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第5章:巨人と魔王

第15話:スタンピード前哨戦

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「まさか、外敵よりも先に内にいる敵の対処からとは……本当に先が思いやられるな」
「文字通り内憂外患ってやつだな」
「言い得て妙ですね」
「こっちの世界にはない言葉なのか」

 冒険者ギルドで、マートの息の掛かった職員のあぶり出しを済ませ領主邸に向かう。
 ギルマスも同行していて、ジェファーソンもいるとなるとうっかりがあったら困るので、フィーナにニコの意識を奪わせてある。
 これで領主邸の入り口で剣をお預かりしますとか言われたら、どうなるんだろうな。
 想像しただけで笑える。

「武器はこちらで預けさせてもらいます」

 Oh……
 まあ、当然といえば当然か。
 しかし、こんなこともあろうかと!
 俺の姿は、すでにフィーナの幻影魔法で誤魔化し……

「ちなみに、魔法等で隠蔽しても分かりますので……」

 マジか……
 オワタ。

 と思ったけど、普通に入ることが出来た。
 うん、ビバ催眠術!
 剣にかけた魔法はバレる、あと魔法を行使してもバレると言われたが。
 まさか、魔力の使わない催眠術ならと試したら、普通に門番さんがハマってくれた。
 勿論アルバにも掛けてある。

 一行が集まったのは円卓の間。
 入り口から一番遠い場所にジェファーソンが腰を掛ける。
 そしてアルバ、ゴタロウの順に座っていった。
 ランドールは色々と問題あるので、お留守番だ。
 といっても小遣い渡して、町で好きなことしてろって言ってある。
 ちなみにシノビゴブリンを10人ほど護衛につけている。
 ランドールが問題を起こさないための護衛だ。

 マートは……色々とあって、領主の館の地下牢に投獄。
 フィーナの魅惑にかかった職員があることないこと、自白していたからな。
 ないことを自白したらまずいだろと思ったが、この際だからとゴタロウが言っていた。 
 意味が分からない。
 この際の意味がわからない。

「障害になりそうなものは、徹底して排除しましょう!」

 そうしましょう! 
 そういうものなのか?
 いや、まあ後顧の憂いを断つという意味では良いんだけどさ。

「まずは、うちの者が色々と迷惑を掛けたようで申し訳ない」
「いえ、こちらこそ、職員の中に密偵が紛れていることに気付けず、面目ない」

 領主であるジェファーソンと、冒険者ギルドのマスターのアルバがお互いに頭を下げあっているが。
 フィーナが凄いどや顔だ。
 俺も、どや顔してても良い場面かな?
 ゴタロウが、無表情だから空気読んでやらないけど。
 
 でも身体を動かせる状態で、会議に参加とか初めてぶりだから。
 ちょっとは爪痕を残したいな。
 
「ゴタロウ殿には、なんと言ったらよいものか……有難いやら、面目ないやら」
「構わん……と言いたいところだが、もう少し気を引き締めてもらいたい。お二方とも」
「言葉にもできん」

 容赦ないゴタロウの言葉に、2人が頭を下げて肩を落としている。
 凄い上から目線だな。
 ゴタロウの立場って、どうなってるんだろう。

「まさか、叔父上が簒奪を考えていたとはな」

 ちなみに、連行されていったマート……ジェファーソンの奥さんのお母さんの弟さんらしい。
 だから義理の叔父にあたると。
 いや、自分の叔父じゃないならそんなに気を使わなくともと思ったが。
 義母に頼まれて屋敷で雇ったはいいものの色々と問題があったらしく、秘書的な位置づけで自分の手伝いをやらせていたらしい。
 見張りもかねて。
 その見張ってる状態で、うまい具合に騙されてたら世話ないな。

 そのマートは、今回のスタンピードで上手く立ち回って、ジェファーソンを領主の座から引きずり降ろそうとしたらしい。
 ジェファーソンに色々と失態をおかさせて、その責任を押し付けたうえで自信がフォローをして挽回する形で。
 その前段階で失敗してる時点で、普通に放っておいても自爆しそうだが。

 マートの仕掛けたその失態に繋がるトラップはことごとく、こちら側に情報として提出されたんだけどね。
 勿論ギルドからの領主への情報の握りつぶしも含めて。
 他には私兵への経費の使い込みやら、備蓄食料の横領などなど。
 本当に大きいことから小さいことまで不正を行うのに、枚挙にいとまがない状況。
 それで気付かない領主側の管理体制のザルさ加減にも、ゴタロウがため息を吐いていた。
 
 賄賂が横行して、そういった管理に携わるものが概ね買収されていてはね。
 そしてそれらのトップにマートを据えたのは、ジェファーソン最大の失策だろう。

「ここまできてようやくスタートに立ったわけですが、とりあえず領主としてのスタンピードに対する対策と、ギルドでの対策をお聞かせいただけますか?」

 身体がガキのニコだから、なるべく丁寧に語り掛ける。
 ニコとほとんど話したことのないジェファーソンはともかく、はっきりとした物言いにアルバが胡乱気な視線を向けてくる。
 失礼なやつめ。
 いや、ニコの今までの言動からすれば、当然の反応か。

