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第4章:鬼

第16話:家族会議

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「美味しかったな」
「そうだね」
「私は、もっとあっさりしたものが良かったな」

 リュウキの家で父親たちが帰ってくるのを待っていたが。
 だいぶ経ってから、3人が帰ってきた。
 なんだか、燻製臭いというか。
 まあ、そういった料理なのだろう。
 あまり、そそられる匂いじゃない。
 というか、家に入るタイミングで味の感想を言い出すとか。
 本当に、根性悪いなこいつら。
 ミキの感想は……まあ、性格がよく表れてるというか。

「父さん……」
「なんだ、帰ってたのか」
「ふんっ」
「リュウキじゃん! 久しぶり」

 部屋に入ってきた3人に対して、リュウキが声をかけるとそれぞれ違った反応が返ってくる。
 兄であるタツキからは、声すらかけてもらってない。
 一方のミキの方は、マイペースというか。
 普通の反応ともいうか。

「どこの馬の骨のガキかもわからんやつが、俺を父と呼ぶんじゃない!」
「あんた!」
「お前も、勝手にこんなガキを家にいれるな……たく、アバズレが」
 
 いきなりのご挨拶な言葉に、ヨウキさんが声を荒げている。
 が、帰ってきたのは冷徹な冷めた視線と、冷たい言葉だけ。
 リュウキが歯を食いしばって、睨みつけている。
 
「人間臭いんだよ、お前は! それになんだ、そっちのやつら? 俺達のために飯でも捕まえてきたのか?」
「相手にするな、タツキ」
「うーん、そっちの男の子は美味しそうね」

 タツキがニコとフィーナを見て、それからリュウキに視線を戻して声をかける。
 第一声がそれか。
 それに対して、ゴウキが無視するように注意している。
 そして、ミキの空気を読まないのんびりとした発言。
 ここまでで分かったのは、ゴウキとタツキが本当にヨウキとリュウキを家族と思ってないだろうこと。
 むしろ、憎しみや嫌悪感すら感じる。
 そして、ミキがよく分からないことははっきりと分かった。

「取り消せ」
「ふん、なんだ昼間でも鬼になれるようになったのか?」
「おまえ、それが父親に対する口の利き方か?」

 鬼形態になったリュウキに対しても、さして興味もないような反応のゴウキ。
 そして、それ以上に生意気な物言いが癪に障った様子のタツキ。
 少しだけ、怒気を纏っている。

「最初に父じゃないと言ったのは、その男だ」
「やめなさい!」
「あん?」

 ゴウキを睨みつけたまま立ち上がったリュウキを、ヨウキさんが慌てて身体を張って止める。
 そこに、さらに突っかかるように近づいていくタツキ。

「タツキもやめろ。そのガキの言う通りだ。俺とそいつは、他人だからな? 気を使う必要なんてないだろう」
「あんたも、いい加減にしとくれよ! この子は、あんたの子だって言ってるだろう!」
「俺の子がハーフなわけがないだろう! お前の方こそ、つくならマシな嘘を言え」

 それこそ、本当にゴウキの方はリュウキに興味がないようだ。
 母親であるヨウキに対しては、色々と思うところはあるようだが。
 リュウキに対しては、父と呼ばれたら不快に感じる程度。
 それ以外の感情は持ち合わせていないように見える。
 本当に、末期だな。

「じゃあ、親父の子じゃねえなら、こっから追い出してもいいんだよな? っと、その人間のガキどもは置いて行ってもらうが」
「兄さん……」
「おいおい、親父の子じゃねえやつに兄呼ばわりされる筋合いはねーんだよ!」
「お嬢ちゃんは、このぼくちゃんと付き合ってるの?」
「おい、ミキ! うるさい」

 タツキとリュウキがにらみ合いを始めたら、ミキが暇だったのか急にフィーナに話しかけた。
 タツキが注意をしてるが、どこ吹く風でフィーナの横に腰かけている。

「ちょっと、私がニコ様の奥さんだなんて……まあ、将来はそのつもりですが」
「キャー! 青春あおはるかよ!」
「あ……あおはる?」

 しかも、テンションが上がっている。
 本当にちょっとよく分からない。

「チッ、まあいい。表出ろよ! 身の程を分からせてやるからさ!」
「おい、タツキ……」
「父さんが出るまでもない。勝手にうちに入ってきたコソ泥に、ちょっと痛い目見せるだけだから」
「兄さん、いつまでも僕が弱いままだと思わないでくださいね」

