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第5章:巨人と魔王

第9話:チョロイギルマス

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 どう思う?

『どうとは?』

 バルウッドからの帰り道、ゴタロウとヒソヒソ話。
 というか、脳内会話か?
 ゴタロウの表情からは、色々と前向きな考えが浮かんでそうだけど。

 ニコとフィーナは、町のあちこちにともされたトーチが生み出す幻想的な風景に酔いしれていた。
 ゆらゆらと揺れる火が、いろいろな形の影を作り出し建物の壁に映し出されている。
 それでいて昼間に溶けて、夜凍った雪が光を反射してキラキラと輝いて見える。
 これだけ見ると、なかなかに綺麗な景色のように思える。
 足元が暗いと危ないからか、道の脇にも多くのトーチが立てられているが。
 これって、火事になったりとか?

『魔石を使った魔道具のようなものなので、そういった心配はないかと。町の景観を考えて、トーチのような形にしてあるだけのようです』

 なんだ。
 焼肉屋の前にある、なんちゃってかがり火みたいなやつか。

 少し空いた間で考えたよそ事に、ゴタロウが律義に答えてくれる。
 独り言みたいなものだったんだけどな。

 いや、あの男の話を聞いて、ますます面倒くさいなと俺は思ったわけだが。
 
『そうですか? あそこまで人となりが分かれば、コントロールは簡単ですよ。シノビゴブリンたちにも裏は取らせてありますし』

 そう、ジェラルドが話たかった内容は、この町の冒険者ギルドのマスターであるアルバについてだった。
 彼女の出自や性格をこっちに教えて、それとなく協力を要請される形だったが。

 アルバの正体というか、アルバの身上話というか。
 アルバはあれで、この国でそこそこの規模を誇る商家の4女らしい。
 上の姉は貴族に嫁いだりもしているらしく、そういったこともあって商業組合だけでなくある程度は町の運営にも口が出せるほどに。
 親は、ビスマルク王国の首都でもあるビスマルクに住んでいるらしい。
 本家というか本店をそこに構え、大きな町には支店や傘下の商店を出していると。
 いまや、国内の至る所に手を広げているらしく、この家に嫌われたらまともな買い物はできないとまで。

 それは流石に無いらしい。
 聖人だろうが、悪党だろうが金に貴賤はないがモットーらしい。
 受け取る以上、たとえ敵からだろうと金は金だと。
 なかなか逞しい。
 まあ、自分を嫌っている相手だろうと、自分の店で買い物をしないといけないとなると多少はカタルシスのようなものを感じるのかもしれない。

 で、このアルバ。
 商売には向かないらしく、活発な性格も相まって冒険者になったらしい。
 勿論そこは親の力と財力でレベリングをとなったが、本人は自分の力でのしあがってみせると息巻いてそれを固辞。
 したところでねぇ……

 親としては、娘が心配なのもあるだろうし。
 なにより、娘の名が売れると商売に追い風にもなると感じたのか。
 あの手この手で、息の掛かった冒険者と組ませたりして昇進とレベルアップを進めたらしい。
 アルバに内緒で。

 表向きはそういった出世の速さと、多くの依頼を高評価で達成したことでこの町のサブマスに抜擢。
 それから2年で、マスターへと昇進したらしい。
 実家からだいぶお金がここのギルドに流れて、それなりの規模にまで成長したらしい。

 知らぬは本人ばかりか。

 それだけでもゴタロウはちょっとした嫌悪があったみたいだが、同時に納得もしていた。

『ギルマスという割には、世事に疎いというか……感じていた違和感は、彼女はこういった職に就く人には珍しいほどすれてなく素直な印象を受けたので』

 すれてない?
 素直?
 ただの頑固者のようにも思えたが。

 まあ、真っすぐな性格で曲がったことが嫌いらしい。
 ゴタロウの言うようにあまりすれてないから、騙されたりすることもしばしば。
 普段でさえ色んな人に騙されそうになったりしてたみたいだが、この町で隣の国の情報屋とかに煮え湯を飲まされたりもしたらしい。

 それで人間不信なら、すれてるんじゃないか?

