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ep.10 名称というのは思いを込めすぎると名前負けする
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――屋号が、ない。
重大な問題に直面していた。
丘の上にある建物は、俺が買った店だけ。かろうじて街道から見える位置で、立て看板を出しておくだけで人は来る。
その状況に甘えて、屋号、真剣に考えたことがなかった。
人が来てるのはマリーさんが、口コミしてくれているからみたいだけど。
(とにかく屋号だ)
『丘の上の雑貨屋さん』? ……いやいや万が一移転したときにおかしなことになる。
『土器ドキ商店』? ……いやいやネタ店名で儲かっているところを見たことがない。
『コンクリートジャングルショップ』? ……いやいや意味が変わってしまう。
「……」
俺は自分の発想力のなさを悔やみながらトボトボと町を歩く。
麓の町の名前は、『スロウライフタウン』という、名を体で表した何のひねりもないネーミング。
村なのか町なのか微妙な大きさだが、タウン。
単純な名前だが、谷間に広がるどこにでもありそうなのんびりした田舎町だ。
住民の種族はそこそこ。
通りでは、コボルト警官が敬礼してくるし、ブラウニーたちは石畳の割れ目を直していた。大きな建物の前ではスーツ姿のゴブリンが重そうな鞄を運んでいる。
……この町、なんだかんだで働き者が多い。
「あ、クタニさん、こんにちは」
町のパン屋の入口で、ミニゴーレムのイゴラくんがパンを売っていた。コック帽を被って、なかなか様になっている。
「こんにちは。ここで働いているの?」
「はい、俺、パンを焼くの得意なので」
「いいねえ、天職って感じだ! ……ってそれレンガパン?」彼の横に山積みされているパンを指差す。
「はい、そうですけど」
「仕入先ってここ?」
「え?」
「今朝、50個買っていく子がいなかった?」
「もしかして、スコリィさんですか? 仕入れだったんですか?」
「そうそう、スコリィ。そんなに買ったら仕入れと気が付きそうだけど……」
「いや普段から30個くらい買っていかれるので」
「どれだけ好きなんだ……」
一瞬、店のパンが食べられていないか不安になったが、信用するとしよう。
「まあともかく、改めて挨拶にいくと店長に言っておいて。今日はちょっとすることがあるから。手ぶらだし」
「わかりました。店長に、ってボクの親なんですけど」
「……そういうことね。レンガパン、とても美味しかった、っていうのも伝えておいて」
小さなゴーレムが家族で働いてるのを見ると、なんか胸があたたかくなる。
***
あまり長い間、店をバイト一人にさせてもいけないと思い、急ぎ足で店に戻った。だけど迷いグセのある俺が戻ったのはもう日が傾きかけた頃だった。
「てんちょー、おかえりっす」
「お客さん来た?」
スコリィに声をかけつつ、奥を見る。寝ているルルドナを確認。今日はしっかりと家にいるようだ。
「ていうかこの辺の村はずれを通る人みんな知り合いっすよ」
「この辺通る人って、どういう人達?」
「うーん、いろいろっすけど、農作業とか木材を取りに行ったりとか、散歩をする人もいるし、ずーっと奥の村に行く人もいるっす」
「じゃあ立地としては悪くないのかな。ついでに買い物をする人はそれなりにいるし、村の中心からもそれなりに来ているみたいだし」
「レンガパンセット、意外と売れたっすよ。6セット」
「え、本当に?」
実はあまり期待していなかったのだが。
「まさについでに、って感じっす。まあアタシみたいな美人な店員がいたからかもしれないっすけど」
そう言われ、彼女の顔をじっと見つめる。
あまり顔をじっくり見てなかったけど、鼻筋は通っているし、瞳は澄んでいて切れ長の目が爽やかな印象だ。
(一理あるかもしれない。看板娘という言葉があるくらいだし)
「ちょ、そんな見つめないでほしいっす! 冗談っす、ジョーダン!」
「いやいや、たしかに若くて器量の良い子に店員をさせたほうがいいかもしれない」
