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第2章 夏
◆「焼きユニ・コーンください」ってあの時のおじさんが土下座してきた件
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おじさんは店に入るなり、キョロキョロと落ち着かない様子で辺りを見回し、困ったように頭を掻いた。
(な~んか見たことあるような気がするんだよね…。このおじさん)
そう思っていたら――
「――あら? あなたは夜市の時の……」と、ケイトさんが声を上げた。
すると、おじさんはさらにそわそわと視線を泳がせ、
「その節は本当に……すまなかった。あんなに美味しいユニ・コーンは、生まれて初めてで……それで……その……」
と、もじもじ。まだ入り口に立ち淀んでいる。
(うーん、中年オヤジのモジモジはちょっと……)
でもその一言で思い出した!
この人、あの夜市で最初にうちの屋台に難癖をつけてきた張本人だ!
……けど、結局その騒動がきっかけでお客さんが一気に集まって、大繁盛したんだよね。
ある意味、恩人……なのかも?
おじさんは何か言いたげに、口を開けては閉じ、また開けて……を繰り返している。
その様子が何とももどかしくて、つい私は声をかけてしまった。
「何かご相談があるなら、こちらで伺いますよ?」
そう言って、カウンターの前に椅子を出して促すと、
「すまない……」と小さく言って、おじさんは肩をすぼめながら、ちんまりと腰を下ろした。
あの時の意地悪そうな態度からは想像もつかない、どこか弱ったようなその姿。
これはきっと何か事情があるんだ――そんな気がした。
外はまだ夏の名残で、じんわりとした暑さが残っている。
ケイトさんが白月の氷を浮かべた冷たい水を差し出すと、カラン……と、涼やかな音が響き、グラスの中で白月がふわりと香った。
おじさんは目を丸くしながら水を一口、そしてもう一口……ごくごくと飲み干し、ようやく落ち着いたように深く息を吐いた。
そして――
「私は、パッソで小さな商いをしておりまして……」
と、静かに、けれど確かな声で語り始めた。
「名前はモルトンと申します。モルトン商店の、まあ…店主です」
どこか申し訳なさそうに頭を下げながら、モルトンさんは話を続けた。
「……昔は、もっと商いも回っていたんです。けれど近年は王都からの物資に頼るにも競り負けるばかりで。売れ筋は他の店に取られ、私のような小さな店は立ち行かなくなる一方でして……」
汗ばむ額を布でぬぐいながら、彼はうつむいた。
その肩は細かく震えていたけれど、それは恐れや恥ではなく、焦りと悔しさだった。
「この照陽祭が、最後の賭けだったんです。何か一つでも、“売れる商品”を仕入れられたら、と……」
カラン、と白月氷がまた音を立てた。
しばし沈黙ののち、モルトンさんは言葉を継いだ。
「……あの時、つい、腹立たしさと自分の情けなさとで、あなたの屋台に難癖をつけてしまった。あんなこと、本当にするべきじゃなかった。すぐにでも謝りに行くべきだったのに、どうにも……こう、タイミングが掴めなくて……」
ぼそぼそと呟くようなその声には、言い訳でも取り繕いでもない、真っ直ぐな悔恨が滲んでいた。
「でもね……その夜、宿に帰ってから、あの焼きユニ・コーンの味が、どうしても忘れられなかったんです。あんな料理、食べたことがなかった。外は香ばしくて、中は甘くて……何より、あれを食べているときの、周りの人たちの笑顔が、羨ましくてね……」
彼の目がふと遠くを見るようになった。
「うちには、息子が二人と、嫁がいます。みんな、私の小さな店を手伝ってくれている。でも、もう限界なんです。家族を食わせていくには、何か、大きな転機が必要で……。あの日、あなたの料理を食べた時、これだと思ったんです」
モルトンは深く頭を下げた。額が膝につくほどの、真摯な謝罪と願いのこもった一礼だった。
「どうか…あの“焼きユニ・コーン”のことを、教えていただけませんか?もちろん、すぐに盗んで真似ようなんてつもりはありません。ただ、ヒントだけでも、手がかりだけでも、あの味に近づける何かを……学ばせていただけたらと」
彼の手は、きつく握りしめられていた。
一介の商人としてのプライドも、年長者としての体裁も、この瞬間ばかりはかなぐり捨てて、ただ家族のために頭を下げているのだと、誰の目にも明らかだった。
店の空気が、少し静かになった。
その静寂の中、ノエルの目がゆっくりと細められて――
「モルトンさん!!ユニ・コーンじゃなくて、これ、売ってみませんか?」
……。
……。
……。
「「「は?………ええーーーー!?!?!?」」」
一拍置いて、お店にいたみんなの声がハモッた。
(な~んか見たことあるような気がするんだよね…。このおじさん)
そう思っていたら――
「――あら? あなたは夜市の時の……」と、ケイトさんが声を上げた。
すると、おじさんはさらにそわそわと視線を泳がせ、
「その節は本当に……すまなかった。あんなに美味しいユニ・コーンは、生まれて初めてで……それで……その……」
と、もじもじ。まだ入り口に立ち淀んでいる。
(うーん、中年オヤジのモジモジはちょっと……)
でもその一言で思い出した!
