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ep.9 推し活をやめられない奴につける薬は異世界にもない
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「はい、もってきたっす!」
数分後、大量の商品を仕入れてスコリィが戻ってきた。走ってきたのか、肩までほんのり赤く、息が弾んでる。スポーツ少女みたいにさわやかだ。
……背中に背負った、冷蔵庫サイズの紙袋を除けば。
巨大な紙袋に入っていたのは、小さなレンガみたいな形をしたパンだった。
「この町で一番美味しいパン、レンガパンっす! 業者価格で50個買ってきたっす! 今月末に支払いっす!」
業者価格ってしっかりしてるなおい。……ていうか、支払いできるの、この赤字店。
普通なら文句を言いそうなところだけど、めちゃくちゃ美味しそうだった。シナモンと柑橘系が絶妙に混ざった香ばしい匂い。
一つつまんでみる。
「うまい!」
思わず、膝をたたき、声を上げる。
程よい硬さで、素材の味を活かしつつ、柑橘系の爽やかな香りに、シナモンのしっかりした風味。なにより全粒粉を使っていてしっかりとした噛み応えで、俺好みである。一ついくらか確かめるのが怖くなったわけではないが、俺は値段を見る前にこれを朝食にすることにした。
「ひとまず、朝食にしていいか?」
「はい、ミルクも買ってきたっす! このパンとミルクの相性は抜群っす!」
リュックから取り出したミルクの入った瓶をもって口の端を上げる。
……この子、俺より商売うまくない?
自分より優秀な店員に、「うんむ、でかした」と偉そうに声をかけ、俺は焼き立てのパンとミルクで優雅な朝食をとった。
**
「あ、私はいいっす。家で食べてきましたし、よく食べるパンなんすよ」
朝食の誘いを断られる。
女性を食事に誘って承諾を得たことはないけど、別に悪い気はしなかった。
自分の作ったコップにミルクを注ぎ、レンガパンをつまみながら感嘆の声を漏らす。
「しかしこれはいいなあ。うまいなぁ」
異世界でこんなに美味いパンが食べられるとは。というか現実でも食べたことがない。コンビニバイトで売れ残りのパンをもらって食費の足しにするつもりが、一度ももらえなかったわけだし。
「ところでこれいくらかな?」
ニコニコしながら俺の食べる姿をみていたスコリィに質問する。
「50個以上買うのが条件っすけど業者価格で1つ90ゲルっす。普通は町のパン屋で280ゲルっす」
かみごたえのあるずっしりしたパンだったけど、ぺろりと平らげた俺は珍しくすぐに決めた。
「この美味しさでその値段はいいね。ここも一つ280ゲルで売ろう。主力商品決定!」
「やったー!」
何の感激なのかわからなかったけど、とりあえずスコリィは喜んでいるようだ。
「じゃあ、俺はパンをのせる皿を作るから、スコリィはパンを日に当たらない奥の棚にきれいに並べて、店番をしておいて。料金表とおつりの箱はカウンターの下に置いてるから」
「はーい」
俺は『レンガパン280』と大きく書いて、店の入口に張り出した。
山仕事に向かう人たちが朝早くから通る石畳の道を見下ろす。
道にも看板とかすればいいかもしれない。
「ところで、月見草で直したかった病気、何か聞いていい?」
「何の病気だと思うっすか?」
どうせまた「言いたくない」とそっぽを向かれると予想していたので、愛嬌のある顔が返ってきて違う反応にこちらがうろたえる。
「え、えーっと、ひどい偏頭痛とか」
「ハズレっす!」
懐いてくれているようだが、機嫌が良すぎて少し気味が悪い。
「変形性膝関節症とか」
「え、なにそれ怖いっす。ハズレっす」
「ひどい腰痛?」
