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第5章:巨人と魔王

第12話:作戦会議

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「この間は、申し訳なかった」

 アルバが冒険者ギルドの会議室で頭を下げる。

「いや、この間謝ってもらったので、大丈夫です」

 ニコが代表して、ちょっと困ったように反応を返しているが。 
 それを受けて、アルバもようやく笑顔になる。

「あれは個人的な場所だったからな。こうやって、ギルマスとしてしっかりと謝罪をさせてもらいたかった」
「分かりました。本当に、もう大丈夫なので」

 ギルドの会議室にはギルマスのアルバ、サブマスの男性、そしてジェラルドを含むB級冒険者3人とA級冒険者2人。
 なかなかやりそうな雰囲気は感じるが、それでもそこまでかといった印象。
 ホブゴブリンよりは強いのは分かる。
 ゴブリンジェネラルとB級冒険者で拮抗するかどうか?
 ゴブリンキング相手だと、A級冒険者でも太刀打ちでき無さそう。 
 ゴブリンキングが群れを率いて町を襲ったら、壊滅的な被害を受けるというのがよくわかるな。
 実力を隠してなければだが。

「で、そっちのあんちゃんが持ってきた情報は、確かだって裏付けが取れたんだよな?」

 儀礼的に謝罪と挨拶を交わしたアルバとニコに、冒険者の男が声を掛ける。
 顎でしゃくってゴタロウを指していたが、態度悪いなこいつ。

「なんだ、お主は」
「見た目の割にはじじくさい喋り方だな、俺はミルウェイの専属A級冒険者のラルフだ。それよりも、俺はいまギルマスに話しかけてんだ。邪魔すんんな」
「ガキが偉そうに、貴様は年長者に対する礼儀も知らんのか」

 ランドールが早速、突っかかってる。
 本当にこいつも気が短い奴だよな。
 大物なら、もっとどっしりと構えていて欲しいものだ。

「ガキって、絶対にお前より俺の方が歳が上に見えんだろ! どんだけ童顔なんだよ」
「まあまあ、ラルフさん落ち着いて」
「むぅ、そうか。そんなに若く見えるか」

 ジェラルドがラルフを諫めているが、相手の方がランクが上だからか少し及び腰だ。
 ランドール……お前、いま25歳の旅の拳闘士って設定だからな?
 あいつ、30超えてると思うぞ?

『そうだったな』

 こいつときたら、事前の打ち合わせのことすっかり忘れてたな。
 一応騒ぎになるからと、アルバと話し合ってこいつが竜だってことは秘密にしているんだが。
 
「すまんな、そういえば我は25歳なのだった」
「そういえば? なのだった? お前、頭大丈夫か?」
「うむ、大丈夫だ。さあ、話を続けてくれ」
「ったく……なんか、調子狂うな」

 アルバが額を押さえているが、気持ちが痛いほどよく分かる。
 てか、こいつらにも事前にある程度は説明しといてもらいたい。
 いちいち、俺達がいるところで再確認しなくても。

「すまんなランドール殿、こいつはこれでも実績も実力もしっかりとあるので、ちょっと天狗になっておるのだ。本来ならC級冒険者からB級冒険者になるくらいのやつにありがちな調子に乗ってる時期なのだよ」
「ちょっと、ギルマス酷くない? この町に多大な貢献をしてきた俺より、よそ者のその男に気を使うって」
「ふんっ、余所者ならばいいがこの方たちは我が町に、重大な情報を提供してくれたお客様だ。それは、前もって言ったよな? お客様だと? お前、いつからそんなに偉くなったんだ?」
「ラルフがこんなになったのは、A級冒険者になった次の日からか……昇進しても、頭の中は駆け出しのころのガキのまんまだな」
「酷いっすよ、エクザさん」
「昔から、すぐに調子に乗るとこありますよね?」
「なんだと、ジェラルド!」

 俺達は別に漫才を見に来たわけじゃないのだけどな。
 ラルフの横に座っている、エクザと呼ばれた初老の男性がため息を吐いていた。
 そろそろ、色々と衰えが見え始める年ごろに見えるが、それでも一人だけ格が違うのは俺でも分かる。
 剣を持っているが、魔力もかなりあるのが見える。
 文字通り。
 薄く身体に纏わせているが、その色濃さからかなり濃縮されているのが。

