ロルスの鍵

ふゆのこみち

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盗賊の街編

Lv.135 蹄の盗人

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『手掛かりは靴だ。証言にあったろ、何かが割れる音がしたってな。それが酒瓶だったとして、片付けんのは誰だ?』

 下男と侍女から酒の匂いがした理由をイヴァラディジは次のように考察した。
床に滴る酒を踏みながら、下男は瓶を運び出し侍女は零れた分を拭い取る。そうして靴底に染み込んでいったとすれば、服を着替えようが関係ない。
 もしも匂いからプレニを追うのであれば、気に掛けるべきは地面だ。
タスラはしゃがみ込んで思案する。

(大地から情報が得られれば手っ取り早いんだけどな)
〔街は石畳が敷いてあるから、どうだろう。地は隔たりがあれば少し耳が遠くなるから、こちらの声が聞こえるかわからないし、一つ一つの石から聞くには時間がかかりすぎる〕
(剥き出しの土だったら良かったってことか)

 ウィバロの話はとても参考になる。
タスラは妖精種の半成ではあるが、妖精の力をほとんど使わずに生きて来た。授かった加護により精霊魔法を使えるようになっても、まだまだ知らないことの方が多い。
タスラの中でのウィバロは、イヴァラディジに並ぶ師匠であり、頼りになる友でもある。

 そんな二人の傍には、先程まで一緒に居たキサラやイヴァラディジの姿はなかった。
物置き部屋から続いた地下通路を抜けた後、別行動になったためだ。

「ウィバロ、女の子を助けよう。物語の騎士様みたいにさ」
〔前は恥ずかしいって言ってなかったか? でも乗った。君の意見に賛成だ、タスラ〕

 トン、とタスラは拳を胸に当てた。
それに応えるようにして、蔓が足元から伸びて行く。これはウィバロからの手助けだ。

「まずは外壁に乗る」
〔浮遊魔法を磨いて来た成果がここで出るわけだ。見せて、タスラ〕
「おう!」

 足場にした蔓から跳ね上がり、地面から追いかけて来る枝に乗る。それらはタスラの足が離れればたちまち消え失せる、一瞬のものだった。

「芽吹け、芽吹け、土の手よ」

 幸い今夜は空に分厚い雲がかかっている。煌々と地上を照らす光さえなければ目撃者など、あって無いようなものだ。
外部から儀式に現れる「特別な神官」の従者であれば、ある程度の誤魔化しが効くのではないかという打算のもと、存分に力を振るう。
 階段のように連ねた枝葉を踏みしめ上空へ昇ったタスラは、睨みつけるように街を見下ろした。
現在各門は規制が張られているが、それだけなのだ。検閲さえやり過ごせば簡単に出られてしまう。

 盗賊団ゲンデンは大量の酒を盗んだ。
商品としての出荷を申請、荷の一部を見せればやり過ごすことも可能である。例え中にプレニを入れた箱が紛れていても、余程仕事熱心な人間で無ければ全ての荷物を確認したりはしない。
 このように通常であれば問題なく素通り出来るのだが、盗賊たちもまさか酒が盗まれたことが既に広がっているとは考えていないだろう。各門へは「出荷」の名目で酒を持ち出そうとする者に対し、一時拘束の指示が出ていた。

 プレニが酒と移動していれば問題は無いが、そうでなかった場合は知らぬ間に街を出る。
それがタスラとウィバロが出向いた理由だった。

「夜に走る馬車なんてそうないと思ってたけど、貴族は意外と夜更かしする人たちが多いみたいだ」
〔元気なことだね〕
「ん? あの馬車……」

 西側、貴族の居住区画上空。
家から家への移動は警戒する必要がなく、門へ向かうものだけを探せばいい。
簡単だと思っていただけに、区画内を移動する馬車の数に呆れてしまう。
 あちこち目を動かしている内、不審な動きをする馬車を発見した。貴族の居住区画から出たそれは、大通りから遠ざかり目立たない道を選択して進んでいるように見える。
一気に直進すればいいものを、何度も執拗に曲がれば嫌でも目立った。

「まさか……北門を目指してる?」

 今の時期、北門は閉じられているとジェテレッサが言っていた。
規制などの通達自体は全門へ向け出されたが、北門は開かないことが前提なので受理後も特に動きはない。
デンバリッテ子爵邸、ひいてはドッシュバル男爵の滞在が西門寄りであることから、最も警戒していたのは西側だ。東や南にも僅かに人員が割かれてはいるものの、北は全くと言っていい程警戒していなかったのである。

