水底にて水面を請う

庭伊 凛

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中編

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 水底に住む民が水面の向こうに行くためには幾つかの問題がある。水面近くまで行く技術があるのに誰もがいかないのはそれが理由だった。あまりに長い間水底で暮らしてきた人々はこの環境に適応してしまった。

 まず、届く光が少ないために色素が減った水底の民にとって水面の向こうの太陽は毒だ。

重力が少ない世界で生きてきた彼らにとって、地上を歩くことは重労働に他ならない。

 それに、いまだに自身達の肺が空気というものに適応できるかと聞かれれば答えようがなかった。

「まるで熱した石に暖かいからと突進して死んでゆく魚のような行為なんだよ。水面の向こうに行くのは 」

 そう、著名な研究者は言う。

「では、俺たちは現状が最善だと 」
「まあ、そうなんだろうね。健康に平穏に生きて行くのならこのまま水底にいるのが最善なんだろう 」

ただね、彼はどこか焦がれたように水面を見上げる。
嗚呼、そうか。彼もその一人なのだと。

「私たちは、どうしようもなく水面の向こうに行きたいと思ってしまうんだよ。たとえ焼け焦げてもね 」

 そう言って自嘲気味に嗤う彼をきっとロワンは責めることはできない。なぜなら彼も同じだから。



何かに焦がれているのは。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「.....あ.....あ、あの?つかぬことをお聞きしますが..... 」
「なに?」

 貴方は人魚ですか?

 そうどこかキラキラとした瞳に誰かが重なったのはきっと気のせい。




 その奇妙な女は、町外れの岩場に倒れていた。水底に住む民は総じて色素が薄い。銀髪や薄い金髪が多いのに対し、その女は艶やかな黒髪を水にゆらゆらと漂わせていた。

きっと口元が引きつっているだろうと思う。わざわざ、家まで運んできて助けてやった女は、変なことを聞いてきた。

「いや.....俺は人間だけど...魚ではないな 」

そもそも、人魚ってなんなんだ、人なのか魚なのかそんな野暮なことは聞けない。だって彼女、あまりにも目を輝かせているから。

「んーでも水の中に住んでるし....上は人間だし....下は.......ああ....ほんとだふつーに二本足だ」
「........二本足じゃなかったらなんなんだ.....」
「え?魚の尻尾の部分とか?」
「.......そんな奴はいないな。」
「えーいないんですか........」

 せっかく頑張って水の中歩けるようになったのに。

そんなことをつぶやいて黒髪の彼女はベットの上で膝小僧を抱え込む。ぶつぶつと何かを呟きながら沈み込む名前も知らない女を傍目にロワンはため息を一つついて頬を掻いた。


 
「いやあ、すみません。なんか興奮してしまいまして、現実とのギャップに追いつかなくなりませてそのまま奈落に突っ込んでしまいました 」

 奇妙な女が復活したのは数分後、今度はどうやら正気に戻ったらしくメルルと名乗った女性は照れたように笑ってそう言った。

 信じられないことに陸から来たという彼女は、陸に残る人魚の伝説に憧れて水の中で生きる方法を探していたのだという。

「難しい話じゃなかったんです。先祖様は技術的にものすごく進んでたらしく、古代の文献を読み解いて再現すればよかっんです 」
「ふうん、で、それを研究して実現したと 」
「実現.....とは言えないんですよね.....」

 手渡しておいたチューブに入ったジュースをちゅうと一口吸って一口ため息をつく。どこか言いにくそうに彼女は話を続けた。

「なんていうか.....帰れないんですよ....」
「帰れない?」
「ええ、この薬水呼吸できるようにするのは良いんですけど.......飲むと1週間空気呼吸できなくなるんです。」

 ロワンは顔をしかめて聞く。

 「それって.....もし俺が助けなかったらどうなってたんだ?というより、これから1週間どうするんだ?」
「いやぁーなんも考えてなかったんですよね。人魚見たすぎて....あははは」

 それで、1週間泊めさせてくれませんか

 なんて図々しくも続けた彼女をじとっとした目で見たのはきっとロワンの所為ではない。
 
 頭が痛いのもきっと気のせい。

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