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【 第九章 】 運命が許さなくても
⑨ 突然に王宮ラブストーリー
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あれから3日たった頃、マリルが王の書状と贈呈品を持ってアンヴァルのところにやってきた。
「これでお帰りになれますね」
結果報告として、どうやら彼女は王の側妃に迎えられる運びとなったようだ。
「ふたりそろって歳を取らないことを、怪しまれることになるが?」
「彼は、ならばふたりで遠くへ行こうと……。それほど先のことではないかもしれません」
「王が国を捨てると?」
「はい。今いる彼のお子に位を譲って、私たちはどこかで、飽くまでふたりで生きます。そして飽きたら共に死にます。今度は、海に身投げではなく」
えらい覚悟だなとアンヴァルは思ったが、水をさすのもなんだし、口にはしなかった。
「それで、あなたにお礼をしたくて……あなたのおかげでこういったことになりましたし」
「いや俺は別に、何もしてない」
「彼を焚き付けてくださいました」
彼女の笑顔が今までになく朗らかで、その頬は真夏に熟れた果実のように艶めいている。
「ですので、ぜひともあなたに、不老の身体を授けて差し上げたいのですが」
それにはアンヴァルも青い顔をして、全力で首を横に振る。
「もはや私の気分がそういったことに向かいませんので、もうひとつの、私だけがして差し上げられることを、と……」
「?」
◇◆
「こちらです」
彼女に案内されアンヴァルがやってきたのは、王宮から馬車に揺られてしばらくのところにある、波の穏やかな入り江だった。
「ここには誰もたどり着けないと、人々の間では囁かれています。一度踏み入れたら生きては帰れないのだとか。しかし私はぶらりと憩いに来て、毎回生きて帰っています。天候が崩れることもありません。ここで思う存分、あれをお採りください」
「あれ?」
「大切な方に、贈りたいのでしょう?」
「……!」
そこでアンヴァルは少々ためらいがちに尋ねる。
「それって、採ったら、繋げられるか?」
「ええ。そうしてお持ち帰られてはいかがでしょう」
「…………」
アンヴァルは思い切り飛び込んだ。水を掻いて、潜って、その海をめいっぱい泳いだ。
遅ればせながら、自由な、休暇のような気分を満喫したのだった。
◇◆◇
数日後、アンヴァル一行は国へと帰っていった。この帰途を共にしたローズも、当然のように王宮に入った。
「ヴァル、帰ってきたのね?」
アリアンロッドがその噂を聞き、ディオニソスに確認したのは、それから幾日か過ぎた日暮れ時。
「ああ。しかし明日は諸侯らとの会合があるので、顔を合わせる時間はないかな。明後日ならば」
「そう……」
アリアンロッドは朝方、使用人の衣装で変装し、会合の開かれる講堂が見える位置の、建物の陰に潜んでいた。そこからチラチラと覗いてはアンヴァルを探したが、結構な人数が集まっているので、彼を見つけたとしても姿を現すわけにいかず。
(警備兵に見つかったら、どうせすぐ部屋に戻されてしまうし)
どうしたものかと、角に隠れたまま考えていたら。
「あれ? アリアンロッド様?」
後ろから声を掛けられ、びくっとした。振り返ると、そこにいたのは軍事官長の息子、イーグルだった。彼はさっと膝をついて言う。
「お久しぶりです。本日のあなた様も輝くばかりにお美しくいらっしゃる。それにしても、こんなところにおひとりで、どうされました?」
変装もあっさり見破られてしまっている。アリアンロッドは頭巾をより目深にした。
「お願い。ここで畏まらないで! 侍女を相手に話しているようにして」
「ああ、了解いたしました」
立ち上がった彼が笑顔で、おおよそ察した、と合図したので、アリアンロッドはほっとした。
ちょうどその頃、イーグルの来た通路から今度はアンヴァルがやってくる。彼はふたりを見つけ、とっさに建物の角に隠れた。なんで俺、隠れたんだろう、と自分に問いかけながら、彼がそこでひっそりしていると、聞こえてきた会話というのは。
「あ、その紫水晶のネックレス、綺麗ですね」
首にかけたそれをイーグルに気付かれ、アリアンロッドは顔をほころばせた。
「これは、ディオ様と内緒でお出かけして、買ってもらったの」
自然と声も高くなってしまうようだ。
「へぇ、いいですね。そういえばこのあいだ城下で祭りがありましたね」
アンヴァルは聞こえてきたそこまでを会話を飲み込んで踵を返し、元来たほうに戻って行った。
「それよりも。こんな物陰でいったい何をされているのですか?」
「んんと、ヴァルに会いたくて」