『だからこそ、自分が信用した人間にはとことん甘いと思いますよ? その辺りが青臭くて愚かだという意味ですよ』

 そうか……
 さっきの発言はオブラートに包んだのか、はたまた皮肉だったのか……
 ゴタロウの表情を見る限りでは、どちらかさっぱり分からん。

『勝手に心の中を覗こうとしないでください』

 はっはっは、成長したなゴタロウ。

『職業柄、必須スキルですから』

 読心のスキルを発動させたら、あっさりとレジストされた。
 次は本気でいっとくか?

『心を消す訓練もしておりますので』

 そっか、なら無理にレジストしなくても。

『心を無にしたら、主と会話できないでしょう』

 それもそうだな。
 馬鹿なことを言わないでくださいという、心の声が聞こえた気がしたが。
 気のせいだろう。

 結局のところギルマスとしての責務に忠実で、人に騙されて町やギルドに損失を与えるわけにもいかないと慎重になっていると。
 というか、完全に殻に閉じこもっているように見えたが。
 俺に発言権はないので、代わりにゴタロウがジェラルドに言ってくれた。
 苦笑いしてたから、彼も思うところがあるのだろう。
 
 真面目で正義感の塊のような人で、熱い心の持ち主だと。
 融通が利かない、暑苦しいやつじゃないのか?
 これも、俺は突っ込めないけど。
 こういう時に、若干のストレスを感じる。
 大体ゴタロウが間に入って会話してくれるが、もどかしいというか。

 俺もいろいろと思うところがあって、突っ込みたいことが多すぎたんだよ。
 言いたいことの半分も言えなかった。

 のは、俺の身体のせいでもないか。

 このジェラルドってのが、話好きなのかちょいちょい脱線させてたし。
 くだらん話でニコと盛り上がりつつ、ゴタロウにアルバの相談みたいな。
 比率は3対2くらいで雑談か。

 そしてゴタロウもフィーナも凄い飲まされてたな。
 蟒蛇みたいに飲み続けても、ほろ酔いだからジェラルドも意地になってたのだろう。
 地元民である自分よりも、酒が強いなんてと。
 いやいや、正体までは知らなくてもある程度色々と規格外な部分に、気付きそうなものなのだが。

 そしてほろ酔いの演技だけで、2人とも素面だったんだよね。
 なんかあった時のためにと、酔い耐性をばちり全開にしてたし。
 可哀そうなジェラルド。
 帰りには財布を逆さに振って、悲しそうな顔してた。

 いや、驕ってくれなんて誰も言ってないんだけど。
 誘ったのは俺だからって、勝手に金払っといて……
 
「小遣いまであと10日……かかあになんて言おう」

 とかってぼやいてたから日当の出そうな依頼とか、素材売ったりしたらいいじゃんとニコがアドバイスしていた。
 一層、悲壮な表情になってた。

「色々とやらかして、報酬はかかあが受け取りにこないともらえないんだ」

 色々とやらかしたんだろうな。
 今日の気風のよさをみてたら、おそらくお金関係だろう。
 こいつに金を持たせちゃだめだ。
 宵越しの金はみたいなことを言いそうなやつだし。

「お前さんの剣から、そこはかとなく不遜な視線を感じる」

 そう言って、ニコに絡みつつも笑顔で帰っていった。

「また、今度一緒に飲もうな! 楽しかったぜ」

 と千鳥足で。
 うん、ゴタロウは手伝うとか、前向きに考えるとかそういった肯定的な返事してないんだけどね。
 というか、アルバにばれないように協力をと言われて、返事する前に雑談になってたからな。
 あいつの脳内、ゴタロウが受けたとかって決定してそうだ。

『はぁ……』

 思ったことが伝わったのか、ゴタロウがため息をついていた。

『くだらんことで、遠回りさせられるのは癪ですが……まあ、人間と協力してスタンピード対策をしますか』

 そうだな。
 ちなみに、それってこの町にはやっぱり来るの?