 昨日まで弱かったくせに、凄い自信だな。
 これはもう、ランドールの調子に乗る部分が、進化の過程で多少は影響してるんじゃなかろうか。

「お前たち、何を騒いでおる」
「外まで、丸聞こえよ!」
「お義父さん、お義母さん」
「親父、お袋!」

 そこに老齢の男女が呆れた様子で、入ってくる。
 どうやら、ゴウキの両親。
 リュウキ達の祖父母のようだ。

「おお、お前はリュウキかい? 大きく立派になったのう」
「タツキ! あんたは、また弟を虐めてるのかい?」
「ふんっ、そんなやつ弟でもなんでもない」
「?」

 祖母だろう女性が、タツキを注意したが返ってきた言葉に首を傾げる。
 2人には、家族の軋轢は伝わっていないのか?

「ゴウキ、ヨウキさん何事かあったのか?」
「そこの馬鹿女が、外で男作ってやがったんだよ!」
「お義父さん、お義母さん違います! 私はそんなことしてません」
「どういうことかな?」
「ヨウキさんが? 信じられないわ」

 ゴウキがつまらないものでも見るようにヨウキさんを見てから、両親に軽く報告をする。
 その言葉に対して、必死に否定するヨウキさん。

「そこのガキがな……ハーフだったんだよ! よりにもよって、人なんかと通じやがって」
「? 何を言ってるんだお前は?」
「タツキが? それともリュウキがかい?」
「見りゃ、分かんだろ! リュウキだよ!」

 ゴウキの言葉に対して、本気で困惑する祖父母。
 タツキとリュウキを見比べながら、首を傾げる。

「こんなにそっくりなのにか?」
「そんなやつと似てるとか言わないでくれよ、爺ちゃん」
「まあ、母親は一緒だからな」
「いや、母親が一緒だからというか、お主にも似ておるじゃないか? タツキも分かるように言いなさい!」
「何を言ってんだよ、親父! ボケたか?」

 祖父の言葉を聞いて、憤慨する2人だがますますわけが分からないといった様子だな。
 祖母の方の視線は、ヨウキさんとゴウキとリュウキとタツキの間をいったり来たりしている。
 
「じいちゃんとばあちゃんもそう思う? リュウキってハーフなのに、父さんにも兄さんにも似てるんだよね。やっぱり人相手でも、好みは似るのかな? その浮気相手も、父さんそっくりの人間なんだよきっと」
「いや、ミキは何を言っとるのじゃ? 人間とのハーフが、なぜわしらの一族に似た角をはやすのじゃ? それなら、ヨウキさんの方の血筋の角が生えるはずじゃろう」

 そっか。
 言われてみたら、リュウキの角ってゴウキとタツキにそっくりなんだよな。
 ミキの角は、ヨウキの角に似てるけど、
 てっきり雄雌の違いかと思ってたが、そうじゃないらしい。

「その、リュウキがハーフというのは本当かい?」
「おい、もし姿を自在に変えらえるなら、正体を現せ!」

 祖母の素朴な疑問もよく分かる。
 今のリュウキは鬼形態だから、ハーフと言われてもピンとこないのだろう。
 ゴウキが顎でしゃくって、リュウキに戻るように指示する。

「これでいい?」
 
 素直に聞いちゃうのもどうかと思うけど。
 そのまま、鬼のフリしてても良かったんじゃないかと一瞬脳裏をよぎったのは俺だけかな?
 俺だけのようだ。

「驚いた」
「これは……」
「ほれみろ! これが、こいつの正体だ! この女、俺に隠れて人と通じてやがったんだ!」
「お義父さん、お義母さん……」

 心底驚いた様子の2人の姿に、ゴウキが勝ち誇る。
 そして、不安げな表情を浮かべるヨウキさん。

「あんた……」
「お前……」
「これで十分だろ! 家においてやるだけでもありがたいと思いやがれ、この豚が! 今後、お前は俺と子供達に尽くすことに、生涯をかけるんだな! それでも、許す気はないけどな」

 言葉を失った両親を見て、ヨウキさんを張り倒し見下して声をあげて笑うゴウキ。

「あんたを母親だなんて思いたくもねーけどな。まあ、家の事はあんたがいないと困るし、頼むぞ女」
「母さんサイテー。じいちゃんと、ばあちゃんまで呆れてるじゃん」

 その父親の言葉を受けて、同じように冷たい視線で母親を見下すタツキとミキ。

「父さんも、兄さんも、姉さんも最低だよ! 今日は、母さんの誕生日なのに……もういいよ、母さんこんな家出てっちゃおうよ!」
「リュウキ……そうだね」

 リュウキが居たたまれない表情を浮かべ、くしゃりと歪ませる。
 色々な感情が渦巻いているのが、見ててよく分かる。
 悲しみ。
 憤り。
 失望。
 総じて悲痛な表情で、涙を必死で堪えているのが。