「は、門が動いた!?」

 北門へ向け、ものすごい速度で馬車が駆け抜ける。最早曲がりもしない、まさに一直線だ。
コルテフェルト公爵家別邸に乗り込んで来た盗賊団ゲンデンの姿を見て、同じ日に事は起こさないだろうと判断したキサラとイヴァラディジは、ドッシュバル男爵の下へ向かってしまった。応援は望めない。

「やられた。ウィバロ、コルラスに繋げる?」
〔妖精同士だからね。同調は出来ないけど、コルラス経由でキサラに繋げられる〕
「そっちは任せた!」

 土を構築出来る程力があればあっという間に追いつけたのだろうが、ないのだから仕方がない。
降下しつつ馬車を追いかけるが、四足の馬に二足の半成では速さが違う。自分が風の使い手であればと歯噛みしたタスラは、それでも何か出来ればと必死に頭を働かせた。

「目視出来る高度を保ちつつ距離を詰める」

 土属性は、大地に近ければ近い程力が強まる。特に土と相性が良い。
より高い位置に居れば建物などに遮られず見失うこともないだろうが、追跡を並行して行うのであれば高度を下げるしかなかった。

 懸命に後を追っていると、ウィバロがコルラスに繋げた念話が機能し始めた。

〔あ、繋がった。タスラ、ウィバロから念話が飛んで来たよ〕
(北門が開門、貴族のお屋敷から出たと思われる馬車が北上中。コルラスをこっちに回して、キサラ。僕らだけじゃ追いつけない)
〔北門が!?〕
(僕なら足止め出来る)
〔……タスラ、今すぐコルラスを向かわせるから距離は充分に保って。でも危ないことはしないように〕
(わかった)

 距離を保つどころか開かれているところだ。
もどかしさと苛立ちで舌打ちを堪えていると、あっと言う間にコルラスが姿を現した。流石は風の化身である。

「呼ぶした?」
「コルラス、あの馬車追いかけられる?」
「ふふん、追い越す出来る。コルのが速い」
「待って追い越しちゃダメだ」
「あれ、キサラ同調してるの?」
「確認がしたくて。あの馬車だね? コルラス、僕に見せて」
「あいー!」
「荷運びの馬車だ。まぁ身元のわかるものなんて使うわけないか。タスラ」
「うん、足止めだけだよね」
「臨機応変に」
「わかった。プレニって子、僕が攫う」

 ぱか、と大きく口が開き、目が見開かれる。コルラスと全く同じ表情をしているだろうキサラを想像して、タスラは笑った。

「ね、コルラス。僕も風になれるかな」
「むぅん、土は風違う」
「はは、連れてってくれる?」
「いいよー」

 ピン、と腕を挙げて返事をしたコルラスが勢いよく飛び出した。体を固定するために蔓や枝葉を伸ばしたが、その分空気の抵抗を受ける。
辛うじて目は開いていられるが、それも薄目程度だ。風を受けて耳が痛い。

〔そのまま守りを緩めないで、タスラ。それを失えば体が傷つくからね〕

 耳鳴りに眉を顰めたタスラは、もどかしいながらもこれ以上の速さは望めないことを悟った。

〔?! なんだあれ〕

 馬車がいくら早いとはいえ、所詮は馬と風。タスラが馬に敵わないように、馬はコルラスに敵わない。
だから簡単に追いつけるはずだった。現に距離は詰められていて、あと少しというところだったのに。
 一瞬の光を置いて、目の前から馬車が掻き消えるようにしてなくなった。
馬車へ伸ばされていた蔓が虚しく空を切る。

〔転移陣だ。多分だけどあの荷馬車、プレニ以外に何か積んでるね〕
(キサラ、どうすればいい? 見失った)
〔大丈夫だよ、僕らには見えてる〕

 コルラスと同調したキサラは今、妖精と同じ視界をしている。半成と妖精ではやはり差があるものだ。魔法の足跡がその眼で追えるのは、素直に羨ましかった。

〔転移陣と言っても大したことは無いみたい。車輪の回転速度と摩擦熱の掛け合わせで魔素を疑似的に魔力変換、でもそれだとたかがしれていて、微量な魔力しか得られないから近場にしか移動できないってイヴァが〕
(直接言ってくれればいいのに)
〔今の念話が妖精同士の繋がりから来てるから、とかかな? え、違う? あ。夜ご飯食べ損ねたからか〕

