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二章 大精霊と巫女
第19話 次なる作戦
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「坊主、そのグラス拭き終わったら一回休憩だ」
忙しい夕飯時が過ぎて客もまばらになってきた九時過ぎ。ようやく食器の重なっていたシンクの底が見えてきた頃、マスターが俺に休憩を勧めた。
「はい、ありがとうございます」
「まあ初日にしちゃあ頑張った方だな。今度時間ある時に包丁の握り方から教えてやるよ」
「お世話になります。……っと、いらっしゃいませー」
そんな話をしながらバックヤードに下がろうとした時、客が入ってきた。
「おーっす、リオ君いるー?」
「ごめんお兄ぃ、ちょっと遅くなっちゃった」
「ってヒナと先輩ですか、お好きな席にどうぞ」
二人が来るのを忙しくて忘れていたな。こんな時間まで何をしていたのだろうか?
「なんだまた来たのか。そっちのお嬢さんは?」
「おっちゃん客に向かってそれは無いでしょ~。こっちはリオ君の妹ちゃんだよ」
「初めまして、ミヅカ・ヒナです。兄がお世話になります」
ヒナが珍しく大人しい。こういう態度をとるのは相手……ティフォ先輩を警戒しているからだろうか。
「そうかい、こいつに引っ掛けられた女の子とかじゃなくて安心したよ」
「いえいえ、そんな」
マスターの冗談ともつかない言葉に首を振るヒナだが、笑顔が一瞬だけ嫌そうな顔になったのを俺は見逃さなかった。……この数時間の間にホントに何があったんだ?
「リオくーん、注文いい?」
「はい少々お待ちを」
メモを手に取ってテーブル席に向かうが、ヒナはメニューを眺めて知らんぷりである。
「……先輩、ヒナに何したんですか」
耳元で小声で聞く。滅多に人を嫌ったりしないヒナがこんな態度になる理由が想像もつかない。反抗期だってまだ来てないんだぞ?
「別に変な事は言ってないけどなー。ちょっとショッピングとか演劇でも誘ってみたんだけど、あんまり好きじゃないのかな?」
「人の妹を堂々とナンパしてんじゃねえよ」
はったおすぞ、と睨むが柳に風だ。ただでさえほぼ初対面の相手なのに、殊更ヒナは恋愛事に興味が無いのだ。嫌がられても無理もない。てかうちの妹に手ぇ出すなよ。
「はぁ、ヒナはそういうの嫌いですからね。で、ご注文は?」
「んー、ビールと適当なおつまみお願い。妹ちゃんは?」
「……何でもいい」
珍しくヒナが拗ねた。だが、イラつく事にヒナの態度を一番不思議がってるのはティフォ先輩なのだ。決定的に相性が悪いんだな。
「じゃあ日替わりのセットでいいな。今日は俺が奢るから」
「……うん。お兄ぃも終わったら来てね」
マスターに注文を伝えると、今日は上がって良いという事になった。出来上がった料理をテーブル席まで運んでそのままヒナの隣に座る。
「とりあえず、リオ君の初バイトお疲れ様ってことでかんぱーい」
「乾杯。ほらヒナ、機嫌直して。聞きたい事あるんだろ?」
やっちまったな、普段しっかりしてる分ヒナはこうなると長い。だが目的を忘れるほど子供でもないみたいだ。
「――エスメラルダ・ヴィエント」
ぴくり、とティフォ先輩の眉が動く。
「高等部三年で放送委員長の人。なんか関係あるんでしょ?」
そういえば前に俺も気になった事だ。俺は少し怪しんだくらいだったが、ヒナはやけに確信をもって尋ねている。何か調べたのだろうか?
