9 / 42
9【レドモンド・ウォーカー】
しおりを挟む国王でもあり私の兄でもあるランドンは、伴侶のベンジャミンに話がある時は無遠慮に部屋へと入って来ては相談をしていく。
「聖女を娘にしようと思う」
バタンッと扉を開けながら高揚感を隠し切れないような態度で馬鹿げた事を言いに来た。
「なにを仰っているか分かりかねます」
その言葉で聖女召喚が成功したのだという事は分かったが、娘に…という言葉は理解が出来ない。
昔からそうだった。
兄と私の容姿は正反対だ、そしてその違いを引き合いに出し私を貶す言葉を初めて耳に入れてから兄は国を変え、全てを平等に…という指針を胸に抱き奮闘し、時に暴走している。
今回もその暴走グセが出たのだろうと分かった、そしてベンジャミンに伝える前に相談をしたいとやって来たのだと矢継ぎ早に言う言葉で理解した。
「危ないぞ、あの娘は危険すぎる!危機感がなさすぎるんだ!」
「…………はぁ」
「レドも会ったら分かる、危険だ」
「お会いする機会などありませんよ」
ぐっと言葉を詰まらせる兄には流石に慣れてもらいたいと思うが、いつも私の醜い姿形を話すと不機嫌になる。
「娘になったら一目くらい会う機会があるだろう」
「そんな事して逃げられても知りませんよ」
より一層眉間のシワが深くなりながらも召喚について詳しく話し出す兄に、今度は私が言葉を詰まらせた。
兄が美醜について何かを言う事を聞いた事がない、こんな風に騒いで美しさを熱心に説く姿も初めてで驚いたが、それ以上に兄から聞く聖女様との会話や、美しさを理解していなさそうな態度に驚き…というよりは困惑する。
美しい者特有の傲慢さなど見られず、話を聞いた限りだと我が王の傍に居たいとも、他に見目の良い者を侍らかしたいなどという事も言ってこないという。
兄は渋っていたが、見目の良い者達を集めた召喚の場でも、兄と話している時でさえ興味すらなさそうな態度だったと。
無口というよりは、口数の少ない聖女様は召喚し混乱しているのかもしれないな。
現状を理解すれば願いや、帰れない不遇に嘆くだろう。
「あんなに無防備でいたらあっという間に攫われてしまう。人員を確保したら護衛の人数は当初の倍にしようと思う」
本気で言っている兄の言葉は疑いよりも信憑性が高い。美しさなどで態度が変わるなど馬鹿らしいと一蹴していた兄だ。
「増員は賛成しますが、聞いた限りでは嫌がるのでは?」
「うっ…だが、攫われてからでは遅い!」
「……それもそうですね」
「!!!そうかっ!ベンジーには呆れられたがレドが賛成してると言えば分かってくれるはずだっ」
「なっ!それは…!」
「また来る!」
相談ではなく仲間が欲しかったんだと気付いた時には既に兄は居なく…
「はぁ…」
私のため息だけが残る。
神様からの啓示を受け、浄化をする為だけに見知らぬ世界へと召喚されてしまった聖女様は困惑されていないだろうか。
嘆き悲しんでしまう事も…
聖女召喚を信じてはいた、だが心の底から信じてはいなかったのだと気付いた。
1人の人間を、美しい少女だという人間を召喚してしまったのだと…
申し訳なさもありながら、国に蔓延る淀みを浄化して下さる事実もまた有り難いと思ってしまう。
「どうか…せめて心穏やかに…」
私のような者の声は届かないかもしれない。
だがせめて祈ろう。
会う事もないだろう聖女様の安泰と幸福を祈り願おう。今の私にはそれしか出来ないのだから。
*********************************
軽快なノック音は聖女様付きになったクーパーが扉を叩く音だ。
優秀な人材をこちらでも出して欲しいとあの後連絡がきたので、クーパーを推薦したのですが…問題でもあったのでしょうか?
