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第3章:覚醒編(開き直り)

第22話:ジャストール兄弟・ジャスパーの憂鬱

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「もう一度、乱取りをして見せてくれないか?」
「私からもお願いします!」

 ガーラントとジャスパーに頼まれて、アルトと顔を見合わせる。
 それから深いため息を吐く。
 ここで断るという選択肢はない。
 実際に弱みを握られた……いや、リック殿下を始め王族の方々は俺達の実力をほぼ正しく把握しているし。
 ジャストールの領軍の面々も知っているから、吹聴されたところで何も困ることはないけど。
 あー……彼らの祖父とかに話されたら、就職先が強制的に決定してしまいそうだ。
 うん、仕方ない。

「お兄さま」
「ああ、仕方ないな……じゃあ、もう少しだけ本気でやろうか」

 アルトがわくわくした表情を浮かべている。
 どうやら、兄としては俺と全力で訓練ができるのが嬉しいようだ。
 迷惑な話でもあるが。

「行くぞ!」
「はい」

 アルトが間合いを詰めて斬りかかってきたので、全身を脱力状態にして衝撃を真正面から受け止めて後ろに飛ばされることで距離を取る。
 間髪入れずに地面を蹴ってアルトが、開いた間合いを詰めにくる。

「全力過ぎませんか?」
「それでも対応できているんだから、いいじゃないか」

 横なぎに払われた剣を上半身をのけ反らせて躱す。
 風圧で前髪が揺れるが、そのままバク転をして足先でアルトの持った剣の柄を蹴り上げる。

「その程度で手放すほど、軟な鍛え方はしていないのは知ってるだろう」
「相変わらず出鱈目な握力ですね、腕力も」

 どうにか顔の前あたりで剣を押しとどめて堪えたアルトに、思わずげんなりする。
 すぐに踏み込みからの縦切りがくるので、チートマカコの要領で斜めバク転に転じて躱す。
 そして着地と同時に地面を蹴って、突っ込む。
 正面からの全力での突き。
 その突きの切っ先に、アルトも突きを放って当ててくる。
 思わぬ衝撃に手がジーンと痺れるのを感じつつ。下半身を差し込んでスライディング気味に股に足を差し込む。
 そのまま両足を開いてウィンドミルで足払いを。

「うぉっ、相変わらず足癖の悪い」
「シッ!」

 体勢を崩して横に倒れ込んだアルトの側頭部目指して、再度バク転による蹴りを試みるが手を脛に添えられて上手く力を利用して反転。
 体勢を立て直したアルトが、そのまま回転して蹴りを放ってくる。

「っと」

 両手を交差してその蹴りを受けるが、吹き飛ばされる。
 地面を滑りながら距離を取って、再度仕切り直し。

「!」

 アルトの姿がない。
 上空に影を感じ、咄嗟に前に飛ぶ。
 俺が立っていたあたりに、アルトが剣を下に向けて上空から降ってきていた。
 すぐに蹴りを放つ。
 今度は腹にまともに当たったが、固い。
 まるで大木を蹴ったような感触だ。

「あっ」
「ほら」

 しかもその足を引き戻すより先に、横向きに水平に構えた両手に挟まれる。
 そのままアルトが両手を回転させるものだから、俺もきりもみ状に吹き飛ばされる。
 上手く体勢を保てない。
 
「これでどうかな?」
「まだです」

 追撃の斬り上げをに対して、身体をひねって回転速度をあげて剣で受ける。
 
「ほう」

 回転による勢いの乗った剣により、思った以上の手ごたえを受けたアルトの剣が弾かれて地面に叩きつけられる。 
 それでも剣を手放していないアルトが、今度は剣が地面に叩きつけられた反動を利用して即座に再度の追撃。
 反応速度が、半端じゃない。

「あーもう」
「嘘だろ!」
「馬鹿な!」

 クイックを使ってその剣に足を乗せて、剣の勢いも借りてのバク宙で舞い上がりさらに風魔法も使って空中でもう一段階後ろにはねる。
 ガーラントとジャスパーが、思わず叫ぶくらいに出鱈目な動きだというのは自覚しているが。
 あんなのまともに喰らったら、痛いどころじゃすまないだろうし。