「学園の事を自由に調べられる放送委員と他国の元王族。怪しまれて当然だね」
おいヒナ、それは俺達にもバッチリ言える事なんだが……今は棚に上げるつもりのようだ。
「どうなんですか、先輩」
一つ深くため息を吐き、苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「ただの従姉弟だよ。そんだけ」
もう一度大きなため息を吐いた。
■□■□
同時刻、中央棟二階の放送室。
「あらルーさん、まだいらしたの?」
「委員長こそこんな時間に何か用事?」
一人の女子生徒――エスメラルダ・ヴィエントが入って来た所だった。迎えるのは委員のルーだ。
「そうですわね。少し調べものと……あとは貴女がいるような気がして」
「ふーん、アタシはまだ仕事の残りだよ。すぐ終わるから待ってて」
そう言われたエスメラルダは徐に二杯分の紅茶を淹れ、一つをルーの元へ運んだ。
「ありがと。それで? アタシに話でもあるんでしょ?」
「ええ。ヒナさんが前にあの男の事を聞いてきましてね。なんでも、お兄さんのルームメイトだったそうで」
ただの愚痴か、とこの時ルーが嘆息したのはエスメラルダには秘密だ。まあそれくらいは聞いてやる仲である。
「あの男……ティフォグランデか。久々に聞いたよその名前。あ、今はティフォだっけ?」
「二度と聞きたくありませんでしたわ。わたくしはあの男のことは――」
■□■□
「――大っ嫌いだね。二度と会いたくない」
「えーっと、つまり関わりがほぼ無いと?」
その名前を出してから十分ほど。グチグチとエスメラルダの事を語るティフォ先輩は見た事も無いほど不機嫌だった。そんなに嫌かよ。ちなみにその間だけでグラスを二杯交換している。
「おっちゃんお代わりー!」
黙ってグラスを持ちに来るマスターの顔はいつもと変わらない。常連客の醜態にも慣れっこなのだろう。
「ヒナ、どう思う?」
「うーん、聞いた限りだとなんとも……」
内容をまとめると、先輩とエスメラルダ・ヴィエントは従姉弟であり、小さい頃は仲が良かったものの成長するにつれて険悪になっていったそうだ。一族がエレメント公国に来たのは二人が中等部に入学する少し前。そして先輩が一族から離れた時――シルフィオ家の大精霊の間に侵入した事件の後だろう――から、彼女とも家族とも一度も会っていないそうだ。その時もひと悶着あったらしい。
「でも委員長もこの人のこと嫌ってる感じだったし、カマかけてみたけど違ったかー」
「疑いは薄くなったと。まあ良かったじゃないか」
「なーんかモヤモヤするけど……とりあえず大丈夫」
とりあえずヒナの疑惑は収まったみたいだ。あとは荒れてる先輩をどうするかだな。
「そっか妹ちゃん放送委員か。どーせあの堅物、威張り散らしてるんでしょー?」
用が済んだとばかりに無視するヒナ。あ、そういえばエスメラルダ・ヴィエントはシルフィオ家の遠い親戚って言ってなかったか? 気になって小声でヒナに尋ねると、その昔に国交の関係で王族と巫女家の婚姻があったらしい。先輩の一族はその子孫なんだとか。
「ドラヴィド国の王族で、シルフィオ家の血筋も入ってて……うーわ、超ロイヤル……なのに……」
「まあ委員長はザ・お嬢様って感じだから。この人は例外でしょ」
酒を呷ってはテーブルにへばりつくようにグダる先輩を見て俺達が思うところは同じだった。
■□■□
「ソージア先生、一つ相談です」
翌日、振り出しに戻ったような心地で本来の目的を思い出した俺は教員棟を訪れた。最初に来た時に迷っていたのが懐かしいな。
「なんですか? 授業の事ならちょっと待ってくださいね」
「いえ、例の件で相談が」
「――場所を変えましょうか」
要件を察して、先生は少し真剣な表情で席を立った。
「なるほど、もう一度当主様に謁見したいと」
「はい、少しお聞きしたい事があって」
連れて来られたのは教員棟の備品室。人が来ない所を選んだようだ。
「当主様はお許しになられるでしょうけど、ある程度の名目が必要ね」
ソージア先生はリギスティアさんが俺に気を許したことも大まかに知っているようだ。
「名目ですか。例えば?」
「そんなの古来から決まってるわ。偉い人に呼ばれるためには――手柄を立てるのよ」
そう言いながらカレンダーのとある日付をトントンと指さす。その日は、第三回邪霊討伐演習の日だった。
■□■□
「精霊よ――」
全力で走り、邪霊の背後に回り込む。反対側ではイレアとヒナが注意を引いている。手元で精霊術の準備をし、一気に近づく。
「――貫け、アイシクルランス!」
イレアのものとは似ても似つかない短い氷柱。だが先端を鋭くする事だけは何度もシミュレートしてきた!
