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第5章:巨人と魔王

第10話:ランドールの帰還

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「だれが、悪いドラゴンだ!」

 ランドールの機嫌が悪い。
 アルバにゴタロウが悪いドラゴンと言っていた話を聞いてから。
 
「こちらの方も、普通じゃないですね」
「うん、ドラゴンだよ?」

 アルバに会いに行った時の、ニコとアルバの会話。
 横にはランドールもいる状態。

「ひっ……もしかして」
「もしかして? 良いドラゴンだよ」
「ゴタロウ殿の話では、悪いドラゴンがいたと聞いたのですが。それとは違う方なのですね」
「悪いドラゴン?」

 ポロリともらしたアルバの言葉に食いついたのはランドールだった。

「お前、何を嘘ばっかり言ってるんだ!」
「嘘ですか? いやいやランドール様がいきなり襲い掛かってきたから若い男手が足りずに、食料不足に陥って子供が腹減ったってうるさいからじいちゃんばあちゃんが森に狩りに出かけることになったじゃないですか」

 フィーナが笑いながら当時を振り返っているが。
 まあ、確かにゴタロウは嘘は言ってない。
 勘違いさせるような物言いだったかもしれんが。

「その前は、他のゴブリンの群れを突っ込ませてきたり」
「いや、あれはだな……お主らもわしの配下に加えてやろうと思ってだな」
「頼んでませんけどね」
「おい、鈴木! フィーナが我に冷たいんだけど?」

 知らないし。
 というか、俺を声に出して呼ぶな。

「スズキ? スズキサンが近くにいるのですか?」
「うん『おいっ! ニコ、黙れ!』

 いつもの流れでニコが説明しかけたので、とりあえず止める。
 いっちゃ駄目なの? と少し不満そうだが。
 面倒ごとになりそうだから、言わなくていいと伝えておいた。

「いないよ」
「そう……ですか。それほどの方なら、一度お会いしたかったのですが」

 アルバが少し残念そうだけど、別に俺はしょっちゅう会ってるからどうでもいい。
 それからランドールのことを紹介してから、宿に戻ったわけだが。
 ランドールが不貞腐れている。

 こいつも、本当に大人げないやつだ。

「まったく、我を悪竜扱いとは……ゴタロウも酷い奴だ」
「そうは思わんけどな」

 ニコが疲れて寝てしまったので、ニコの身体を借りてランドールと向かい合って話をしている状態。
 とはいえ、せっかくランドールもいるわけだし。
 フィーナはすでに眠ってしまっているし、ゴタロウはさっきまでランドールの話を聞き流していたのだがシノビゴブリンに呼ばれて出て行った。
 俺もこの町を横から見てみたいので、ランドールを連れて町に出ることに。
 一応フィーナにも声を掛けたが、眠いですと言っていたので置いていくことに。
 女性一人を宿に残してと思われそうだが、物凄く強いから問題無いだろう。

 いっつも上から見てる景色だが、こうやって水平に見るとそれはそれで楽しい。
 違った角度からってやつだな。
 いつもの角度が特殊だけど。

 氷の彫刻がある広場では、ランドールが氷の竜をみて一瞬ビクッとなったのは面白かったな。 
 背が高くてイケメンのランドールは、普通に目立つ存在だな。
 筋肉もしっかりとついていて、それでいて脂肪がほとんどない。
 ドラゴン姿だと少し腹がポテッとしてるから、これは詐欺だな。

「あれは、種族のフォルムの問題であって、我が太っているわけではないぞ」
「そういうことに、しとこうか」

 ランドールを見て首を傾げたら、勝手に言い訳を始めたので適当に返事を返す。
 それにしても、カップルの女までこっちを見るのはどうなのだろう。

「あれ親子かな?」
「兄弟じゃない?」
「まさか、恋人同士だよ」
 
 なんてヒソヒソ話が聞こえてくるが。 
 恋人同士は……ニコが中性的な顔立ちというわけでもないし、無理があるだろう。
 まあ、この世界なら男性カップルもあるかもしれんが。

「現実的に考えたら、冒険者でパーティを組んでるとか」
「師弟とかじゃないか? でかい方が師匠で、小さい方が弟子とか」
「顔が似てないから親子兄弟はないな」
「腹違い、種違いでの兄弟はあるで」

 いや、そんな真面目に考察しなくても。

「男の子は剣を腰につけてるし、うんパーティか師弟が濃厚だね」

 カップルの女の方が、そう言って頷いていた。

「ちょっと、残念」

 何が、残念だったのか気になるが。

 その後も黄色い声でひそひそとされつつも、ランドールがどんどん鼻が伸びていってる幻視が見え始めたころに目的地に到着。
 バルウッドだ。
 こないだニコ達が食べてるのを見て、俺も来たくなったのだ。
 ランドールとだったら、少々羽目をはずしてもいいだろうし。 

「大体だな、お前はいつまでも昔のことをグチグチと」
「ははは、それはお前だろう。お前があの時はあーだったこうだったと振ってくるから、思い違いを正してやってるだけだ」
「ああん?」
「お前は自分が論破されて悔しいから、その記憶だけが残って俺が昔のことを掘り返していると勘違いしてるだけさ。俺から、お前が馬鹿やったときの話題をふることなんてたまにしかないだろう……お前がアホみたいに調子に乗った時とか」
「ふむ……確かに。だが、竜というのは物凄く強くて偉大な存在なのだぞ? もっと敬うべきではないか?」
「俺より強くて、俺より年上なら敬ってもいいが」
「そうだな……ニコの身体だから忘れてたけど、ぬしは我よりずっと年上だった」
 