 早い話が魔力温存のため、だった。
魔素吸収のほとんどを食事から補っているため、事前補給なしに加え何が起きるかわからない今夜は特に慎重な態度でいるらしい。思慮深い悪魔だ。
 人間界に居る魔物は大変なんだなとどこか遠くで捉えながら、タスラは目を細めて辺りを見回した。
ウィバロは少しでも体に負担が行かないようにと蔓を伸ばし葉を補強してくれている。

「あ、居た」

 転移の瞬間を見れば、確かに僅かと言える距離ではあるが移動していた。しかしそれも連続で重ねられてしまえば話は別だ。
摩擦から来る熱を車輪が保っているのか、転移は途切れない。タスラの体を庇いながら進むので、馬車との距離は再びぐんと離されていった。

「先に行って。位置さえ教えてくれれば、後から行く」

 見失っては本末転倒だと自分を切り捨てさせる。
いつの間にか空にかかっていた分厚い雲はどこかへ流れ、星々が辺りを照らしていた。





 プレニは木で出来た床に体を預け、横たわっていた。馬車が乱暴に動き出し、その衝撃で目を覚ますと辺りの光景に驚く。

「んん、」

 周囲には酒瓶の入った複数の箱が積み上がっていた。ジェテレッサの酒場から盗まれたものである。
近くから馬の匂いがしたことや、振動などから自分が荷運びの馬車に乗せられているとすぐにわかった。

 ひとまずは貴族の馬車ではないことに安心したが、動かない手足に不安になった。どうやら拘束されているらしい。
布を噛まされているのは自殺防止なのか、叫びを上げさせないためなのか。どちらにせよプレニは息苦しさを感じる。

 ふと脳裏に過ったのは「エネ」と「コフィ」のことだった。エネがコフィを貴族に差し出し、それきり。
これはプレニの勘なのだが、ジェテレッサはいつも二人を探していたのではないだろうか。
兄妹が助けを求めたあの日。貴族の屋敷に居たのは、確かに私腹を肥やす貴族から過ぎた富を掠め盗ると言う目的もあっただろう。

 復讐だなんて言っているが、ジェテレッサが本当に欲しいのは。盗んでしまいたいのは。取り返したいのは。


 強く望んでも再会の叶わないエネ、コフィ。自分もまた、街を出てしまえば二度とジェテレッサたちに会うことは出来ないのだと直感した。

「んん、んんん、」

 必死で布に食らいつく。噛み千切って口だけでも自由になれば、助けを求める声だって上げられる。手足が痛むのも気にせず腕を振るい、引き抜こうと足掻いた。
今は耳を隠していた帽子も被せられていない。この状態なら一目でプレニが半成だとわかるだろう。
 髪の毛からは時間が経ったにも関わらず僅かにお酒の匂いがした。床に引き倒されたとき、酒に浸されてしまったからだ。
自分の案が初めてジェテレッサに採用され作られた、新しいお酒。プレニはくしゃりと顔を歪めた。


 走り出してからどれくらい経っただろう。門を抜けたのか一際ガタガタと車体が揺れ、石の上とは違う振動に変わる。

(お兄ちゃん。ジェティ、ジェティ)

 もう助けは来ない。間に合わない。
諦めと共に目を瞑った瞬間、柔らかな風が頬を撫で付けた。

「?」

 あれだけ必死に動かしても解けなかった拘束が、外れている。自由になった手足が信じられなくて、まずはぐ、ぱ、と小さく動かしてから慌てて口に入れられた布を外した。
隙を見て、逃げなければ。ぴん、と立てた耳で注意深く外の様子を探る。

 ダカダカ、ダカ、ダカッダカッ。タカットコッ、タカトコッ、タカッ。

(足音がする)

 最初は馬の足音に邪魔されて聞こえなかったが、馬の重みある四足の音と違い、高い蹄の音が一直線にこちらへ向かって来ている。
プレニは困惑した。追いつくはずもない軽やかな音が、それでも馬車に食らいつくようにして一定の距離から離れない。

「きゃっ」

 突然ふわりと体が浮いた。驚きのあまりジッと固まっていると、外から悲鳴と共に大きな音が聞こえて来る。
どういうわけか土や泥が車輪を巻き込んでしまったようだ。プレニは怖くて自分の体を抱きしめた。
浮いていたおかげで衝撃はなかったが、ゆっくりと降ろされた感覚に、今のはなんだったのかと混乱する。
 どんなに焦っていても、時間は待ってくれない。馬より軽やかに地面を蹴る蹄。二足の音が近付いて来た。
身を隠せる空間などない馬車の中、しゃがみ込むプレニの上から柔らかい声が降って来る。

