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魔王編
4-1
しおりを挟むネイサンが何か言ってる。
そう“ネイサン”だ。
また戻って来てる。
この世界に。
私にとって始まりの世界に。
てっきり理久が死んで私が死んでまた召喚される人生を送るのだと思ってた。
だけど、違う。
違った。
戻って来てしまった。
黒目黒髪が好まれる私の愛すべき世界。
いつからか起こされて座っている私の胸元までの髪は黒…
私の外見はどうやら初めて召喚したユイではなく陽菜乃(ひなの)になっている。
と言っても変わったのは召喚された時の髪色くらい…ああ、肉体年齢もか。
思う事がある、というか考えさせられた事がある。
私の外見は変わらない。
産まれ直しても変わらぬ顔付きに20歳を過ぎた頃から見慣れた顔と背格好。
私は果たして召喚されてから不老になったのだろうか…
それとも…
「お身体に問題がございますか?」
せっかく日本に産まれたんだから好きに髪を染めたかったのに理久が絶望のような顔で見てくるんだもん。
口では止めないけど顔では止めてくる。
理久に反対された事なんてなかったから泣く泣くではあったけどやめた。
そんな事があった陽菜乃の体である私は、いや私自身が陽菜乃なんだけど…
まぁとにかく私はアッシュグレーの髪色で召喚された私ではなく黒髪で召喚された私なのだ。
“リク”はリックウェル・イロスは居るのだろうか。
覚えているのかな…
理久を…ユイを…
違う。
絶対ではないけど多分違う。
私は召喚され続けているけど、“戻った”のだ
そう、最初から。
リクはなにも覚えていない。
リクはなにも体験していない。
リクはなにも記憶していない。
今居る世界のリックウェル・イロスは私を知らない。
今回の召喚は“5回目”だ。
リクを選んだ人生は終わったんだ。
召喚され続ける時全てが“4回目”だったんだと思う。
ずっと傍に…
きっと今回も言ってくれる。
リクならそう言ってくれるんだ。
手を伸ばしたら掴んでくれる。
それなら…それなら…
でも、駄目だよ。
リクだけを選んでしまった罪が召喚され続ける事になるのなら…
それでもいいと思った、だって1人じゃない。
でも…
でも…
リクなら…
ううん、今回は巻き込んでは駄目。
もう駄目だよ。
解放してあげなくちゃ。
私は、私はリクを何度死なせてしまったんだろう。
何度私の為に戦ったんだろう。
私がきっと選んだから。
リクだけを選んだからだ。
そんな事しちゃ駄目なんだ、きっと。
私は、もうリクと関わらない。
もう誰も巻き込まない。
私と関わったって苦しむだけだ。
「聖女様!?」
そしてまた始まる。
だけど少しだけ。
「疲れちゃったな…ぁ…」
**********
目が覚めた時側に居たのはネイサンだった。
何か説明してる、多分浄化のお願いと体についてだろうな。
疲れたのか、私の体は話を聞く事を拒絶したらしい、面倒だなぁって。
愛する人が傍に居るのに。
確かにネイサンを今でも愛しているのに。
“面倒”だと思ってしまった。
これから起こる全ての事に。
私の人生そのものに。
「召喚し浄化を願うだけではなくお身体の為に夫選定をして頂きたいなど」
「ネイサン」
「っ、…はい聖女様」
「1度しか言わないからよく聞いて」
1神殿に滞在はするが、それ以外の場所での浄化はなしとする。
2夫達の権利は聖女と同等のモノとする。
3貴族、王族までも近付く事なかれ。
4なにもいらぬ、なにもするな。
5神殿につき1度だけ披露目は行う、その際私は何も喋らず立っているだけ。
6夫についてはネイサンのみが決定権を持つ事。
「信頼する者で集めてくれて構わないわ、行為をする時は目隠しと手の拘束を私に」
「え…?」
「それとネイサン」
「は、はい…」
「死んでは駄目、生きなさい」
「っ……かしこまりました」
ネイサンは私の夫に選ばれない時は責任を感じて死のうとする。
それは4回目の時に知った。
今回の夫に選ばれたのは7人。
その中にダグラスとフィフィが居た。
エルとネイサンが居ないのはブルームフィールド国から離れられないんだろう。
どうでもいいけど。
私は喋る事をやめた。
それと涙を流してしばらくは悲劇のヒロインごっこをしていたと思う。
ほとんどを眠り、起きてる間は泣いていた。
なんで泣いてるかなんて分からない。
こんな女の相手など嫌だろうな、例え黒目黒髪だとしても。
夫が変わる事もあった。
そしてネイサンとエルは守護神官となっていた。
責任か、枷か。
そういう事を考えるのも面倒。
だから追及も詮索もしなかった。
リクには会えた。
披露目をしているからね。
少しだけ、ううん、嘘。
本当はたくさんの期待を込めた再会だった。
初めて会えた時と同じような言葉を吐いてくれたリクに抱き着いて縋って愛を囁きたくなった。
愛してるから愛してって。
傍に居て欲しい、また召喚され続ける人生でもリクならいい…そう…言ってくれる…
だけどやめた。
だって悲劇のヒロインを演じてるならとことん不幸だと思う方向に行かなきゃね。
なんて理由付けをしてみるけど、本当は嘘だよ。
“迎えに行くのが遅くなり申し訳ございません”
そんな事を言ってくれるかなって期待しちゃった。
なにも覚えていないリクに、なにも知らないリクに期待する。
愛して欲しい。
また愛して欲しい。
ごめんなさい、ごめんなさい。
もう縛られるのは嫌だよね。
最初にネイサンと話した以外会話はしていない。
次にダグラスと喋るまでは…
ダグラスの動揺が一番伝わってきた。
抱かれる時は必ず目隠しと手枷をしてくれる
だけど抱いている方は壊れるらしく、ブルームフィールド国に居る間だけでも夫が変わる事があった。
力になれないと嘆いて。
ダグラスが抱く回数は少ない。
そして抱く時は必ず動揺しているのが肌を通して伝えられる。
ダグラスを切り捨てればいいんだろうけど、私の行動で未来が変わって誰かが死ぬのも嫌だった。
だから披露目もするし貴族には会わない。
ブルームフィールド国での2年はそうやって過ごした。
「ツライか」
ダグラスが私を抱きながら聞いてくる。
「俺が逃がす…だからもうこんな事は」
「ふふっ、ははっ!」
「聖女…さま」
「逃げても抱かれる、ここに居ても抱かれる」
「っ」
「一体何が変わるの?ふふっ、ははっ!あははははっ!」
「失礼…した」
ごめんなさい。
笑うつもりじゃなかったの。
だけど今居る環境が私にとって一番穏やかな時間だと分かってる。
だから逃げたくなんかないよって言いたかったのに…
傷ついてるからって人を傷つけていい理由になんかならない。
愛している人なら尚更…
ううん、愛しているから甘えて傷つけた。
本当に酷い人間だ。
余計な事を言わないようにやっぱり黙っていた方がいい。
10
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