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第4章:鬼

第15話:再会

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「いい加減、しっかりとしなさいよ」
「うん……」

 結局、フィーナに尻を叩かれる形で、家の前に立つリュウキ。
 いま、家には母親しかいない。
 1人で、昼食でも食べてるのかな?
 他の3人は外に、食べにいったみたいだし。

 そして、中から何かが割れる音が。

「母さん?」

 慌てた様子で、中に飛び込むリュウキ。
 ニコと、フィーナも急いでついて入る。
 
「はぁ……はぁ……」

 中では、ヨウキさんが胸を抑えてうずくまっていた。
 床には割れたお皿と、何やら皿の中身であっただろう煮物のようなものが散らばっている。
 それよりも、うずくまっている女性の方だ。

「母さん!」
「はっ……はっ……リュ……リュウキ?」

 苦しそうにしつつも、視線をさ迷わせ自分を見つめる我が子を見つけて、そっと頬に手を伸ばそうとする。
 
「どうしたの? 無理しないで」

 その手をガシっと掴んだリュウキが、心配そうに母親を見つめる。
 
「大丈夫、ちょっと立ち眩みというか眩暈がしただけだから……それよりも、帰ってきてくれたんだね」

 どうにか荒かった呼吸を整えたヨウキさんが、立ち上がって膝をパッパッと払う。

「危ないからそっちにおいき。床を掃除しないと……お皿の破片で怪我したら大変」

 まだ青白い顔で微笑みかけつつ、立ち上がって箒を取りに向かうヨウキさん。
 それをリュウキが、腕をがっしりと掴んでとどめる。

「母さんはそっちに座ってて、僕がやるから」
「いや、悪いよ……それよりも、お友達かい?」
「う……えっと……「はい、シャバニ村で知り合いましたフィーナと言います」」
「あっと、僕はニコです」

 盗みを働いて捕まったことを正直に言うか戸惑ったリュウキの声に被せるように、大きな声で返事をするとニコを肘で突っつくフィーナ。
 すぐに反応したニコが、自己紹介をする。

「いま、こんな状態の母親を不安にさせてどうするの」
「ごめんなさい」

 その後、小声でリュウキに注意するフィーナ。
 なるほど、リュウキのことを快く思ってない彼女にしては、反応が早いと思ったが。
 母親を慮ってのことか。

「掃除道具の場所さえ教えてくれたら私がやるから、リュウキはお母さんを休めるところに運んであげて。ニコ様も、手伝ってあげてください」
「うん」
「えっ、あっ……はい」

 フィーナがテキパキとその場を仕切って、男どもに指示を出し始める。
 すぐに反応するニコと、ちょっと遅れ気味のリュウキ。
 何やら、色々と困惑している様子だが。

「いまはあんたのことより、お母さんのことでしょう! ちゃっちゃと動く」
「はい」

 ちんたらしているリュウキに対して、フィーナの檄が飛ぶ。

「いえいえ、お客様の手を煩わせるわけにはいかないよ」
「こちらこそ、勝手に押しかけてきて体調の悪そうな方に、無理はさせられませんよ。ましてや、リュウキ君のご母堂ならなおのことです」
「まあまあ、よくできたお嬢様ね……ミキに見習わせたいわ」

 礼儀正しく一礼して、リュウキから箒を受け取って掃除を始めたフィーナに、ヨウキさんが目を見開いている。
 それから、微笑みを浮かべて頷く。

「リュウキ君、どちらに連れて行ったらいいの?」
「あっ、ごめんなさい。あっちです! お母さん、立てる?」
「大丈夫よ! でも、せっかくだからちょっと手を貸してもらおうかしら?」

 そういって、リュウキとニコに手を引かれて、隣の部屋に向かうヨウキさん。
 そこでソファのようなものに、座らされてようやく人心地つく。

「大丈夫? 体調悪いの?」
「いや、最近ちょっと寝が足りてなくてね……少し、疲れただけよ」
「すいません、こんな時に来てしまって」
「いーやね。いろいろと参ってたから、リュウキの顔が見れて少し元気になれたわ。ありがとうね、リュウキを連れてきてくれて」

 ヨウキさんの言葉にニコが申し訳なさそうに声を掛けると、笑顔で頷いてくれた。
 なかなか、優しそうなお母さんだ。
 立派な角が2本生えているが、それをのぞけばおおらかな女性のように見える。

