女神のつくった世界の片隅で従魔とゆるゆる生きていきます

みやも

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第3章 秋

【Side ドレミス】贖罪の先で出会った少女が、雑草を聖水に変えていた件

※このエピソードは過去の「薬師ギルド編」の回想を含んでいます。
お忘れの場合は、≪【Side リヴィア】地下牢≫をご確認いただきますと、
よりお楽しみいただけます。

——————————————————

地下牢の空気は、冬の川底より冷たく、夏の墓所よりも重かった。
何度も目を閉じ、祈りの言葉を紡ぐ。
だが、神よりも先に、己が罪の影が瞼の裏に浮かぶ。

あの日――王妃リヴィア様の身体を蔑ろにした。
医師としての誇り。
その、ちっぽけなものを守るために、妃殿下の命を削る選択をした。

……愚かだった。

かつて、志を抱いて進んだ薬師の道。
だがいつしか、その道は歪み、気付けば私は――

驕り高ぶった、ただの老いぼれになっていた。

それを認められず、若き才能に嫉妬し、
あろうことか、貧しき親子を脅し、自らの技で人を殺めようとした……。

幾度思い返しても、胃の底に石を詰められたような後悔が消えない。

足音が近づく。

螺旋階段を降りてくる規則正しい靴音。
迷いのないその歩みが、私の心臓を強く打った。

鉄格子の向こうに現れたのは、月光を纏ったようなお姿の王妃リヴィア様。

彼女は牢の鉄格子越しに立ち、何も言わない。
その静かな立ち姿だけで、私の膝が震えた。

威圧や怒声ではない。
それよりもなお恐ろしいのは――
“すべてを見透かされている”という確信。

「……いかなる罰もお受け致します。ただ、一つだけ願いを」

額を床に押し付けると、冷たい石の感触が皮膚を刺す。
それでも足りぬ。
いっそ、この場で命を終えられたなら……そう思った。

「願いとは?」

澄んだ声が降ってくる。

私は震える声で告げた。

脅し、利用したあの親子への償い。
全ての財を譲りたいと。

せめてもの贖罪として。

その瞬間、王妃の目がわずかに細められた。
怒りでも嘲りでもない、しかし容易く踏み込ませぬ冷ややかさが宿っていた。

「贖罪は死で終えるものではない。生きてこそ成し遂げられるものよ」

その言葉は、刃のように私の胸を貫き、
そして、熱を残した。
赦されたのではない。
生きて償え。
それは、死刑よりも重い命令だった。

教会への寄付、そしてもう一度、リヴィア様のもとで働くこと。
そして――

腐敗した薬師ギルドの浄化を手伝え、と。

薬師ギルド。

かつて私が誇りとした場所。
今では、権威と利権に塗れた腐敗の巣。

……そして、その一部だったのが、他ならぬ私だ。
そんな自分には、そこを正す資格などないと……
だが、王妃様が私に命じた瞬間、それが「義務」へと変わった。

顔を上げると、王妃様の背後に二つの影。

黒衣の男――ゼロ。
獣のような気配を漂わせながら、ただ静かに控える。

もう一人の侍女は、胸に手を当て、王妃を見つめていた。

(ああ……)

この方は、周囲の心すら変える。

「……仰せのままに。この命果てるまで尽くします」

声が震えた。

それは寒さではない。

この瞬間、私は初めて――
自分の生きる意味を与えられたのだ。

それからは嵐のようだった。

神罰により旧ギルドは崩壊。
私はその機を逃さず、新制薬師ギルドを立ち上げた。

老体に鞭打つ日々。

……だが、やり遂げた。

「これで……役目は終わった。あとはもういつ召されても…」

そう思った矢先。

「外に研究所を?」

……王妃様は、私を休ませる(あの世へ送る)つもりがないらしい。

柔軟な思考を持ち、権力の絡まない有望な若者の選定。
集めた若者達全員に施す希少なスクロールを使った契約魔法。

どれも異例中の異例だった。

正直に言えば――

私は、思ってしまったのだ。

(少々……大袈裟ではないか)と。

……その認識が、いかに愚かであったか。

私は、すぐに思い知ることになる。

「でね、このティーポットティーのティーが…」

目の前で、ひとりの少女が語っている。
あの日、私が毒を向けた相手――ノエル。

彼女は私が毒を向けた者であることを知らない。

「ほら、“浄化水”とか“聖水”と同じ効果なんですよ」

……。
………。
…………。

今なんと?

「……雑草が……聖水と……同等……?」

思考が、止まる。
だが、検証結果は残酷なほど正確だった。

同等。いや、条件次第ではそれ以上。

その瞬間、悟った。
私はまた――驕っていたのだ。
王妃様の判断を“大袈裟”などと。
なんと愚かな。

雑草から、聖水級の効果。

そんな発想、従来の薬師ならば
狂人か、命知らずのどちらかだ。

だが――

目の前の少女は、それを“日常”として扱っている。

異端、異常、規格外、非常識、危険因子…

そんな言葉たちが私の脳裏をグルグル巡る。
なるほど。
私はこの時、王妃様がこの研究所の責任者となった本当の意味を理解した。

「で、これを使うと、ポーションの消費期限も半年伸びるので便利なんですよね~」

……。
………。
…………。

キュー……。

「ギルド長様!!ギルド長さまぁぁぁーーーー!!!」

遠くで、誰かの声がする。
視界が暗転していく中、私は思った。

王妃様。
どうやら私は――
まだまだ、償いが足りぬようです。

(しかし……どうか一つだけ)

この少女の常識に、
私の寿命が耐えますように――。


——————————————————

≪週2回、土・日更新≫

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