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第3章:覚醒編(開き直り)
第23話:それぞれの評価
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「しかし、本当に異質な街だな」
「というよりも、異質な領地というべきかと」
ルークに用意してもらった部屋でアイゼン辺境伯の息子であるビンセントと、ミラーニャの町についてあれこれと感じたことを話す。
真面目な感じではあるが、なんといったらいいのか。
純粋に、感想を言い合って楽しんでいるというべきか。
どうにも、この感情をうまく言葉にすることができない。
確かに表向きは遊びにきたことになっているが、視察も兼ねている。
ジャストールの産業について色々と調査もしないといけない。
そのうえで、王都で取り入れられる部分を発掘したり、または後々の問題が起こりそうなものはないのかを調査したりと。
やることはたくさんある。
たくさんあるのだが……身が入らない。
そんなことは抜きにして、ただただ楽しみたい。
「随分と楽しんでいらっしゃるようですが」
「声に出てた?」
「ええ」
そうか……気を付けないと。
どうも、アルトやルークといると調子が狂う。
私は自分が兄弟で一番、王族らしいと思っていたのだが。
いや、王らしいではなく、王族らしいだ。
国王なんて窮屈な仕事を、私は望むことはない。
というよりもだ……正直にいえば、仕事すらしたくない。
好きなことをやってそれが国益につながって、嫌な仕事はしなくていいという免罪符を手に入れる。
そのために、今を頑張っているというのに。
頑張れない
この部屋からして、王城の自室より快適なのだ。
なんというか……贅沢なことこの上ない。
だから、気が緩んでしまうのは仕方ないよね?
だめだな。
これ以上だらしない姿を友人に見せるわけにはいかない。
兄が王になったとき、そして私が国の事業を何か任されたとき。
味方として傍にいてくれる予定の人材だ。
アルトとは別の方向で優秀だから、ビンセントも手放したくはないな。
仕方ない……真面目に、意見交換をするか。
まずは町に入る前の、あの件からだな。
「気付いたか?」
「はっ?」
私の質問にビンセントが、不思議そうな表情を浮かべる。
ふふ、打てば響くルークになれすぎてしまった。
全部を言わなくても、察してくれる便利な友人の弟。
目の前の友人は彼ではない。
具体的に言わないと、分からないよな。
しかし、もう少しだけ試してみるか。
机に置かれたデキャンタから、水をコップに注いで喉を潤す。
デキャンタを受け皿に戻すと、デキャンタの底と受け皿が青く光を放つ。
そして注いだ分だけ、水がデキャンタに戻る。
「その魔道具のことですか?」
「違うよ、この領地に入って少し経ってからのことだよ」
「はあ、この町に関して……」
「ではない。くる道すがらの街道の方だ」
「と言うと?」
思わずため息が漏れる。
といっても、ビンセントの実家もアイゼン辺境領。
この領地と隣接した場所で、何よりもジャストール領の恩恵と影響を色濃く受けている。
もしかしたら、隣の領地となるアイゼン辺境領もそうなのかもしれない。
ならば、これは私が意地悪だったか。
「やけに野営や、野宿をしているものが多くなかったか?」
「我が領地と比べて、気持ち多い程度かと。王都側に関してはですが。反対の帝国側ではあまり見かけませんね」
そうなのだ。
街道で野営をしているものが、他の領地と比べて圧倒的に多いのだ。
まるで、盗賊や野盗に襲われる心配などまるでしていないかのように。
そもそも、その街道を行き交う商人や旅人の数も多い。
そして、やはりアイゼン辺境伯領もそれなりに、野営をする者たちが多いのか。
であれば、辺境伯領も治安が良いのだろう。
羨ましいことだ。
ジャストール領が王都の側であったならと、アルトと知り合ってから思わなかったことはない。
言っても、栓の無いことだが。
「治安が良いのだろう」
「確かに、この辺りで野盗が出たという話はほぼ聞きませんね」
「ずいぶんと余裕があるのだな。野盗などしなくとも、食えて行けてるのだろう」
生活が豊かであれば、悪事に手を染めようなどとは思わんだろうな。
ルークの言葉が頭をよぎる。
衣食足れば則ち栄辱を知る……か。
自信を無くすなー……
それを領民に対して実践する力を、自力で勝ち得ているところにも。