「若くて器量がいいって……、てんちょー、……オヤジ臭いっすよ」
「そうか? ま、ともかく、ルルドナが起きるまで店番よろしく。俺は裏で粘土収集と粘土細工してるから何かあったら呼んでくれ」
頭の片隅に、屋号のことがひっかかり、気のない会話になる。粘土をこねながらならいい名称が思い浮かぶだろう。
「働き者っすねー。ま、どーんと任せてくださいっす! レンガパン売り切れにしてやるっす!」
頼もしく腕まくりをし、力こぶを見せつけてきた彼女に店を任せ、俺は一日の楽しみの粘土作業へ向かった。
***
「屋号、特徴を出さないとなあ」
粘土工房(裏口の手前の日当たりの悪いスペース)で粘土をこねながら、ボヤキを漏らす。
「事業は顧客から始めよ。顧客は誰か」「何と覚えられたいか」
昔読んだ経営学の神様の言葉を思い出しながら、屋号を考える。
「粘土から作った商品をメインにしたいけど、場所的にそうもいかないからなあ。やはり屋外仕事に使う消耗品や、食べ物が置いてあるといいよなあ」
自分自身の興味関心はいったんあきらめよう。
「ルルドナが月の光で生まれたとか言ってたから……あ、それなら!」
「いい屋号が思いついたかしら」
「ルルドナ!」
いつの間にか後ろにルルドナが立っていた。こちらのぼやきを訊いていたらしい。
顔を上げ、外を見ると、西の空が夕焼け色に赤く染まっていた。
――彼女が起きる時間だ。
「思いついていたけど、ちょっと自信がなくなってきたなあ」
「そんなの、勢いで決めたほうがいのよ。思いを込めすぎると名前負けしてしまうわ」
「じゃあ、……『ルナクラフィ商会』というのはどう?」
思い切って言ってみた。月がよく見える丘にあるし、悪くない響きだ。
「……悪くないわね。でも、『商会』ってのは何?」
ルルドナが不思議そうに首をかしげる。
「いや、その響きが昔から好きで……」
「なんだか卸売りみたいなイメージにならないかしら」
「まあ、仮の名前で……」
悩み疲れていたこともあり、ひとまずそれで落ち着かせる。
――そのとき、表から大きな声がした。
「てんちょー! 助けてくださいっすー!」
重大な問題に直面していた。
丘の上にある建物は、俺が買った店だけ。かろうじて街道から見える位置で、立て看板を出しておくだけで人は来る。
その状況に甘えて、屋号、真剣に考えたことがなかった。
人が来てるのはマリーさんが、口コミしてくれているからみたいだけど。
(とにかく屋号だ)
『丘の上の雑貨屋さん』? ……いやいや万が一移転したときにおかしなことになる。
『土器ドキ商店』? ……いやいやネタ店名で儲かっているところを見たことがない。
『コンクリートジャングルショップ』? ……いやいや意味が変わってしまう。
「……」
俺は自分の発想力のなさを悔やみながらトボトボと町を歩く。
麓の町の名前は、『スロウライフタウン』という、名を体で表した何のひねりもないネーミング。
村なのか町なのか微妙な大きさだが、タウン。
単純な名前だが、谷間に広がるどこにでもありそうなのんびりした田舎町だ。
住民の種族はそこそこ。
通りでは、コボルト警官が敬礼してくるし、ブラウニーたちは石畳の割れ目を直していた。大きな建物の前ではスーツ姿のゴブリンが重そうな鞄を運んでいる。
……この町、なんだかんだで働き者が多い。
「あ、クタニさん、こんにちは」
町のパン屋の入口で、ミニゴーレムのイゴラくんがパンを売っていた。コック帽を被って、なかなか様になっている。
「こんにちは。ここで働いているの?」
「はい、俺、パンを焼くの得意なので」
「いいねえ、天職って感じだ! ……ってそれレンガパン?」彼の横に山積みされているパンを指差す。
「はい、そうですけど」
「仕入先ってここ?」
「え?」
「今朝、50個買っていく子がいなかった?」
「もしかして、スコリィさんですか? 仕入れだったんですか?」
「そうそう、スコリィ。そんなに買ったら仕入れと気が付きそうだけど……」
「いや普段から30個くらい買っていかれるので」
「どれだけ好きなんだ……」