 ヨウキさんの方も、ふんぎりがついたのか。
 疲れ切った表情と、気落ちした声でそれに応える。

「お前、勝手に出ていけると思うなよ? お前は、これから俺達3人の奴隷としてってぇっ!」

 2人のやり取りを聞いて、激昂したゴウキがヨウキさんの方に歩いていき髪を掴もうとした瞬間に吹き飛ばされていった。
 そして凄い音を立てて、壁に叩きつけられている。
 リュウキ?

 は、唖然とした表情でその様子を見ている。
 違うのか……

「この、バカ息子が!」
「お前……バカ息子だが、頭はいかん! 余計に馬鹿になる!」
「良いんだよ! こんな馬鹿げたことしか考えられんような情けない頭なら、何も考えられない方がマシさね」

 思いっきり拳を振り切った状態で、ゼエゼエ言ってる老婆。
 そう、リュウキの祖母だ。
 そして、ゴウキの母。

「お義母さん?」
「お袋?」
「ばあちゃん?」

 突然の暴挙に、三者三様の反応を見せる。
 急展開に目を見開いて呆然としているヨウキさん。
 頭を押さえて信じられないようなものを見ているゴウキ。
 そして、筋肉が盛り上がった右腕を持つ祖母を見て、唖然とするタツキとミキとリュウキ。

「何をするんだよ」
「何をするんだよじゃないよ! あんた、ヨウキさんに謝るんだよ! 本当に、ごめんなー……バカな息子で」
「わしらの、教育が悪かったんじゃ。すまんかった」

 その後、ゴウキの頭を掴んで起き上がらせると額を地面に叩きつける。
 そして自分も同じように、頭を下げている。
 横では祖父も同じように頭を下げる。

「なんで、俺が頭を下げねーといけねーんだよ! 悪いのは、浮気したあの豚だろうが」
「まだ言うか!」
「おばあちゃん、やめてよ! お母さんが先に父さんを裏切ったんだよ?」
「おばあちゃん、父さんに何するんだよ!」
「ええい、あんたらもいい加減におし!」
「なんで……えっ? お母さんが裏切ったんじゃ……」

 強引に頭を持ち上げて母親に抵抗するゴウキ。 
 そして、祖母の腕にしがみ付いて父親を助けようとするタツキとミキ。
 それに対して、顔を真っ赤にして文字通り赤鬼みたいな表情で、怒鳴りつける祖母。
 祖父は、我関せずといった様子でヨウキさんに謝っているが。
 祖母の鬼気迫る表情にミキが思わず固まって、ゴウキの方を見たあとで祖母を再度見やる。
 
 あまりの急展開に、ヨウキさんとリュウキはキョトンとした表情だ。

『どうも、過去に人の血が入っているというのは、ゴウキには昔何度か話したことがあるようです』
『そうか……』

 そこに、ゴタロウからメッセージが飛んできた。
 どうやら、近くでこの一連のやり取りを見ているらしい。
 そうなのか、ゴウキはなんて残念な頭をしているんだ。
 そして、よくもまあそんなとこまで調べ上げたものだと、ゴタロウの情報収集能力に感心する。

「あんたねぇ……この子の顔見覚えないかい?」
「そんなガキ、知らんな」
「この馬鹿垂れが! あんたのじいちゃんのじいちゃん、そっくりじゃないか! 絵だって残ってるだろう!」
「はっ?」
「えっ?」

 そして祖母の爆弾発言に、場が凍り付く。
 聞いているだけの俺も、ゴウキの残念さ加減にはあきれ果てる。

「すまんなヨウキさん。実は、この人の血筋には人が混じっておってな」
「はは、恥ずかしいことじゃが、まだ人と交流がある時期にの……高名な魔導士の男が、そのわしの曾祖母と結ばれてのう。それで、わしらの血筋は鬼にしては魔力がずば抜けて高く、祈祷と魔法の適性が強く表れるのじゃ」
「分家筋ですが、その先祖様の血ゆえに代々優れた魔法戦士が生まれ、里の戦士長に選ばれることが多いんですよ? 完全に本家と別れて、新たな家系と認められたのがこの人の父の時代からでしたっけ」
「小さい頃、何度も話して聞かせたはずなのじゃがのう」
「あれっ? えっ?」