私なんか、やろうと思えばできる立場でもあるのに。
「というよりも、馬よりも小回りが利くエアボード部隊が町や村にある程度編成されてますからね」
若干後ろ向きになりかけていたところを、ビンセントの言葉で現実に引き戻された。
危ないなー。
卑屈になるところだった。
そんな姿を、友人に見られるわけにはいかない。
それにしても、エアボード部隊と来たか。
子供の遊具と言いながらも、しっかりと軍事利用しているようで。
これに関しては、アルトとルークから詳しく聞く必要があるな。
できるなら、王都周辺にも配備したいものだ。
練度に問題があるなら、ジャストールから何人か指導要員で騎士を回してもらおう。
王都からごっそりと職人を連れて行ったんだ、そのくらい問題ないだろう。
「しかし、本当に驚かされっぱなしだよ」
思わずため息を吐きながら、目の前のコップを見つめる。
表面に水滴がつくくらいには冷えているのだが、この部屋だって決して暑いわけじゃない。
物一つとってもこれだ。
しかも、王都に入ってきてない技術の粋が集められているのが一目で分かる。
机の上のフルーツバスケットにしても、色とりどりの果物が置かれている。
食べ方が分からないものも、多々あるが。
部屋付きの使用人に頼めば、皮を剥いて食べやすいようにカットしてくれる。
まったく見たことのない道具も。
パインという南の方の果物。
そして、部屋付きの使用人が手にしたのは、見慣れない道具。
パインの真ん中に棒のようなものをさしてクルクルと回すと、見事に果肉だけが現れる。
皮が固くてゴツゴツしてるのに、こんなに簡単に。
そして、それを輪切りにしてくれるわけだが……
楽にこの食べにくい果物を食べるために、こんなものを真面目に開発したのか。
いや、確かに便利だけども。
うん、便利だけどさ。
果物の飾り方も、凄いというか。
リンゴの皮を残して兎みたいにしていたのも、ちょっと面白かったな。
褒めるんじゃなかった。
その兎のリンゴに少し気をよくしただけなのに、ルークが料理人を呼んで何か耳打ちをしていた。
いや、飾り切り専門の調理師と言われても、よく分からない。
すぐに理解したけども。
綺麗な葉っぱの形をしたリンゴやら、押したら長方形にカットされたリンゴが出てくる立体パズルのようにカットされたリンゴ。
白鳥のように切られたリンゴ……表面に絵が描かれているようなリンゴ。
そして、本物と見紛う立体的なバラの花束が象られた大きなスイカがど真ん中に置いてあった。
は……ははは。
食べ物どころか、果物の切り方一つとってもこれだ。
上を見上げれば、これまた灯りの魔道具も素晴らしいとしか言いようがない。
離れた場所にあるスイッチに触れるだけで、灯りが点いたり消えたりするのだが。
そうスイッチを一か所に集めるという発想が凄い。
この部屋の色々な魔道具を、一か所で全て操作できる。
その装置が、部屋に絶妙な配置で数カ所設置してあるのだ。
足元の灯りだけをつけることもできる。
「王都に戻ったら、私の部屋の改装をルークにお願いすることにしよう」
「私も是非お願いしたいですね」
「じゃあ、2人でお願いしようか」
「ええ」
それから、とりとめのない会話をする。
といっても、この街の話だけでも話のネタに困ることはない。
「しかし、傑作でしたね」
「というと?」
「まさか、王族に米を振舞うなんて」
「ああ……」
振舞われたというよりも、私が強請ったという方が正しいが。
あまりにルークが食べるおむすびなる食べ物が魅力的だったからね。
「あんなものを家畜に食べさせるためだけに収穫していたなんて、本当にもったいないことをしたと思っているよ」
「この辺りや、うちの領地では割と定番の穀物になりつつあるんですけどね。知らないと、どうも忌避されるもので」
それもそうだろう。
米といったら、普段は家畜の餌としてしか使ってないからね。
とはいえ、食わず嫌いはだめだな。
ジャガイモなんて、素晴らしい食べ物の代表格だ。
比較的……うむ、容易とまでは言わないまでも簡単に数が作れて、あれだけ料理にバリエーションがあって美味いとなれば。
「彼の食に関する知識の出所は、いったいなんなのだろうね?」
「さあ? 分かりかねますね」
「そうだ食といえば、畑も他の領地と比べて規模が大きすぎるように見えたけど。あれだけの土地を耕して管理する人数が、他の領地よりも少ないとなれば……」