「ジェラルドはお前よりランクは下だが、先輩だぞ? しかも、お前よりも明らかに町の者のために働いているのだからな?」
「いや、確かにジェラルドのおっさんには世話になったけどさ……」

 エクザに叱られて、ラルフがしょんぼりしている。

「おっさんって、ラルフさんももういい歳でしょう」
「ほら? こういうとこですよエクザさん! 敬語で話しかけられると、ついついこっちも上から「お前だけだ……というか、後輩のお前が先にA級冒険者になったのに、上級者に対する礼をもって接することの出来るジェラルドを少しは見習わんか」」
「はい……」

 言い訳しようとして、正論で怒られてさらに小さくなるラルフ。
 その後ろで、ニヤニヤとウェーイってやってるジェラルドを見るとなんとも言えない気持ちになってしまう。
 ジェラルドって絶対、やなやつだよな。
 ていうか、無駄話が多い会議だな。

「ゴホン……さっさと、話を進めてもらえないか? 時間は有限なのだが?」
「あん?」
「ん?」
「チッ」

 俺のイライラを感じ取ったのか、ゴタロウがラルフを睨みつける。
 ラルフがエクザの説教から逃げられると思ったのかこれ幸いにとそれに噛みついてきたが、無表情で首を傾けて眉を寄せるだけで黙らせたのは流石というべきか。
 本当にゴブリンロードって強いんだな。

「なんで、あんな圧放つやつが、無名でしかも一般人なんだよ」
「一般人? 冒険者じゃないだけで、あれはなんらかしらのプロだぞ? アサシンギルドのA級アサシンと言われても俺は驚かんぞ」
 
 ラルフがエクザに耳打ちしていたが、鼻で笑われて軽くあしらわれていた。
 どんなに小声で話しても、ニコ以外には丸聞こえなんだけどな。
 というか、本当に話を進めてくれないか?
 ニコとフィーナがすでに暇を持て余して、全然関係ない話をB級冒険者の女性としはじめた。
 主に2人の関係を、女性が面白そうに聞きだそうとしているだけだが。

「アルバさん?」
「すまん、隣国ゴルゴン帝国のスタンピードの件だが、向こうの協力者から事実だと返答があった。こちらに向かっているのは確かだが、進路上の町や村にも被害が出ている……」

 ゴタロウが短い一言で、若干の威圧を込めて続きを促す。
 慌てた様子でアルバが話し始める。

「歯切れが悪いな。ただのスタンピードじゃないのか? あっちの連中が頼りないだけだろう」
「いや、魔族の姿が目撃されているらしい……おそらく、これは人為的に引き起こされたものだ」
「はあ?」
「なんと」

 続くアルバの言葉にラルフとエクザの冒険者が驚きを表し、他の連中は言葉を失っていた。
 サブマスだけは、知っていたのか頷いているだけだったが。
 まあ、ここまではこっちが得た情報と一緒だな。
 さらにいえば、氷竜のフリザットの存在も確認できてるのだが。

「いや、だとしたら目的はなんだ? なんで、いまさら魔族が出張ってくる」
「そこまでは、あちらさんも調査中とのことだ。本当に、情報を掴んでいないらしい。いや、何かを探しているというふわっとした情報はもらったが……その何かが分からない以上、どうしようもないな」

 その何かは、こっちも武器っぽいものとしか掴んでないけど。

「でもさぁ、これから冬本番だぜ? 氷兎が巣を作ってたから、すぐに吹雪が来るんじゃないか? そしたら、あいつらも身動きとれんだろう」
「それはこっちも同じことだ。流石に最初の吹雪で町の外に出るような危険な真似は、私も許可できんぞ? いくら、あっちが暴走を止めたとしても」
 
 えっ?
 なにそれ、聞いてないんだけど?
 いや、まあ確かに思ったほど雪が無いととは思ったけど。 
 積雪でいったら、30c~50cmくらい。
 
「調べた情報によると、最初の吹雪で2mから3mくらい積もるみたいですね」
「ああ、その後は減ったり増えたりして、最大値の平均は5mだな」

 ちょっ、そうなったら町から絶対出られないし……
 冬の間中、ミルウェイに缶詰めにされちゃうのか?