「ああ、外交から帰ってきていましたね。そうだ、彼が帰ってきた時、その姿を遠目に見て思ったのですけど」
イーグルは思い出したように話す。
「ずいぶん背が伸びていて、急に大人になったなって思いました」
「……大人?」
「ほら、去年は背丈も私と変わらなかったのに。なんだか変わったなって。日焼けもしたのかな」
「そ、そうかしら? 私はよく分からないな、周遊でずっと側にいたし」
「もういい年なんだから、彼もいいかげん、身を固めればいいのに」
続けて彼は、アンヴァルが周囲の諸侯らに縁談を持ち込まれても、ことごとく断っているという噂を話した。
「……やだ、イーグルも親戚のおじさんみたい」
「ああ、私も最近、第一子が生まれたところで、おせっかいを焼きたくなってしまいました」
彼は家庭持ちらしい、落ち着いた笑顔を見せた。
「そうなの? おめでとう! あ、行かなくて大丈夫?」
「そうですね」
大聖女に激励され、イーグルは講堂に向かった。
またそこからアンヴァルを探し続けるアリアンロッド、胸によく分からないつかえが残る。
結局、会合が始まった頃までその周辺に居たが、とうとうアンヴァルを見つけられず、別の入り口から入ったのだろうかとしょげた。そこで待とうにも、終わりの時も分からないので、また後で探そうと意気込み、自室に戻っていった。
思い立ったら絶対行動のアリアンロッドは、夕方からもアンヴァルを探し回る。
(休憩時間みたいだし、お散歩でもしているのね)
日没寸前にようやく、外郭近くの小川で彼を見つけた。ちょうど彼はひとりで岸辺に座っていて、なにやら黄昏れているような雰囲気だ。彼が暇そうなので安心し、話しかけようと走りかけたら、彼の元にやってくるひとりの女性が──。
(あれ? あれはローズ? なんで彼女がここに?)
訝しんだアリアンロッドは出て行きづらくなり、近くの小屋の影に隠れた。彼らは川岸に並んで腰をおろしたまま、何か話しているようだが、内容はよく聞こえない。
ローズが立ち上がり、アンヴァルから離れて行こうとした。すると彼は、彼女を追って引き止めた。
アリアンロッドは彼がそこで、彼女に何か手渡したのを見た。
その後アンヴァルも向こうに行ってしまい、ローズは少し立ちぼうけていたが、それから、ややアリアンロッドのいる方に向かって歩いてくる。
アリアンロッドは更に奥へ隠れたが、顔だけ乗り出し、彼女の手をまた盗み見た。その手にあったのは、珠がいくつも連なった装飾品だった。
「………………」
アリアンロッドの頭の中で、なぜだか。
朝方イーグルの言っていた、「彼もそろそろ身を固めれば」の言葉が、ぼんやりと浮かんでいた。
「これでお帰りになれますね」
結果報告として、どうやら彼女は王の側妃に迎えられる運びとなったようだ。
「ふたりそろって歳を取らないことを、怪しまれることになるが?」
「彼は、ならばふたりで遠くへ行こうと……。それほど先のことではないかもしれません」
「王が国を捨てると?」
「はい。今いる彼のお子に位を譲って、私たちはどこかで、飽くまでふたりで生きます。そして飽きたら共に死にます。今度は、海に身投げではなく」
えらい覚悟だなとアンヴァルは思ったが、水をさすのもなんだし、口にはしなかった。
「それで、あなたにお礼をしたくて……あなたのおかげでこういったことになりましたし」
「いや俺は別に、何もしてない」
「彼を焚き付けてくださいました」
彼女の笑顔が今までになく朗らかで、その頬は真夏に熟れた果実のように艶めいている。
「ですので、ぜひともあなたに、不老の身体を授けて差し上げたいのですが」
それにはアンヴァルも青い顔をして、全力で首を横に振る。
「もはや私の気分がそういったことに向かいませんので、もうひとつの、私だけがして差し上げられることを、と……」
「?」
◇◆
「こちらです」
彼女に案内されアンヴァルがやってきたのは、王宮から馬車に揺られてしばらくのところにある、波の穏やかな入り江だった。
「ここには誰もたどり着けないと、人々の間では囁かれています。一度踏み入れたら生きては帰れないのだとか。しかし私はぶらりと憩いに来て、毎回生きて帰っています。天候が崩れることもありません。ここで思う存分、あれをお採りください」
「あれ?」
「大切な方に、贈りたいのでしょう?」
「……!」
そこでアンヴァルは少々ためらいがちに尋ねる。
「それって、採ったら、繋げられるか?」
「ええ。そうしてお持ち帰られてはいかがでしょう」
「…………」
アンヴァルは思い切り飛び込んだ。水を掻いて、潜って、その海をめいっぱい泳いだ。
遅ればせながら、自由な、休暇のような気分を満喫したのだった。
◇◆◇
数日後、アンヴァル一行は国へと帰っていった。この帰途を共にしたローズも、当然のように王宮に入った。