「クーパーです」
「入りなさい」
入室して来たクーパーの顔色はやはり悪く、何かあった事が伺える。
「聖女様に付いているはずだろう?聖女様になにかあったのか?」
「いえ、そうですね…聖女様はとても麗しく私などがお側に仕えるなど…汚してしまわないか不安なところもありますし、精霊様のような泡沫さも感じられ、一瞬でも見逃したら消えてしまうような儚さ、寝起き姿は愛らしく庇護欲を唆り、そこがまた心を鷲掴みにするほどの愛らしさ!あまつさえ、私手ずから食」
兄でさ傾倒している聖女様はクーパーまでもトリコにしてしまったようだ。止めなければいつまでも続いてしまうだろう言葉を遮るように話し出す。
「なにかあったのではないか?」
「はっ…!失礼致しました。………聖女様が聖主様にご挨拶をと申しております。」
顔色がまた青くなりながら伝えられた言葉はよくある事だ。
あの兄の弟という事で期待され、一目見たいと言われる事も少なくない。
そして落胆するのだ。
「私の姿形についてお伝えしましたか?」
「い、いいえ」
「我が王の弟だと知って見てみたいとでも?」
「いえ、聖主様という存在すら分からないようでした」
「では、美しいと勘違いされているのでしょう。手紙にて私の姿形についての説明をしますから先に戻っていなさい」
「……申し訳ございません、お願い致します。」
なにも知らずに会われ取り乱された方が、兄に申し訳が立たないな。
聖女様はこの国を背負っている。
彼女の機嫌を取らねば浄化が叶わないと誰も彼もが思う事だろう。
「はぁ…」
手紙を取り出し、慣れた文章を書き出していく。
断り文句だと神殿にわざわざいらっしゃるご令嬢も居たが、私の顔を見ると愕然とし、走り去って行った事もある。
聖女様が強引な方ではないといいのだが…
トントン…
「クーパーです」
「?入りなさい」
もしや強引に訪ねて来た…?それとも神殿には居たくないと仰っているのかも…
「どうされました?」
「それが…」
クーパーが私の目をしっかりと見ながら言葉を吐き出す。
こんな風に見られた事などなかった。
一体何が起こって…
「聖女様が聖主様に挨拶されたいと」
先程と変わらぬ内容を伝えてくるクーパーに困惑した。
「話を聞いてくれなかったのですか?」
「いえ、それが、その、聖主様のお顔について、その、説明しようとしたのですが…」
「構いません、続けて」
「“美醜の基準など人それぞれ、私が思う価値を決めつけないで下さい”と」
「はい?」
「その、醜いなどと口に出すなとお叱りを受けました…」
「は?」
「困惑はごもっともですが、挨拶をしたいと聖女様からのお願いなのです」
願い?
何故わざわざ私に会いたいなどと…
クーパーの言っている内容も、聖女様がそこまで会いたいと言っている事も理解が出来ない。
だが願いならば…
叶えなくてはならないだろう。
聖女様のお考えは分からないが、1度会えば理解して頂ける。
「我が王に1度連絡します。浄化をしたくないなどと言われても困りますから」
「はい。ただ、問題ないかと」
兄とベンジャミン以外に目を見ながら話されたのはいつぶりだろうか…
去って行ったクーパーの変化にしばらくは困惑していたが…そうだ、兄に説明をしなければ…
挨拶の件を兄に伝れば「分かった」その一言だけだった。
昨日出会ったばかりの聖女様にどれほどの信用を預けているのかが伺える。
だが、信用と美醜についてはまた別。
ああ、嫌だ。わざわざ蔑まれに行くなど…
憂鬱な気分にはなるが、早く聖女様にお会いしなければ不満を言われてしまうかも…
そんな心のまま挨拶をした私に聖女様は仰った?
「一目惚れしました。」
???
ああ、いけない。私のような者があまりに美しい方と相対しているという現実に妄想まで加えて私のいいように解釈して…
???
横に………
???
手を握っ…!?にぎっ…!にっ!にっ!にっ!
???
頭を冷やす必要があるな。
3
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる