錆びた剣(鈴木さん)と少年

へたまろ

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第3章:奴隷と豚

閑話1:フィーナとランドールとゴブリンと

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「もう! もうっ! もおっ!」
「どうしたフィーナ、牛の真似か?」
 
 ゴブリンの集落でおいてけぼりを喰らったフィーナが、鼻息荒くわめく。
 それを見てため息を吐きつつも、冗談を交えつつ一応聞いてやるランドール。
 内面は幼いのだが、年相応の気づかいはできるらしい。

「ランドール様って、あまり人の心が分からないのですね」
「酷くないか? 冗談に決まっておろう」

 しかしながら余裕のないフィーナに、その冗談は通じなかったらしい。
 ジトっとした目で見つめられ、慌てて顔を背けている。

 そんな彼らと少し距離をおいた場所に跪いている老齢のゴブリンは、冷や汗を掻きながらどうしたものかと思案する。
 発言をしてもいいのか?
 何を言っても、差し出口になるのではないか?
 そんな思考が、脳内をグルグルといったりきたりする。
 そうやって悩めば悩むほど時間が無駄に過ぎていき、余計に発言するタイミングを逃すのだが。
 流石に老齢とはいえ、未進化のゴブリン。
 そこまで知恵が回るわけでもない。

 気の利いた言葉もかけられず、フラストレーションを徐々に募らせ荒れるフィーナにただただ恐縮するばかり。
 そんな彼らの周りでは、今日も今日とて出張ゴブリンカーペンターズがせわしなく働いている。
 
 結局のところいくら元がただのゴブリンとはいえ、上の生活を知ってしまったフィーナに原始的な純粋ゴブリンの生活環境に耐えられるはずもなく。
 ランドールの協力の元運ばれてきたゴブリンカーぺンターズのお陰で、快適な生活が送られているわけだが。
 まあ、それは建前でランドール自身、鈴木の発案でゴブリン達が作り出した現代日本を思わせる便利な生活を手放せないというのが本音だったりする。
 フィーナを出汁に、恩を売ろうとしているのかもしれないが。
 誰に恩を売るつもりなのやら。

「王国の他の者達が一生懸命に働いているというに、お主は……」
「私の役割はニコ様のお世話ですからね。ニコ様がいない以上、私の仕事はここにありません」
「そこまでいくと、かえって清々しく思えるが……お主のために、皆が頑張っておるのに思うところはないのか?」
「まったく! 私が頼んだわけでもないので」
「そうか……」

 取り合えず、フィーナは恩義を感じてないことだけは分かった。
 そうなるとゴブリンカーペンターズもいい迷惑でしかないわけで。
 勿論カーペンターズといえども、キングもいればロードもいるわけで。
 フィーナと同等の存在の彼らが、ただ働きのうえに感謝もされないことに……

「よーしよし、お前らも少しは役に立つな」
「じゃあ、新しい建築方式を試してみるか」
「新しいというか、まあ伝統ある建築方式だと鈴木様はおっしゃってたが」
「俺達には、新しい技術だろ?」

 いや、新たな発表の場にワクワクしているようだ。
 今回彼らが試しているのは伝統的な木造建築の組木だ。
 釘や丁番、ボルトなどの金属を一切使わない、純粋に木のみを使った建築方式。
 木ネジすらも用いない、完全に精巧さと丁寧な作業を頼みとした建築方式だ。

 組木の優れた点は、圧倒的な強度だろう。
 朽ちたり経年劣化によって金属部品が摩耗するのに対し、大きなパズルのようにガッチリとはまった木材同士はそう簡単に緩みが生じることはない。
 さらにいえば腐ったりしたとしても、そこをカットして新たに組木で補修と補強が出来てしまう。
 
 とはいえ熟練の技術を要するため、主な継ぎ方法はメジャーな腰掛蟻継がメインになる。
 これは台形の凹凸を造ってそれらをはめ込み、金槌等で叩いてがっつりと繋ぎ合わせる方法だ。

 基本的に蟻継ぎを使った、変形蟻継ぎで木材を組み合わせていく。
 この方法自体は引っ張りに強いが、荷重には弱いのでスライドさせたり段階欠き取りとの組み合わせで強度を増していく。
 
 といっても鈴木がそんなことに詳しいはずもなく……いや、道場を持つ祖父の影響か普通の人よりは詳しいが。
 本職のような知識がないにわか仕込みの説明をかみ砕いて理解し、ここまで昇華したのは彼らの種族特製だろう。
 ゴブリンカーペンターズというユニーク種に現れた、職人気質という特性。
 これが、影響していることは間違いない。
 
 残念なのは……

「木だけを組み合わせて建物が出来るのは凄いな……よく分からんが」
「面倒くさそうですね。釘とかの金物を使った方が早くて効率が良さそうに思えます」
「グギャグギャ!(家が出来た)」

 彼ら以外にはこれらの技術の素晴らしさが理解できないことだろう。

「その私達にも何かできることはございますか?」
 
 いまだにふくれっ面のフィーナと退屈そうにしているランドールに、おずおずと尋ねる老齢のゴブリン。
 雲上人のゴブリンロードとドラゴンに対して、少しでも役に立ちたいという気持ちの表れだろう。
 他のゴブリンたちも、当然そういった心境であったのは言わずもがな。