「そこまでやるんだ? なら、兄ももう少し本気を出しても良いよね?」
「いや、そんな大人げないことを言わないでもらえると」

 アルトが剣を振るうと、炎の斬撃が飛んでくる。

「なっ、アルト!」
「アルト様もっ」

 これまたガーラントとジャスパーが声を上げる。
 くそっ。

「シッ!」

 こっちも風の斬撃を飛ばして対抗。
 相殺した際の爆風で、空中にいた俺はさらに飛ばされる。
 しかも、追撃の斬撃が迫ってきてるし。
 張り切り過ぎだろう。

「お兄さま、はしゃぎすぎです」
「それは、お互い様じゃないかな?」

 今度は剣自体に風を纏わせて、飛んできた斬撃を受け止めてさらに距離を……
 考えるのがあほらしくなるほどの、大量の斬撃が迫ってくる。
 クイックじゃ対応しきれない。
 時間を止めて、距離を稼ぐしか。
 そこまでやっていいのかな?
 ああもう、手前から順に処理するしか……
 3つめの斬撃を処理したところで、その斬撃の陰に隠れた次の斬撃がコンマ数秒の遅れで襲い掛かってきた。
 直撃必須だな。
 せめて衝撃を……
 覚悟して、肩で受けようとした瞬間ふわりとした感覚と共に斬撃が消える。
 出すのも消すのも自由自在か。
 もうなんていうか、自重知らずの成長速度だな。
 最初の人生の彼がこれほどの実力を持っていたら、きっと拗らせることも暗殺されることも無かっただろう。
 立派に成長したようで、嬉しくもあるが。
 負けは負けだ。
 悔しい。

「どうにか、兄としての面目躍如だね」
「本当に大人げないです」
「友人の前で、無様を晒すのは勘弁してほしいからね」

 素直に負けを認めて剣を下げて、頭も下げる。
 ガーラントとジャスパーが完全に大人しくなってしまったが。
 本気の訓練が見たいと言ったのは、彼らだからな。

「今度こそ全力か?」
「なんというか……次元が……」
 
 凄い表情を浮かべているが、刺激が強すぎただろうか。

「あー……まあ」
「えっと、うん」
「嘘だ! 嘘なのか? ええ! まだ本気じゃないのか? なんなんだお前ら兄弟は!」
「ルーク……いや、ルーク殿! 我、最高の師を得たり!」

 うん、さっき君たちの師に、俺達兄弟がなることは確定したからね。
 ただ最高の師かどうかは分からないよ。
 実力と教える能力は比例しないというか、実力はいまいちでも教えるのは上手い人はいくらでもいるし。
 実力があっても、教えるのが下手な人もいくらでもいるからね。

 しかし……面倒なことになったとしか……
 
***
「どうしたのですか? 何かあったのですか?」
 
 ホテルでの朝食の際に幼馴染のキーファが声を掛けてくるが、それどころじゃない。
 
「何かあったのですか?」

 すぐ傍で兄のガーラントも、マリア様に同じように声を掛けられている。
 うん、兄も呆けているな。
 しかし……本当にしかしだ。

 いや、ルークが強いのは知っていた。
 アルト殿がさらに強いことも。
 加護持ちだというのも聞いていた。
 だが、なんというか、
 加護云々抜きにしても、その実力というか。
 本人の地力もおかしいだろうジャストール兄弟。

 この2人クラスの暗殺者が、護衛対象に襲い掛かってきたら……
 連隊程度では心もとない気がしてきた。
 旅団なら多少は安心できるか……師団までいけば確実に対処できると思いたい。

