丘の上の雑貨屋と魔王モール

toseki.yunomi

文字の大きさ
9 / 38

ep.9 推し活をやめられない奴につける薬は異世界にもない

しおりを挟む
「はい、もってきたっす!」
 数分後、大量の商品を仕入れてスコリィが戻ってきた。走ってきたのか、肩までほんのり赤く、息が弾んでる。スポーツ少女みたいにさわやかだ。

 ……背中に背負った、冷蔵庫サイズの紙袋を除けば。

 巨大な紙袋に入っていたのは、小さなレンガみたいな形をしたパンだった。
「この町で一番美味しいパン、レンガパンっす! 業者価格で50個買ってきたっす! 今月末に支払いっす!」
 業者価格ってしっかりしてるなおい。……ていうか、支払いできるの、この赤字店。

 普通なら文句を言いそうなところだけど、めちゃくちゃ美味しそうだった。シナモンと柑橘系が絶妙に混ざった香ばしい匂い。
 一つつまんでみる。

「うまい!」

 思わず、膝をたたき、声を上げる。
 程よい硬さで、素材の味を活かしつつ、柑橘系の爽やかな香りに、シナモンのしっかりした風味。なにより全粒粉を使っていてしっかりとした噛み応えで、俺好みである。一ついくらか確かめるのが怖くなったわけではないが、俺は値段を見る前にこれを朝食にすることにした。

「ひとまず、朝食にしていいか?」

「はい、ミルクも買ってきたっす! このパンとミルクの相性は抜群っす!」

 リュックから取り出したミルクの入った瓶をもって口の端を上げる。
 ……この子、俺より商売うまくない?

 自分より優秀な店員に、「うんむ、でかした」と偉そうに声をかけ、俺は焼き立てのパンとミルクで優雅な朝食をとった。

 **
「あ、私はいいっす。家で食べてきましたし、よく食べるパンなんすよ」

 朝食の誘いを断られる。
 女性を食事に誘って承諾を得たことはないけど、別に悪い気はしなかった。

 自分の作ったコップにミルクを注ぎ、レンガパンをつまみながら感嘆の声を漏らす。
「しかしこれはいいなあ。うまいなぁ」

 異世界でこんなに美味いパンが食べられるとは。というか現実でも食べたことがない。コンビニバイトで売れ残りのパンをもらって食費の足しにするつもりが、一度ももらえなかったわけだし。

「ところでこれいくらかな?」
 ニコニコしながら俺の食べる姿をみていたスコリィに質問する。
「50個以上買うのが条件っすけど業者価格で1つ90ゲルっす。普通は町のパン屋で280ゲルっす」

 かみごたえのあるずっしりしたパンだったけど、ぺろりと平らげた俺は珍しくすぐに決めた。
「この美味しさでその値段はいいね。ここも一つ280ゲルで売ろう。主力商品決定!」

「やったー!」
 何の感激なのかわからなかったけど、とりあえずスコリィは喜んでいるようだ。

「じゃあ、俺はパンをのせる皿を作るから、スコリィはパンを日に当たらない奥の棚にきれいに並べて、店番をしておいて。料金表とおつりの箱はカウンターの下に置いてるから」

「はーい」

 俺は『レンガパン280』と大きく書いて、店の入口に張り出した。
 山仕事に向かう人たちが朝早くから通る石畳の道を見下ろす。
 道にも看板とかすればいいかもしれない。


「ところで、月見草で直したかった病気、何か聞いていい?」
「何の病気だと思うっすか?」

 どうせまた「言いたくない」とそっぽを向かれると予想していたので、愛嬌のある顔が返ってきて違う反応にこちらがうろたえる。

「え、えーっと、ひどい偏頭痛とか」
「ハズレっす!」

 懐いてくれているようだが、機嫌が良すぎて少し気味が悪い。

「変形性膝関節症とか」
「え、なにそれ怖いっす。ハズレっす」

「ひどい腰痛?」
「ハズレっす……。だんだん年寄りの病気になってないっすか?」

「腰痛をなめたらいけない! 身近でもっとも恐ろしい病気だ」
「経験者みたいな言い方っすね」

「ネットばかり見て座り込んでいたから転生前は腰痛でかなり苦労した」
「はあ、それは大変でしたっすね……」

 不毛な会話が続く。

「もう降参だ。教えてくれ」

 カウンターの奥に座り、窓から見える青い空に目を細め、意味ありげに呟く。
「ふ……。推し活をやめられない病気、っすかね」
「……」
「……」
「今日……、いい天気だな」
「そうっすね……」

 青く澄み切った空を、二人で眺める。小鳥のさえずりが遠くから聞こえる。

「ちなみに、推しって誰?」
 わからないだろうけど、訊いてみる。

「ひみつっす!」
 めちゃくちゃ幸せそうな笑顔で、両頬を手で覆い、体をくねらせる。

 世間を知らないというか、夢見がちというか、この子は真っ直ぐなだけかもしれない。そのまっすぐな道、脇にそれているけど。

「また、お会いしたいっす」
 喋り方がアホなヤンキー娘みたいになっている。
 まあ、気を許してくれたのだろう。

「ていうか、それを治したかったんじゃ」

「月見草なんかじゃ全然だめみたいっす。……いや、これは運命っす。神様がまだまだ推し続けろって言っているんす! 薬に頼るなんて背徳行為っす!」
「……背徳行為に借金したのか、君は」

「推しにかけた費用と比べれば、月見草なんてはした金っす!」

 のけぞって偉そうに俺を見下ろす彼女。
「推しにかけた費用を聞くのが怖いけど、気に病んでなくてよかったよ。5ヶ月くらいタダ働き、というか給与の半分くらいを返済に使うけど、それでいい?」
(※本当はこういう採用はしてはいけない)

「パンの仕入れと店番でよければ! 天職っす!」
 何がそんなに気に入ったのかわからなかったけど、実は、彼女の計算通りの展開だった。

***
 その後、俺はレンガパン用の皿とミルク用のコップを10セットほど作って店に並べ、ビラを作り、麓のスロウタウン村の広場で配っていた。

「ビラどうぞー。雑貨屋特製の四角皿とセットのパンを丘の上で売り始めましたー。山歩きのお供にどうぞ―」
 レンガパンとミルクと皿のセットを1000ゲルにしているが強気すぎだろうか。

 だけど、スロウタウンの村人たちは意外と肯定的に受け取ってくれる。

 ビラを配りながらふと気がついた。
 
 仕入れ先も見つかり、販売戦略も悪くなく、晴れた空も吹き抜ける風も最高だ。……だけど。

 ――屋号、なくね?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...