 ただ職人のゴブリンカーペンターズにそれを申し出たところで……

「素人が口も手も出すんじゃねー! 手伝いたかったら、10年は修行してからこいってんだ」
「どうせ邪魔にしかならねーんだ。すっこんでやがれ!」
「100年早いわ! そこで見て、まずは覚えとけ」

 10年だ100年だと口にしてるが、このゴブリン達の経験も実質1年は超えているが2年には満たない程度だ。
 ランドールの血液と、鈴木の知識のお陰であるにも関わらずこの言い草。
 この集落のゴブリン達は、そういうものなのかと感心していたが。
 フィーナとランドールの口からは溜息しか出ない。

「与えられた能力で、何を偉そうに」
「我と鈴木のお陰ではないか」

 フィーナとランドールの言葉に、少し罰の悪い表情を浮かべているゴブリンカーペンターズ達。
 
「それにしても、なんで主は私じゃなくてゴタロウなんかを……」
「まあ……わしでも主よりゴタロウを選んだと思うが……そんなことより、わしの方がきっと役に立つであろうに」

 似た者同士である。
 フィーナの不満に対して、根拠を示さずに正解に近い持論を述べるランドール。
 ただ、その後の言葉がよくない。

「いいえ、きっとニコ様には私以上に役に立てるものなどおりませぬわ」
「ふん、驕るなよゴブリン風情が。まあ、わしならニコと鈴木の両方に感謝されるような働きをしてみせるが」
「あらあら、細かいことは苦手のランドール様が、あんなごみごみとした人の町にけば、迷惑以外のなにものでもありませんよ? お二方にも、きっと重荷になりましょう」
「ほう? ニコといつも一緒におるからと、少々頭に乗っておらぬか? 全生物の頂点たる竜種に対して」
「それこそ、驕りというものでしょう……生物の頂点は主を携えたニコ様ですわよ?」
「吐いた唾は飲まさんぞ?」
「良いでしょう……私ごときにてこずるようでは、主とニコ様の足元にも及びませんからご理解くださいね。ま、もしかしたら勝ってしまうかもしれませんが」
「アワワワ」

 フィーナとランドールの仲が険悪なものになるにつれて、周囲のゴブリン達が距離を取り始める。
 カーペンターズ達は特に気にした様子もないが、逃げ遅れた老齢のゴブリンが顔を真っ青にしてその場で右往左往する。

「ニコのお気に入りだから殺されぬと思うたか? たかが小鬼風情に……いや、なんでもない。たかが小娘風情にかける情けはないぞ?」

 小鬼風情と口にした瞬間に、てやんでいなゴブリン達の視線が集まったのを感じたランドールが言葉を変える。
 いくらゴブリンとドラゴンの実力差が天と地ほどあるといっても、強面で迫力のある職人ゴブリンの威圧には感じるものがあったのだろう。
 ただ、今もなお天と地ほどの実力差があるかと問われたら、彼らの実力を知る者からすれば首を傾げることになるが。

「少しはガス抜き出来たか?」
「はい……どうやら、冷静ではなかったようです。ご迷惑をお掛けしました」

 ランドールの前足に押しつぶされ、地面に倒れ込んでいるフィーナが少しだけすっきりとした表情で頷く。
 その後、フィーナがランドールに襲い掛かった結果、ランドールが地面に伏せる形で右の前足でフィーナを地面に拘束する形に。
 流石にそれ以上の抵抗ができるわけもなく、フィーナも負けを認める。
 暴れたことで少しだけ冷静になったフィーナが、恥ずかしそうに謝罪する。

「なぁに、気にするな。我の血を分けたお主たちは子供のようなものだ。本気で怒る親などおるまいて」
「寛大なお言葉に、感謝します」

 これにて一見落着。
 このやり取りだけを見ればランドールが、フィーナを圧倒したと思えるが。
 実際のところランドールの頬にはひっかき傷もあり、前足も傷だらけだ。
 尻尾や身体のあちこちに歯形が残されており、激闘が繰り広げられたことが簡単に見て取れる。

 思った以上の激しい抵抗に、ランドール自身冷や汗を流したのはいうまでもない。
 あと100年、いや200年後であれば影すら踏ませぬほどの実力差があったであろうが。
 ランドールは竜の中では、まだまだ幼い。
 幼児の分類に入るレベルなのだ。

 年齢相応に口達者なだけで。

 まあ、幼児の段階でゴブリンロードのユニーク種を圧倒出来るのは、流石というべきか。

「洗浄機能付きの便座出来たけど、トイレを壊されちゃあたまんねーな? もう、お前ら便所いらねーよな? せっかく作ったの壊しちまうくれーだから」
「申し訳ない」
「誠に、申し訳ございませんでした」

 ただその過程で、建物や設備を破壊される等の被害がでたため、職人ゴブリン達が青筋を立てて睨んでいた。
 努めて冷静にあろうと笑顔で語りかけているが、口調にまでは気を使えない程度に腹を立てたようだ。
 ランドールもフィーナも、素直にごめんなさいをするしかなかった。
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