「秘匿はしてないようなので、周辺領地でも収穫量は上がってますが……ジャストールは、ずば抜けてますね。二期作や二毛作、ハウス栽培に、プランター栽培、水耕栽培と多種多様な栽培方法も考案実施してるようですし」
「接ぎ木や、あとは芋のつるを切って挿し穂だっけ? で数を増やす方法とか……農家でもないのに、凄い知識量だよね」
「知識といっていいものか……この国どころか、周辺国でも聞かない栽培方法ですよ」
本当に不思議な子だ。
そもそもつるを切ったら枯れるのが普通だと思うのに。
まさか、その切ったつるから根が出て、また育つなんて誰が思うだろうか。
とにかく暇をする暇がないくらいに、この街での生活は楽しい。
王都に帰りたくなくなる程度には。
「ダメですよ」
「……いいよね、君は」
「フッ」
「腹立つなー。羨ましいよ、こんな素晴らしい領地の隣の領地の跡取り生まれたことが。国王陛下の次男なんかよりよっぽど素晴らしい立場だと思うよ?」
「それは流石に陛下に対して、不敬かと」
ビンセントの言葉に、深いため息で返事を返しておいた。
***
「やっぱり、おかしいですよ」
「そういうなジャスパー」
弟がはしゃいでいる。
いや分からなくはないが、アルトとルークの打ち合いを必死に目で追ったが。
全然追い切れなかった。
アルトのやつ、だいぶ手加減してやがった。
とはいえ、そのアルトが手加減できないほどの実力を、俺の弟と同じ若干12歳のルークが持っていることの方が恐ろしい。
本当に……
「この領地の兵たちは、加護持ちも多いと聞く」
「そのようですね」
「その兵たちが口を揃えて、アルトが領内最強で次がルークと言っているんだ。陛下直属の騎士団のベテラン騎士の足元にすら及ばない私たちが、力を測ろうというのがそもそも身の程知らずな行為だったのかもしれないな」
「兄上」
俺の言葉にジャスパーが泣きそうな顔を浮かべているが、事実だ。
確かに近衛までいくと、若手にすら後れを取るが。
正規の騎士でもまだ入隊して年の浅いものなら、俺の方が強いという自負はある。
言っても騎士団元最強の祖父と、現最強の父を持つのだ。
いくら子供とは言え、そのくらいはできる程度に鍛えられている自覚もある。
ジャスパーも決して筋が悪いわけじゃない。
最近はルークに稽古をつけてもらって、メキメキと実力を伸ばしている。
だがそれはそれ、これはこれ。
そもそも、加護持ちの騎士相手だと、いくら新人相手でもたぶん俺でも手に余る。
その加護持ちの騎士どころか、加護持ちのベテラン騎士が2人の方が強いと言っているのだ。
まあ、神の加護を受けた人間というのは、英雄クラスと呼ばれているからね。
一国に一人とか、一世代に一人とか。
うん、この領地には複数いるうえに、領主の子息、子女全員が神の加護持ちと来た。
独立も、国家転覆も狙えるんじゃないかな?
聞けば、アイゼン辺境伯はもしジャストールが王城と揉めたら、流石に不干渉かジャストールに付くと陰で言ってるらしい。
ということが陛下の耳にも届いているが、誰も責められまい。
神や精霊の加護を持つ軍団を相手に、遠く離れた王都から援軍が来るまで持ちこたえろというのは無理難題だ。
後詰めなんか、絶対に間に合わないのは誰だって分かる。
「動きが人間離れしてました」
「まあ、アルトは元から人間離れした動きしていたし……エアボードに乗っているときはアルトとルークだけじゃなくて、ビンセントとリック殿下も人間離れした動きはしてるかな?」
エアボードに関しては、俺は残念ながらこの4人の後塵を拝すことになっているが。
はあ……上には上がいるという言葉をよく聞くが。
同世代にこうも上だと思える人間が多いと、流石に凹むな。
「まあ、鍛錬を積むしかないだろう。幸いにも俺はアルトともルークとも仲が良いし、お前もそうだろう?」
「……まあ、はい。アルト殿はとても優しく丁寧に指導してくれますし、ルークはあまり言葉では教えてくれませんが、ヒントは毎回くれます。終わったあとで助言もしてくれます」
ルークからも子ども扱いされているのか。
思わず、弟の頭を撫でる。
「今は、良い縁を繋いだと思おう。目標は彼らを超えることだ」
「いや、それじゃダメだってルークが言ってましたよ?」
「ん?」
「世界最強を目指さないと、ルークはともかくアルトには絶対に勝てないって」
うん、それはアルトを超えるという目標=世界最強だから同じってこととも言えなくもないかな?
違うかな?