「君がプレニだね」

 慌てる声や怒ったような声が遠退いて行く。目の前に居る人物の言葉だけが、優しく胸に広がった。

「僕はタスラ。君を攫いに来たんだ、プレニ」

 行こう。と口にした後ろでは、夜の星がキラキラと輝いていた。
そのせいだろうか、タスラも輝いている。素性もわからない相手だというのにプレニは迷いなく手を伸ばした。

 助けて、なんて今日は言わなかったのに。それでも手は、差し伸べられたのだ。

 二人の手が重ねると、再び体が浮く。
驚いて服を掴んだプレニを見て、タスラは優しく笑いかけた。

「掴まっていて良いよ。最初は怖いからね」
「空、空飛んでるっ」
「飛べたら良かったんだけど、まだまだ。浮いてるって段階にも達してなくて」
「でも、だって、足が着かない」
「確かなのはこれが魔法ってことかな」
「アナタは魔法使いなの? それとも、魔女?」
「これは精霊魔法だからどっちにも当てはまらないよ。でも、これは内緒だ」

 よく見ると、タスラは神官付き従者の服を着ていた。
何故か肩の辺りから、タスラとは別の匂いがする。どこかで嗅いだことがあるよう気がしたが、確かではない。

「アナタは誰なの?」
「僕は……うーん、キサラの同行者だよ。言いつけを破ったというか、忠告を無視したからプラックに怒られる予定。あ、でもプレニを連れ帰ったら怒られないかも。一緒に居てくれる?」
「お兄ちゃんと知り合いなの?」
「まだ顔見知り程度だけど。仲良くなれるかな」
「なれると思う」
「プレニも友達になってくれる?」
「うん」

 良かった、僕も半成なんだ。

 同じ半成でも、初対面からそれを明かしたりはしない。だからとても驚いた。
自分が安全に過ごすため他の半成を差し出す人だっているというのに、タスラはプレニを一切疑っていないらしい。
それが信頼かはわからないが、裏切ってはいけないと思った。

「門を越えたら走れる?」
「出来ると思う」
「良かった。流石にこのまま空中を移動したら目立つから」

 足が痛むかもしれないが、家に帰れるのなら大した問題ではない。
それよりも問題なのは顔が熱くて、胸がドキドキとしだしたことだ。今更お酒の匂いに酔ったのかと首を傾げるプレニに、タスラも一緒になって首を傾げる。

「顔が赤いから熱が出てるかもしれないね。怪我はしてない?」
「連れて行かれるときに髪の毛を引っ張られたけど、そこからは触れられもしなかったよ。はく製にするのに傷を作ったら『綺麗じゃない』んだって」
「それは……」
「タスラ、さん? はどうしてあたしの居場所がわかったの?」
「そんなに畏まらなくていいよ。どうしてって言われると……そうだ、お酒の匂いがしたからかな」

 ますます顔が熱くなった。それなら今、絶対にお酒臭いはず。
最悪だと悪態をつきたくなった。お酒の匂いがする女の子を抱えるなんて、嫌だろう。
 ここにきて初めて涙が出そうになったプレニだが、タスラは何故急に泣き出しそうになったのかわからなかった。ジェテレッサのお酒のおかげだね、と褒めたい気分だったのだが。
 この場にシーラが居れば、怒るか呆れるかしただろう。
ちなみにコルラスを介して二人を見ているキサラも、プレニが涙を溜めている理由を救出された安堵からだと勘違いしている。揃って女心がわからなかった。

「着いた。走るよ」

 手を引かれてプレニは走り出した。泣いている場合ではないので必死に足を動かすが、一つ気になっていることがある。

「あたし、ウサギの半成だよ? どうしてアナタの方が足が速いの?」
「半分フォーンだからかな」
「妖精種」
「街の人は知らないんだ」
「じゃあ、これも秘密ね?」

 追われていることも忘れ、プレニはふふ、と笑った。タスラもつられたのか小さく笑う。
蹄の音は石畳の上でもやはり軽やかで、これがタスラの足音だと思えばホッとする響きだった。


 もうタスラの後ろに星は見えない。
けれどプレニには、その後もずっとずっと、タスラが輝いて見えた。


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