「イレア、頼む!」
「いくよ。貫け、アイシクルランス!」
口にするのは同じ術。だが発生源は――俺の手元!
ギジジジジジジジジジジジジジジジ!!!!!!
けたたましい叫びを上げる邪霊。氷柱がいきなり背後から身を貫いたのだ。
「トドメだ!」
亀裂の入った体にナイフを突っ込む。いとも簡単に外殻は剥がれ落ち、刀身は深く突き刺さった。
「精霊よ――!」
ヒナが更に追い打ちをかけ、風圧の中で邪霊は全く動かなくなった。
「よし、上手くいったな」
「うん、リオのおかげだね。少し休んだら行こうか」
周囲を警戒しつつも、草原に座り込む。ソージア先生は少し離れた所で様子を見ているようだ。俺は三人での連携の成功を感じつつ、次の標的を探るのだった。
ソージア先生に相談をした翌日の夜。俺はイレアとヒナを呼び出していた。例のごとくティフォ先輩は帰って来ていない。
「用事ってのは、来週の討伐訓練の事だ」
「うん。三回目があるけど、何か問題があった?」
「お兄ぃが行けないなんて事は無いよね?」
「いやその辺は大丈夫。伝えたいのは、今回は結果に拘りたいって事だ。あとは戦略とか立てたいかな」
「結果?」
先生からの助言だ。リギスティアさんが俺を呼び出す口実になるくらいの結果を出すのが今回の目標だな。
「イレアには隠しても仕方ないな。俺はもう一度巫女様と話がしたいんだ。巫女様は会って下さるそうだけど、そのためにある程度の名目――成果を出したい」
「お婆様が……いや、リオは認められたって聞いたよ。今度私も詳しく聞いていい?」
「話せる範囲なら。巫女様からも口止めされてるし……」
イレアとリギスティアさんの確執は俺は口出しできない。その上で説明できることは限られてるな。俺は隠していることばっかだ。
「まあそれは後にして、前回よりもお互いの精霊術を連携した戦術をとりたいんだ。効率的に倒していきたいからな」
「分かった。お婆様には私から聞くよ。それより作戦ね」
「りょーかい。わたしは何すればいい?」
「まずは――」
そして現在に至る。時間はそろそろ折り返しだろうか? 二人とも疲れた様子は見えないな。これなら目標は大丈夫そうだ。
「リオ、見張り交代。ちょっと休むね」
「ああ。ヒナは……先生の所から戻って来たな」
交代で立ち上がると、ぴょんぴょんと小さい影がこちらに向かって来ていた。同じくらい働いているはずなのに元気な奴だ。
「それにしてもよく急に合わせられるな。氷の扱いはお手の物か」
「練習したから。でもリオが氷の系統なんて、そっちの方が驚きよ」
「練習したからな」
まあこれは水の大精霊から貰ったような力だ。そこから試行錯誤し、簡単な氷系統の術は使えるようになったのがつい最近である。風と水の複合のようなイメージで使えるようになったが、手ごたえは十分だ。もっとも射程は微々たるものだが。
「お兄ぃ! わたしの休憩はいいから、もう行ける!?」
草原を駆けてヒナが戻って来た。急いで走ってきたようだ。
「何かあったか? できれば休んで欲しいんだけど」
「ううん、もう近くまで来てるから!」
「ヒナさん、何かあったの?」
目を輝かせるようにヒナは見つけたものを言った。
「成果としてはばっちり――大物が来るよ!」
忙しい夕飯時が過ぎて客もまばらになってきた九時過ぎ。ようやく食器の重なっていたシンクの底が見えてきた頃、マスターが俺に休憩を勧めた。
「はい、ありがとうございます」
「まあ初日にしちゃあ頑張った方だな。今度時間ある時に包丁の握り方から教えてやるよ」
「お世話になります。……っと、いらっしゃいませー」
そんな話をしながらバックヤードに下がろうとした時、客が入ってきた。
「おーっす、リオ君いるー?」
「ごめんお兄ぃ、ちょっと遅くなっちゃった」
「ってヒナと先輩ですか、お好きな席にどうぞ」
二人が来るのを忙しくて忘れていたな。こんな時間まで何をしていたのだろうか?