違うよな……
志が低いってことか。
はあ……目指すか、世界最強。
「というよりも、異質な領地というべきかと」
ルークに用意してもらった部屋でアイゼン辺境伯の息子であるビンセントと、ミラーニャの町についてあれこれと感じたことを話す。
真面目な感じではあるが、なんといったらいいのか。
純粋に、感想を言い合って楽しんでいるというべきか。
どうにも、この感情をうまく言葉にすることができない。
確かに表向きは遊びにきたことになっているが、視察も兼ねている。
ジャストールの産業について色々と調査もしないといけない。
そのうえで、王都で取り入れられる部分を発掘したり、または後々の問題が起こりそうなものはないのかを調査したりと。
やることはたくさんある。
たくさんあるのだが……身が入らない。
そんなことは抜きにして、ただただ楽しみたい。
「随分と楽しんでいらっしゃるようですが」
「声に出てた?」
「ええ」
そうか……気を付けないと。
どうも、アルトやルークといると調子が狂う。
私は自分が兄弟で一番、王族らしいと思っていたのだが。
いや、王らしいではなく、王族らしいだ。
国王なんて窮屈な仕事を、私は望むことはない。
というよりもだ……正直にいえば、仕事すらしたくない。
好きなことをやってそれが国益につながって、嫌な仕事はしなくていいという免罪符を手に入れる。
そのために、今を頑張っているというのに。
頑張れない
この部屋からして、王城の自室より快適なのだ。
なんというか……贅沢なことこの上ない。
だから、気が緩んでしまうのは仕方ないよね?
だめだな。
これ以上だらしない姿を友人に見せるわけにはいかない。
兄が王になったとき、そして私が国の事業を何か任されたとき。
味方として傍にいてくれる予定の人材だ。
アルトとは別の方向で優秀だから、ビンセントも手放したくはないな。
仕方ない……真面目に、意見交換をするか。
まずは町に入る前の、あの件からだな。
「気付いたか?」
「はっ?」
私の質問にビンセントが、不思議そうな表情を浮かべる。
ふふ、打てば響くルークになれすぎてしまった。
全部を言わなくても、察してくれる便利な友人の弟。
目の前の友人は彼ではない。
具体的に言わないと、分からないよな。
しかし、もう少しだけ試してみるか。
机に置かれたデキャンタから、水をコップに注いで喉を潤す。
デキャンタを受け皿に戻すと、デキャンタの底と受け皿が青く光を放つ。
そして注いだ分だけ、水がデキャンタに戻る。
「その魔道具のことですか?」
「違うよ、この領地に入って少し経ってからのことだよ」
「はあ、この町に関して……」
「ではない。くる道すがらの街道の方だ」
「と言うと?」
思わずため息が漏れる。
といっても、ビンセントの実家もアイゼン辺境領。
この領地と隣接した場所で、何よりもジャストール領の恩恵と影響を色濃く受けている。
もしかしたら、隣の領地となるアイゼン辺境領もそうなのかもしれない。
ならば、これは私が意地悪だったか。
「やけに野営や、野宿をしているものが多くなかったか?」
「我が領地と比べて、気持ち多い程度かと。王都側に関してはですが。反対の帝国側ではあまり見かけませんね」
そうなのだ。
街道で野営をしているものが、他の領地と比べて圧倒的に多いのだ。
まるで、盗賊や野盗に襲われる心配などまるでしていないかのように。
そもそも、その街道を行き交う商人や旅人の数も多い。
そして、やはりアイゼン辺境伯領もそれなりに、野営をする者たちが多いのか。
であれば、辺境伯領も治安が良いのだろう。
羨ましいことだ。
ジャストール領が王都の側であったならと、アルトと知り合ってから思わなかったことはない。
言っても、栓の無いことだが。
「治安が良いのだろう」
「確かに、この辺りで野盗が出たという話はほぼ聞きませんね」
「ずいぶんと余裕があるのだな。野盗などしなくとも、食えて行けてるのだろう」
生活が豊かであれば、悪事に手を染めようなどとは思わんだろうな。
ルークの言葉が頭をよぎる。
衣食足れば則ち栄辱を知る……か。
自信を無くすなー……
それを領民に対して実践する力を、自力で勝ち得ているところにも。
私なんか、やろうと思えばできる立場でもあるのに。
「というよりも、馬よりも小回りが利くエアボード部隊が町や村にある程度編成されてますからね」
若干後ろ向きになりかけていたところを、ビンセントの言葉で現実に引き戻された。
危ないなー。
卑屈になるところだった。