「いや、ちょっと刺激的なものを見たというか」

 チラリとルークの方を見る。
 無邪気に食事を頬張りながら、ジェニファ様やエルザ達に声を掛けているが。
 アルト殿も、普通に食事を取りながらリック殿下と会話をしている。
 しかし、危険人物と言わざる負えない。
 この2人相手にというか、ルーク相手にリカルド殿下は何を考えていたのだろうか。 
 いや、俺も殿下のことは言えないが。
 ルークにちょっかいだすとか、本当に自殺行為も甚だしい。
 よくルークが堪えてくれたと、感謝しかない。

 最初の剣での乱取りは動きが早すぎて、何が起こってるのかすらも分からなかったが。
 その後の実戦形式の打ち合いは……うん、かっこよかったのは分かる。
 是非とも覚えて、自分の剣術に取り入れたい動きがいくつもあった。
 あのルークのクルクルと回転しながら、蹴りを主体に相手を翻弄する動きとか。
 カポエイラという格闘技の動きを取り入れたと言っていたが、詳しく教えてもらいたい。
 そのルークの動きに平然とついてくるどころか、一手上を行き続けたアルト様の動きも素晴らしい。
 技の練度もさることながら、何よりもその膂力に目を見張るものがある。
 いくら体躯が自分より小さいとはいえ、勢いの乗った蹴りを剣の柄に当てられて耐えられるとか……
 騎士としては恥でしかないが、俺なら剣を弾き飛ばされていた自信はある。

 加護は別として、あれは身体能力ありきでのやり取りだからな。
 努力次第では俺でもできるようになるけど、剣一本の方がいいと2人に言われてしまった。
 納得もしたし、理解もした。
 けど、憧れは捨てられないというか、
 
 うん、ルークの動きがかっこよく見えてしまったのだ。
 その俺の意見を聞いて、2人ともよく分かるといってくれたのは嬉しい。
 兄はすぐにバク転や、バク宙をやっていたな。
 どっちもそれなりに形になっていたようで、ルークが少しアドバイスしたら奇麗な円を描けるようになっていた。
 それからチートゲイナーなる技も習っていた。
 前に踏み込みながら、後ろに宙返りする動きだ。
 片足を反対の肩に向かって斜めに蹴り上げて、そのまま宙返りする技らしい。
 かっこいい。
 俺もやろうと思ったが、危ないからと止められた。
 ある程度の素養が無いと、大けがに繋がると。
 その辺りの資質は、またあとで見てくれるらしい。
 
 あと両足を広げて、地面をクルリと回った技も。
 ウィンドミルという技らしい。
 コツさえ掴めば、そこまで難しい技ではないと。
 そのコツを掴むのが恐ろしく大変で一カ月掛からずできる人もいれば、相当の月日を要する人もいると。
 俺はどっちだろうな。

「そのフルーツいらないなら、もらってもいいですか?」
「いやいや、バイキング方式なんだから自分で取ってきなよ」
 
 ぼーっとしてたら、キーファが俺の皿にフォークを差し出してルークに注意されていた。

「ああ、また取ってくるから食べていいぞ」
「いや、冗談ですよ」

 本気じゃなかったらしい。
 本気で変な物を見る目をキーファに向けられてしまった。
 マリア様の生暖かい視線を兄弟そろって受けることになったが、早く身体を動かしたくてウズウズしてきた。

「なあ、ルーク「だめだよ? 食後に激しい運動は、身体に悪いからね?」

 言おうとしたことを読まれていたらしい。

「殿下達も、プールに行きたいなら最低でも食後1時間は避けてね?」
「うっ、ああ」
「はは」

 それからリック殿下達の方にも、ルークが注意を向けていた。
 リック殿下と、ビンセント殿が笑って誤魔化していたけど。
 なぜか兄も、顔を背けていた。
 どうやら3人で、昨日殿下が話していたプールに行くつもりだったらしい。
 
 今日は買い物組とプール組に分かれると言っていたな。
 なぜ、訓練組が無いのだろうか。
 そうか……観光案内できるのがルークとアルト殿しかいないからか。
 はあ……夕方には訓練の時間を取ってくれると言っていたが、待ち遠しい。
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