「頭が痛いが、マートの不正のせいで文字通り一から準備を始めることになりそうだ」

 町にこもるにしても、その間の食料を市井の商店頼みになる可能性が高いこと。 
 現段階で至急、衛兵を使って各商店に在庫の確認を行っているとのことだ。
 そのうえで、町の住人に混乱を起こさない範囲での日用品から食料品に至るまでの格安での提供を依頼すると。
 大迷惑だな。
 まあ不良在庫になるくらいならと言いたいが気温がどんどんと下がっている以上、食料品は普通に氷室での長期保存が可能な状態だ。
 武器や防具などの備品もだいぶ市場に流れ他の町にまで流出しているらしく、スタンピードの予想襲来日時までに満足いく数はまず集まらないらしい。

 マートの家の家宅捜索を行った結果、多少の備品の回収はできたらしいが。
 このような状況で、マートはどう乗り切るつもりだったのか。

 もしかして、隠し部屋とかあったりして。
 こう、隠し倉庫的な。

『回収済みです』

 言葉に出さずゴタロウに尋ねたら、短く返事が来た。
 あったらしい……そして、それをジェファーソンは発見できなかったと。
 これはまだ衛兵の中に、マートの息がかかったものがいそうだな。
 下手したら騒動のあとに、回収して懐に納めるつもりだったのかもしれない。
 性質が悪い。

「そうですか……まあ、その辺りに関してはこちらからも協力できることがないか考えてみます」
「すまぬ」

 現状こっちにいるゴブリン達には、予備の武具防具の類は持ってきてもらっているし。
 最悪、ランドールに往復させたらいいか。

「その代わり、スタンピードをもし乗り切ることができたら、魔物の素材は融通してもらいますよ?」
「勿論だ。そもそも代金がとてもじゃないが用意できない。私の騎士団が狩った魔物の素材で、その対価としてもらうのが妥協案として一番現実的なのだ。情けないことだが」
「妥協するのはこちら側ですから、そちらが偉そうに提案することでもありませんけどね」
「はぁ……本当に、情けないな。すまんとしか言いようがない」

 ちょっと嫌味な言い方になってしまったが、その無礼を咎めることもできないくらいに憔悴しているようだ。
 大丈夫かな、そんなメンタルで。
 よく、領主が務まるものだ。

「ニコ殿……お主」
「町の方は場当たり的に、直面した問題を一つずつ解決していくしかないということですね」

 代わりにアルバが俺に何か言いかけたが、無視してそのままジェファーソンに現状の再確認をする。
 
「はっきりと言われると、惨めなことこのうえないな」
 
 俺の言葉にジェファーソンが、力なく笑う。
 重症だな。

「で、何か言いかけたギルマスさん」
「な……なんだ?」
「そっちの対策を聞かせてもらいますか?」

 いつものニコの雰囲気と違うことを感じ取ったのか、アルバが身構える。
 目が泳いでいるが、何も考えてないってことはないと思いたい。

「こっちはすでに殆どの冒険者を呼び戻して、万事迎え撃つ体制はできている」
「具体的な数字で教えてもらえますか?」
「前線に立てる者は80人ほどだな。サポートを含めると200人は揃えられるぞ」

 自信満々に胸を張って答えるアルバに、ゴタロウが笑みを浮かべて俯いている。
 まあ、分かるよ?
 ただの数字じゃなくて、具体的にと付け加えたのに。
 そんな回答じゃ50点もあげられないな。

「お二方とも、危機感が足りないんじゃないですか?」
「なっ、なんだと!」
「逼迫した状況だというのは分かっているのだ……分かっているのだよ。だが、それでもこの問題に集中できないほどにマートが起こしたことは、町の管理にダメージを与えるほどのことなのだ」

 アルバとジェファーソンで全然違う答えが返ってきた。
 ジェファーソンの方は置かれた状況を加味しても、及第点にギリギリ届かない対応だが。
 アルバに関して言えば、完全に落第点。
 赤点どころの騒ぎではない。

「そもそも子供のくせに、少し言葉が過ぎるのでは「無礼な」」
「貴女は相手の力量も判断できぬくせに、冒険者の長をやっているのか?」

 俯いて首を横に振った俺に食って掛かろうとしたアルバに、フィーナとゴタロウが冷たい視線を向けている。
 まあ、完全に俺がニコの身体の主導権を握っている状態だからな。
 ニコと違って今の状況は、ニコ、ゴタロウ、フィーナの間で明確な主従関係が発生している状態。
 アルバとジェファーソンは何も知らないが、ジェファーソンは雰囲気でそれを感じ取っているようだ。
 俺に対してもきちんとした成人として、対応してくれているのがよく分かる。