「父さんたちは、相変わらずみたいだね」
「見てたのかい? やだよ、自分のうちなのに覗きみるなんて」
「うん……やっぱり、ちょっと父さんや兄さんに会うのは、怖くて」
「情けない……とは、いえないか。母さんがしっかりと守ってやれなくて、堪忍な」
「ううん。僕の方こそ、母さんを支えないといけなかったのに、家を飛び出してしまってごめんなさい」

 なかなかに、感動の対面というか……再会というか。
 ちょっとだけ空気に置いてけぼりのニコが、居場所に困っているのが見ててよく分かる。
 2人の会話に頷いているだけで、精いっぱいのようだ。

 それでいいと思うぞ?
 下手に口をはさんでも、ろくなことにならないだろうし。

「おばさま、勝手に台所を使わせてもらいました。お茶を入れたので、飲んでください」
「あらやだねぇ。本当なら、あたしが入れないといけなかったのに。お客さんに何から何までやってもらって、面目ないね」
「気にしないでください。私も好きでやってますので」
「あら、世話焼きさんかい? 私と気が合いそうだね」
「ふふ、だったら早く元気になってもらって、色々とお話ししたいです」

 一方のフィーナは、するするとヨウキさんの懐に入っていったようだ。
 なんだかんだと言いつつも、お世話をすることを受け入れさせている。
 人付き合いがだいぶ上手になってきたと、感心する。
 ニコに見習ってもらいたい。

 そしてその横で俯いているリュウキ。
 
「母さん、僕と里を出ようよ!」
「えっ? なんだい、藪から棒に」

 そして意を決したように、外に出るように誘う。
 あー、里に戻るつもりが、母親と一緒に外に出る方を選らんだってことかな?
 行先は、たぶんゴブリン王国のつもりだろう。
 ゴブリン王国とは説明してないが、過ごしやすい国ということで話はしてあるし。

「ここに残っても母さんにとって良くないと思う。あの人たちの態度を見てたら、そう思った」
「こらっ! 実の父親や兄姉に対してあの人たちってのはなんだい」
「いやだ! あんなの父さんでも兄さんでも、姉さんでもない! 僕の家族は母さんだけだよ!」
「あんたは!」

 リュウキの言葉に対して、ヨウキさんが眉間に皺を寄せる。
 少し怒っているようだ。
 自分だって、出ようとしていたはずなのに。

「あんたまで父さんや、兄ちゃん、姉ちゃんと同じようなことを言うなんて……ちゃんとした家族なのに……」

 そう言って、ため息をついて今度はヨウキさんの方が俯いていしまった。
 まあ、彼女は身に覚えがないから、彼らが全員血がつながっていることを疑いようはないからね。
 しかし、完全に修復不能なほどに家族中が悪くなっている。
 まあ、あんなものを見せられたうえに、片や自分を虐待とまではいかなくとも似たようなことをしてきた父親と、兄だからな。
 そうなったら、母親だけで良いと思うかもしれない。

 ただ、母親は里から出てリュウキと暮らすにしても、完全に離別とまでは考えていないようだ。
 いや、今生の別れになるかもしれないが、それでも夫、息子、娘としての繋がりまで捨てるつもりはないと。

「父さんは……まあ、もうどうでも良くなってきたけど。タツキとミキは、いつか気付いてくれるよ」

 違った。
 旦那さんはもう、どうでもよくなりつつあるらしい。
 それもそうか。
 もはや、夫の妻に対する態度ではないし。
 そもそも、夫は血のつながりのない他人だもんな。
 血縁っていう物理的な繋がりがない以上、心が離れたら完全に他人だ。
 あるのは、長年連れ添った情だけか?
 その情をもって夫婦生活を保っていたようだが、その情も尽きかけているのかな?
 もうどうでも良くなってきたということは、尽きかけているのだろう。
 ご愁傷様だ。