「なんだまた来たのか。そっちのお嬢さんは?」
「おっちゃん客に向かってそれは無いでしょ~。こっちはリオ君の妹ちゃんだよ」
「初めまして、ミヅカ・ヒナです。兄がお世話になります」
ヒナが珍しく大人しい。こういう態度をとるのは相手……ティフォ先輩を警戒しているからだろうか。
「そうかい、こいつに引っ掛けられた女の子とかじゃなくて安心したよ」
「いえいえ、そんな」
マスターの冗談ともつかない言葉に首を振るヒナだが、笑顔が一瞬だけ嫌そうな顔になったのを俺は見逃さなかった。……この数時間の間にホントに何があったんだ?
「リオくーん、注文いい?」
「はい少々お待ちを」
メモを手に取ってテーブル席に向かうが、ヒナはメニューを眺めて知らんぷりである。
「……先輩、ヒナに何したんですか」
耳元で小声で聞く。滅多に人を嫌ったりしないヒナがこんな態度になる理由が想像もつかない。反抗期だってまだ来てないんだぞ?
「別に変な事は言ってないけどなー。ちょっとショッピングとか演劇でも誘ってみたんだけど、あんまり好きじゃないのかな?」
「人の妹を堂々とナンパしてんじゃねえよ」
はったおすぞ、と睨むが柳に風だ。ただでさえほぼ初対面の相手なのに、殊更ヒナは恋愛事に興味が無いのだ。嫌がられても無理もない。てかうちの妹に手ぇ出すなよ。
「はぁ、ヒナはそういうの嫌いですからね。で、ご注文は?」
「んー、ビールと適当なおつまみお願い。妹ちゃんは?」
「……何でもいい」
珍しくヒナが拗ねた。だが、イラつく事にヒナの態度を一番不思議がってるのはティフォ先輩なのだ。決定的に相性が悪いんだな。
「じゃあ日替わりのセットでいいな。今日は俺が奢るから」
「……うん。お兄ぃも終わったら来てね」
マスターに注文を伝えると、今日は上がって良いという事になった。出来上がった料理をテーブル席まで運んでそのままヒナの隣に座る。
「とりあえず、リオ君の初バイトお疲れ様ってことでかんぱーい」
「乾杯。ほらヒナ、機嫌直して。聞きたい事あるんだろ?」
やっちまったな、普段しっかりしてる分ヒナはこうなると長い。だが目的を忘れるほど子供でもないみたいだ。
「――エスメラルダ・ヴィエント」
ぴくり、とティフォ先輩の眉が動く。
「高等部三年で放送委員長の人。なんか関係あるんでしょ?」
そういえば前に俺も気になった事だ。俺は少し怪しんだくらいだったが、ヒナはやけに確信をもって尋ねている。何か調べたのだろうか?