「ヴァル、帰ってきたのね?」
アリアンロッドがその噂を聞き、ディオニソスに確認したのは、それから幾日か過ぎた日暮れ時。
「ああ。しかし明日は諸侯らとの会合があるので、顔を合わせる時間はないかな。明後日ならば」
「そう……」
アリアンロッドは朝方、使用人の衣装で変装し、会合の開かれる講堂が見える位置の、建物の陰に潜んでいた。そこからチラチラと覗いてはアンヴァルを探したが、結構な人数が集まっているので、彼を見つけたとしても姿を現すわけにいかず。
(警備兵に見つかったら、どうせすぐ部屋に戻されてしまうし)
どうしたものかと、角に隠れたまま考えていたら。
「あれ? アリアンロッド様?」
後ろから声を掛けられ、びくっとした。振り返ると、そこにいたのは軍事官長の息子、イーグルだった。彼はさっと膝をついて言う。
「お久しぶりです。本日のあなた様も輝くばかりにお美しくいらっしゃる。それにしても、こんなところにおひとりで、どうされました?」
変装もあっさり見破られてしまっている。アリアンロッドは頭巾をより目深にした。
「お願い。ここで畏まらないで! 侍女を相手に話しているようにして」
「ああ、了解いたしました」
立ち上がった彼が笑顔で、おおよそ察した、と合図したので、アリアンロッドはほっとした。
ちょうどその頃、イーグルの来た通路から今度はアンヴァルがやってくる。彼はふたりを見つけ、とっさに建物の角に隠れた。なんで俺、隠れたんだろう、と自分に問いかけながら、彼がそこでひっそりしていると、聞こえてきた会話というのは。
「あ、その紫水晶のネックレス、綺麗ですね」
首にかけたそれをイーグルに気付かれ、アリアンロッドは顔をほころばせた。
「これは、ディオ様と内緒でお出かけして、買ってもらったの」
自然と声も高くなってしまうようだ。
「へぇ、いいですね。そういえばこのあいだ城下で祭りがありましたね」
アンヴァルは聞こえてきたそこまでを会話を飲み込んで踵を返し、元来たほうに戻って行った。
「それよりも。こんな物陰でいったい何をされているのですか?」
「んんと、ヴァルに会いたくて」
「ああ、外交から帰ってきていましたね。そうだ、彼が帰ってきた時、その姿を遠目に見て思ったのですけど」
イーグルは思い出したように話す。
「ずいぶん背が伸びていて、急に大人になったなって思いました」
「……大人?」
「ほら、去年は背丈も私と変わらなかったのに。なんだか変わったなって。日焼けもしたのかな」
「そ、そうかしら? 私はよく分からないな、周遊でずっと側にいたし」
「もういい年なんだから、彼もいいかげん、身を固めればいいのに」
続けて彼は、アンヴァルが周囲の諸侯らに縁談を持ち込まれても、ことごとく断っているという噂を話した。
「……やだ、イーグルも親戚のおじさんみたい」
「ああ、私も最近、第一子が生まれたところで、おせっかいを焼きたくなってしまいました」
彼は家庭持ちらしい、落ち着いた笑顔を見せた。
「そうなの? おめでとう! あ、行かなくて大丈夫?」
「そうですね」
大聖女に激励され、イーグルは講堂に向かった。
またそこからアンヴァルを探し続けるアリアンロッド、胸によく分からないつかえが残る。
結局、会合が始まった頃までその周辺に居たが、とうとうアンヴァルを見つけられず、別の入り口から入ったのだろうかとしょげた。そこで待とうにも、終わりの時も分からないので、また後で探そうと意気込み、自室に戻っていった。
思い立ったら絶対行動のアリアンロッドは、夕方からもアンヴァルを探し回る。
(休憩時間みたいだし、お散歩でもしているのね)
日没寸前にようやく、外郭近くの小川で彼を見つけた。ちょうど彼はひとりで岸辺に座っていて、なにやら黄昏れているような雰囲気だ。彼が暇そうなので安心し、話しかけようと走りかけたら、彼の元にやってくるひとりの女性が──。
(あれ? あれはローズ? なんで彼女がここに?)
訝しんだアリアンロッドは出て行きづらくなり、近くの小屋の影に隠れた。彼らは川岸に並んで腰をおろしたまま、何か話しているようだが、内容はよく聞こえない。
ローズが立ち上がり、アンヴァルから離れて行こうとした。すると彼は、彼女を追って引き止めた。
アリアンロッドは彼がそこで、彼女に何か手渡したのを見た。
その後アンヴァルも向こうに行ってしまい、ローズは少し立ちぼうけていたが、それから、ややアリアンロッドのいる方に向かって歩いてくる。
アリアンロッドは更に奥へ隠れたが、顔だけ乗り出し、彼女の手をまた盗み見た。その手にあったのは、珠がいくつも連なった装飾品だった。
「………………」
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