サトリ

マスター

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第1章

8.ちょっとどうでもいい話part1 (ちゃんと話は繋がってます)

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 窓の外では雨がザーザーと音を立てて降っている。
 二、三日程前に梅雨入りした。
 入学してから二ヶ月があっという間に過ぎたが、最近、スオウの中で茜のイメージが塗り替えられつつあった。
 以前とは打って変わって、色んな人達と話しているし、話しかけられもしていた。当然、スオウにも話しかけてくる。というより、よく話しかけてくる。

 学校が終わって帰ろうとしたが、予想以上に雨が降っていた。帰る気が失せて雨足が弱まるまで図書室にでも行こうかと後ろに向き直ると、そこには茜が立っていた。
 身長が一四〇センチしかないスオウと一六五センチ以上ある茜が並ぶと親子の様だった。

「車、乗ってかない?」

 いきなりそう訊かれた。

「え…」

 正直、スオウは少し驚いていた。

「雨が酷いから乗って行きなよ。あ、それとも誰か迎えに来る?」

「いや、そんな事はないけど」

「じゃあ、乗って行きなよ」

 茜は微笑んだ。

「はぁ…」

 乗せてもらうのには少し気が引けたのだが、いつ止むかも知れない雨を待つのも面倒なので送ってもらう事にした。
 昇降口のすぐ近くに黒塗りの車が止まっていた。
 卒業する少し前に見たものと同じなのだろうと思った。

「市村さんは兄弟とかいないの?」

「いや…一人っ子だよ…四宮さんは?」

「んー、弟が一人いるよ。ねぇ、市村さんって変わった名前してるよね」

「うん…まぁね」

 スオウはだいたい会う人会う人、皆んなにそう言われる。

「意味とかあるの?」

 この質問も大抵訊かれる。

「さぁ、訊いた事がないから分からない」

「訊いたらいいのに」

 たわいも無い話をしているとスオウの家の前に着いた。

「有難うございました」

 スオウはドアを開けに来た運転手にお礼を言う。
 雨は幾分かマシになっていた。

「バイバイ、市村さん」

 車の中から茜が目を細めて微笑わらって言った。片手をヒラヒラと振っている。

「…バイバイ」

 運転手から開かれた傘を受け取りながらスオウは小さな声で言った。
 車が去っていくのを見てから玄関へと向かう。
 鍵穴に鍵を差し込んで回すと鍵がかかっていない事に気づいた。
 リビングのドアを開けると母親がソファに座っていた。
 スオウは「ただいま」と「おかえり」のどちらを言うか迷った。

