」
「分からない。何か大きな鳥のたまご」
「うーん、怪しい! まぁ、入れちゃおう!」
そして出来上がった生地はどうだろうか──。
「なにこれ、いい食感!!」
「味はたいして変わってないけど、食感が良くなってるわ!」
初心者はたまに幸運を発揮するという、古来からの現象が起きた。
「でもやっぱり味を良くしたいから、具材を用意しないとね。ここには何があるの?」
「ちょっと待って」
アリアンロッドの好奇心を受け、侍女は調理場を隅々まで確認して回る。
「肉はあまりないけど野菜なら。あと川や池でとれるものなら美味しいのがあるよ! カニ、イカ、エビ、カエル、タニシ! 何が好み?」
アリアンロッドは頭の中でそれらの生物を羅列した。野菜も周りで行進を始める。
「こうなったら……全部試そう!」
「そうこなくっちゃ! もう今、一緒に焼いちゃっていいかな?」
「いいわ。全部、生地の上にぶちまけちゃって!」
ふたりの気分が盛り上がってきた、そんな中。ギイィ───と重い音が床を伝う。この厨房の扉が開いた。
「あ、イナ様!」
「っ……」
アリアンロッドはひやりとして顔をそちらから背けた。イナンナはどうやら過去のアリアンロッドに食べさせる何かを探しに来たようだ。
(ああ、あの時ね……。1年前の私は今、隣のテーブルで大人しく待ってる……。)
イナンナの意識に引っかからないように、背を向けこそこそと隅へ行き、彼女らの会話に聞き耳を立てると、侍女が主に出すために用意したものを上司であるイナンナに渡した。
「ん、どうしたの?」
それから侍女は気配を消したつもりのアリアンロッドに歩み寄り、声をかけるが、まだイナンナは出ていっていない。
「あの、私、奥でこの具材を切り分けるわね」
「うん。あ、……えっと」
彼女はアリアンロッドの名を呼ぼうとして、まだ聞いていないことに気付いた。しかし何も聞いていないふりをしたアリアンロッドは既に、奥へ早歩きで逃げた後だ。
まもなくイナンナは隣室へ戻っていったが、この事態にアリアンロッドの鼓動はまだ収まらずであった。仕方なく、黙々と、食材の切り分けを進める。トントントントントン……包丁さばきもしなやかな彼女の調理はなかなかに捗り────
「はい! 大体細かく切り分けたから、一緒に鉄板で焼いておいて」
「あんたは一緒にやんないの?」
「ちょっと私、仕事があったの思い出して。行かなきゃいけないの。またここに戻ってくるから、出来上がりがどんなだったか教えてね」
「分かった。そうだ、これあげる」
彼女は燻製肉を1本放り投げた。それをパシッと受け取ったアリアンロッドの目に、にっかり笑った彼女の白い大きな歯が映った。
「付き合ってくれたお礼。あたしのとっておきだよ。後でこっそり食べようとくすねておいたんだ。そういえばあんた名前は?」
「肉!! ……あ。名前は、アリー」
肉に目の色を変えたアリアンロッドは少々赤面してしまった。
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