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第1章:ジャストール編

第3・5話:閑話 <メイドのローラは見た>

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 うちのお坊ちゃまは、おかしい。
 あっ、アルト様ではなくルーク様の方。
 いや、最近はアルト様もちょっとおかしいけど。
 
 どちらから話した方がいいかな……
 まずは自己紹介から。
 私はローラ。
 お嬢様……キャロライン様が嫁ぐときについてきた、侍女なのですが。
 熟練のお付メイドではなく、どちらかというと可愛がってもらってた新人です。
 べ……別に、キャロライン様以外の方が、私を受け入れなかったとかそういうわけではないですよ?
 
 で話を戻して、キャロライン様のご子息がおかしいという話ですが。
 まずは、軽い方でアルト様。
 最近ヤンチャぶりが増したと言いますか……有体にいえば、腕白になってます。
 いや、性格は落ち着いてらっしゃいますが、ルーク様にご両親を取られてちょっとすねてます。

 それはそれで可愛らしいのですが、最近のアルト様は主に力が有り余ってる感じで。
 力が可愛くないのです。

 4歳児が……18になる私より、腕力が上ってどうなのでしょう。
 自信をなくします。
 この間なんて、逃げ回るアルト様を捕まえるために後ろから抱き着いたら、そのまま引きずられてしまいました。
 貴族の御子息というものは、みなああいうものなのでしょうか?

 ルーク様がお生れになってからですので、兄としての自覚が芽生えたということ……ではないでしょう。
 まあ、男の子が力強いのはいいことです。
 世話する身としては、大変ですが。
 次期当主ですし、将来有望ですね。

 ……アルト様に輪をかけておかしいのが、ルーク様。
 まず、泣かない。
 子供は泣くのが仕事なんで言葉が巷にはありますが、ルーク様が泣いたところをみたことがありません。
 アルト様がお生れになったときは、屋敷に響き渡るほどの泣き声が日に何度もありましたので、これは貴族だからというわけではないですね。

 おしめを汚した時も、最寄りのメイドを手招きしてます。
 変えるときにちょっと恥ずかしそうなのは可愛いのですが、赤子がそんな感情を抱くものなのでしょうか?
 私は、そんな赤子を見たことがありません。

 次にお腹がすいた時も、最寄りのメイドを呼びます。
 奥様ではなく。
 別に、メイドから乳をもらうというわけではありません。
 ミルクを作れと催促してきます……
 お腹がすいたをジェスチャーで、的確に表現してきます。
 可愛いですけど、赤子ってそういうものでしたっけ?

 で一度、メイドの一人が悪ふざけで乳を出そうとしたら、溜息を吐いて首を横に振られました。
 ちょっとジトッとした目で見てきたのが、少し面白くて可愛らしかったです。
 はい、胸を出そうとしたのは私です。
 こう見えても、自信はあるのですよ?
 乳は出ませんが。
 誰かに見られたら、大変なことになるぞと釘をさされました。
 誰に?
 ルーク様ご自身に。
 かなり器用なジェスチャーで。
 赤子とは、こうも自己主張ができるものなのでしょうか?

 ルーク様の食事に関してですが、本人の希望で基本はミルクです。
 キャロ……奥様が授乳をされることもありますが、あまり好きではない様子。
 奥様が少し気にされてます。
 あまりミルクが続くと、奥様が悲しそうな表情を浮かべてルーク様を見つめます。
 そういう時は、素直に乳を吸っておりますが……基本は、ミルク派と。
 好みがあるのでしょうか?

 とにかく、手が掛かりません。
 そして、残念なことにこれは序の口です。

 これが序の口なのです……おかしすぎて笑っちゃいませんか?
 笑えませんよ。
 世話する身としては。

 最近一番衝撃的だったのは、いえいえ、誰もいない部屋でしゃべっていたことではありません。
 それは、いろんなメイドが目にしてますから。
 ただ、部屋に入る瞬間には静かに寝てます。
 狸寝入りですね。
 はっきりと、お声は聞こえてましたから。
 そして、そういうときのこのお部屋は、凄く神聖な気で満ち溢れているというか。
 教会以上に、厳かな雰囲気と空気を感じます。
 何か、祝福を受けていそうなくらいに。
 というか、神様がいたんじゃないかと思える程度に。

 それも十分おかしいですが、もっとおかしいのが魔力関連です。
 お生れになったときは、莫大な魔力を暴発寸前まで膨らませたとのことでしたが。
 その後、自然と小さくなっていたらしいのですが、一部噂ではルーク様が自分の意思で抑え込んだのではという話もあります。

 ですが、その後お坊ちゃまの魔力は、標準より少し多い程度で落ち着いたので、奥様の胎内で魔力溜まりが発生したのではと結論付けられてます。
 かなり、強引な理由ですが。
 他に、説明のしようがありません。

 ですが、私は断言します。
 お坊ちゃまが、自ら抑え込んだのだと。

 だって、この間ベッドで手遊びをしてらしたから。
 赤子なら手遊びくらい普通です。
 アルト様もよくやっておりました。
 ただ、普通と違うのは……その手と手の間に魔力が可視できる濃度で、操られていたからです。
 いろいろなものを形作ったり、火や水、氷や雷に形を変えたりと。

 私はどんな表情をしていたのでしょうか。
 こちらに気付いたルーク様がしまったぁって顔をしたあとで、クスリと笑ってました。
 よほど、変な顔をしていたのでしょう。
 そして、笑い方が赤子のそれじゃありませんよ、ルーク様?
 呆けていた私にルーク様が人差し指を突き付けると、心地よい風が通り抜けていきました。
 はっと、我に返ります。

 ルーク様はそのまま人差し指を唇に当てて、ナイショねと合図してきました。
 私はまたも変な顔をしていたのでしょう。
 ルーク様が困った表情に変わっていました。
 慌てて首を何度もうなずくと、フッと笑うと手を振って扉をしめてしまいました。

 無属性の物体操作でしょうか?
 いくつの属性を身につけられているのでしょう。
 というか……生まれて数カ月の赤子に、そのようなことが……

 いや、扉しめないで。
 あの、お坊ちゃまのミルクをお持ちしたのですが。
 なぜか言葉が通じるはずもない赤子に、声を掛けながら入ると笑顔で出迎えてくれました。
 本当に、赤子なのでしょうか?

 とりあえず、ナイショと言われたのでこれらの記録は私の日記に残しておきます。
 ルーク様が大きくなった時に、誰かに見せられるように。
 きっと、あのお方は偉大な方になられる方です。
 ですので、この日記はきっと歴史的資料として、きっと役に立つはずですの……
 
 一応、ルーク様に書を残す許可は得ました。
 いや、いきなりこの日記帳がひとりでに宙を舞ったときは驚きましたが。
 あとを追ったら、ルーク様の部屋にたどり着きました。
 ルーク様は一通り目を通した後で、頷いてくれました。
 ただし、人に見せるのは彼が年老いてからにしてくれと、魔力で動く絵をかいて教えてくれました。
 これが、たぶん一番おかしい出来事ですね。
 そんなことができる方に、お会いしたことないですから。
 魔力の専門職である、魔導士の方ですらおりませんよ。

 ただルーク様がご老人になられる頃には、たぶん私はこの世にいないと思うのですが……

<追記>
 これ笑うところじゃありませんよ。
 最後の一文を見たルーク様が、久しぶりに声をあげて笑ってました。
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