上 下
51 / 91
第3章:奴隷と豚

閑話2:メノウ領主邸

しおりを挟む
「お前さぁ……いい加減、あの嬢ちゃんと剣の場所言わない?」

 領主邸の地下、普通の罪人とは違う特殊な罪人が収監される場所。

「うーん、本当に分かんないし」
「かーっ、マジで置いてかれたのか? 白状だなー、おめーの彼女」

 両手を鎖につながれたニコが、拷問官の男に呆れられる。
 最初に2~3回鞭でぶたれたがまったく効いてないどころか、痒いところにお願いと言われて鞭を放り投げてしまっていた。
 そして、ニコの前に座って、普通に会話しながらの情報収集。

「あの女の子は、1000年に1人の逸材って言ってたぜ? 奴隷反対派の第一王子でも欲しがるクラスだってさ……情報を元に捕まえられたら、俺すげーボーナスでんの」
「はぁ……」
「人生10周は遊べるくらいの」

 無論、そんな報酬もらえるわけがない。
 きっと、その女の子が見つかったら、口封じに殺されるだろう。
 その方が、割安だ。

「でさ……3分の1ほど分けてやるから、どうだ?」

 その報酬の3分の1を餌に、ニコにゲロしろと詰め寄る。
 勿論この男も、情報を手に入れたらニコを殺すつもりだ。
 なぜ自分が人に対してしようとしていることが、自分の身に降りかからないと思えるのか?

 つくづく不思議である。

「本当に知らないからなー……どうしようもないよね?」

 そう言って微笑みかけてくるニコに、少し苛立った男は鞭を地面に叩きつける。

「お前さぁ? 立場分かってる?」
「うーん……怒られても、知らないもんは知らないし」

 両手を鎖で壁に繋がれているが。
 ニコは特に気にした様子もない。
 そのことに、男はさらに苛立ちを募らせる。

「お前、もう一発殴られとけや!」

 お男が鞭を思いっきりニコに向かって振り下ろした瞬間、バキンという音がする。
 そして、バシッと軽くない音を響かせて何かにぶつかる。
 
「うーん、ちょっとズレた。っていうか、手が使えるから自分で掻いた方が早いや」

 右肩の辺りで鞭を受けたニコが簡単に手で払って、肩甲骨をおもむろに掻き始める。
 ちょっと届かないのか身体が固いのか右手を左脇の下を通して手を伸ばすが、掻きたい場所がある左肩がその動きに合わせて逃げるのでその場でグルグルと回る。

「あれ? 届かない」
「くそう……嘗めやがって!」

 目の前でクルクル回るニコに無視された男が、鞭を何回も振るう。
 そのたびにバチンバチンと床や壁に、鞭の先がぶつかる。
 不規則に動くニコに、うまいこと的が定まらないらしい。
 たまに当たっても根元に近い場所で、ニコの身体に巻き付いたりと。
 そうこうしてるうちに、ニコも苛立ったのだろう。

「邪魔臭いなー」
「ギャッ!」

 そういって鞭を掴んで引っ張ったらあっさりと途中で千切れる。
 その反動で千切れた鞭が男の顔に当たる。

「くそっ、ガキが! 逃げ……逃げないのか?」
「えっ? 逃げても良いの?」
「いや、だめだけど」
「そうだよね? 逃げたらおじさん怒られちゃうもんね」
「いやいや、えっと……それは、お前と関係ないよね?」

 逃げたあとの看守の心配をするあたり少しずれているニコ。
 そのニコの言葉に、看守が肩の力が抜けたかのように脱力する。

「僕のせいで怒られたら、やっぱり気になるし」
「あー……お前は、俺の心配より自分の心配を「ガキがどうした?」
「なんで、鎖が!」
「壁が崩れてるぞ!」
「あちゃー」
「あちゃーって……俺のセリフでもないか」
「なに、和気あいあいとしてんだよ!」

 一瞬のことだったが、看守の叫び声に気付いた同僚が駆けつけてきたが。
 それを見ておでこを叩いたニコに、一緒にいた看守がため息を吐く。

「お前、もう一回しばられって……はっ?」

 人が集まってきたにもかかわらず、ニコが何を思ったか自分の腕につけられた鉄の枷をバキンバキンと割って外していく。
 それから、手首をプラプラと振る。

「っていうか、これ手首痒いしもう嫌なんだけど」
「ば……ばけ!」
「化け物だ!」

 瞬時に看守たちがニコから距離を取る。
 
「酷いなー……化け物じゃないし」
「いやいや、普通の人間はそんな簡単に弱体化の掛かった腕枷をはずせないというか……」
「まずもって、鉄を砕くってがおかしい」
「応援をよべ!」

 さらにバタバタと人が集まってくる。
 流石に辟易したのか、ニコも大げさにため息を吐く。

「くそっ、なんでそんな強いのに抵抗もせずに……まさか、誰かの依頼でこの屋敷に?」
「勝手に連れてきといて、身勝手な言い分だなぁ」

 これ以上の騒ぎになっても面倒くさそうだと判断したのか、ニコが軽く集まってきた人を睨みつける。
 そして、ちょっとビビる。
 身体にしみついたいじめられっ子気質は、そう簡単には抜けないらしい。
 見た目だけでいけば、じぶんよりも強そうな武装集団に大見えを切ったことを早速後悔するニコ。
 とはいえだ……
 本人の思いとは裏腹に、結果は現れる。
 鈴木のバフの。