「子供が大人か生きてきた年数だけで上下関係が決まるのなら、もう少し年上としてこんな若造になめられないように振舞ってもらいたいものですね」
「減らず口を」
「アルバ殿、落ち着きなさい。どちらにしろニコ殿の協力がなければ、状況は悪化するのは確かなのだ」
「お言葉ですが領主様、こんな子供に頼らなくともうちの戦力だけでも十二分に対処できます」

 出来るわけがないだろう。
 初動からしてゴタロウの情報が無ければさらに遅れていただろうし、情報があっても準備にこれほどに時間をかけて成果がこれじゃあな。
 幸いなことに冒険者ギルドの方は、マスターが残念なだけで冒険者の方は多少は期待ができるとの報告があったし。
 領主は色々と欠点はあるが、人格や能力にそこまでの問題があるとは感じなかった。
 まあ、その右腕に置いていた人間が致命的にダメだったわけだが。

「ダメだな。本当にダメダメだよあんた……取り合えず、なんの対策も出来ていないことは分かった」
「なんだと? きちんと、冒険者を集めたと言っただろう!」
「集めただけだろう! そもそも具体的にその内訳を聞きたかったんだよ! 前衛は? 後衛はどのくらいいる? 後衛の攻撃手段は? 魔法を使える人間は? 怪我人の治療が出来る回復系の魔法を使える人間はどれほどいる? サポーターにいま何をやらせている? 町の外に罠や、防衛のための柵や物見櫓の設置はすんでいるのか?」
「いや、具体的な指示はまだ出していない」
「はあ? 出していないというか、集めただけで待機状態にしてるんじゃないのか? 人集めて閉じこもって満足してんじゃねーぞ?」
「そんなことはない」
「そんなことはないって、じゃあ何をさせてるんだ?」
「いや、まだ何もさせていないが……」
「馬鹿じゃねーの? 雪集めて山造らせるだけでも進路を邪魔する障害になるだろうが! 夜のうちに水撒いておけば氷が張って進行速度を落とせるんじゃないのか? こうしてる間に出来ることはいっぱいあるじゃん! なんでやらせないの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「そこまで、言わなくてもいいではないか」

 別にキレたわけじゃないけど、荒療治もかねてちょっと強めに言ってみたが。
 どうやら伝わらなかったようだ。
 という、この発破の掛け方は間違いだったらしい。
 アルバが涙目で、こっちを睨みつけているが。
 反論もなければ、即座に動こうという姿勢もみられない。
 完全にギルマスの人選ミスだろう。
 こんなことなら、サブマスも同行させるべきだったか……

「言いすぎました。ごめんなさい」
「うぅ……今さら謝られたところで、私は……」
「でも、かなり大規模なスタンピードが発生してるんですよ? どれだけ準備をしたかで、冒険者の方や町の住人の方の生存率が大きく変わってくるのに……なんで動いてくれないんですか?」
「それは……」

 やり方を変えて、子供らしくウルウルとした目で悲しそうに見つめて静かに問いかけてみる。
 アルバが、目に見えて狼狽している。
 そうか、そういうやつか。
 そういえば、ゴタロウがそんなことを言ってた気がする。

「準備不足で、余所者の僕に良くしてくれた方々が亡くなるなんて……悔やんでも悔やみきれません! そうならないように、早めにゴタロウに報告に行かせたのに……」

 そう言って、うつむいて見せる。
 ちょっと、目の端に光るものを用意しつつ。

「ごめんなさい……少し、甘く考えていた……いました。すぐに、ギルドの方に指示を出して、斥候を用意します。それから、レンジャーや狩人、魔法職に相談して事前に魔物に対して準備が出来ることを聞いてみます」
「本当に、お願いしますね……狩りをする人に、四足獣に有用な罠を用意してもらったり、上空にネットを用意出来たら、飛行系の魔物の障害にもなりますし」
「その辺りも含めて、すぐに再会議を行います」

 うん、なるほど。
 この人は、こういった攻め口の方がいいのか。
 ゴタロウが満足そうに頷いている。

「ニコ殿は……なるほど。見た目の年齢に騙されない方がよさそうだな。なかなかに人生経験豊かのようだ」
「ふふ、どうですかね」
「そういった含みのある言い方も、不気味なものを感じるな」

 ジェファーソンがようやく、完全にこちらを認めてくれたことが分かる。
 目つきが鋭いものに変わって、自身も出来ることを真剣に考え始めたのが分かる。
 遅すぎるし、こっちで準備は万端に整えてあるのだが。
 多少は、この町の人間にも花を持たせてやらないとと。

 できれば、こっちはサポートする形で乗り切りたいところだが……
 無理かな?
 無理だろうな……
 ドラゴンまでいるんだもんなぁ……
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