この人、あの夜市で最初にうちの屋台に難癖をつけてきた張本人だ!
……けど、結局その騒動がきっかけでお客さんが一気に集まって、大繁盛したんだよね。
ある意味、恩人……なのかも?
おじさんは何か言いたげに、口を開けては閉じ、また開けて……を繰り返している。
その様子が何とももどかしくて、つい私は声をかけてしまった。
「何かご相談があるなら、こちらで伺いますよ?」
そう言って、カウンターの前に椅子を出して促すと、
「すまない……」と小さく言って、おじさんは肩をすぼめながら、ちんまりと腰を下ろした。
あの時の意地悪そうな態度からは想像もつかない、どこか弱ったようなその姿。
これはきっと何か事情があるんだ――そんな気がした。
外はまだ夏の名残で、じんわりとした暑さが残っている。
ケイトさんが白月の氷を浮かべた冷たい水を差し出すと、カラン……と、涼やかな音が響き、グラスの中で白月がふわりと香った。
おじさんは目を丸くしながら水を一口、そしてもう一口……ごくごくと飲み干し、ようやく落ち着いたように深く息を吐いた。
そして――
「私は、パッソで小さな商いをしておりまして……」
と、静かに、けれど確かな声で語り始めた。
「名前はモルトンと申します。モルトン商店の、まあ…店主です」
どこか申し訳なさそうに頭を下げながら、モルトンさんは話を続けた。
「……昔は、もっと商いも回っていたんです。けれど近年は王都からの物資に頼るにも競り負けるばかりで。売れ筋は他の店に取られ、私のような小さな店は立ち行かなくなる一方でして……」
汗ばむ額を布でぬぐいながら、彼はうつむいた。
その肩は細かく震えていたけれど、それは恐れや恥ではなく、焦りと悔しさだった。
「この照陽祭が、最後の賭けだったんです。何か一つでも、“売れる商品”を仕入れられたら、と……」
カラン、と白月氷がまた音を立てた。
しばし沈黙ののち、モルトンさんは言葉を継いだ。
「……あの時、つい、腹立たしさと自分の情けなさとで、あなたの屋台に難癖をつけてしまった。あんなこと、本当にするべきじゃなかった。すぐにでも謝りに行くべきだったのに、どうにも……こう、タイミングが掴めなくて……」
ぼそぼそと呟くようなその声には、言い訳でも取り繕いでもない、真っ直ぐな悔恨が滲んでいた。
「でもね……その夜、宿に帰ってから、あの焼きユニ・コーンの味が、どうしても忘れられなかったんです。あんな料理、食べたことがなかった。外は香ばしくて、中は甘くて……何より、あれを食べているときの、周りの人たちの笑顔が、羨ましくてね……」
彼の目がふと遠くを見るようになった。
「うちには、息子が二人と、嫁がいます。みんな、私の小さな店を手伝ってくれている。でも、もう限界なんです。家族を食わせていくには、何か、大きな転機が必要で……。あの日、あなたの料理を食べた時、これだと思ったんです」
モルトンは深く頭を下げた。額が膝につくほどの、真摯な謝罪と願いのこもった一礼だった。
「どうか…あの“焼きユニ・コーン”のことを、教えていただけませんか?もちろん、すぐに盗んで真似ようなんてつもりはありません。ただ、ヒントだけでも、手がかりだけでも、あの味に近づける何かを……学ばせていただけたらと」
彼の手は、きつく握りしめられていた。
一介の商人としてのプライドも、年長者としての体裁も、この瞬間ばかりはかなぐり捨てて、ただ家族のために頭を下げているのだと、誰の目にも明らかだった。
店の空気が、少し静かになった。
その静寂の中、ノエルの目がゆっくりと細められて――
「モルトンさん!!ユニ・コーンじゃなくて、これ、売ってみませんか?」
……。
……。
……。
「「「は?………ええーーーー!?!?!?」」」
一拍置いて、お店にいたみんなの声がハモッた。
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