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第1章:赴任

第65話:春は来れど春は来ず

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「雪景色、わしより白く、嫉妬する」

 骸骨が縁側でお茶をすすりながら、さっきからボソボソ呟いている。
 いや、言ってもアスマさんそこまで白くないというか。
 どちらかというと、ベージュっぽい。

「雪化粧、妻も負けじと、厚化粧」

 ……サラリーマン川柳かな?
 こっちはオークの長の作品。
 これは、奥さんに報告するべきかな?

「外を見て、食べたくなるなる、チーズフォンデュ」

 字余り過ぎなのは、ジニーだ。
 テクニックとかではなく、根本から理解していないのかもしれないが。
 まあ、楽しんでいるのなら水は差さない。

 アスマさんが、何を思ったのか俳句だか川柳だかにハマってしまった。

「短い言葉の中に、いかに多くの情報を詰め込むか。情景、感動、思い……また、同じ句でも聞く人により捉え方が変わる……素晴らしい文化じゃ」

 何やら偉そうなことを言っているが。
 まあ、年齢的にはそれなりに、良い句を生み出せるほどの語彙はあるはず。

「雪が降る、ああ雪が降る、雪が降る」

 いや……それは……
 知っててわざとなのか、知らなくて偶然なのか。
 ただ、内容的にはかなり薄っぺらい気がする。
 うん、過度な期待は禁物だな。

 最近では、ジャッキーさんにお願いして本まで買ってきてもらった。
 松尾芭蕉や、種田山頭火、小林一茶なんかのメジャーどころから入っている。

 それはそうとオークの長まで、なんでうちの家にいるかというと。
 最近、村内で異種族間恋愛が、流行っているというか。
 オークがゴブリンに対して、求愛行動を取ることがあちらこちらで見られるように。

 いきなり身体を擦り付けているから、新手の痴漢かと思った。
 ただオスもメスもあまり関係なく、そういう行動を取っていた。
 聞けば、マーキングのようなものらしい。
 自分の匂いを相手に付けて、他の異性に対して現在この相手に求愛中というアピール。
 しかしながら、匂いの上書きで取り合いなんてのもあるらしく。
 優良物件的なゴブリンは、常にオークがすり寄っていた。
 おしくらまんじゅうかな?
 冬にもってこいではあるけども。

「ちょっと臭いが野性的過ぎて」

 という雄ゴブリンからの相談で、それとなく話しやすそうなオークに伝えてみた。
 オーク達から、ゴブリンが使っているボディソープなんかの相談を受けたけど。
 支払える対価が労働力しかない状況で、しかもそれは食料の対価として。
 なら、食事を一回減らして、代わりに一回分の量で分けてもらえたらと。
 それは、健康によくないから却下。
 
 しかし、オークは割と毛深いし。
 どちらかというと、ペット用のシャンプーとか。
 いや、人用のでもいいかもしれないけど。
 まあ、ボディソープでもいいかと、一本融通した。
 対価は空いた時間でわざわざ雪深い山までいって、人間に襲われる危険を冒して取ってきた食料。
 確かに量は少ないが、食べ物の少ない冬場には貴重なものであることは確かだ。
 
 籠いっぱいの冬にしか取れない木の実や、冬に活動するというおかしな蛇の魔物。
 スノウボアという、巨大な蛇。
 歩くボア(猪)が白いボア(大蛇)を狩ってきたのかと、ちょっと笑ったが伝わらなかった。
 ただ、危険なので、冬が開けるまでは村からあまり出ないようにと。

「それは、流石に軽蔑するぞ?」

 嫁を差し出そうとしてきたものもいた。
 いやいや、奥さんもまんざらでもないみたいな感じだけど。
 歩く猪はちょっと……それに人妻ならぬ、猪妻も。
 不倫は文化じゃなくて、民法上の違法行為だ。

「息子の恋愛を、どうしても成就させたくて」

 自分のためじゃなくて、子供のためか。
 それで、奥さんも前向きだったのかな?
 それよりも、俺に間を取り持つように頼んだ方が、建設的だと思うけど。

「押し付けは、よくありませんから。ロードから言われたら、相手が望まなくても叶ってしまいますし」

 そういう倫理観はあるのに、妻を差し出すことには躊躇しなかったのか。

「ワンシーズンくらいなら、嫁や夫が入れ替わってることはたまにありますよ?」

 うーん……種族柄。
 ただ、そんな軽い考えの相手に、うちのゴブリン達はやれんな。
 最近は一夫一妻制で、生涯の愛を誓うカップルが増えているし。

「ははは、流石にそれは種族内だけの話です。次世代の相手の選択肢を増やすためですよ! 異父兄妹であれば繁殖の危険性がぐっと下がりますし」

 ああ、種の存続のためか。
 増えたり、減ったりが激しい種族なのだろうし。
 
「ただ、ここほど外敵による死亡のリスクが少なければ、一夫一妻制で大いに結構かと」

 なるほど。
 でも、オークって多産種族じゃないのかな?

「ええ、オークの雌は一度に3から4人の子供を産みますが、他種族と交わった場合は1人から多くて2人ですね」

 なるほど。
 そしてゴブリン達も種族柄、相手の種族を特に気にしない。
 オークとしては生存能力が抜群に高い、この村のゴブリン達は伴侶として最適と。

「最悪、我が身を犠牲にすれば、子と妻は助かります」

 そこまでの、覚悟か。

「彼が、言っているのは非常食としての意味ですよ。オークにとって、共喰いは禁忌ではありません……推奨されてないですし、好んでということはないですけどね」

 そうなのか……

「大飢饉が起きた時と、群れから極限地域とかはぐれた場合とかで記録がある程度です」

 しかしな……

「最高のプロポーズですよ」

 そうなのか……
 そういうことで、納得しておこう。

 で、なぜオークの族長が、アスマさんのところに来ていたかというと。

「ここで伴侶を見つけた者たちが、もう里に戻らないと言っている……このままでは、群れが維持できなくなる」

 どうやら、若者の大半が相手を見つけていて、ここに残るつもりらしい。
 ぜんぜん、俺に相談が無かったけど。
 まあ、恋愛は自由だと言っているし。
 相手や他人に迷惑を掛けなければ。

「何度か相談してますよ? グランエルフリートと、ゴブ里の婚姻の許可を先日されたばかりではないですか」

 グランエルフリートって……オークだったのか。
 なんか、いかにも貴族な名前だったから、捕虜にしてた人間の話だと思ってた。
 そうか……

 確かに一大事だな……
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