「ぐあっ!」
「がっ」

 振るわれた剣を手で弾き、思いっきり殴り飛ばす。
 それだけで、兵たちが壁にまで吹き飛ばされてぶつかる。
 そのままずり落ちて、動かなくなった兵を見て首を傾げるニコ。

「もしかして、みんな手加減してくれてるのかな?」
「化け物! 本物の化け物だ」
「本気でいけ!」
「魔法も……」

 男の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
 ニコが地面を蹴れば、一歩で目標の前にまで移動できる。
 そのまま勢い余ってぶつかれば、とんでもない衝撃となって襲い掛かる。
 さらには軽く頬を叩いたり、胸を叩くだけもんどりうって倒れる兵達。
 こと、そこに至ったようやく鈴木のバフの効果を実感する。

「本当に誰かに雇われたんじゃなければ、ここで働かないか? 上には俺が話をつけてやるから」

 苦し紛れに出た看守の言葉に、ニコが首を傾げる。
 
「うーん、でも僕一人じゃ決められないし」
「まだ、仲間がいるのか?」
「それに僕冒険者だからなー……フリーだから、問題ないんだろうけど」
「じゃあ、依頼ってことに! 依頼ってことにしてくれ! しばらくは、ここで守備の依頼を受けたってことで」
「あー……」
「てか、簡単に鎖を引きちぎるやつを拘束なんてできないし、逃げられたら俺の立場が……」
「なんか、困ってるみたいだし。まあ、少しくらいなら」

 そうして、兵たちの部屋の一室を与えらえたニコ。
 普通に食事も出るし、ベッドもある。
 ようやく人心地つけたことに、ニコも笑顔になっている。

 このまま鈴木が来るのを待つつもりのニコだったが、またも問題が。
 
 その日の夜に鈴木から、この町の領主夫人が町に来た子供を攫って奴隷にして売っていることを聞く。
 当然心中は穏やかではない。

「子供たちが? 許せない」
 
 ふつふつと怒りを湧きあがらせ漏らすニコに、鈴木が慌てて自制するように言い聞かせるが。

「今なら、やれそうな気がする」
 
 とやる気満々のニコ。
 鈴木がため息を吐きつつも必死の説得を行ったことで、一応は我慢することになったが。

 すぐにそれは撤回された。
 鈴木による、やってよし!
 というか、力を見せつけながら集合場所のホテルに来いとの指示。

「ニコさんどうしたので?」
「ふふ、子供達に酷いことをしてるんだって?」
「えっ? いや、あの何を?」
「良いんだよ? もう隠さなくて……今から、友達のところに戻るね」
「ちょっと、ひっ!」

 ニコは自分の前に立ちはだかった看守を手で横にどけて、真っすぐ歩く。
 目の前の扉を……開けるではなく普通にぶち破って。

「道が分からないから、真っすぐ帰るよ」
「誰か! 誰か来てくれ! ガキが逃げる!」
「ガキって、あの化け物だろ? やだよ!」
「お前が声かけたんだから、お前がなんとかしろよ!」

 看守の呼びかけに答えるものは少ない。
 かろうじて、ニコのことを知らない人たちが駆けつけたが。

「止まれ!」
「やだよ」

 声を掛けた騎士に対して、笑顔でニッコリと笑って答えるニコ。
 振り返った際に肘が壁に当たって亀裂が入り、そのまま前に進んだため壁が崩れ落ちる。

「ひいっ」

 張り付けた笑みを浮かべ壁を壁とも思わず歩くニコに、声を掛けた騎士が固まる。
 そのまま壁を抜けたニコは、庭木を……流石に植物を踏みにじるのは気が引けたらしい。
 庭木は避けるが、庭にある彫像や噴水は避けない。
 そういったオブジェなんかを粉砕しながら、真っすぐ突き進むニコに対して騎士達は遠巻きに見ることしかできない。

 そして門がすぐ横にあるのに、壁を突き破って出て行ったニコを唖然とした表情で見つめる。

「なんなんだあれ……」
「もしかして、とんでもないのを相手にしたんじゃ……」

 ようやく、自分たちが手を出してはいけないものに手をだしたことに気付いたが。
 時すでに遅し。
 いや、ニコだけならば問題は無かったのだろう。

 ただ、彼の周りは真っすぐ歩いただけのニコに輪を掛けて、変態とよべるスペックの剣とゴブリン。
 あと、竜。
 そのことを後になって、嫌というほど思い知らされることになるのだが。

 まるで巨人の行進のように我が道を進み続けるニコに、恐怖に怯えながらつぶやく。

「これ……どう説明しよう」

 きっと領主夫人は信じてくれないだろうなと、軽く絶望する。
 
しおりを挟む

処理中です...