「学園の事を自由に調べられる放送委員と他国の元王族。怪しまれて当然だね」
おいヒナ、それは俺達にもバッチリ言える事なんだが……今は棚に上げるつもりのようだ。
「どうなんですか、先輩」
一つ深くため息を吐き、苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「ただの従姉弟だよ。そんだけ」
もう一度大きなため息を吐いた。
■□■□
同時刻、中央棟二階の放送室。
「あらルーさん、まだいらしたの?」
「委員長こそこんな時間に何か用事?」
一人の女子生徒――エスメラルダ・ヴィエントが入って来た所だった。迎えるのは委員のルーだ。
「そうですわね。少し調べものと……あとは貴女がいるような気がして」
「ふーん、アタシはまだ仕事の残りだよ。すぐ終わるから待ってて」
そう言われたエスメラルダは徐に二杯分の紅茶を淹れ、一つをルーの元へ運んだ。
「ありがと。それで? アタシに話でもあるんでしょ?」
「ええ。ヒナさんが前にあの男の事を聞いてきましてね。なんでも、お兄さんのルームメイトだったそうで」
ただの愚痴か、とこの時ルーが嘆息したのはエスメラルダには秘密だ。まあそれくらいは聞いてやる仲である。
「あの男……ティフォグランデか。久々に聞いたよその名前。あ、今はティフォだっけ?」
「二度と聞きたくありませんでしたわ。わたくしはあの男のことは――」
■□■□
「――大っ嫌いだね。二度と会いたくない」
「えーっと、つまり関わりがほぼ無いと?」
その名前を出してから十分ほど。グチグチとエスメラルダの事を語るティフォ先輩は見た事も無いほど不機嫌だった。そんなに嫌かよ。ちなみにその間だけでグラスを二杯交換している。
「おっちゃんお代わりー!」
黙ってグラスを持ちに来るマスターの顔はいつもと変わらない。常連客の醜態にも慣れっこなのだろう。
「ヒナ、どう思う?」
「うーん、聞いた限りだとなんとも……」
内容をまとめると、先輩とエスメラルダ・ヴィエントは従姉弟であり、小さい頃は仲が良かったものの成長するにつれて険悪になっていったそうだ。一族がエレメント公国に来たのは二人が中等部に入学する少し前。そして先輩が一族から離れた時――シルフィオ家の大精霊の間に侵入した事件の後だろう――から、彼女とも家族とも一度も会っていないそうだ。その時もひと悶着あったらしい。
「でも委員長もこの人のこと嫌ってる感じだったし、カマかけてみたけど違ったかー」
「疑いは薄くなったと。まあ良かったじゃないか」
「なーんかモヤモヤするけど……とりあえず大丈夫」
とりあえずヒナの疑惑は収まったみたいだ。あとは荒れてる先輩をどうするかだな。
「そっか妹ちゃん放送委員か。どーせあの堅物、威張り散らしてるんでしょー?」
用が済んだとばかりに無視するヒナ。あ、そういえばエスメラルダ・ヴィエントはシルフィオ家の遠い親戚って言ってなかったか? 気になって小声でヒナに尋ねると、その昔に国交の関係で王族と巫女家の婚姻があったらしい。先輩の一族はその子孫なんだとか。
「ドラヴィド国の王族で、シルフィオ家の血筋も入ってて……うーわ、超ロイヤル……なのに……」
「まあ委員長はザ・お嬢様って感じだから。この人は例外でしょ」
酒を呷ってはテーブルにへばりつくようにグダる先輩を見て俺達が思うところは同じだった。
■□■□
「ソージア先生、一つ相談です」
翌日、振り出しに戻ったような心地で本来の目的を思い出した俺は教員棟を訪れた。最初に来た時に迷っていたのが懐かしいな。
「なんですか? 授業の事ならちょっと待ってくださいね」
「いえ、例の件で相談が」
「――場所を変えましょうか」
要件を察して、先生は少し真剣な表情で席を立った。
「なるほど、もう一度当主様に謁見したいと」
「はい、少しお聞きしたい事があって」
連れて来られたのは教員棟の備品室。人が来ない所を選んだようだ。
「当主様はお許しになられるでしょうけど、ある程度の名目が必要ね」
ソージア先生はリギスティアさんが俺に気を許したことも大まかに知っているようだ。
「名目ですか。例えば?」
「そんなの古来から決まってるわ。偉い人に呼ばれるためには――手柄を立てるのよ」
そう言いながらカレンダーのとある日付をトントンと指さす。その日は、第三回邪霊討伐演習の日だった。
■□■□
「精霊よ――」
全力で走り、邪霊の背後に回り込む。反対側ではイレアとヒナが注意を引いている。手元で精霊術の準備をし、一気に近づく。
「――貫け、アイシクルランス!」
イレアのものとは似ても似つかない短い氷柱。だが先端を鋭くする事だけは何度もシミュレートしてきた!