 こいつ、もしかして酔ってるわけじゃないよな?
 なんかだらだらと愚痴ばっかりこぼしてるが。
 
「ドラゴンのくせに、飲みすぎて酔ったか?」

 目の前にはすでに何杯目か分からないジョッキがおかれている。
 料理はまだまだ残っているが、飲むペースが早い。
 それにしても、この海豹の脂身のベーコンは確かに美味いな。
 塩がきつめの肉と合わせても、全然いけるし。

「ドラゴンのくせにって……まあ、アルコールを身体にあえて入れているからな。ある程度気持ちの良い状態でとどめておるよ。そこまで、愚かではない」

 肉をフォークでつつきながら、次は何を食べようかと考えていたらランドールが苦笑いで答えてくる。

「それ以上酔わないのに、酒を飲むのは愚かな行為だと思うが」
「あー……これ以上酔わないだけで、時間が経てば酔いが冷めるだろう。わしら竜族は酔いが冷めるのも早いから、常にこのほろ酔い状態をキープするために飲んでるだけだ」
「すでに、ちょっと抜けてるっぽいな。冷静な回答だった」
「おぬしは、どれだけ我を馬鹿だと思ってるのか」

 まあ、こんなとりとめのない会話でも、こうやって食事をしながら酒を飲みながらというのは楽しいものだ。
 若い姉ちゃんでも、側にいてくれたらなおいいが。
 サラダに葉野菜が入ってないのは寂しいな。 
 ナッツ類が多めだが、この豆もまた油をいっぱい含んでそう。

「お主は本当に我を子供だと思ってるのだな」
「不快か?」

 その後もあーだこーだと愚痴を交えつつ、食事を楽しみながらぼやいているランドールを眺めていたらため息を吐かれた。

「いや、お主の生い立ちを考えれば、分からんでもないが……いま、お前は人間の子供に憑依していることを忘れるな。子供に大人の余裕をもってなお大人が子供に向けるような眼差しをこちらに向けられるとだな……」

 ああ、そういうことか。
 それは複雑な気分だろうな。
 別にそういうつもりはないんだが、ついついアホな子供を見るような目になってしまうのはしょうがないだろう。

「まあ、いうても詮無いことだがな」
「じゃあ、キラキラとした目が出来るような、すごい体験談とかねーのか?」

 と思ったら、少し離れたテーブルで皿が地面にたたきつけられる音が。
 まあ食器も木製だから、ゴッ! カランカランみたいなそこまで派手な音でもないが。

「お前、ぶん殴られてーのか!」
「あん? 謝ったじゃねーか!」
「謝ってすむかよ! これみろよ! シャツに真っ赤なスープがべったりだよ!」
「洗えば落ちるだろう! それとも、シャツにも謝ってやったら良いか?」

 なんだ、ただの喧嘩か。

「ほう、楽しそうだな「座って食ってろ、面倒ごとに首を突っ込んで飯がまずくなるのは勘弁だ」」
「そうか? あれを肴に飯を食べるのも悪くないと思うが」

 2人とも立ち上がって一触即発の状態。
 それぞれの連れは、止めるつもりはないのか?
 いや、オロオロしてるだけか?
 いあ、ワクワクしてるのか?
 よく分からんな。

「お前……これ、洗えば本当に綺麗に落ちると思ってるのか?」
「えっ? いや、落ちるんじゃね?」
「お前……洗濯とかしたことないだろう……」

 どうやら最初に謝ったやつが後ろを通るときにぶつかって、怒っている男が持っていた皿のスープをシャツにこぼしたのか。
 あー、真っ赤な染みだけど、あれはすぐにどうにかしないと絶対取れない気がする。
 てか怒ってるわりには、まともなこと言ってるな。
 ぶつかった方が、完全に悪いわこれ。

 頭も対応も。

「って、あれジェラルドか」
「ん? 知り合いか?」
「いや、俺は知らない。ニコの知り合いだ」
「そうか……助けるか?」
「いらんだろう。あいつB級冒険者らしいし」

 よくみたら、わめいてるのジェラルドだったわ。

「洗濯なんかしたことないわ!」
「……かかあに、なんて言ったらいいんだよ! こんなに汚して……しかも、割と新しい方のシャツだぜ?」
「えっ? いや……お袋さん怖いのか?」
「嫁だよ! 鬼嫁だよ!」

 おっと、ぶつかった方がトーンダウンし始めた。
 
「嫁さん鬼なの?」
「怒るとな……お前、シャツに謝ったらいいのかとか言ってたけど、嫁に謝ってくれた方がよっぽどいいんだけど」
「嫌だよ! そんな話聞いたら、余計に行きづらいわ! 本気でシャツに謝った方がマシだよ」
「いや、大丈夫……俺以外には割と寛容だから。お前さんが謝っても謝らなくても、怒られるのは俺だ! ただ、お前さんが謝って事情を話してくれたら少しは怒りが軽くなる……と思う」

 なんだ、てっきり殴り合いにでもなるかと思ったが。
 このまま収束しそうだな。
 
「なんだ、つまらん」
「つまらんって、十分面白いだろう。大の男が、女親や嫁のことを持ち出しただけで、冷静に話し合いはじめるんだぜ? この町の女がどれだけ逞しいかよく分かるな」
「まあ、そう思えばそれもそうか」

 その後、定期的に店内で揉める奴はいたが、やばいところでは恰幅の良い女性がおぼんで頭を殴りつけて怒鳴りつけて蹴り上げてた。
 綺麗なんだけど、あれみたらちょっとお近づきにはなりたくないわ。

「あんたら殴りあうんなら、ステージの上にしとくれ!」

 あっ、それでもやめない場合はステージで戦わせるのか。
 喧嘩も、立派なエンターテイメントなんだな。
 女性も店も逞しい……
 そして素直にステージあがる客に、盛り上がる客。
 うん、本当に一種の見世物みたいなものか。
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