「おかえりなさい」

 先に母親が言ってきた。

「…ただいま」

「私、もう少ししたらまた仕事に行くから」

「そう」

 それだけ言うとスオウは二階の自分の部屋に向かった。
 次にスオウが下りてきた時には既に母親はいなかった。

      ************

 周りの景色が飛ぶ様に流れていく。

「今日のはいつもより遠いな…それにしても雨が邪魔だ」

 修羅が顔をしかめて呟いた。髪も顔も服もびしょ濡れだ。
 夕方に一度弱まった雨は夜になると再び強く降り始めた。

「円楽、瓶の蓋、すぐに開く様にしときなよ」

「…わかってる」

 隣を並走する円楽がワンテンポ遅れて返事をした。
 円楽はこの土砂降りのなかでも瞬き一つしない。

「見つけた」

 修羅が言った。

      ************

「寝坊した!」

 要はベッドから跳ね起きた。急いで制服に着替えて一階に下りる。

「あら、要。なぁに、寝坊したの?」

 要の母親は息子が寝坊して慌てているのを見て、ケラケラ笑っている。

「笑い事じゃないよ。起こしてくれてもいいじゃん!」

「ねぇ、要。聞いてよ。佐藤議員殺されたんだって、あの殺人鬼に。暫くなかったのにねぇ。要も気をつけてね」

 母親は息子が遅刻しそうなのをそっちのけで話しかける。勿論、要は聞いていない。

「ヤバイー」

 要は朝ごはんを食べずにドタバタと出て行った。


「ギリギリ…ヤバイ喉痛い」

 要はチャイムがなる寸前で教室に入った。朝課外は欠課になってしまったが、この際仕方がない。
 電車以外を殆ど全力疾走してきたので、喉がヒリヒリする。

「寝坊か?」

 隣の席の友人に小声で訊かれた。

「そうだよ…ゲームやり過ぎた」

 一時間目の授業は全力疾走した疲れと寝不足でほぼ寝ていた。

「なぁ、永井、何かさ食いもん持ってない?」

 要は先程、質問してきた隣の席の男子に訊いた。

「朝飯食べる時間もないくらい寝坊したのかよ。んー何も持ってないな。昼も買う予定だからなー」

「マジか…お菓子ぐらい持っとけよ」

 要は机に突っ伏した。

「他のヤツを当たってみたら?」

 そう、永井が提案した時だった。

「パンで良かったらあるよ」

 前方から声がした。
 顔を上げると前の席の女子がメロンパンを持っている。

「…鳴瀬…いいの?」

「いいよー。お返しは倍返しで」

 答えたのは鳴瀬ではなく、その友達だった。

「倍返しってなんだよ。メロンパン二個か?」

「そこは自分で考える」

 要のツッコミにその友達はニヤッと笑って言った。

「あ…た、食べていいよ」

 鳴瀬は要の机の上にメロンパンを置いた。

「サンキュー」

 要はメロンパンを食べ始めた。
 鳴瀬と友達は教室を出て行った。

「鳴瀬、お前の事好きだったりして」

 隣から永井がニヤニヤしながら言ってくる。

「そんなわけないだろ」

「じゃあ、なんで、昼飯をお前にやるんだよ」

「え、お昼用だったのコレ」

「いや、適当に言った」

 お昼を貰ったのなら申し訳ないと思ったのだが、おやつでメロンパンというのもなさそうなのでやはりお昼かもしれないと思った。

 次の日、雨の所為で湿気を含んだ髪に苛つきながら要は誰かを探していた。
 昨日は奇跡的に雨が降らなかったが、その分が今日にきたみたいに激しい雨が降っている。
 梅雨なんてなくなってしまえとか思っていると目的の人物を見つけた。

「鳴瀬さん」

 鳴瀬は振り返ると少し驚いた顔をした。

「何?佐久間君」

「昨日のメロンパンのお返し、倍返しだとか言うからとりあえずコレ」

 要は紙袋を差し出した。

「へ…あ、それ言ったのは私じゃなくて…だから気にする事はなくて」

「わかってるよ。いいんだよ。どうせコレ、家の冷蔵庫に余ってたヤツだから。あ、余り物でゴメン…てかプリン大丈夫だよね?」

 要はあたふたしている鳴瀬を見ながら、昨日の永井の言葉を思い出したが、すぐにその考えを消した。
 冬に会った不思議な少女の事をふいに思い出した。

「あ、全然いいよ。ありがとね」

 鳴瀬はそう言うと早足で去っていった。


「-本当に返したんだ。偉いな」

 放課後、要は永井と廊下を歩きながら話していた。

「お前らが煩いからだろ」

「いや、煩かったのは鳴瀬はの友達だろ」

 二人は昇降口に着いたが外は土砂降りだ。

「車来てるから送ってってやろうか?要」

 永井が靴を履き替えながら訊いた。

「なに、今日は迎えきてんの?いつも、嫌がってんじゃん」

「さすがにこの雨だとな。車を使わない手はない」

「ふーん、乗って行こうかな」

「見ろよ要、俺らの他にも迎えに来てる所があるぞ」

 永井は黒塗りの車を指差しながら言っている。

「え、あれお前の家のじゃないの?」

 要は靴を履いて永井の所へ行く。

「違う、車種がうちのじゃない」

 見ると、女子生徒が車に乗り込んでいた。

「お前の他にもああいうやつがいるんだな」

 要が永井の方を見ると永井はその車を凝視していた。

「…永井?」

 要は呼びかけた。

「え、ああ、ごめん。いや、以外といるもんなんだな」

 少しすると永井の家の車が来たので二人はそれに乗って帰った。


「ねぇ、要?冷蔵庫にあったプリン知らない?」

 要が家に帰ると母親に訊かれた。


 
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