「ハズレっす……。だんだん年寄りの病気になってないっすか?」
「腰痛をなめたらいけない! 身近でもっとも恐ろしい病気だ」
「経験者みたいな言い方っすね」
「ネットばかり見て座り込んでいたから転生前は腰痛でかなり苦労した」
「はあ、それは大変でしたっすね……」
不毛な会話が続く。
「もう降参だ。教えてくれ」
カウンターの奥に座り、窓から見える青い空に目を細め、意味ありげに呟く。
「ふ……。推し活をやめられない病気、っすかね」
「……」
「……」
「今日……、いい天気だな」
「そうっすね……」
青く澄み切った空を、二人で眺める。小鳥のさえずりが遠くから聞こえる。
「ちなみに、推しって誰?」
わからないだろうけど、訊いてみる。
「ひみつっす!」
めちゃくちゃ幸せそうな笑顔で、両頬を手で覆い、体をくねらせる。
世間を知らないというか、夢見がちというか、この子は真っ直ぐなだけかもしれない。そのまっすぐな道、脇にそれているけど。
「また、お会いしたいっす」
喋り方がアホなヤンキー娘みたいになっている。
まあ、気を許してくれたのだろう。
「ていうか、それを治したかったんじゃ」
「月見草なんかじゃ全然だめみたいっす。……いや、これは運命っす。神様がまだまだ推し続けろって言っているんす! 薬に頼るなんて背徳行為っす!」
「……背徳行為に借金したのか、君は」
「推しにかけた費用と比べれば、月見草なんてはした金っす!」
のけぞって偉そうに俺を見下ろす彼女。
「推しにかけた費用を聞くのが怖いけど、気に病んでなくてよかったよ。5ヶ月くらいタダ働き、というか給与の半分くらいを返済に使うけど、それでいい?」
(※本当はこういう採用はしてはいけない)
「パンの仕入れと店番でよければ! 天職っす!」
何がそんなに気に入ったのかわからなかったけど、実は、彼女の計算通りの展開だった。
***
その後、俺はレンガパン用の皿とミルク用のコップを10セットほど作って店に並べ、ビラを作り、麓のスロウタウン村の広場で配っていた。
「ビラどうぞー。雑貨屋特製の四角皿とセットのパンを丘の上で売り始めましたー。山歩きのお供にどうぞ―」
レンガパンとミルクと皿のセットを1000ゲルにしているが強気すぎだろうか。
だけど、スロウタウンの村人たちは意外と肯定的に受け取ってくれる。
ビラを配りながらふと気がついた。
仕入れ先も見つかり、販売戦略も悪くなく、晴れた空も吹き抜ける風も最高だ。……だけど。
――屋号、なくね?
数分後、大量の商品を仕入れてスコリィが戻ってきた。走ってきたのか、肩までほんのり赤く、息が弾んでる。スポーツ少女みたいにさわやかだ。
……背中に背負った、冷蔵庫サイズの紙袋を除けば。
巨大な紙袋に入っていたのは、小さなレンガみたいな形をしたパンだった。
「この町で一番美味しいパン、レンガパンっす! 業者価格で50個買ってきたっす! 今月末に支払いっす!」
業者価格ってしっかりしてるなおい。……ていうか、支払いできるの、この赤字店。
普通なら文句を言いそうなところだけど、めちゃくちゃ美味しそうだった。シナモンと柑橘系が絶妙に混ざった香ばしい匂い。
一つつまんでみる。
「うまい!」
思わず、膝をたたき、声を上げる。
程よい硬さで、素材の味を活かしつつ、柑橘系の爽やかな香りに、シナモンのしっかりした風味。なにより全粒粉を使っていてしっかりとした噛み応えで、俺好みである。一ついくらか確かめるのが怖くなったわけではないが、俺は値段を見る前にこれを朝食にすることにした。
「ひとまず、朝食にしていいか?」
「はい、ミルクも買ってきたっす! このパンとミルクの相性は抜群っす!」
リュックから取り出したミルクの入った瓶をもって口の端を上げる。
……この子、俺より商売うまくない?