一瞬、店のパンが食べられていないか不安になったが、信用するとしよう。
「まあともかく、改めて挨拶にいくと店長に言っておいて。今日はちょっとすることがあるから。手ぶらだし」
「わかりました。店長に、ってボクの親なんですけど」
「……そういうことね。レンガパン、とても美味しかった、っていうのも伝えておいて」
小さなゴーレムが家族で働いてるのを見ると、なんか胸があたたかくなる。
***
あまり長い間、店をバイト一人にさせてもいけないと思い、急ぎ足で店に戻った。だけど迷いグセのある俺が戻ったのはもう日が傾きかけた頃だった。
「てんちょー、おかえりっす」
「お客さん来た?」
スコリィに声をかけつつ、奥を見る。寝ているルルドナを確認。今日はしっかりと家にいるようだ。
「ていうかこの辺の村はずれを通る人みんな知り合いっすよ」
「この辺通る人って、どういう人達?」
「うーん、いろいろっすけど、農作業とか木材を取りに行ったりとか、散歩をする人もいるし、ずーっと奥の村に行く人もいるっす」
「じゃあ立地としては悪くないのかな。ついでに買い物をする人はそれなりにいるし、村の中心からもそれなりに来ているみたいだし」
「レンガパンセット、意外と売れたっすよ。6セット」
「え、本当に?」
実はあまり期待していなかったのだが。
「まさについでに、って感じっす。まあアタシみたいな美人な店員がいたからかもしれないっすけど」
そう言われ、彼女の顔をじっと見つめる。
あまり顔をじっくり見てなかったけど、鼻筋は通っているし、瞳は澄んでいて切れ長の目が爽やかな印象だ。
(一理あるかもしれない。看板娘という言葉があるくらいだし)
「ちょ、そんな見つめないでほしいっす! 冗談っす、ジョーダン!」
「いやいや、たしかに若くて器量の良い子に店員をさせたほうがいいかもしれない」
「若くて器量がいいって……、てんちょー、……オヤジ臭いっすよ」
「そうか? ま、ともかく、ルルドナが起きるまで店番よろしく。俺は裏で粘土収集と粘土細工してるから何かあったら呼んでくれ」
頭の片隅に、屋号のことがひっかかり、気のない会話になる。粘土をこねながらならいい名称が思い浮かぶだろう。
「働き者っすねー。ま、どーんと任せてくださいっす! レンガパン売り切れにしてやるっす!」
頼もしく腕まくりをし、力こぶを見せつけてきた彼女に店を任せ、俺は一日の楽しみの粘土作業へ向かった。
***
「屋号、特徴を出さないとなあ」
粘土工房(裏口の手前の日当たりの悪いスペース)で粘土をこねながら、ボヤキを漏らす。
「事業は顧客から始めよ。顧客は誰か」「何と覚えられたいか」
昔読んだ経営学の神様の言葉を思い出しながら、屋号を考える。
「粘土から作った商品をメインにしたいけど、場所的にそうもいかないからなあ。やはり屋外仕事に使う消耗品や、食べ物が置いてあるといいよなあ」
自分自身の興味関心はいったんあきらめよう。
「ルルドナが月の光で生まれたとか言ってたから……あ、それなら!」
「いい屋号が思いついたかしら」
「ルルドナ!」
いつの間にか後ろにルルドナが立っていた。こちらのぼやきを訊いていたらしい。
顔を上げ、外を見ると、西の空が夕焼け色に赤く染まっていた。
――彼女が起きる時間だ。
「思いついていたけど、ちょっと自信がなくなってきたなあ」
「そんなの、勢いで決めたほうがいのよ。思いを込めすぎると名前負けしてしまうわ」
「じゃあ、……『ルナクラフィ商会』というのはどう?」
思い切って言ってみた。月がよく見える丘にあるし、悪くない響きだ。
「……悪くないわね。でも、『商会』ってのは何?」
ルルドナが不思議そうに首をかしげる。
「いや、その響きが昔から好きで……」
「なんだか卸売りみたいなイメージにならないかしら」
「まあ、仮の名前で……」
悩み疲れていたこともあり、ひとまずそれで落ち着かせる。
――そのとき、表から大きな声がした。
「てんちょー! 助けてくださいっすー!」
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