そんな姿を、友人に見られるわけにはいかない。
それにしても、エアボード部隊と来たか。
子供の遊具と言いながらも、しっかりと軍事利用しているようで。
これに関しては、アルトとルークから詳しく聞く必要があるな。
できるなら、王都周辺にも配備したいものだ。
練度に問題があるなら、ジャストールから何人か指導要員で騎士を回してもらおう。
王都からごっそりと職人を連れて行ったんだ、そのくらい問題ないだろう。
「しかし、本当に驚かされっぱなしだよ」
思わずため息を吐きながら、目の前のコップを見つめる。
表面に水滴がつくくらいには冷えているのだが、この部屋だって決して暑いわけじゃない。
物一つとってもこれだ。
しかも、王都に入ってきてない技術の粋が集められているのが一目で分かる。
机の上のフルーツバスケットにしても、色とりどりの果物が置かれている。
食べ方が分からないものも、多々あるが。
部屋付きの使用人に頼めば、皮を剥いて食べやすいようにカットしてくれる。
まったく見たことのない道具も。
パインという南の方の果物。
そして、部屋付きの使用人が手にしたのは、見慣れない道具。
パインの真ん中に棒のようなものをさしてクルクルと回すと、見事に果肉だけが現れる。
皮が固くてゴツゴツしてるのに、こんなに簡単に。
そして、それを輪切りにしてくれるわけだが……
楽にこの食べにくい果物を食べるために、こんなものを真面目に開発したのか。
いや、確かに便利だけども。
うん、便利だけどさ。
果物の飾り方も、凄いというか。
リンゴの皮を残して兎みたいにしていたのも、ちょっと面白かったな。
褒めるんじゃなかった。
その兎のリンゴに少し気をよくしただけなのに、ルークが料理人を呼んで何か耳打ちをしていた。
いや、飾り切り専門の調理師と言われても、よく分からない。
すぐに理解したけども。
綺麗な葉っぱの形をしたリンゴやら、押したら長方形にカットされたリンゴが出てくる立体パズルのようにカットされたリンゴ。
白鳥のように切られたリンゴ……表面に絵が描かれているようなリンゴ。
そして、本物と見紛う立体的なバラの花束が象られた大きなスイカがど真ん中に置いてあった。
は……ははは。
食べ物どころか、果物の切り方一つとってもこれだ。
上を見上げれば、これまた灯りの魔道具も素晴らしいとしか言いようがない。
離れた場所にあるスイッチに触れるだけで、灯りが点いたり消えたりするのだが。
そうスイッチを一か所に集めるという発想が凄い。
この部屋の色々な魔道具を、一か所で全て操作できる。
その装置が、部屋に絶妙な配置で数カ所設置してあるのだ。
足元の灯りだけをつけることもできる。
「王都に戻ったら、私の部屋の改装をルークにお願いすることにしよう」
「私も是非お願いしたいですね」
「じゃあ、2人でお願いしようか」
「ええ」
それから、とりとめのない会話をする。
といっても、この街の話だけでも話のネタに困ることはない。
「しかし、傑作でしたね」
「というと?」
「まさか、王族に米を振舞うなんて」
「ああ……」
振舞われたというよりも、私が強請ったという方が正しいが。
あまりにルークが食べるおむすびなる食べ物が魅力的だったからね。
「あんなものを家畜に食べさせるためだけに収穫していたなんて、本当にもったいないことをしたと思っているよ」
「この辺りや、うちの領地では割と定番の穀物になりつつあるんですけどね。知らないと、どうも忌避されるもので」
それもそうだろう。
米といったら、普段は家畜の餌としてしか使ってないからね。
とはいえ、食わず嫌いはだめだな。
ジャガイモなんて、素晴らしい食べ物の代表格だ。
比較的……うむ、容易とまでは言わないまでも簡単に数が作れて、あれだけ料理にバリエーションがあって美味いとなれば。
「彼の食に関する知識の出所は、いったいなんなのだろうね?」
「さあ? 分かりかねますね」
「そうだ食といえば、畑も他の領地と比べて規模が大きすぎるように見えたけど。あれだけの土地を耕して管理する人数が、他の領地よりも少ないとなれば……」
「秘匿はしてないようなので、周辺領地でも収穫量は上がってますが……ジャストールは、ずば抜けてますね。二期作や二毛作、ハウス栽培に、プランター栽培、水耕栽培と多種多様な栽培方法も考案実施してるようですし」
「接ぎ木や、あとは芋のつるを切って挿し穂だっけ? で数を増やす方法とか……農家でもないのに、凄い知識量だよね」