自分より優秀な店員に、「うんむ、でかした」と偉そうに声をかけ、俺は焼き立てのパンとミルクで優雅な朝食をとった。
**
「あ、私はいいっす。家で食べてきましたし、よく食べるパンなんすよ」
朝食の誘いを断られる。
女性を食事に誘って承諾を得たことはないけど、別に悪い気はしなかった。
自分の作ったコップにミルクを注ぎ、レンガパンをつまみながら感嘆の声を漏らす。
「しかしこれはいいなあ。うまいなぁ」
異世界でこんなに美味いパンが食べられるとは。というか現実でも食べたことがない。コンビニバイトで売れ残りのパンをもらって食費の足しにするつもりが、一度ももらえなかったわけだし。
「ところでこれいくらかな?」
ニコニコしながら俺の食べる姿をみていたスコリィに質問する。
「50個以上買うのが条件っすけど業者価格で1つ90ゲルっす。普通は町のパン屋で280ゲルっす」
かみごたえのあるずっしりしたパンだったけど、ぺろりと平らげた俺は珍しくすぐに決めた。
「この美味しさでその値段はいいね。ここも一つ280ゲルで売ろう。主力商品決定!」
「やったー!」
何の感激なのかわからなかったけど、とりあえずスコリィは喜んでいるようだ。
「じゃあ、俺はパンをのせる皿を作るから、スコリィはパンを日に当たらない奥の棚にきれいに並べて、店番をしておいて。料金表とおつりの箱はカウンターの下に置いてるから」
「はーい」
俺は『レンガパン280』と大きく書いて、店の入口に張り出した。
山仕事に向かう人たちが朝早くから通る石畳の道を見下ろす。
道にも看板とかすればいいかもしれない。
「ところで、月見草で直したかった病気、何か聞いていい?」
「何の病気だと思うっすか?」
どうせまた「言いたくない」とそっぽを向かれると予想していたので、愛嬌のある顔が返ってきて違う反応にこちらがうろたえる。
「え、えーっと、ひどい偏頭痛とか」
「ハズレっす!」
懐いてくれているようだが、機嫌が良すぎて少し気味が悪い。
「変形性膝関節症とか」
「え、なにそれ怖いっす。ハズレっす」
「ひどい腰痛?」
「ハズレっす……。だんだん年寄りの病気になってないっすか?」
「腰痛をなめたらいけない! 身近でもっとも恐ろしい病気だ」
「経験者みたいな言い方っすね」
「ネットばかり見て座り込んでいたから転生前は腰痛でかなり苦労した」
「はあ、それは大変でしたっすね……」
不毛な会話が続く。
「もう降参だ。教えてくれ」
カウンターの奥に座り、窓から見える青い空に目を細め、意味ありげに呟く。
「ふ……。推し活をやめられない病気、っすかね」
「……」
「……」
「今日……、いい天気だな」
「そうっすね……」
青く澄み切った空を、二人で眺める。小鳥のさえずりが遠くから聞こえる。
「ちなみに、推しって誰?」
わからないだろうけど、訊いてみる。
「ひみつっす!」
めちゃくちゃ幸せそうな笑顔で、両頬を手で覆い、体をくねらせる。
世間を知らないというか、夢見がちというか、この子は真っ直ぐなだけかもしれない。そのまっすぐな道、脇にそれているけど。
「また、お会いしたいっす」
喋り方がアホなヤンキー娘みたいになっている。
まあ、気を許してくれたのだろう。
「ていうか、それを治したかったんじゃ」
「月見草なんかじゃ全然だめみたいっす。……いや、これは運命っす。神様がまだまだ推し続けろって言っているんす! 薬に頼るなんて背徳行為っす!」
「……背徳行為に借金したのか、君は」
「推しにかけた費用と比べれば、月見草なんてはした金っす!」
のけぞって偉そうに俺を見下ろす彼女。
「推しにかけた費用を聞くのが怖いけど、気に病んでなくてよかったよ。5ヶ月くらいタダ働き、というか給与の半分くらいを返済に使うけど、それでいい?」
(※本当はこういう採用はしてはいけない)
「パンの仕入れと店番でよければ! 天職っす!」
何がそんなに気に入ったのかわからなかったけど、実は、彼女の計算通りの展開だった。
***
その後、俺はレンガパン用の皿とミルク用のコップを10セットほど作って店に並べ、ビラを作り、麓のスロウタウン村の広場で配っていた。
「ビラどうぞー。雑貨屋特製の四角皿とセットのパンを丘の上で売り始めましたー。山歩きのお供にどうぞ―」
レンガパンとミルクと皿のセットを1000ゲルにしているが強気すぎだろうか。
だけど、スロウタウンの村人たちは意外と肯定的に受け取ってくれる。
ビラを配りながらふと気がついた。
仕入れ先も見つかり、販売戦略も悪くなく、晴れた空も吹き抜ける風も最高だ。……だけど。
――屋号、なくね?
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