『進路からみて、間違いないかと。ここまでに、彼らの目的が達成されればその限りではありませんが』

 やっぱり、こっちに向かってるのはほぼ間違いないのか。
 ただ、ここに来るかどうかは不明と。
 進路上にミルウェイの町があるだけの状況らしい。

『順調という言い方が適しているかは別として、このペースで真っすぐこちらに来れば、10日から15日でこの町には辿り着くでしょうね』

 そっか……
 でも、途中の村や町でも抵抗とかあるんだよな?
 数を減らしてたり?

『減った以上に増えて、もう町程度ではどうにもならないみたいですよ。皇帝の直下の軍と、周辺貴族の私兵の連合軍で対応に当たっているみたいですが』

 みたいですが?
 がの後は?

『魔物たちは進行を優先しているみたいで、追いかける方も隊が長く伸びて効果的なダメージは入れられてないようです。立ち止まっての戦闘でもないので、人も物も消耗が激しいようで』

 ということは、そっちも当てにはならんか。
 後ろから追いかけて攻撃するのなら、被害は少なそうだが。
 時間が掛かりすぎて、輜重の問題とかも出ているらしい。
 兵站が上手く機能してないのかな?

『兵站ですか?』

 ん?
 ああ、補給部隊というか、戦う以外を担当する部隊の役割だな。
 
『人の町の情報を色々と確認したのですが、我が王国ほどそこに力を入れている場所は無かったですよ』

 そうなの?
 まあ、別にゴブリン王国で戦争が起こるとは思ってないが。
 色々なことを想定して、軍は作ってるんだよな。
 でもってゴブリン達が相当に強いことが分かったから、いかに快適に戦闘が出来るかを考え始めて。
 調子にのって、すぐに基地や簡単な建物が造れる設営部隊、空輸等を視野にいれた輸送部隊、ゴタロウやゴジロウを筆頭にした工作部隊などなど……鼓笛隊とかってのも作ったな。
 そういった兵站にあたる部隊を、物凄く充実させたんだけど。

 もしかして、荷馬車に運ばせる小荷駄だけで追加補給なしで、あとは現地調達とかって戦争してないよなこの世界。
 だとしたら、仮にうちのゴブリンの戦闘力が人並だとしても、相当に戦争で優位に……
 するつもりはないが、向こうからきたらその限りじゃないな。

 まあ、魔物相手に戦うのに、そこまで準備するわけも……
 普通先回りして、野営地を作って作戦を練って待ち受けたりしないかな?
 それだけ、魔物の行動が早いのか。
 後手に回るくらいに。
 そうあってほしい。
 隣の国の軍隊さんがポンコツじゃありませんように。

 ちなみに、2日でアルバがニコやフィーナ、ゴタロウに協力的になったのには驚いた。
 何をしたゴタロウ?

『私やフィーナが弱くて悪いドラゴンが率いるゴブリンの群れに、迫害されて殺されかけてたところに主をニコ様が連れてきて救ってくれた話をしました』

 それだけか?

『子供達が飢えで苦しんでガリガリにやせ細って衰弱していく様や、年寄りたちが口減らしのために森に消えていく姿を等身大の切り口で涙ながらに語って、主とニコ様が他のゴブリンを打ちふせ改心させたときに、神の如き尊さと女神のような慈愛を頂き、命を捧げる覚悟で忠誠を誓ったと』
 
 ほうほう……

『たとえ五体バラバラに引き裂かれようとも、その命尽きるまでお二方に恩を返し続ける所存。その主がいまこの町を救わんとしているからこそ全力で尽力しているのに、貴様は保身ばかりでその手を振り払い町を窮地に陥れようとしている。そんな輩に、我らの絆を乏しめる資格はあるのかと』

 指を突き付けたらしいが、当のアルバは途中から聞いてなかったらしい。
 主に、子供達が飢えての辺りから、涙をポロポロ流しだして……
 そっから、急に歩み寄ってゴタロウを抱きしながら慰めつつも謝ってきたらしい。

『チョロそうだとは思っていたのですが、まさかオチの前に落ちるとは』

 と、ゴタロウが少しがっかりしてたのが面白かった。
 最後の言葉で、泣かせて反省させてやろうと思ってたらしい。
 やっぱり、少しはイラついていたのか。

 その前段階で、同情で泣かれてしまったゴタロウの心中は……複雑だったろうな。


 
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