「誰がなんといおうとも、あんたらは兄弟だからね」
「でも、あの人たちに兄や姉のようなことをしてもらったことないし」
「それでも2人とも、あんたが生まれたときは喜んではしゃいでいたし、よく面倒見てたんだよ?」
「記憶にない」
「そりゃミキはあんな感じだからね。でもタツキはあんたのために、色々とお兄さんぶってたんだけどねぇ……まあ、厳しすぎたのかねぇ?」
「いっつも、怒られたり叩かれたりしてた」
「周りよりも身体が小さくて気も弱かったあんたを見て、不安だったんだよ。だから、強くしようと頑張ってた」
「望んでない」
「だろうね……あんたは、そういう子じゃないからねぇ」

 なるほどタツキってのが、リュウキを虐めてたのにはそういう側面が……
 いやいや、受け取りてが虐めと受け取ってたら、そりゃ指導じゃなくて虐めだわ。
 
「でも、お陰で助かってた部分もあるんだよ?」
「?」
「父さんがあんたを鍛えようとしたのを、タツキが止めてたんだよ? タツキはもっと辛い鍛錬を父さんとしてたからね……ただ、あの子は強くなることが大好きだからねぇ……本人は、辛いとは思ってなかったようだ」

 それなら、良い。
 例えリュウキが虐めと感じた兄の鍛錬よりも、遥かに厳しい鍛錬を父親から受けてたしてもだ。
 当の本人である兄が喜んで受けていたのなら、それは指導であり親子の交流だ。
 ただ……リュウキは望んでもないのに、強引に兄に鍛えられていたわけで。
 まあ、結果として最低限度の強さは身についてたってことかな?
 なければ、シャバニ村に着くまえに森で野垂れ死んでたかもしれないな。

「でも、今の兄さんも姉さんも父さんも、ただの乱暴者だと思う……あの人たちは変わったんだよ! 昔の父さんや兄さん、姉さんとは違う! 母さんにあんな酷いことを言ったりするなんて、家族でもなんでもないよ! あんな屑みたいな人たちの家族でなんていたくない!」
「リュウキ!」

 パチンという音が部屋に響き渡る。
 ヨウキさんが、リュウキの頬を叩いた音だ。

「母さんまで、僕を叩くんだね」
「リュウキ……ごめん。でもあんたが、あんな酷いことを……」
「目を覚まして母さん……酷いことを言われてるのは、僕よりも母さんだよ?」

 リュウキが自分の頬に当てられた手を握る。
 その目からは涙が零れ落ちている。

「僕があの人たちに対して酷いことをっていうけど……あの人たちはもっと酷いことを母さんと僕に言ってるんだよ? 先に家族じゃなくなったのは、あの人たちの方なんだよ?」
「それは……」
「何が心配なの? 兄さんや姉さんのことが心配なのは分かるけど……あれはもう、違うでしょ? 僕は……母さんが心配なんだ」
「リュウキ……」
「誕生日おめでとう、母さん」
「……」
「生まれ変わろ? 今日最後に、あの人たちに正面からぶつかって……それでだめなら、もう父さんの奥さんや、兄さんと姉さんのお母さんなんかやめてよ! 僕だけの母さんになってよ……」
「あんた……」
「僕が皆の分も母さんを愛するから……大事にするから!」
「ふふ……あんたが出てっても、捜しもしなかった母親なのにねぇ……」
「捜してくれたじゃん! 僕が逃げただけだよ」
「本気で見つかるまで捜すべきだったんだよ……一番、私を家族と思ってくれている子を……見捨てるなんて。私も母親失格だよ」
「じゃあ、あの家に母さんを置いて出て行った僕もだね……ある意味では母さんも一度は捨てたんだ」
「私のために出て行ったんだろ?」
「今なら分かる。一緒に、連れて出るべきだったと……だから、今度は間違えない! 父さんと……兄さんと姉さんと戦って、それでだめなら母さんを連れて、こんな里捨ててやる!」

 リュウキが強い覚悟を決めた目で、ヨウキさんをジッと見つめている。
 なかなかに男らしく、かっこよくなったじゃないか。
 出会って僅か2日も経ってないというのに、変わるものだな。
 進化の影響もあるのかもしれないが、心がここまで成長するとはな。
 自信の表れか、虐げられる母親を見て決心したのか。

 どっちにしろ、いまのリュウキなら応援するしかないか。

 ゴタロウとシノビゴブリンに、色々と根回しをしてもらわないと。
 ランドールは……目立つから、真打ってことにして大人しくさせておこう。
 ここ一番で、呼ぶから隠れてろって伝えといたら大丈夫か。

 
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