「吹雪が止んだら、外に出られるが……あんたら南から来た人たちじゃ、たぶん普通に外に出られなくなるだろうな……まあ、街道は雪を固めたりどけたりするから馬がいやがらなければ、他の町には行けると思うが」
「それよりも、今回の件が片付くまでは町にいてもらえないだろうか?」

 ラルフが少し落ち着いたのか、雪についてこちらを気遣うようなことを言っているが。
 アルバは、思いっきり滞在をお願いしてきた。
 最初会った時の対応は、なんだったのかと。
 最初から、素直にそう願い出ればよかったのにと思わなくもない。
 ゴタロウは……表情ひとつ変えていない。
 別にもう、過去のことはそこまで気にしていないのだろう。
 そういった気持ちの切り替えの早さは、人と違った合理性を感じる。

 アルバの身に変わりように、思うところは無いのか?

『何事についても起こったことを受け入れれば、心に余裕がもてますよ。どのような理不尽なことでも一度自身で受け入れてしまえば、理性的に対応ができますから』

 なんだ、この人格者のような発言は。
 人でもないくせに。
 とは、言わないが。
 グギャグギャ言って、皮を剥げだの、肉を削げだのいってたころが本当に懐かしい。
 思えば、あの頃の方が可愛げがあった気がしてきた。

 いや人としての器でゴタロウに負けた気がしたから、ひがんでるとかじゃないけど。
 なんか、もやもやとしたものを感じる。

 確かに起きてしまったことや、相手にされたことを感情抜きにして結果で受け入れたら、正しい対応が思いつくかもしれないけどさ。

『人間はそれが出来ないからこそ、小さな諍いや対立が絶えないのです……そして、自分を不幸だと嘆き受け入れることもせずに逃げ出すのは愚の骨頂ですね』

 あれ?
 俺が説教されてるのこれ?
 へぇ、偉くなったもんだ。

『人間の話です。主は偉大なる剣ですから』

 そっか……
 なんだろう……

『というか、剣になるなんて数奇な運命をきちんと受け止めて楽しんでおられるその姿こそ、我らにとって手本とさせていただくべきものですから』

 うんうん、分かってるじゃないかゴタロウ君。
 乗せられた感はあるが、よくよく考えたら剣になったのに受け入れてるって凄いことだと思う。
 ゴタロウが言うんだから、間違いないだろう。

「町に残るというか、対応に手を貸すことはやぶさかではありません……ただ、行動に制約はつけられてくないですね」

 アルバの願いを受け入れつつも、しっかりと釘を刺すゴタロウ。
 ランドールも特に依存はないのか、何も口を挟まない。
 というか、若干この長い会議に飽きてきてるのかな?
 そしてニコとフィーナは、完全に話すら聞いて無さそうだ。

「随分な物言いだが、いざその時になって逃げまわったりしたって、いってー! 何するんすか、エクザさん!」
「お前は、本当に分からんやつだな。なぜアルバ嬢はこんなやつをA級冒険者にしたのか」

 先ほど睨まれたのを根に持ってかラルフが絡んできたが、エクザに拳骨を落とされて涙目だ。
 あっ……

「貴様ら……」

 ゴタロウがおこだ。 
 隠すことない威圧を周囲に向けて、放ち始めた。
 ジェラルド含むB級冒険者3人が、すっと俯いて下を見つめる。
 そしてラルフがちょっとやばいって顔してる。
 エクザは眉を寄せるだけだが、自分達に非があると思ったのか特に反応を返すことは無さそうだ。
 というか、ラルフを睨みつけている。
 お前のせいでと言わんばかりに。

 ニコ、ゴタロウを落ち着かせろ!

「ん? ゴタロウどうしたの?」
「いえ、あまりにも見苦しい振る舞いが多いので、少し感情的になってしまいました」

 一瞬で鎮静化したゴタロウに、周囲もほっとした様子。
 
「なんだ、あんなガキに頭が上がらないの……」

 びびってたくせにラルフが……
 いや違うな、B級冒険者の前で恥をかかされたと思ったのだろう。
 あれほどの威圧を放つゴタロウに、上から馬鹿にすることで少しでも立場の回復を図ろうとしたのだろうが。
 完全に悪手だったな……

 俺に額と手があったら、手で額を押さえて首を横に振ってるとこだろう。
 案の定、凄い音と共にラルフが消えた。
 
「フィーナ、落ち着きなさい」
「だって、こいつうるさいんだもん」

 フィーナがラルフが喋っている途中に飛びかかって椅子ごと地面に蹴り倒して胸の上に座り、喉元に手刀を突き付けていたのだが。
 ゴタロウがフィーナを注意して、引きはがす。
 フィーナの怒りが爆発したことで、ゴタロウが逆に冷静になったらしい。