 そこまで話を聞いて、ゴウキの表情が変わり始める。

「そして、そのわしの曾祖父の絵姿に、リュウキが瓜二つなので……まあ、間違いなくうちの血筋じゃのう」
「鬼の姿なんか、完全にゴウキの若い頃にそっくりだったというのに……情けない」
「えっと……」
 
 完全に旗色が悪くなったのを察したのか、ゴウキの顔をここにきてようやく青白くなる。
 合わせるように、タツキとミキの表情も悪い。

「あはは、ごめんねーお母さん……私は、そんなことないって思ってたんだけどさー」

 ミキが誤魔化すように笑いながら、ヨウキさんの横に近づいてるが。
 そのミキを見るヨウキさんの視線は、氷のように冷たい。

「あんたの明るくて、調子の良いところは可愛くもあるけどね……その、考え無しの行動にはほとほと呆れました」
「母さん?」

 ゾッとするような冷たい声に、ミキが慌てた様子で見上げる。
 それから本気でまずいと思ったのか、ヨウキさんの腕にしがみ付く。

「母さん、悪いのは父さんだよ! お父さんを、追い出そう! 私も手伝うから」
「今度ばかりは、人のせいにして済む問題じゃないでしょう!」
「お母さん……」
 
 腕をパッと振りほどかれて、絶望した表情を浮かべるミキ。

「そんなバカな……おじいちゃんも、おばあちゃんも騙されてるんだ! 何かの間違いだ! その女と、ガキが悪いんだ……」
「タツキ!」
「ゴウキ! この罪は、重いぞ! 息子や娘の性格を歪めるほどに、醜く母親であるヨウキさんを貶めたのじゃな?」
「夫婦どころか、親子の不和まで招くとは……我が子ながら、本当に情けない」
「えっと……あれ? これ、完全に俺が悪い流れ?」
 
 ブツブツと俯いて、なおも呪詛のように文句を垂れ流すタツキに、祖父が声を荒げる。
 それから、ゴウキの方を睨みつけて、周囲が振るえるほどの怒声を浴びせかける。
 さしもの鬼が、ビクッと肩を震わせるレベルの怒気が含まれていた。
 その横で、心底失望した様子の祖母の大きくもなくつぶやいた程度の言葉が、シンと静まり返った部屋に響き渡る。 

 そして、間の抜けたことをいうゴウキに、周囲の視線が突き刺さる。

 完全に景色と化したニコとフィーナが、すすすと家の出口に向かっているが。
 祖父母からは、バレバレだったようだ。

「客人の前で、みっともない姿をさらしてしまった」
「お二方はタツキ……ではなさそうじゃな。リュウキのお友達かな?」

 凄いな。
 さっきまで赤鬼2匹だったのに、フィーナたちの方を振り向いた瞬間には人の良さそうな老人の顔つきに変わっている。

「その、勘違いって誰にでもあるよな……」

 そして空気を読まずに、間の抜けたことをポツリと漏らすゴウキ。
 
「ひいっ」

 こえーよ!
 次の瞬間には、音も立てずに老夫婦がゴウキの前に移動して、鬼の形相で睨みつけていた。
 ヨウキさんも、完全に冷めた視線をゴウキに向けている。
 どうなるんだこれ。

「リュウキ、出ましょうこんな家」
「え?」
「私は、この3人を家族だと勘違い・・・していたようです。勘違いは誰にでもあるみたいですし」
「母さん?」
「あなたのお友達の方と一緒に、何か食べてから里を出ましょうか?」
「ヨウキさん」
「まあ、それが良いでしょうね」

 完全に冷めた様子のヨウキさんの言葉に、祖父母もガックリと肩を落としてしまった。

「あら? お義父さんと、お義母さんじゃないですか……あれ? お2方の息子さんが思い出せないのですが……些細な問題ですね。よろしかったらご一緒しませんか? せっかくですし、孫のリュウキと募る話もあるでしょう」
「そうね! そうしましょう!」
「良いのかい?」
「勿論ですとも!」

 続く言葉に、すぐの祖母の方はぱあっ花開いたような、表情になっていたが。
 祖父も、遠慮がちに期待した視線を向けている。

「お母さん、私も「誰だい、あんたは? ……ああ、私が家政婦をしてた家のお嬢さんかい?」
「お母さん……」
 
 ミキがなおもすがるように近づいきたが、バッサリと切り捨てられて呆然としている。
 タツキの方が、何も言わずに俯いてプルプルと震えているのが気になるが。
 ゴウキは、完全に轟沈したようだ。

 生気を失ったような表情で、口を半開きにして天井を眺めていた。
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