「イレア、頼む!」
「いくよ。貫け、アイシクルランス!」
口にするのは同じ術。だが発生源は――俺の手元!
ギジジジジジジジジジジジジジジジ!!!!!!
けたたましい叫びを上げる邪霊。氷柱がいきなり背後から身を貫いたのだ。
「トドメだ!」
亀裂の入った体にナイフを突っ込む。いとも簡単に外殻は剥がれ落ち、刀身は深く突き刺さった。
「精霊よ――!」
ヒナが更に追い打ちをかけ、風圧の中で邪霊は全く動かなくなった。
「よし、上手くいったな」
「うん、リオのおかげだね。少し休んだら行こうか」
周囲を警戒しつつも、草原に座り込む。ソージア先生は少し離れた所で様子を見ているようだ。俺は三人での連携の成功を感じつつ、次の標的を探るのだった。
ソージア先生に相談をした翌日の夜。俺はイレアとヒナを呼び出していた。例のごとくティフォ先輩は帰って来ていない。
「用事ってのは、来週の討伐訓練の事だ」
「うん。三回目があるけど、何か問題があった?」
「お兄ぃが行けないなんて事は無いよね?」
「いやその辺は大丈夫。伝えたいのは、今回は結果に拘りたいって事だ。あとは戦略とか立てたいかな」
「結果?」
先生からの助言だ。リギスティアさんが俺を呼び出す口実になるくらいの結果を出すのが今回の目標だな。
「イレアには隠しても仕方ないな。俺はもう一度巫女様と話がしたいんだ。巫女様は会って下さるそうだけど、そのためにある程度の名目――成果を出したい」
「お婆様が……いや、リオは認められたって聞いたよ。今度私も詳しく聞いていい?」
「話せる範囲なら。巫女様からも口止めされてるし……」
イレアとリギスティアさんの確執は俺は口出しできない。その上で説明できることは限られてるな。俺は隠していることばっかだ。
「まあそれは後にして、前回よりもお互いの精霊術を連携した戦術をとりたいんだ。効率的に倒していきたいからな」
「分かった。お婆様には私から聞くよ。それより作戦ね」
「りょーかい。わたしは何すればいい?」
「まずは――」
そして現在に至る。時間はそろそろ折り返しだろうか? 二人とも疲れた様子は見えないな。これなら目標は大丈夫そうだ。
「リオ、見張り交代。ちょっと休むね」
「ああ。ヒナは……先生の所から戻って来たな」
交代で立ち上がると、ぴょんぴょんと小さい影がこちらに向かって来ていた。同じくらい働いているはずなのに元気な奴だ。
「それにしてもよく急に合わせられるな。氷の扱いはお手の物か」
「練習したから。でもリオが氷の系統なんて、そっちの方が驚きよ」
「練習したからな」
まあこれは水の大精霊から貰ったような力だ。そこから試行錯誤し、簡単な氷系統の術は使えるようになったのがつい最近である。風と水の複合のようなイメージで使えるようになったが、手ごたえは十分だ。もっとも射程は微々たるものだが。
「お兄ぃ! わたしの休憩はいいから、もう行ける!?」
草原を駆けてヒナが戻って来た。急いで走ってきたようだ。
「何かあったか? できれば休んで欲しいんだけど」
「ううん、もう近くまで来てるから!」
「ヒナさん、何かあったの?」
目を輝かせるようにヒナは見つけたものを言った。
「成果としてはばっちり――大物が来るよ!」
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