「少し黙りましょうか? 失言で死にたくなければ」

 ゴタロウが手を差し出して、ラルフを引き起こすが耳元でそんな物騒なことを言ってた。
 顔面蒼白で頷くラルフの背中を、ゴタロウはパッパと手で払ってやると椅子に座るように促す。
 
「もういいでしょう、結論から言います。町の防衛には手を貸します。ただ、自分たちのやり方でですが。それでいいですよね?」
「う……うむ」
「アルバさん、あなたもギルマスなら自分の部下の手綱くらい、しっかりと握ってもらえますか?」
「あー、すまん。ラルフには、私の方からきつく言っておく」

 途中からエクザに任せっきりになっていたアルバに、ゴタロウががっかりした様子で注意していた。

「少しは見直していたのですが」

 A級冒険者相手だと、ギルマスでも遠慮が出るのだろうか。
 まあ、その分エクザがしっかりとしていたから、まだましだが
 ラルフみたいなのが2人もいたら、完全に没交渉だったろうな。

「では防衛に関してだが、重要なことだけを貴殿らに伝えておこう……国境を越えての対応は非常に難しい」
「国境の町なのにですか?」

 そしてそのアルバの爆弾発言に、ゴタロウが眉を顰める。

「冒険者が集団で国境をまたぐには、色々と手続きが必要なのだ。特に町付きの冒険者は、その町の所属する国の軍事力として見られるからな」
「そのような場合ではないと思いますが?」
「正規の手続きを踏まずに国境を超えた場合、侵攻と受け取られても仕方がないのだ……そして、その手続きに必要なのは、相手国側からの要請だ」
「馬鹿らしい」

 アルバの言葉に、ゴタロウが首を振る。
 言われてみれば、当り前のことのようにも思えるが。
 緊急時の抜け道のようなものくらい、用意しておいてもいいと思うが。
 昔はあったのかもしれないな。
 それを悪用した事例とかもあれば、慎重になるのも分かる。
 スタンピードくらいは……いや、それを口実にとかって過去の事例があれば、結局無意味か。
 人為的にスタンピードを起こしたりできれば、そこをついて戦争を引き起こしたりもできるはずだし。

 なんだかんだで、魔物がいる世界でも国同士の争いはあるのだろう。
 
「私達には関係ないので、私たちが国を超える分には問題無いですね?」
「まあ、問題はないが、一派人でも許可証がないとどっちにしろ国外には出られんからな。貴殿らが向こうに行った場合は、下手したら不法入国やスパイ容疑で捕まることもあるぞ?」

 ゴタロウの質問に、アルバではなくエクザが答える。 
 なんで、そういうところだけしっかりしてるんだと言いたくなったが。
 俺は、口をはさめないし。
 
 てっきりみんなであっちに行って、ちゃっちゃと向こうの兵隊さんや冒険者に加勢して迎え撃って終わりと考えていただけに面倒なことになった。
 その後も、建設的とはいいがたい、現状確認に近い会議が続いたが。
 終わるころにはランドールは寝てるし、フィーナは不機嫌だし、ニコはぼーっとしてるしで、こっち側の参加者として情けなくなった。
 いや、会議には口出せないし、参加者として認識されてないけど。
 そして、ゴタロウは気にしてない様子だったが。

「現状を受け入れて、対策を練るまでです」

 なるほど……
 もう、ギルドの意向を無視して、あっちにこっそり行ってドーンでよくね?

「それも視野に入れて、宿に戻ってから検討しましょう」

 それからギルドをあとにして、宿に向かう。

「兄さんがた、このあと暇かい? 良かったら、またこないだの店で一杯どうだい? 決起集会というか、親睦会的な意味合いで」

 うん、宿に向かうのは後になりそうだな。
 バルウッドに行くということで、ランドールが元気になったからな。 
 この状態で、断って宿に戻るのもなあ?

「いえ、遠慮します。私たちは宿で今後のことについて、本気で対策を練る必要が出てきましたので……あなたたちの代わりに」

 ゴタロウ強いなあ……
 普通にあっさりと断った上に、嫌味までいえるなんて。

「なぜだ? 我は行きたいぞ?」

 それに比べて、ランドール。

 結局……決起集会には参加することになった。
 ランドールがだだをこねまくったせいで。
 ゴタロウには、今度何か褒美を用意しよう。
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