「知識といっていいものか……この国どころか、周辺国でも聞かない栽培方法ですよ」
本当に不思議な子だ。
そもそもつるを切ったら枯れるのが普通だと思うのに。
まさか、その切ったつるから根が出て、また育つなんて誰が思うだろうか。
とにかく暇をする暇がないくらいに、この街での生活は楽しい。
王都に帰りたくなくなる程度には。
「ダメですよ」
「……いいよね、君は」
「フッ」
「腹立つなー。羨ましいよ、こんな素晴らしい領地の隣の領地の跡取り生まれたことが。国王陛下の次男なんかよりよっぽど素晴らしい立場だと思うよ?」
「それは流石に陛下に対して、不敬かと」
ビンセントの言葉に、深いため息で返事を返しておいた。
***
「やっぱり、おかしいですよ」
「そういうなジャスパー」
弟がはしゃいでいる。
いや分からなくはないが、アルトとルークの打ち合いを必死に目で追ったが。
全然追い切れなかった。
アルトのやつ、だいぶ手加減してやがった。
とはいえ、そのアルトが手加減できないほどの実力を、俺の弟と同じ若干12歳のルークが持っていることの方が恐ろしい。
本当に……
「この領地の兵たちは、加護持ちも多いと聞く」
「そのようですね」
「その兵たちが口を揃えて、アルトが領内最強で次がルークと言っているんだ。陛下直属の騎士団のベテラン騎士の足元にすら及ばない私たちが、力を測ろうというのがそもそも身の程知らずな行為だったのかもしれないな」
「兄上」
俺の言葉にジャスパーが泣きそうな顔を浮かべているが、事実だ。
確かに近衛までいくと、若手にすら後れを取るが。
正規の騎士でもまだ入隊して年の浅いものなら、俺の方が強いという自負はある。
言っても騎士団元最強の祖父と、現最強の父を持つのだ。
いくら子供とは言え、そのくらいはできる程度に鍛えられている自覚もある。
ジャスパーも決して筋が悪いわけじゃない。
最近はルークに稽古をつけてもらって、メキメキと実力を伸ばしている。
だがそれはそれ、これはこれ。
そもそも、加護持ちの騎士相手だと、いくら新人相手でもたぶん俺でも手に余る。
その加護持ちの騎士どころか、加護持ちのベテラン騎士が2人の方が強いと言っているのだ。
まあ、神の加護を受けた人間というのは、英雄クラスと呼ばれているからね。
一国に一人とか、一世代に一人とか。
うん、この領地には複数いるうえに、領主の子息、子女全員が神の加護持ちと来た。
独立も、国家転覆も狙えるんじゃないかな?
聞けば、アイゼン辺境伯はもしジャストールが王城と揉めたら、流石に不干渉かジャストールに付くと陰で言ってるらしい。
ということが陛下の耳にも届いているが、誰も責められまい。
神や精霊の加護を持つ軍団を相手に、遠く離れた王都から援軍が来るまで持ちこたえろというのは無理難題だ。
後詰めなんか、絶対に間に合わないのは誰だって分かる。
「動きが人間離れしてました」
「まあ、アルトは元から人間離れした動きしていたし……エアボードに乗っているときはアルトとルークだけじゃなくて、ビンセントとリック殿下も人間離れした動きはしてるかな?」
エアボードに関しては、俺は残念ながらこの4人の後塵を拝すことになっているが。
はあ……上には上がいるという言葉をよく聞くが。
同世代にこうも上だと思える人間が多いと、流石に凹むな。
「まあ、鍛錬を積むしかないだろう。幸いにも俺はアルトともルークとも仲が良いし、お前もそうだろう?」
「……まあ、はい。アルト殿はとても優しく丁寧に指導してくれますし、ルークはあまり言葉では教えてくれませんが、ヒントは毎回くれます。終わったあとで助言もしてくれます」
ルークからも子ども扱いされているのか。
思わず、弟の頭を撫でる。
「今は、良い縁を繋いだと思おう。目標は彼らを超えることだ」
「いや、それじゃダメだってルークが言ってましたよ?」
「ん?」
「世界最強を目指さないと、ルークはともかくアルトには絶対に勝てないって」
うん、それはアルトを超えるという目標=世界最強だから同じってこととも言えなくもないかな?
違うかな?
違うよな……
志が低いってことか。
はあ……目指すか、世界最強。
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優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
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